1 / 31
1
しおりを挟む
幸せになる、約束をしよう。
次に生まれる時には、その最期の時まで微笑んでいられるように。
今まで歩んで来た道は、茨の道だったかもしれない。これから歩む道も、あるいは茨の道になるかもしれない。
それでも。
幸せになりたいと願うならば。
パキンと小枝を踏んだ音が緑に飲まれた。男は自身の胴回りよりふた回りも大きいだろう巨木に手を付き、軽く息を吐いた。目深に被った黒のフードを煩わしそうに脱ぐと、フードと同じ色をした髪が現れる。短く切られた髪に、健康的に焼けた肌を持つ彼は、旅人然とした格好をしていた。はっと目を引くような容貌ではなかったが、凛々しい顔立ちに切れ長の目が印象的な男だった。一見強面にも映るが、灰簾石のような群青色の瞳は澄んでおり、奥に理知的な光を灯していた。
その瞳が、うっすらと眇められた。
ここに入ってからそれほど先へと進んではいないが、彼の目にこの『森』は随分と痩せて映っていた。
比較的大きな『森』である。樹齢何百を数える巨木は天高くそびえ空を覆い、楔のように大地にしっかりと根を張っている。緑の大地と呼ぶに相応しく若葉が芽を出し、遮られた光の中でも若葉は競い合うように大地に緑を這わせる。土も水も循環され、異変は見当たらない。だが彼の調べた限り、この『森』は他の『森』に比べて痩せている。弱っているわけではない。土にも水にも汚染は見られない。ごく健康的な『森』だ。
巨木に手を置いたまま、鼓動を感じ取るように彼は群青色の瞳を閉じる。細く感覚を研ぎ澄ませ、『森』全体を探索する。
(何にもないな……)
異変がないことは先の調査でもわかっている。すでに試料採取も終えている。だがどうにも変な感覚が抜けず、彼は普段滅多に入ることのない『森』の奥へと足を向けた。
光を覆うほどの樹葉は、普通の森であれば自身の成長を阻むものになる。光を受けてこそ育つ樹木は、それを遮られると影響が顕著に現れる。だが、ここは踏み締める大地にも水分と養分が行き届き、光の摂取不足など微塵も感じさせない。普段人が入ることのない場所故に、自由気ままに枝を伸ばす木を傷つけぬ様、彼は慎重に奥へと進んだ。
どれほど奥へと入っただろうか。彼は不意に視界を掠めたものにはっとした。樹木以外の色を見つけられない視界に、明らかに場違いな色を見つけたのだ。
見つけたものに、彼は叫ぶことも忘れて群青色の瞳を大きく見開いた。
少年が、一本の樹木に食われかけていた。
次に生まれる時には、その最期の時まで微笑んでいられるように。
今まで歩んで来た道は、茨の道だったかもしれない。これから歩む道も、あるいは茨の道になるかもしれない。
それでも。
幸せになりたいと願うならば。
パキンと小枝を踏んだ音が緑に飲まれた。男は自身の胴回りよりふた回りも大きいだろう巨木に手を付き、軽く息を吐いた。目深に被った黒のフードを煩わしそうに脱ぐと、フードと同じ色をした髪が現れる。短く切られた髪に、健康的に焼けた肌を持つ彼は、旅人然とした格好をしていた。はっと目を引くような容貌ではなかったが、凛々しい顔立ちに切れ長の目が印象的な男だった。一見強面にも映るが、灰簾石のような群青色の瞳は澄んでおり、奥に理知的な光を灯していた。
その瞳が、うっすらと眇められた。
ここに入ってからそれほど先へと進んではいないが、彼の目にこの『森』は随分と痩せて映っていた。
比較的大きな『森』である。樹齢何百を数える巨木は天高くそびえ空を覆い、楔のように大地にしっかりと根を張っている。緑の大地と呼ぶに相応しく若葉が芽を出し、遮られた光の中でも若葉は競い合うように大地に緑を這わせる。土も水も循環され、異変は見当たらない。だが彼の調べた限り、この『森』は他の『森』に比べて痩せている。弱っているわけではない。土にも水にも汚染は見られない。ごく健康的な『森』だ。
巨木に手を置いたまま、鼓動を感じ取るように彼は群青色の瞳を閉じる。細く感覚を研ぎ澄ませ、『森』全体を探索する。
(何にもないな……)
異変がないことは先の調査でもわかっている。すでに試料採取も終えている。だがどうにも変な感覚が抜けず、彼は普段滅多に入ることのない『森』の奥へと足を向けた。
光を覆うほどの樹葉は、普通の森であれば自身の成長を阻むものになる。光を受けてこそ育つ樹木は、それを遮られると影響が顕著に現れる。だが、ここは踏み締める大地にも水分と養分が行き届き、光の摂取不足など微塵も感じさせない。普段人が入ることのない場所故に、自由気ままに枝を伸ばす木を傷つけぬ様、彼は慎重に奥へと進んだ。
どれほど奥へと入っただろうか。彼は不意に視界を掠めたものにはっとした。樹木以外の色を見つけられない視界に、明らかに場違いな色を見つけたのだ。
見つけたものに、彼は叫ぶことも忘れて群青色の瞳を大きく見開いた。
少年が、一本の樹木に食われかけていた。
10
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない
結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。
人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。
その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。
無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。
モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。
灰銀の狼と金灰の文官――
異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。
孤独な王子は影に恋をする
結衣可
BL
王国の第一王子リオネル・ヴァルハイトは、
「光」と称えられるほど完璧な存在だった。
民からも廷臣からも賞賛され、非の打ち所がない理想の王子。
しかしその仮面の裏には、孤独と重圧に押し潰されそうな本音が隠されていた。
弱音を吐きたい。誰かに甘えたい。
だが、その願いを叶えてくれる相手はいない。
――ただ一人、いつも傍に気配を寄せていた“影”に恋をするまでは。
影、王族直属の密偵として顔も名も隠し、感情を持たぬよう育てられた存在。
常に平等であれと叩き込まれ、ただ「王子を守る影」として仕えてきた。
完璧を求められる王子と、感情を禁じられてきた影。
光と影が惹かれ合い、やがて互いの鎖を断ち切ってゆく。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる