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第1話「特別な雨の日」

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   第1話「特別な雨の日」




 その日、太陽の国が泣いていた。

 晴天が多い、太陽の国シトロン。雨が降る日は、月に1.2回だった。その雨を人々はとても大切にしており、神様からの恵みの涙として雨の日を喜んでいた。
 
 人々が喜んでいる最中、シトロンの姫はある事件に巻き込まれる所だった。




 「エルハム姫。そろそろ城に帰りましょう。」
 

 小雨が降る中、エルハムは山の中を歩いていた。比較的歩きやすい薄手のドレスを着ていたけれど、それでも裾は泥だらけになり、服は水分を含んで重くなっていた。
 ベージュのレースをあしらったドレスは、ふんわりとしておらず豪華でもないため、エルハムはよく好んで着ていた。


 「あと少しでジャムに使うベリーが丁度いい量になるの。だから、セリム……もう少しだけ時間を頂戴。」
 

 エルハムが、雨の森の中に居るとは思えないほどの晴れやかな笑顔でセリムにお願いをする。すると、笑顔を見たセリムは少し頬を染めながら「あと少しだけですよ。」と、彼女から視線を逸らしながら言った。


 「ありがとう、セリム。」


 エルハムは持っていた篭に真っ赤に育ったベリーを次々に入れていく。
 
 綺麗な金髪の髪。そして大きな瞳は宝石のように碧くキラキラ光っている。肌も透き通るほど白く、体も華奢であり、誰が見ても立派なお姫様だった。
 けれど、エルハムは少しやんちゃな部分があり、城を抜け出して町を一人で歩いたり、山道を散歩するのが好きな少女だった。エルハムはまだ16歳だ。外でいろいろな刺激を受けるのも大切だと、王もそれを許していた。
 それぐらいにシトロンの国は安全だった。


 それを見守っているのは、騎士団長であるセリムだ。エルハムと同じ金髪だが、エルハムのウェーブのあるロングの髪とは違い、彼は短めのサラサラのストレートだった。オレンジ色の瞳、そして身長も高く体も鍛えられているため、とても大きく見えた。けれど防具を取って普段着を身に付けているとと、ほっそり見えるのが不思議な青年だった。年はエルハムより5歳年上だ。



 この日も、セリムがエルハムの護衛をしながら、姫は森までベリー摘みをしていたのだ。

 その途中に突然青空がどんよりとし始めて、雨に降られてしまったのだ。
 もちろん傘など持っていなかったので、2人共すぐに濡れてしまった。けれど、エルハムは全く気にする事もなく「小雨だから気持ちいいわね。」と笑っていた。


 「うん。そろそろベリーも沢山集まったわ。セリム、帰りましょうか?」
 「………姫様。少しお待ちください。軍隊の足音が聞こえます。」
 「えっ………。」


 セリムの緊迫した口調と、鋭い視線。
 エルハムも何かがあるのだと察知した。けれど、エルハムにはまだ何も聞こえない。セリムは訓練された騎士団員であり、全体の隊長である。きっと遠くの音を聞き取り、危険を感じ取ったのだろう。セリムはエルハムを守るように前に出て、エルハムに体を低くして草影に隠れるよう促した。
 エルハムは篭を抱えたまま、草影に隠れて辺りを見渡した。

 しばらくすると、エルハムにも数人の足音が聞こえてきた。もし他の国の軍であれば何をしにここに居るのか。それをしっかりと見なければいけない。シトロンの姫として場合によってはその場に出て行き兵を咎めなければいけないのだ。
 けれど、自分の味方は騎士団隊長のセリムだけだ。自分が出ていった事で、セリムに迷惑をかけてしまうかもしれない。
 
 まだ見ぬ足音の相手を考え、エルハムはいろんな事を思考していた。そして、ついに足音が大きくなり間近に人影が見えた。




 「セリム隊長!」


 そこに現れたのは、自国シトロンの騎士団員達だった。見たことのある防具と顔達に、エルハムはホッと息をついた。
 セリムも剣に手を添えて構えていた姿を解いて、彼らに話を掛けた。


 「………おまえ達だったか。こんな山奥に何用だ?巡視の時間ではないはずだが。」
 「前の巡視の一人が、異常があるとの事で増援を求めて戻ってきたのです。」
 「異常というのは?」
 「エルハム様っ!?」


 草むらから飛び出てきたエムハムを見て、騎士団員は驚きの声を上げた。突然、自国の姫様が現れ、そして雨に濡れ、そして泥まみれになっていたのだ。驚愕してしまうのも無理はない。
 けれど、エルハムはそんな様子を気にもしないで、騎士団員に声を掛けた。


 「話していただけますか?何があったのでしょうか?」
 「はい。この先にありますチャロアイト国に繋がるトンネルの入り口で、見知らぬ少年が座っておりまして。声をかけても、全く動こうとしないのです。」


 その話を聞いて、エルハムは迷子か他の国から逃げてきたかだと思った。どちらにしても、きっと雨の中さ迷い、大変な思いをしているだろう。そう考えたのだ。

 セリムは騎士団員から詳しい話しを聞いているようだったが、もし怪我したりや病気になっていたら、一刻を争うことになる。
 それに気づくと、エルハムは自然と体が動いていた。早く助けなければ、という一心でチャロアイト国へのトンネルを目指して駆けていた。

 雨水を吸ったドレスは重く、山奥のため草木も茂っており走りにくい。
 けれど、エルハムは走った。


 「この国では、私が人々を守らなければいけない。そう誓ったのだからっ………。」


 後ろの方から、エルハムがいなくなった事に気づいたセリムや騎士団員がエルハムを呼ぶ声が聞こえた。距離にしてもそれほど離れてはいないはずだ。
 先程、エルハム達が居たところはトンネルのすぐ近くだ。エルハムがトンネルに着く頃にはセリム達は追いつくだろう。
 そう思い、枝や葉であちこちに傷を作りながら、エルハムは弱っているだろう少年の元へと急いだ。


 急いでいたため、道になっていない山道を進んでいた。すると、ぽっかりと大きな穴が、エルハムの目の前に現れた。幅は人が10人ほどならんだぐらい、高さは馬車が通ってもまだまだ余裕があるほどの巨大なトンネルだ。


 シトロンは、ほとんどが海に囲まれた小さな国だが、北の方には深い森が広がっていた。その奥には大きな山脈があり、その麓には2つの大きなトンネルがあるのだ。

 今、エルハムの目の前にあるトンネル。そこを通るとチャロアイトの国になる。トンネル内はシトロン国の領土であるが、トンネルの向こう側を1歩でも出ればチャロアイト国になるのだ。

 普段ならば、商品や食材を積んだ馬車がたくさん通っていた。けれど、そんな大きなトンネルも、今日は雨とあって商人や農民達の姿は見当たらなかった。
 
 雨が木や葉、地面に落ちる音だけが響く森を、はーはーと浅い呼吸をしながら、エルハムはトンネルに近づいた。



 すると、雨を凌ぐようにトンネルの中で座り込む小さな人影を見つけた。
 確かに、16歳のエルハムより小柄のようだ。
 

 ゆっくりと近づくと、ごそりと人影が動いた。
 ボロボロの布を頭から被っており、顔はよく見えない。だが、見慣れない服と、木の棒のようなものを大切に抱き締めているのがわかった。

 雨が降っても声が届くぐらい近くなると、トンネル内にある蝋燭の光によってその少年の顔がようやく見えた。


 そこには、エルハムを睨み付ける真っ黒な瞳と、漆黒の髪をした不思議な少年がいたのだ。
 見たこともない容姿と、少年とは思えないほどの迫力のある視線。


 普通ならば、得体の知れない相手を見れば恐怖を感じるはずだった。

 けれど、エルハムは不思議と怖いとは感じなかった。むしろ、何故かその少年が気になって仕方がなかった。


 睨み付ける表情を見つめながら、エルハムはその少年との出会いは特別なものになると予感して、泥だらけの顔で微笑んだのだった。






 
 
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