12 / 30
11話「掴まれた手の痛みと嘘」
しおりを挟む11話「掴まれた手の痛みと嘘」
水音が案内されたのは、客室と呼ばれていた部屋だった。けれど、とても立派で可愛らしい家具が置かれている一室だった。水音が喜ぶと、マナは得意気に「レイト様の未来のお嫁さまのために、私が準備したのです。」と、教えてくれた。隣はレイトの部屋だというから、準備がいい。
水音はベットにゴロンと横になった。
ここはレイトの家のはずなのに、なぜがシュリの香りがしたように感じた。
そして、自分が着ている洋服から香るものだと気がついた。
マナは、青草の町に出て水音の洋服を買いに行っていた。このままでもいいと水音は言ったのだが、マナは「それではレイト様に私たちが怒られてしまいます。」と言われてしまった。
そのため、この部屋でマナの帰りを待っていたのだ。
目を瞑ると、思い出すのはシュリの事ばかりだった。エニシに助けられているだろうか?無事にお医者様に診てもらえているだろうか。
彼の事を考えていると、水音はまた急に眠くなってしまった。今は、真夜中でもう少しで夜が明ける時間だ。
夜に異世界を走り回ってつかれてしまったのかもしれない。そんな事を冷静に思いながら、水音はゆっくりと体が夢の中へと沈んで行った。
水音が次に起きた時は、お昼過ぎの時間であった。トントンッと控えめに部屋のドアが叩かれる音だった。
「はい。」
「水音様、失礼致します。」
そう言って入ってきたのは、ショートカットが似合うマナだった。
「お目覚めでしたか。お湯の準備が出来ておりますが、入浴されますか?」
「寝てしまってごめんなさい。ぜひ、お願いしたいです。」
「いえ、水音様はお疲れのようでしたので。では、ご案内致します。」
マナに連れていかれたのは部屋の1階だった。
大きな脱衣場には、様々な花が置かれており、とても華やかだった。「体を洗うのをお手伝い致します。」と彼女に言われてしまったが、それは丁重にお断りをした。
温泉のように広い浴室。お湯は何かが入っているのか濁っていた。
久しぶりのお風呂は、やはり女としては気分が上がってしまう。
今までの汚れをしっかりと落としてからお風呂に入った。石鹸はとてもいい香りがして、お湯と同じローズの香りがしていた。
「はぁー。気持ちいいなぁー!」
大きな浴槽を独り占めできて、水音は少しだけ特別な気持ちになってしまった。浴室の中には、いくつもの貴石が入っており、水を足したり、お湯を適温にしたりしているようだった。
窓からは、レイトの家の庭園が見えた。
白い花が多く咲いていた。レイトの家や家の中の家具は白いものが多かった。
「レイトさんは白いものが好きなのかなぁ?」
そんな独り言を溢したときだった。
誰かがドアを開けて入ってくるのがわかった。体を洗うのを手伝ってくれるつもりだった、マナだろうと水音は思った。
女であっても、裸を見られるのには抵抗がある。
入り口に背を向けるようにして、肩までしっかりとお湯に浸かった。
「マナさん、体は自分で洗い終わったから大丈夫ですよ?」
「……それは残念です。」
「へ……?!キャアーッッ。」
予想外の声が聞こえて、振り向くとそこにエニシの姿があった。
「やあやあ、お嬢さん。また会ったね。」
「え、エニシさん。何でこちらに?というか、何でお風呂に入っちゃうんですか??」
エニシは、挨拶をしながらそのまま水音が入っていた浴槽に入ってしまう。
一応、腰にタオルを巻いているが、水音は何も巻いていなかったので、浴槽から出る事も出来なくなってしまう。
まだお湯が濁り湯だったのが不幸中の幸いだ。
「あの、エニシさん……その、お風呂は別々に入った方が……というか、何故レイトさんのお屋敷にいるのですか?」
状況がよく把握出来ず、頭を混乱させながら、エニシから逃げようとする。けれども、浴槽の中をズンズンと進んでこちらに向かってくる。
湯気でよく見えないが、エニシは意外にも引き締まった体をしていた。きっと、彼に捕まったら水音が逃げることは出来ないとすぐに理解した。
「実は、レイトとはお友達でねー。よく来るんだ。それにレイトのところに無色の君が来てると噂が流れていたからね。一目拝見したくてね。」
「だからって、ここまで来なくても……。」
「無色の君が湯に使ってると聞いてね。一緒に入れば、拝見もできるし、話もできるし、僕もお風呂に入れる。いい考えだと思ったんだけど。」
「……そろそろ、体が熱くなってきたので上がろうかなーと思ってて……。」
湯気がたくさんあるので、少しぐらい裸が見られるぐらいならば……と思い、浴槽から出ようとした瞬間。
エニシは一気に水音との距離をつめて、水音の腕を掴んで行く手を止めた。
「やっぱり、無色は君だったんだね。見た瞬間、そんな気がしたんだ。」
「………離してくださいっ……。」
片方の腕を高くまで上げられ、水音は吊られるように立ち上がる。
湯から出た体は、もちろん何も身につけていない、裸のままだった。
空いている片手で胸等を隠そうとするが、それも上手く出来るはずがなかった。
エニシは、会ったときと同じニコニコした顔で、水音の全身をジロジロと見た。
「透き通るぐらい白い肌だね。とっても綺麗だよ。それに、やはり本当にあの汚い刻印が無いんだね。」
「……見ないでください。」
恥ずかしさから彼の視線から逃げるように、水音は反対側を向いて視線をエニシから逸らした。
「僕は、君の願いを叶えてあげたよ。」
「え………。シュリは無事なの!?ケガは大丈夫です?」
「……あぁ。僕の屋敷で手当てをしてもらったよ。もちろん、内密にね。白蓮の家に黒が入るのは、あまりよく思われないからね。」
「よかった………シュリは無事なんですね。」
「でも、彼、朝になったらいなくなっててね。逃げてしまったみたいだ。」
「そう、ですか………。」
エニシの言葉は聞いて、水音は少しだけホッとした。
ずっと気がかりで心配だった事だ。シュリのケガは深かったはずだ。それを黒の刻印である黒が手当てをしてもらえたのは、かなりの幸運だったかもしれない。
「エニシさん。本当にありがとうございます。本日……。」
「お礼はいらないよ。だから………。」
そのまで言うと、水音の腕を更に上に持ち上げて、エニシの顔が近づくぐらいに体を寄せられた。目の前には、彼の顔があった。その顔には、先程までの笑顔はなく、凍りついた冷たい表情に変わっていた。
「変わり僕の願いを叶えてくれないかな。」
「え………エニシさん……。」
水音は、恐怖を感じながらエニシの顔を見つめた。見たくはなかったけれど、彼がギリギリと強く腕を握りしめてきており、反抗したらどうなってしまうのか。想像すると怖くなってしまったのだ……。
「僕の願いは、今の世界を変えないで欲しいって事だ。きっと、君はこの世界を変えようとするだろ?それは止めてくれないかな?」
「………それは、どういう……。」
「もし変えてしまったら、そうだな。君を殺すよりも酷いことをしてしまうかもしれないから覚悟をしておいて………。」
最後の台詞は、ニヤリと冷酷な微笑みだった。それを間近で見た水音は、背筋が凍りついた。
そこまで言った時だった。
「エニシっ!!何をしている?!」
ドアが乱暴に開いた。
入ってきたのは、白いスーツを着た、レイトだった。顔には怒りと焦りが見られた。
「あーあ。邪魔が入っちゃったね。あ、あと1つだけ忠告。あの、黒の男を信用しないようにね。大きな嘘をついているよ。」
「え……。キャッ!!」
急に腕を離されてしまい、水音はそのまま浴槽に落ちてしまう。
今の言葉の意味を問おうと思ったけれども、浴槽から顔を出した時は、すでにエニシは、浴室から出ようとしていた。
「おまえ、彼女に何をしたっ!?」
「別に。話をしただけで、レイトが思っているようなことはしてないよ?あ、でも………彼女の体、本当に刻印はなかったよ。」
「っっ!!エニシっ!」
レイトは、彼に掴みかかろうとしたが、それを上手くかわしてエニシはすぐに出ていってしまった。
ため息をつきながら、それを見送ったレイトは、ゆっくりと水音に近寄った。
「大丈夫か?水音。」
「あ、はい………あの、ありがとう、ございます。」
「ここにタオルを置いておくから。あと着替え終わったら話を聞かせてくれ。」
そう言うと、レイトは水音を申し訳ない顔で見つめ、ゆっくりとドアから出ていってしまった。
水音は、エニシが強くつかんだ腕を見つめた。そこには彼の手の跡が、くっくりと赤く残っていた。
震える体を、自分の腕で抱き締めしめながら、水音はしばらくお風呂から出れずにいた。
この世界を怖いと、強く思ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される
アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。
花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。
日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。
だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる