13 / 32
13話「ピンク色のくちびる」
しおりを挟む13話「ピンク色のくちびる」
しずくの初恋は、小学生の頃だった。
その相手は、今目の前にいる、爽やか系の大人男子の伊坂光哉だった。
頭もよく、スポーツ万能、クラスのリーダー的存在だった光哉は、クラスの女の子の憧れの的だった。
授業中にまっすぐ手を挙げる姿や、教科書を堂々とした口調で読み上げる様子、かけっこで1位になって笑う顔や、ドッチボールで味方のクラスメイトを守って怪我をしてしまったり。
彼がするすべての行動に女の子は、ドキドキしながら見つめていた。
しずくもその中の一人だった。
だが、他のみんなと違った事があった。それは、幼稚園の頃からずっと一緒で仲が良かった事だ。
家が近かったこともあり、行き帰りは一緒になったし、遊ぶときも光哉から誘ってくることが多かったのだ。
しずくは光哉と遊べる事が何より嬉しくて、そして、少しだけ恥かしかった。
ある日、光哉が飼っていたうさぎが子どもを産んだ。その子うさぎを貰おうとしずくは両親に必死で説得した。自分で面倒を見る事を約束し、光哉からうさぎを貰ったのだ。
それからますます仲が良くなり、クラスメイトに「結婚しろー!」とからかわれるぐらいに一緒にいた。
そんな時でも光哉は怒る事なく、上手にかわすのだ。自分より年上なのではないかと思うぐらいに、彼は大人びていた。
そんなある日。
お互い同時期に引っ越す事が決まった。
貰ったうさぎの事を教える、と言って連絡先を交換し、年賀状は欠かさずお互いに書くようになった。
だが、中学生になりうさぎが死んでしまった次の年から、光哉から年賀状が届くことはなくなったのだ。
そうして、初恋は遠い昔の出来事となり、普段は思い出さない頭の隅に、彼の記憶を閉まっていた。
だが、本人に合うと忘れていた記憶が一気に甦ってきた。
光哉の優しさや、得意げな笑顔に、2人でうさぎを抱きしめた時の夕暮れの景色、大好きだった彼の姿が、色鮮やかに再生されていった。
懐かしいな、と思いながら、「どうして?」という気持ちが大きくなる。
「光哉くんの事は思い出せるのに、どうして彼の事は思い出せないのだろう。」と、自分が情けなくなってしまう。
初恋はとても切なくて、だからこそ思い出深いものなのかもしれない。
じゃあ、白との出会いは自分にとってはどうでもいい事なのだろうか。
決してそんな事はない、と胸を張って大きな声で主張したいが、思い出せないのだ。白との思い出が。
今はこんなにも彼の事ばかり考えているのに、自分の気持ちは相手に伝わることはない。どれぐらい思っているのか、言葉でしか伝えられないのだ。
相手にどう伝わるかもわからない。
「忘れているけど、あなたの事ばかり考えてしまいます。」そんな事を言っても、都合のいい女と思われてしまうのだろう、しずくはそう思っていた。
彼は「思い出さなくていい。」と言った。けれど、それは本心なのかわからない。
しずくは、半分意地になって過去を探しているのかもしれない。
だけど、白を全部自分で思い出して知りたいと思う気持ちは、まぎれもなく本当の気持ちなのだ。
「もっしもーし?しずくー?」
耳元で美冬の大きな声が聞こえて、しずくは慌てて意識を目の前に戻した。
光哉を見つめながら、過去を思い出し、そして自分の気持ちを悶々と考えいたようだった。
呆然と彼を見つめ、何の返事もないしずくに、2人は少し戸惑っていたが「ごめんなさい。懐かしくて昔を思い出していたみたい。」というと、安心したように笑った。
「イケメンに成長してて見惚れてたんじゃないのー?」
「ちょっと、美冬っ!?」
「はいはい。ありがとうございます、美冬さん。」
「もー、そういう反応がつまらないのよ。」
「俺はドMじゃないので。」
「はいはい。」
美冬と光哉は、知り合った仲のようで、美冬のからかいにも光哉は上手に返している。その仲の良さを見て、しずくはある考えに至った。
「もしかして、2人は付き合ってるの?」
しずくの言葉に、美冬と光哉は目を大きくさせてから、お互いに一瞬ちらりと見合ってから「それはない。」と同時に言った。
「光哉くんは、会社が同じなの。今まで部署が違ったから同期なのに全く会わなくて。数年前に一緒になってからよく飲みには行くようになったの。」
「そう。それで、たまたま旅行の写真を見せてもらった時に、雨ちゃんがいてさ。この子、見た事あると思って聞いたら雨ちゃんだったんだ。」
近いところに繋がりがあるものだと驚いていると、美冬のスマホのバイブがなった。
アラームだったようで、美冬は「もうこんな時間だ!私いかないと。」と言って席を立った。
「え・・・美冬ちゃん?」
「ごめんね。今日は予定あってさー。あとは2人で昔話を楽しんでね。」
しずくに向けてウィンクしながら言う彼女を見て「始めから、そのつもりだったんだ。」と、しずくは心の中でため息をついた。白との話を聞いた後に、光哉と会わせるのを迷っていたのだろう。
だが、もう光哉と約束をしてしまったし、しずくも付き合っているわけじゃないからいいだろう、と強行した。と、長い付き合いから美冬の考えをしずくはすぐに理解した。
「あ、その色すっごい似合ってるから、使ってね。」
自分の唇を指差しながらそう言い、美冬は颯爽と店内からいなくなったのだった。
「あいかわらずだなー。」と愚痴をこぼしていると、光哉が「色って何のこと?」と不思議そうに聞いてきた。
このレストランに来る前。
美冬の車の中で、誕生日プレゼントを貰ったのだ。すぐに開けて、と言われて開封すると、かわいいケースに入った口紅とグロスだった。
有名ブランドの物で、しずくも大好きなシリーズだった。その新作のようだった。
口紅をあけると、自分でも選ばないような華やかな赤みのあるピンクだった。
つけてみて、と彼女に言われて似合うのか不安になりながら唇の上に丁寧に色をのせていった。
そして、鏡で自分の顔を見ると、驚くぐらいにしっくりしていたのだ。さすが、美人の仕立ては完璧だった。
「へー。美冬さんのプレゼントかー。」
と言いながら、光哉はまじまじとしずくの顔を見つめたり、唇に少し顔を近づけたりした。
小学生の時以来の再会だ。そんな相手で、しかも初恋の男性なのだ。
突然顔が近くなり、ドキッとしていると、それをわかったのかハニカミながら「俺もすっごいイイと思う。」と、人差し指をしずくの唇に軽く当てた。
しずくは驚いて、口元を片手で覆って固まってしまうと、光哉は何故か嬉しそうに笑いながら「さ、メニューを選ぼう。」と言ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
恋。となり、となり、隣。
雉虎 悠雨
恋愛
友人の部屋にルームシェアすることになった篠崎ゆきは、引っ越してから三ヶ月、家が変わった以外は今まで通りの日常を送っていた。隣は赤ちゃんがいる家族と一人暮らしの背の高いあまり表情のない男。
ある日、マンションに帰ってくると、隣の部屋の前でその部屋の男、目雲周弥が倒れていた。
そして泥酔していたのを介抱する。
その一ヶ月後、またも帰宅すると隣の部屋の前でうずくまっている。また泥酔したのかとゆきが近づくと、前回と様子が違い酷いめまいを起こしているようだった。
ゆきは部屋になんとか運び入れ、また介抱した。
そこからゆきの日常も目雲の日常も変化していく。
小説家になろうにも掲載しています
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる