9 / 30
8話「一歩の勇気」
しおりを挟む8話「一歩の勇気」
黒の刻印の人々がすんでいる街は、街灯の光が弱く薄暗かった。
古びたビルや家が並んでおり、スラム街のような危険な雰囲気の道が続いていた。
水音はしばらく走ってみたが、人はほとんどいなかった。
けれども、妙な視線は先程から感じられていた。
物色されているような嫌な視線だった。けれども、水音は高価なものなど持っていなかったし、刻印を探されない限り、自分が無色だと気づかれないと思っていた。
少し遠くを見ると、近くに大きな明かりが見えるのに気が付いた。
そこに近づくにつれて、人の声や音楽などの音が聞こえてきた。
「あそこなら、お医者様がいるかもしれない。」
普段運動をほとんどしない水音は、息も荒くなり、足もフラフラだった。けれど、それを気にする余裕もなく、走り続けた。
小さな路地を走ると、眩しいぐらいの光が見えた。そこへ足を踏み入れようとした瞬間だった。
「待ったっ!!」
と、がっちりとした手が水音の腕を掴んだ。
明るい表通りに出る直前の、ギリギリのところだった。急に腕を掴んで止められたため、水音は驚いてその相手の方を向いた。
すると、そこには派手な柄の大判の織物を纏い、ジャラジャラと宝石など身に付けている、カールのかかった茶髪に長身の男がいた。
「お嬢ちゃん、どこ行くの?」
「……お医者様を探してるんです。大通りで探そうと思って……。急いでるので、手を離してください!」
水音は、自分の腕を力いっぱい引っ張るけれど、男が掴んでいる腕は離れなかった。
「お嬢ちゃん、その格好からして黒だよね?黒のルール知らない?」
「黒のルール……?」
水音がきょとんとした顔を見せると、その派手な男は驚いた顔を見せたが、何かに気づいたのか、すぐに先程の爽やかな笑顔に戻っていた。
「黒の刻印の者は、日没後の外出を禁止する。ってのがあるでしょ?忘れたの?」
人指しを立てて、教示するようにするように男は教えてくれた。
水音は内心では驚いていたが、表には出さないように「そうでしたね。」と曖昧に返事をした。
シュリは夜中に出て行っていたので、そんなルールがある事は知らなかったのだ。
派手な男は、水音の事を黒と勘違いをしていたが、無色とバレるよりは良いと話を合わせる事にした。
「それより、その服の汚れは血かい?怪我をしているのかな?」
灰色のシュリの部屋着は、所々に血がついていた。もちろん、それは水音の物ではなく、シュリの者だった。
「私は大丈夫です。でも、知り合いが大怪我をしているんです!だから、助けを………。」
「黒の刻印の者を誰が助けるの?」
「………え?」
「黒を診てくれる医者なんて、闇医者ぐらいだ。黒の領地で探すしかないね。」
そう言って男は、ちらりと後ろを振り向いた。
大通りの明るい景色とは一変して、黒が住む場所は真っ暗闇だった。
この中からお医者さんを探すのは至難の技だろう。水音は、途方にくれてしまう。
「こっちの明かりの方は……….。」
「青草の住む場所で、もっと奥には白蓮がある。こことは天国と地獄の差だろうね。」
本当にその通りなのかもしれない。
苦しんでいる人がいるのに、助けない。それはおかしな事だと思う人はいないのだろうか。
それが当たり前だと、本当に思っているのだろうか。
「でも、もしかしたら、助けてくれる人がいるかもしれません!」
「…………。」
水音の必死の希望を託した言葉を聞いても、その男は首を横に振るだけだった。
先程からずっと笑ったままの顔は、この時はとても寂しそうであり、苦しそうでもあった。
何とか説得して、掴んだ手を離してもらおうとした時だった。
「銀髪の男を探せっ!手負いだ、すぐに見つかるぞ!」
「無色を連れている可能性がある、無色には傷1つつけるな!」
そんな声は、黒の街から聞こえ大勢の男の大きな声があちこちから聞こえた。それと共に、ガシャガシャと金属がぶつかる音も一緒に聞こえてきた。それは水音にとって聞き覚えのある音だった。
湖からこの世界に来て、水音を探していた白騎士達の甲冑を着た人々の音だ。
「…………シュリっっ!」
「おっと!今度はどこにいくの?」
「もう離してください!あなたは、どうして私に構うんですか?」
白騎士は「銀髪の男」を探しているようだった。それは、たぶんシュリだと水音にもわかっていた。早くしないとシュリが白騎士に見つかってしまう……。普段の彼なら、湖から逃げた時のような、あの駿足で逃げられるかもしれない。
けれども、今は大怪我をしているのだ。
見つかって逃げられるとは思えない。
白騎士は白蓮たちの手駒だ。シュリが捕まったら何をされるかわからないのだ。
