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9話「アスターステラホワイト」
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柊が案内してくれたのは、ホテルの最上階にあるおしゃれなレストランだった。柊のおかげで車酔いにならず、レストランには気分良く訪れる事が出来た。
柊と再会した時のバーのように海は見えないが、街の夜景がキラキラと輝いておりとても綺麗だった。
高級な雰囲気に緊張していると「間違っても誰にも怒られないから食事を楽しみましょう」と柊に言われるとホッと安心出来た。
食事を楽しみながら話しをしていると、柊はある提案をしてきた。
「あんまり年も変わらないし、敬語だとなんだかよそよそしいから、普通にしたいなって思っていたんですけど………どうかな?」
「私もその方が嬉しいです」
「よし、じゃあ、もう敬語は終わりね。それと風香ちゃんって呼んでいい?」
「うん。私は………柊さんで」
「なんで?呼び捨てでもいいよ?」
少し不服そうな様子の柊を見て、思わず笑ってしまった。彼には申し訳なかったけれど、この呼び方だけは変えたくなかった。
「年上なんで……それに、柊さんって呼びたいです」
「わかったよ。じゃあ、沢山名前呼んでね」
「はい。柊さん」
くすぐったい気持ちでそう名前を呼んだ。
彼と気軽に離れるのは嬉しい。また、昔の彼に近づいたように思える。
けれど、呼び方をも変えてしまうと、記憶がなくなってしまう前の柊が戻ってこないような気がしてしまったのだ。
だから、お互いに呼び捨てにしていたけれど、風香は「柊さん」と呼ぶことにしたのだった。
言葉というのは不思議だ。
ただ敬語を止めただけなのに、更に彼と距離が近くなれたように感じられたのだ。
食事の時間は、今までよりも盛り上がったように感じられた。少し大人びた様子の柊だったけれど、付き合っていた頃のような気さくと柔らかさを感じられて、よかったなと思えた。
「ご馳走様でした。いつも、ご馳走してもらってばかりで………ごめんね」
「それは気にしないで。あと、お酒飲めばよかったのに」
「………初めて会った時みたいに酔っぱらうのは恥ずかしいから止めたの」
ホテルから出て車に戻りながら、他愛もない話をする。運転する彼がお酒を飲めないのに、一人で飲むのも寂しいので、今回は飲酒しなかった。今度は2人で飲めるようにしたいな、と思いながら返事をすると、柊が真面目な口調で話し始めた。
「俺はあの時に風香ちゃんが酔っぱらってくれた事に感謝だけどね」
「え………」
風香は驚き、隣りを歩く柊を見上げた。
暗くなった駐車場でもわかる黒く、そして光りが当たり銀色になる綺麗な彼の髪が目にはいる。そこから風で見え隠れする彼の瞳は、まっすぐこちらを向いていた。
どうして、急に口調が変わったのかドキドキしてしまう。
すると、柊はすぐに表情を一転させて、いつもの笑顔に戻った。
「さ、車にどうぞ」
「あ、うん………」
助手席の扉を開けてくれる柊に促されて、風香は不思議に思いつつも車の中に入った。柊は優しくドアを閉めたあと、何故かトラックを開けた。上着を閉まったのだろう。そう思っていたけれど、運転席のドアを開けて入ってきた柊を見て、風香は驚いた。
「柊さん、それって………」
柊の手には、小さな花の鉢植えがあった。
小さく可憐な白い花が風香を出迎えてくれたのだ。中央には黄色、白い花びらは八重咲きになっており、小さいながらに豪華さもあった。
「風香ちゃんにプレゼントしたいと思って」
「あ、ありがとうございます……すごい可愛いお花ですね」
風香は柊から白い鉢を受け取り、目の前の花を見つめる。華からみずみずしい花の香りも感じられ、一気に幸せな気持ちになる。花にはそんな力があるなと思った。
柊は昔から何もない日に突然花束をプレゼントしてくれる事があった。馴染みの花屋があるようで、そこを通り気になる花を見つけると、買ってきてくれるのだった。
「本当は花束の方がかっこつくんだろうけど……どうしてもこれがよくて」
「鉢植えがよかったの?」
「そう」
柊は気恥ずかしそうにしながらも、風香が持っている花に触れる。そして、ゆっくりとこの花を選んでくれた理由を教えてくれた。
「花って、持ち主の悲しい事とか辛いことを吸いとってくれるんだって。風香ちゃん、知ってた?」
「ううん………元気にしてくれるとは思ってたけど、それは吸いとってくれてるから………」
「そうらしいよ。悲しいことばかりを吸ってると花も元気がなくなってしまうんだ。」
「そんな………」
「花束だと、短い間しか風香ちゃんの傍にいれないから、鉢植えにしたんだ。そうすれば、元気にしてもらえるかなって。そして、俺と会ったら必ず笑顔にするから……」
「柊さん………」
「そしたら、花も元気になるでしょ?」
柊はそう言って、風香の顔を覗き込む。
そして、彼の男らしくもほっそりとした指で風香の頬に触れた。
彼に肌を触れられるのが久しぶりで、風香は体が熱くなるのを感じる。そして、彼に触れたいと思ってしまう自分がいた。
体が熱くなったせいか、風香の瞳は涙ぐんでしまう。けれど、それを隠さずに彼の視線に合わせる。柊の事を見ていたいから。
すると、彼の喉がゴクンっと動くのがわかった。それさえも色っぽく感じてしまう。
ゆっくりと近づいてくる彼を見つめ続け、そして「柊さん……」と自然の名前を呼んでしまう。
「俺は君に惹かれてる。出会った時からずっと………君にはもうバレてしまっていると思うけど………風香ちゃんが好きだよ」
まっすぐな視線と優しい微笑み、そしてゆったりとした口調。彼らしい告白だった。
昔と比べてはダメだと思いつつも、彼はやっぱり変わらないなと思う。
どちらの告白も幸せな瞬間だった。
彼からの愛の告白ならば、何度でも受けたいと思ってしまう。
風香は涙が溢れるのをグッと我慢する。
すると、柊は「我慢しなくていいよ?」と言って、彼の目元に指を置いた。
彼が触れたからだろうか。溜まっていた涙がポロリと落ちる。1度流れてしまった涙は止めることが出来ずに、そのまま頬や顎をつたい、風香の腕の中にあった花に落ちていく。
「私も柊さんが好き………好きなってしまいました」
涙声に紛れて、風香は告白の返事をする。
それは、これなら新たに恋人になるための返事だ。
また、こうやって相手の「好き」という気持ちを知る事が出来たのは奇跡なのかもしれない。
また、恋人になれたことへの安心感と、切なさと不安が混ざり合ったぐじゃぐじゃの気持ち。
そんな風香の気持ちをしる事もない柊は、嬉しそうに微笑んだ後、風香の涙を止めるために、小さなキスを落とした。
それが、風香と記憶を失くした柊との2回目の始まりのキスだった。
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