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逸文 比翼連理 十五
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新三郎の体験は、奇怪というべきであろう。
松前では、言われるままに、まだ幼女でしかない許婚者にはじめて会ってやった。
蝦夷島では名族とすべき、坂東武者の流れを汲む村上氏の娘である。蠣崎氏は、道南十二舘と呼ばれたような安東氏支配の時代の蝦夷島では、これらの家のはるか風下に立っていた。甲斐源氏の末裔などと名乗っていても、ほんとうは素性すら怪しい、成り上がりの家に過ぎない。だから舘の主人や安東家重臣であった名族としきりに婚姻で結ぶことで、蝦夷代官としてのおのが地位を固めてきたのだ。
新三郎たちの代になっても、それは変わりがない。自分の婚姻など、つまりはそういうことだと、新三郎は自然に、まったく無感動に思っていた。
さ栄姫さまとの愛が無惨にやぶれさったいま、武家の子である蠣崎新三郎は、男女の繋がりだの婚姻だのには、通り一遍の思いしか持ちえない。
ところが、九歳にすぎぬ真汐姫に会ったとき、文字通り驚倒した。
第一印象から、妙に大人びた子だと思ったが、浜辺に出たい、というので連れて行ってやった。
そこで、変事が生じたのだ。
幼女は急に、さ栄姫さまになった。姿かたちは丸っこい幼女のままなのに、凍りついたように身動きのとれなくなった新三郎の傍らに、なつかしい、さ栄姫さまがたしかにあらわれた。そして、告げた。いま、この娘のなかに、こころだけが宿っているのだと。
その声も、喋りようも、まがうことなくさ栄姫さまだとしか思えなかった。二人でなければ知りようがないことを、当然のように語った。誰も知りようのない秘事があったが、それをさらりと口にした。あのろうたけたお姿がそこにあるのが、気配でのみ知れた。
不幸にも心が破れてしまった娘に宿り、一心同体となった。じぶんはこの娘の心の奥でひっそりと息づいているだけだが、この娘とともにまた生きていけるのだ。ようやく、あなたと夫婦になれるのがうれしい。どうか、この小さな真汐を娶ってくれ、と頼んできた。
新三郎はそのとき、全ての言葉を受け容れ、信じた。うれし涙にむせんだ。死んでしまった愛しいひとが、心だけにせよ帰ってきてくれた。あれほど望んだ、夫婦として松前で添うという望みが、かなうのだと。
……だが、それきりではあった。その後も真汐姫にかったが、さ栄姫さまは現れなかった。
浪岡に帰るまでに調べてみると、たしかに真汐姫には、縁談が持ち上がったその日に、急な変化があったらしい。蠣崎家の返事の巻き添えで父が自害したのを見てしまったことで心が破れた、ということはたしかにあった。そして、その割れ目を、さ栄姫さまの魂が継いでやって、人前に出られるようになったというのも事実らしい。一応の挨拶に出向いたとき、村上家の老主人が、隠すべきではないと思ったのか、孫娘に生じた奇瑞をこっそりと打ち明けたのだ。天女さまが宿ったらしい、と。
たしかに姫さまが来られた、真汐という子に宿られて一心同体になられた、としか思えなかった。
しかし、いまの真汐姫はどう見ても、九歳の女の子でしかない。思い切って水を向けてみても、きょとんとしていた。最初に感じた、齢よりはるかに大人びた雰囲気も、失せてしまったようだった。
(やはり、起きようもないことを夢に見たか。情けない、まさに白日夢ではなかったか。)
そう、納得しかけていた。村上の老人もまた、孫娘が回復したうれしさのあまり、ありえぬ夢をみていたのではないか。
しかし、いよいよ浪岡に帰るという日、小さい子どもたちが見送りに湊まで来てくれた。そのなかに、それらの一人でしかない真汐姫もいた。友だちになったらしい蠣崎の幼い妹たちのなかにあって、やはり、九歳の子どもがそこにいるだけであった。
(おれの、とんだ未練……! 迷妄……!)
小舟に乗り込む新三郎は、己を責めた。大人に決められた人生を受け容れている、この子どもに対しても、自分の心の迷いを押しつけてしまった。恥ずかしい。なにより、この子にむごいことをしているではないか、と思った。
(この子は、この子じゃ。おれの悲しい思いなど、かかわりがない……!)
だが、ひとり波打ち際まで近づいた―ませた妹たちがからかって、前に押し出したのだったが―真汐姫は、子どもらしくぺこりと低頭した顔をあげると、ひどく透き通った眼をこちらにまっすぐに向けた。
(この、眼は……? お眼差しは?)
新三郎の息が止まった。
「おぬしさま、どうか浪岡でもご息災に。わたくしは、お待ちしております。」
あっ、とおもったときに小舟が動いた。その呼び方は、さ栄姫さまのものだった。家臣であり、年下の恋人であり、将来の夫でもあるべき新三郎をどう呼ぼうか、と思案した末に、ふたりだけのときの不思議な呼び方を拵えてくれたのだ。裸の肩から延びた細く長い首をかしげて、「へん?」と尋ねてみせた。されど、さ栄でしか呼んだことのない呼び方でございましょう? 新三郎殿は、さ栄だけのものじゃから、さ栄だけの呼び方をお許しくださいませぬか。
(声……? お声も……?!)
小舟を止め、引きかえさせることもできたはずだが、新三郎は茫然とするばかりであった。
松前では、言われるままに、まだ幼女でしかない許婚者にはじめて会ってやった。
蝦夷島では名族とすべき、坂東武者の流れを汲む村上氏の娘である。蠣崎氏は、道南十二舘と呼ばれたような安東氏支配の時代の蝦夷島では、これらの家のはるか風下に立っていた。甲斐源氏の末裔などと名乗っていても、ほんとうは素性すら怪しい、成り上がりの家に過ぎない。だから舘の主人や安東家重臣であった名族としきりに婚姻で結ぶことで、蝦夷代官としてのおのが地位を固めてきたのだ。
新三郎たちの代になっても、それは変わりがない。自分の婚姻など、つまりはそういうことだと、新三郎は自然に、まったく無感動に思っていた。
さ栄姫さまとの愛が無惨にやぶれさったいま、武家の子である蠣崎新三郎は、男女の繋がりだの婚姻だのには、通り一遍の思いしか持ちえない。
ところが、九歳にすぎぬ真汐姫に会ったとき、文字通り驚倒した。
第一印象から、妙に大人びた子だと思ったが、浜辺に出たい、というので連れて行ってやった。
そこで、変事が生じたのだ。
幼女は急に、さ栄姫さまになった。姿かたちは丸っこい幼女のままなのに、凍りついたように身動きのとれなくなった新三郎の傍らに、なつかしい、さ栄姫さまがたしかにあらわれた。そして、告げた。いま、この娘のなかに、こころだけが宿っているのだと。
その声も、喋りようも、まがうことなくさ栄姫さまだとしか思えなかった。二人でなければ知りようがないことを、当然のように語った。誰も知りようのない秘事があったが、それをさらりと口にした。あのろうたけたお姿がそこにあるのが、気配でのみ知れた。
不幸にも心が破れてしまった娘に宿り、一心同体となった。じぶんはこの娘の心の奥でひっそりと息づいているだけだが、この娘とともにまた生きていけるのだ。ようやく、あなたと夫婦になれるのがうれしい。どうか、この小さな真汐を娶ってくれ、と頼んできた。
新三郎はそのとき、全ての言葉を受け容れ、信じた。うれし涙にむせんだ。死んでしまった愛しいひとが、心だけにせよ帰ってきてくれた。あれほど望んだ、夫婦として松前で添うという望みが、かなうのだと。
……だが、それきりではあった。その後も真汐姫にかったが、さ栄姫さまは現れなかった。
浪岡に帰るまでに調べてみると、たしかに真汐姫には、縁談が持ち上がったその日に、急な変化があったらしい。蠣崎家の返事の巻き添えで父が自害したのを見てしまったことで心が破れた、ということはたしかにあった。そして、その割れ目を、さ栄姫さまの魂が継いでやって、人前に出られるようになったというのも事実らしい。一応の挨拶に出向いたとき、村上家の老主人が、隠すべきではないと思ったのか、孫娘に生じた奇瑞をこっそりと打ち明けたのだ。天女さまが宿ったらしい、と。
たしかに姫さまが来られた、真汐という子に宿られて一心同体になられた、としか思えなかった。
しかし、いまの真汐姫はどう見ても、九歳の女の子でしかない。思い切って水を向けてみても、きょとんとしていた。最初に感じた、齢よりはるかに大人びた雰囲気も、失せてしまったようだった。
(やはり、起きようもないことを夢に見たか。情けない、まさに白日夢ではなかったか。)
そう、納得しかけていた。村上の老人もまた、孫娘が回復したうれしさのあまり、ありえぬ夢をみていたのではないか。
しかし、いよいよ浪岡に帰るという日、小さい子どもたちが見送りに湊まで来てくれた。そのなかに、それらの一人でしかない真汐姫もいた。友だちになったらしい蠣崎の幼い妹たちのなかにあって、やはり、九歳の子どもがそこにいるだけであった。
(おれの、とんだ未練……! 迷妄……!)
小舟に乗り込む新三郎は、己を責めた。大人に決められた人生を受け容れている、この子どもに対しても、自分の心の迷いを押しつけてしまった。恥ずかしい。なにより、この子にむごいことをしているではないか、と思った。
(この子は、この子じゃ。おれの悲しい思いなど、かかわりがない……!)
だが、ひとり波打ち際まで近づいた―ませた妹たちがからかって、前に押し出したのだったが―真汐姫は、子どもらしくぺこりと低頭した顔をあげると、ひどく透き通った眼をこちらにまっすぐに向けた。
(この、眼は……? お眼差しは?)
新三郎の息が止まった。
「おぬしさま、どうか浪岡でもご息災に。わたくしは、お待ちしております。」
あっ、とおもったときに小舟が動いた。その呼び方は、さ栄姫さまのものだった。家臣であり、年下の恋人であり、将来の夫でもあるべき新三郎をどう呼ぼうか、と思案した末に、ふたりだけのときの不思議な呼び方を拵えてくれたのだ。裸の肩から延びた細く長い首をかしげて、「へん?」と尋ねてみせた。されど、さ栄でしか呼んだことのない呼び方でございましょう? 新三郎殿は、さ栄だけのものじゃから、さ栄だけの呼び方をお許しくださいませぬか。
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