さやけき鳥の鳴き声は

siduki_sorairo

文字の大きさ
19 / 31

19.

しおりを挟む
 茉莉が出入りを管理する管理塔から出ると、すぐ目の前には中庭が広がる。建物がぐるりと円を描くようにして中庭を囲み、その中心にはガラス張りの半球状の建造物がある。緋桐はその半球体のそばまで来ると、不思議そうに大きな緋色の瞳を瞬かせた。天を衝くほどに大きなガラス張りの半球体は、彼にとってみれば不可思議なものだろう。この半球体は地下から吹き抜けとなっており、樹術師と他数名しか入ることを許されていない。ここには、『世界樹ム・ミール』の縮図がある。世界中から樹術師たちが集めた採集物を用い、小さな『世界樹』を構築している。縮図は『世界樹』の枝葉と繋がり、樹術師たちに『リュス』の異変を知らせている。

 ガラス張りの球体の脇を通りながら説明をし、研究棟へと入る。執務室まではさほど遠くない。

「緋桐、これから会いに行く人は、ここ『シンクタンク・ユグドラシル』の総帥だ。少々癖がある人かもしれないが、悪い人ではないから」

 一緒に来てもらうと一方的に告げてから、碌に説明もせず連れて来てしまった。意識が戻る前に告げたことを、緋桐が覚えているのかもわからない。彼は口を開くこともなく、嫌がる素振りも見せず桂樹について来た。

「あの人なら、何かわかるだろう……」

 呟きは、どこか遠くで聞こえた。このまま連れて行くことに、今更不安を覚えるような、ざらりとした嫌な感覚が胸を襲う。

 何故生き物の棲息を許さない『森』にいたのか。何故木に体の半分を飲み込まれるような事態に陥ったのか。意識を取り戻した今も何故口を開くことがないのか。

 彼は、どこから来たのか―――。

 疑問があり、確かにそれの答えを求めている筈なのに。

 つんと袖を引かれ、桂樹の意識が隣にいた緋桐に戻る。彼の緋色の瞳がどうしたのかと、きょとりと桂樹を見上げる。

 彼に、自身の不安はないのだろうか。桂樹を見上げる瞳に不安の色はない。そこには、桂樹に対する絶対の信頼が見えた。

 何故だろうか。このままその薄い肩を抱いて、ここから逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。

 一瞬巡った思いに馬鹿なと一笑し、桂樹は執務室まで緋桐と連れ立って歩いた。

 突き当たりにある重厚な扉が執務室だ。少し強めに二度叩くと、しばらくして中から低くもよく通る若い男の声が許可を告げた。

「失礼します」

 桂樹がゆっくりと扉を押し開くと、痩身の男が二人を迎え入れた。

 桂樹より五つ六つは上だろうか。端正な顔立ちに、均整の取れた体付きをしている。上背はそれほど高くないが、一度鍛えたことがある者特有の筋肉のつき方をしている。外に出ることを知らない研究者特有の、日に焼けていない肌の白さを有していたが、軟弱な印象を与えないのはそのためだった。それどころか、軽そうな薄茶の髪から覗く濃い紫の瞳は威圧感さえ与え、彼を威風堂々さえ見せていた。

 彼がここ『シンクタンク・ユグドラシル』の責任者、若干二十六歳の若さで世界最高峰の研究機関の頂きに立つ、連理れんり・ラティルスである。老いも若きも、彼の名を呼ぶ者はおらず、総帥と畏敬を込めて呼ぶ。

 彼は入って来た桂樹を視界に入れるなり、珍しい紫の瞳を大きく見開いて見せた。

「桂樹、お前いつの間にそんな大きな隠し子を……!」

 心底驚いた、と言う表情を見せた総帥に、桂樹はかっとなってすかさず吠えた。

「あるわけないでしょう!」

 思いの外大声で真剣に否定され、彼は驚愕の表情を収めて苦笑した。

「冗談だ。このことに関して、月橘げっきつの心配はしてもお前の心配は一切してない」

 奔放に遊びまわる同僚の名前を出され、桂樹の精悍な顔が嫌そうに歪んだ。彼と一緒に扱われるのは、自身の名誉に関わる。

 だが総帥は、褒めてるわけじゃないからな、と日頃の真面目ぶりを揶揄して桂樹をさらにしかめっ面にさせた。

「で、予定より随分と早い帰還は、その隠し子に関係があるのか?」

 執務室に入った時から桂樹の腕をがっちりと掴んで離さない緋桐のそばまで寄り、彼は興味深そうに紫の瞳を細める。

 研究者特有の探るような目だったが、その視線に緋桐が威嚇をすることはなかった。ただじっと見つめる紫の瞳を見つめ返す。

「あの、出来れば雛姫にも同席していただきたいんですが……」

 不躾にもほどがあるほど真っ直ぐと視線を向けるので、桂樹は緋桐の視界を遮るように一本前に出た。

「あぁ、あいつなら今箱庭だ」

 意図して不意に断ち切られた視線だったが、彼は気にした様子もなく桂樹に答えを返す。そして思い付いたように指示を出した。

「ちょうどいい。桂樹、先に行ってろ」

 軽い指示に、桂樹はまごついた。

「え、箱庭に、ですか?」

 箱庭とは、中庭にあるガラス張りの半球体の部屋だ。地下から吹き抜けになるそこに、『世界樹』の縮図を作っている。その場所は極少数しか入ることを許されず、桂樹たち樹術師でも入ることに戸惑いを覚える場所だ。そこに気軽に行っていろと言われたのだ。

 思わず問い返した桂樹に非はない。
 だが総帥はそんなことお構いなく、早く行けと桂樹を急かした。

「もうすぐお茶の時間なんだ。遅れると煩い」

 総帥自身は茶菓子を持参して行く必要があるらしく、相手をしていろと任命され、桂樹は緋桐と共に早々に執務室を追い出されたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない

結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。 人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。 その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。 無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。 モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。 灰銀の狼と金灰の文官―― 異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。

孤独な王子は影に恋をする

結衣可
BL
王国の第一王子リオネル・ヴァルハイトは、 「光」と称えられるほど完璧な存在だった。 民からも廷臣からも賞賛され、非の打ち所がない理想の王子。 しかしその仮面の裏には、孤独と重圧に押し潰されそうな本音が隠されていた。 弱音を吐きたい。誰かに甘えたい。 だが、その願いを叶えてくれる相手はいない。 ――ただ一人、いつも傍に気配を寄せていた“影”に恋をするまでは。 影、王族直属の密偵として顔も名も隠し、感情を持たぬよう育てられた存在。 常に平等であれと叩き込まれ、ただ「王子を守る影」として仕えてきた。 完璧を求められる王子と、感情を禁じられてきた影。 光と影が惹かれ合い、やがて互いの鎖を断ち切ってゆく。

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

処理中です...