魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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逸文 比翼連理 二十一

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 (子どもではないか。)
 りくは、気の抜けたような思いでいる。お代官様にお目通りかなったあと、大舘の「奥」の女たちに挨拶をする。新三郎の母である年嵩の正妻を筆頭に、側妻らしい何人か、あとは子どもである。童子髪の小さな男の子まで、まだ混じっている。その数は二十名にものぼり、りくは、お代官の艶福に内心で呆れいった。(記録によれば、こののち、蠣崎季広の子の数はさらに増えている。)
 広からぬ板の間にこれだけ犇めいていると、どれが真汐姫やらすぐにはわからなかった。新三郎の異腹の妹らしい女の子が何人もいるからだ。
 その中に混じって おとなしいのが真汐姫らしく思えたが、その子も、りくの並べた反物や着物や飾り物らしい包みをもつれ合うようにして興味津々で覗き込んでいる、同年配の女の子たちとの囁きで、
「あにうえさまが……」
 と新三郎らしいひとのことを呼んでいるので、おや、と思った。
 静かに、伊勢やの説明を聞くように、とご正妻が注意すると、ようやく座が静まった。
「こたびは、若様の格別のお計らいでお目通りかない、……」通り一遍の挨拶を終えると、荷をほどいていった。床の上に、きらびやかな色が広がった。松前の女たちが息を呑むのがわかった。
「お好きなものをお選びください。お代は、若様よりいただいておりますので。」
 嘘である。代金を新三郎が払ってくれている、払う、などということはない。実はりくは、最初から金をとるつもりはなかった。ご挨拶の贈り物のつもりであった。
 新三郎さまに悪いわ、などと言いながら。側妻たちからおずおずと手を伸ばし、やがて全員が夢中になって気に入ったものを選び出した。
 ひとしきり選びとったところで、りくはにこやかに、結構なお品をお選びで、若様もおよろこびでございましょう、と言った。
「実は、お代は若様からはいただくつもりはございませぬ。日頃お世話いただいております伊勢や親子から、これらは若様にお礼と存じておりまして。」
 座の中に、ほっと溜息が漏れた。
「さすがに上方の商人はうまいものじゃ。」
「これ」
 奥方様がたしなめるが、別の側女が笑って、
「我らとて、新三郎さまからと聞けば、少しは遠慮すると見越してのことでしょうか。」
「おや、あなた、ご遠慮されましたかの?」
 どっと笑いが起きた。子どもたちまでもが、つられて笑う。
「まさか、左様のご無礼ございませぬが、おそれいりましてございます。」
 りくは頭を下げた。この家は、あんなことがあっても、仲が悪くはないのかもしれぬと思うと、やや気が晴れる気がする。
(いや、……お武家の家は、わからぬ。大変なものじゃな。)
「ならば、気に入った二つ目からの品は買いましょう。値を言うておくれ。」
 奥方さまが言ってくれたが、ここでまた、笑って首を振る。
 「いたみいります。では、二品目からは、伊勢やからのご挨拶ということで、どうぞお収めいただきますように。」
 女たちは、わっとはしゃいだ。
(真汐姫さまは……?)
 とみると、どうやら真汐姫らしい女の子は、いかにも子供らしい帯を握っていた。
 新三郎の妹のひとりが、からかう。
「兄上さまも、お気に入りのことよ。」
 真汐姫は、もじもじとした。
「左様かしら? あにうえさまは、この赤い色がお好きで?」
「それは知らないけれども、……真汐さまがそのきれいな帯をおつけならば、お褒めくださるでしょ?」
(兄上さま……か!)
 りくは、微笑ましいような、当惑させられるような気分ではある。真汐姫は、まだあまりに幼い。将来の夫を、妹たちの口移しに、あにうえさまなどと呼んでいるが、別に義理の妹たちに合わせたわけではないのだろう。兄のようなものなのだ。
 (あのさ栄姫さまがお宿りなど、とても、とても……)
 狐狸が憑いている、というのでもなさそうであった。真汐姫の頬はふっくらとして健康的で、陰らしいものもうかがえない。
(お気の毒に、若旦那……。どうやら、まこと、お気のお迷いじゃ。)
 りくは胸が刺される思いに襲われたが、一つ、思い出した。
「若様のお許嫁さまがいらっしゃいますとか。……まあ、まことにおめでとうござりまする。つい遅くなりまして申し訳もございませぬ。若様よりお許嫁さまにと、特段の御言付けがございましたのに……!」
 こちらでございます、といって、つづらの底から、小袖を取り出した。渋い色合いの、蔦柄が美しい。
「新三郎らしい。大きさはともあれ、この柄は姫には早すぎるであろうな。」
 奥方さまが笑うと、女たちもそれに和した。男の人は、何もわかっていないと思ったのであろう。りくも、同心したように微笑んでみせる。
 たしかに、落ち着いた蔦文様は、あどけない幼女にはおよそそぐわないであろう。
(……じゃが。)
 りくは、試してみたいのだ。こんな仕掛けは、新三郎にも告げてはいないし、反対されたかもしれない。
 さ栄姫さまの、ご遺品だからである。
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