一刻も早くシュリの元へ行って助けたいのに、目の前の男が何故か邪魔をしてくるのだ。
さすがの水音も、大きな声を上げて、彼の顔を思い切り睨み付けた。
「僕は、齋藤エニシ(さいとう緣)だよ。」
「…………エニシさん、だから……!」
「男たるもの、かわいい女の子が目の前にいたら声を掛けたくなるものだろう?」
「………。」
水音は唖然としてエニシをマジマジと見てしまう。エニシは至って真面目のようだ。
所謂女たらしという男性を初めて目の当たりしたので、水音は驚くのと同時に、どのように対処すればいいのかわからずにいた。
しかし、こうやっている間にも、シュリが危険な目にあっているのかもしれない。
そう思うと、水音は体が勝手に動いていた。
「では、エニシさんにお願いがあります。」
「おお!何でも言ってくれ。女の子の願い叶えないとね。」
「あ、ありがとうございます………。この路地を真っ直ぐいった辺りに、古いですが立派なお屋敷みたいな廃墟がありますよね。」
「あぁ、元白蓮の別荘だね。」
エニシの発言は、水音には初耳の事だった。
何故黒が住むところに、わざわざ別荘など建てるのだろうか?物好きだったのか………そんなことを思ってしまう。
「そこに、私の友人がいますので、助けてください。」
「おお、わかった!……で、君はどうするのだい?」
エニシの気が緩んだ瞬間、水音は腕を引いてすぐに裏路地の奥へと走った。
「後で追いかけます!だから、必ず助けてくださいね、エニシさん。」
「おい、一人では危ないよ……って、行ってしまったか。どうやら、今回の無色はおてんば娘のようだね。」
水音の後ろ姿を見つめながら、エニシがつぶやいた言葉を水音は聞くことはなかった。
水音は、甲冑の音がする方へと急いだ。
白騎士たちが向かっている先は、シュリの家とは逆の方向だったので、水音は少しだけ安心した。彼らはまだ、シュリの家を見つけてはいないようだった。
しばらく走った後、どこかの家の前で白騎士たちが集まっている。そこがシュリの家だと勘違いしているようだった。
「銀色の髪の男がいるだろ!?早く出せ。」
「そんな男はいません……。ここには僕と妹だけです。」
「ここに入っていくのを見たという証言があるのだ。お前ら、嘘をついているな!」
白騎士の一人が罵声を浴びせているのは、小学生ぐらいの男の子と女の子だった。
ガリガリに痩せており、着ているものも薄汚れ、所々が破れている。こんなにも寒いのに薄いTシャツのみだった。
こんなにも弱っている子どもに対しても、白騎士は容赦がなかった。
嘘をついていると言い張っているのだ。
「本当にいないんですっ!」
そう言うと、二人はシクシクと泣き出してしまった。するの、白騎士はチッと舌打ちをして、「餓鬼はすぐ泣くから嫌いなんだよ!」と、言って二人の事を蹴飛ばし、腰にあった剣を抜いて、子どもたちに向けた。
「白騎士に逆らった罰だ。」
そう言って、抜いた剣を大きく掲げたのだ。
水音は、その瞬間震えていた体が止まった。
先ほどまで、白騎士の姿を見て、自分がシュリを助けてると決めた心が揺らぎかけていた。
大きな白い甲冑に、強い言葉、剣や弓の武器を持った男達が目の前にいるのだ。
水音は恐ろしくて仕方なく、子どもが困っているのに、足がすくんで動けなかった。
けれども、白騎士が剣を抜いて子ども達が斬られてしまう、そう思った瞬間。先ほど血まみれで倒れていたシュリの姿を思い出したのだ。
ここで子ども達を助けられなければ、シュリだって助けられない。子ども達が犠牲になったとしても、シュリはいずれ見つけられてしまうだろう。
そして何より、子ども達が殺されてしまいそうなのだ。「そんなこと、許さない……。」と、水音は小声で自分にいい気かけるようにつぶやくと、颯爽と隠れていた場所から、大きな道に走って出ていった。
「無色の君は、ここにいるわっっ!」
水音は、震える体を必死に堪え、大きな声で白騎士に向かって叫んだのだった。
0
あなたにおすすめの小説
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される
アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。
花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。
日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。
だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる