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16話「朝の戯れ」
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「風香ちゃん………?」
柊が寝室に入ると、明かりのついた部屋で風香がベットに横になっていた。ベットの縁に座り、そのまま上半身だけがベットに寝ている状態だった。
風香の穏やかな寝顔を見て、柊は安心した。
柊がシャワーを浴びている間に寝てしまったのだろう。無理もない事だ。自分の部屋が不法侵入され、そして経験したこともない不安と恐怖。そして、事情聴取があったのだ。風香は心身共に疲れていたはずだ。そして、もう少しで夜明けを迎えてしまう時間帯。
柊は風香の隣に座り、彼女の頭を優しく撫でた。すると、無理な体勢で眠りが浅かったのか、風香は「ん………」と声を洩らしながら、ゆっくりと目を覚ました。
「………あ、柊さん。ごめん……寝ちゃってた」
「いいんだ。俺の方こそごめん。起こしちゃったね。ほら、布団をかけないと体が冷えるよ」
「うん………」
まだ、ボーッとしている風香を見て、柊は思わず微笑ましく思ってしまう。まるで、子どものように見えたのだ。
うん、と言いながらも体を起こしてからボーッとしている風香の体を支えながら、枕の上まで頭を移動させ、体をゆっくり横にした。普段ならば抱きしめただけで顔を真っ赤にさせてしまう風香だったが、こんなにも距離が近くなっても、反応がない。余程眠たいのだろう。
「おやすみ、風香ちゃん」
うとうとしている彼女に布団を掛けようしたが、風香の手が伸びてきて、柊の袖を掴んだ。
「柊さんは、一緒に寝ないの?」
「俺はソファで寝るよ」
「………何で?また、一緒に寝たいのに………」
「またって、誰と勘違いしてるの?妬けるな………」
「違うよ。………少しだけでもいいから、一緒がいい……」
「わかった。じゃあ、一緒に寝るよ」
泣きそうな顔でそんな風にお願いされてしまっては、恋人として断れるわけもない。
俺だって、君と一緒に寝たいけど、いいの?、とは聞けるはずもない。彼女からお許しが出たのだ。一緒に寝ると言っても添い寝だろうけれど。
もちろん、あんな酷いことがあった恋人に体を求めるつもりもなかった。風香がぐっすりと寝れるように別々の部屋にしようと思っただけだ。けれど、風香が自分と寝る事で安心出来るのならば、いくらでも寝よう。
むしろ、嬉しいぐらいだ、と柊は思った。
自分もベットに体を倒し、布団をかける。そして、目覚ましのタイマーをセットした後、照明を消した。
柊が枕に頭を落とすと、風香はこちらに体を寄せてきた。柊は「今日は甘えただね」と、小さな声で微笑みながら言うと、彼女の体を優しく抱きしめた。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
柊の胸の中で、目を瞑った風香からすぐに寝息が聞こえた。あっという間に寝てしまったようだ。
柊は彼女の髪に顔を埋めると、甘い香りがする。同じシャンプーを使っているはずなのに、どうして彼女はとてもいい香りがするのだろうか。
部屋には、風香の静かな寝息と鼓動が聞こえる。その音を聞いているだけで、柊もすぐに眠気に襲われた。
彼女を安心させるつもりが、自分もホッとしてしまったようだ。
短い穏やかな時間に幸せを感じながら、柊は風香と同じようにすぐに眠ってしまったのだった。
☆☆☆
久しぶりに彼の体温を感じながら眠る夜。
風香はとても嬉しかったのか、夢の中でも同じように彼に抱きついて眠っていた。
ふわふわとして気持ちがいい。こんなにも安心して寝たのはいつぶりだろうか。
薬を飲んでもこんなに熟睡出来ていないだろうな。
薬………。そう言えば、最近飲んでないな。
と、思った瞬間だった。
ズキッと激しい頭痛に襲われた。
「クッ…………痛っ…………」
風香は頭を押さえて、その痛みに耐えた。けれど、目には涙が滲むほどだった。
彼が行方不明になってから、偏頭痛に悩む事は多少はあったけれど、ここまで酷いものはなかった。
風香は、苦痛に声を洩らしながら、それが治まるのを待った。
「ん………風香ちゃん?………っっ!どうしたの?」
「…………痛い………頭が………」
「大丈夫?病院に行こうか?」
「………大丈夫です。きっと、寝ていれば治るので………」
震える声でそう答える。
風香は痛みに耐えながら、彼を見てニッコリと微笑んだ。すると、柊の方が辛そうな顔になり、そして風香を優しく抱きしめた。
肩を擦りながら、風香の痛みが取れるまで傍に居てくれるようだった。
どんなに悲しい夜も、涙を流しても、柊はいなかった。苦しくて、辛かった日々を思えば、頭痛など苦でもなかった。
一人きりになった日々に比べれば、今はどんなにも幸せなのだから。
「柊さん………おはようございます………」
風香は、頭痛で目が上手く開かなかったけれど、彼の顔を見て朝一番に彼に挨拶をした。すると、痛みのせいなのか、涙がポロリと流れ落ちた。
「おはよう。風香ちゃん………」
柊はそう返すと、風香が涙を流した瞳のすぐ下の頬にキスをしてくれる。涙を舐めとるようなキスに、風香の胸がきゅーっとした。大好きな感覚だ。
彼の声と、キスと体温。その優しさを感じるだけで痛みは和らぐのだった。
どれぐらい時間が経っただろうか。
風香はまた、寝てしまっていたようだった。
フラフラと起き上がり、パジャマのままリビングに向かった。すると、スーツ姿の柊が立っていた。出掛ける所だったのか、鞄と車の鍵を手にしている。
「柊さん………」
「あぁ、風香ちゃん。もう、体調は大丈夫?」
「はい。昨日から、その……いろいろご迷惑をお掛けしてしまい、ごめんなさい」
「迷惑なんかじゃないよ。一緒に寝れて嬉しかったんだ。俺がぎゅってしたかったからしてただけだって」
「はい」
「それより、頭痛は大丈夫?酷そうだから、病院に行くことも考えてたんだけど」
「大丈夫だよ。ただ………薬を自宅に置いてきたから、取りに戻ってもいいかな?少しだけなら一人でも行けるし」
風香の提案に、柊は迷った様子で考え込んでしまった。彼はやはり心配なのだろう。それに、体調の悪い風香を一人で出掛けさせるのも気がかりなのかもしれない。
「ダメかな?」
「………昨日の今日だからね。仕事終わりでもいいなら、俺が帰ってから行こう。それでもいいかな?」
「うん!仕事道具は持ってきてるから、ここで仕事しててもいいかな?」
「いいけど、無理はしないでね」
すっかり元気になった風香を見て、柊は安心しながらも、苦笑しながらそう言った。
昨日までショックで泣いてしまい、そして先程は頭痛で起きれないほどだったのだ。彼が心配そうに言うのも仕方がない事かもしれない。
けれど、それは全て彼のお陰なのだと、風香はわかっていた。
「朝食は、サンドイッチを買ってきたよ。フルーツサンドもあるんだ。昨日夕食もほとんど食べてないからお腹すいてるでしょ?」
「ありがとう。おいしそう………」
「お昼もお弁当買ってはきたけど………それでよかったかな?ごめんね、俺あんまり料理はしなくて、食材が家にないんだ」
「ありがとうございます」
「夜には戻るよ。家にあるものは何でも使って食べていいからね。それから、家からは出ないようにして」
「はい。いってらっしゃい」
風香は何気なくそう言ったけれど、お見送りするのはどうも新婚や同棲をしている恋人のようで、恥ずかしくなる。
それは、柊も同じだったようで、驚いた後に少し頬を赤くして嬉しそうにはにかんだ。
「うん、いってきます」
そういうと、柊は風香を引き寄せて小さくキスをした。そのして、そのまま額同士をくっ付けたまま「パジャマ姿の君を堪能出来ないのが残念だよ」と、言い残すと小さく手を振って玄関の方へと向かってしまった。
慌てて玄関に向かうと、「夜の楽しみにしておく」と、柊は部屋を出ていった。
「出掛ける間際にそんな事言うのは反則だよ」
風香は、朝から甘い言葉を囁く柊を思い出しては、バタバタと足を踏みながら悶えるしかなかった。
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