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補遺 やつらの足音がきこえる (十九)
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「なんじゃ、やはり、『伊勢の者』どもの一味ではないか。」
初老の男が呆れたような声を出した。
りくは反射的に横に飛んだ。若い男が何か投げたからだ。だが、それはりくを狙ったのではないらしい。
石を尖らせたものらしい、坂東風の忍具だろうと見えた。正体をなくして転がされている研ぎ師の喉に突き刺さったので、それがわかる。研ぎ師は目覚めたように悲鳴をあげると、死の苦悶をはじめた。
(役立たずに、腹を立てたのか? 危うく討ち漏らすところだったのが、許せないか?)
りくは、相手の冷酷さに怖気がたった。
「となると、……おぬしも殺しておくぞ。」
「あんたら、何者だい?」
逃げ道を探しながら、りくは部屋の中を移動する。それに二人は、的確についてくる。死角を作らせない。
「冥土の土産は、ない方が気楽じゃ。」
初老の男が笑い声を出した時、若い男が前に出た。
「あにきが殺られた。あの男、この娘の仲間じゃろう。お返しはしておきたい。」
「……うまいことを言いおって。余計な真似じゃぞ。」
「上には、黙っていてくれ。」
(こいつらだけではない。一党でお城に乗り込みおったか。)
明らかに自分を凌辱してから殺すというやりとりを聞いても、りくはそんなことを思う。
「なじょう、あたしらは殺されねばならぬ?」
「……。」
若い男は黙っている。さらに近づいてきた。
「頼む! あんたの女になるから、命だけは助けておくれ!」
両膝をついて、拝むような姿勢をとる。合わせた両手を頭の上にあげた。
むろん、何とか隙を作らせたいのだ。厭で仕方はないが、あの女から教わった「くのいち」、つまり女の技を使うしかない。
(倒せぬまでも、今は生き残らねば……。)
若い男は黙って、短刀をかざした。目の動きで、立て、着物を脱げ、と指図する。
(男と言う奴は、どいつもこいつも、……けだものが……!)
ゆるゆると立ち上がって、着物を落とす。脱がせるのは、懐に何かを仕込まれていてはならないからでもあろう。
(得物なんかなくとも、あのときに男は必ず一瞬だけ動けなくなる。その時に一息にやってしまえば……。もしこいつひとりになっていれば、逃げられる?)
りくの頭の中に計算はあったが、しかし、相手は素人ではない。
真っ裸にされたとき、いきなり腹をまっすぐに蹴りつけられた。
吹っ飛んだところを、殴られ、首を絞められる。気を喪わせるつもりだ。
「痛いじゃろうが、悪く思うな。お前らを相手にするときは、くのいちの技が面倒じゃからな。」
戸口から動かない初老の男が、ほんとうに気の毒げな声をだした。
「いや、殺してしまってからに、するか?」
「気色の悪い真似はやめろ。……せめて、少しは悦ばせてからにしてやれ。」
(やられた……! あたしはここで死ぬ!)
りくはせめて、早く気を喪おうと思った。そのまま、死んでしまいたい。それならば、こういった連中の手練手管に肉だけが負けて、恥をかかされるのに耐えなくてもよいだろう。
(……若旦那。)
新三郎のことをふいに思い出した。
(御免なさいよ。……お屋敷を汚してしまったね。あたしの亡骸は、ここに放ったらかしにされるのかね? 穢された様子を、見せたくないが……。)
あたう限りの抵抗を続けたが、意識が、がくりと音をたてて折れるときが来た。白っぽい無の空間に沈んでいく。
(やはり、死にたくない!もう一度、若旦那と!……新三郎!)
すさまじい意志でもう一度浮かび上がろうとしたが、もういけない。
(ああ、これでおしまい。)
初老の男が呆れたような声を出した。
りくは反射的に横に飛んだ。若い男が何か投げたからだ。だが、それはりくを狙ったのではないらしい。
石を尖らせたものらしい、坂東風の忍具だろうと見えた。正体をなくして転がされている研ぎ師の喉に突き刺さったので、それがわかる。研ぎ師は目覚めたように悲鳴をあげると、死の苦悶をはじめた。
(役立たずに、腹を立てたのか? 危うく討ち漏らすところだったのが、許せないか?)
りくは、相手の冷酷さに怖気がたった。
「となると、……おぬしも殺しておくぞ。」
「あんたら、何者だい?」
逃げ道を探しながら、りくは部屋の中を移動する。それに二人は、的確についてくる。死角を作らせない。
「冥土の土産は、ない方が気楽じゃ。」
初老の男が笑い声を出した時、若い男が前に出た。
「あにきが殺られた。あの男、この娘の仲間じゃろう。お返しはしておきたい。」
「……うまいことを言いおって。余計な真似じゃぞ。」
「上には、黙っていてくれ。」
(こいつらだけではない。一党でお城に乗り込みおったか。)
明らかに自分を凌辱してから殺すというやりとりを聞いても、りくはそんなことを思う。
「なじょう、あたしらは殺されねばならぬ?」
「……。」
若い男は黙っている。さらに近づいてきた。
「頼む! あんたの女になるから、命だけは助けておくれ!」
両膝をついて、拝むような姿勢をとる。合わせた両手を頭の上にあげた。
むろん、何とか隙を作らせたいのだ。厭で仕方はないが、あの女から教わった「くのいち」、つまり女の技を使うしかない。
(倒せぬまでも、今は生き残らねば……。)
若い男は黙って、短刀をかざした。目の動きで、立て、着物を脱げ、と指図する。
(男と言う奴は、どいつもこいつも、……けだものが……!)
ゆるゆると立ち上がって、着物を落とす。脱がせるのは、懐に何かを仕込まれていてはならないからでもあろう。
(得物なんかなくとも、あのときに男は必ず一瞬だけ動けなくなる。その時に一息にやってしまえば……。もしこいつひとりになっていれば、逃げられる?)
りくの頭の中に計算はあったが、しかし、相手は素人ではない。
真っ裸にされたとき、いきなり腹をまっすぐに蹴りつけられた。
吹っ飛んだところを、殴られ、首を絞められる。気を喪わせるつもりだ。
「痛いじゃろうが、悪く思うな。お前らを相手にするときは、くのいちの技が面倒じゃからな。」
戸口から動かない初老の男が、ほんとうに気の毒げな声をだした。
「いや、殺してしまってからに、するか?」
「気色の悪い真似はやめろ。……せめて、少しは悦ばせてからにしてやれ。」
(やられた……! あたしはここで死ぬ!)
りくはせめて、早く気を喪おうと思った。そのまま、死んでしまいたい。それならば、こういった連中の手練手管に肉だけが負けて、恥をかかされるのに耐えなくてもよいだろう。
(……若旦那。)
新三郎のことをふいに思い出した。
(御免なさいよ。……お屋敷を汚してしまったね。あたしの亡骸は、ここに放ったらかしにされるのかね? 穢された様子を、見せたくないが……。)
あたう限りの抵抗を続けたが、意識が、がくりと音をたてて折れるときが来た。白っぽい無の空間に沈んでいく。
(やはり、死にたくない!もう一度、若旦那と!……新三郎!)
すさまじい意志でもう一度浮かび上がろうとしたが、もういけない。
(ああ、これでおしまい。)
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