2 / 30
一章「沈丁花の遭逢」
二、
しおりを挟む二、
「へぇ………。神様である俺に嘘をつく、か。いや、ついているという事は、今までの会話の中に嘘があった、と」
「……はい。ダメでしょうか?」
やはり、嘘をつく人間など神様は感心しないのだろうか。
もしそうであるならば、きっと今の条件はなかった事になり、紅月は死に怯えながら、残りの短い時間を過ごす事になる。
言わなければよかったのかもしれない。
けれど、これだけは伝えておかなければいけない。紅月は自分の思いと行動に後悔はなかった。
どうせ、死ぬ運命だったのだから。受け入れるしかないのだ。
今までの人生もそうだったように。
神様はニヤリと面白いものを見るように笑みを浮かべながら、紅月を見つめている。
人一人の命を握っているというのに余裕の笑みを見せるところは、やはり神という存在なのだろう。
「その嘘というのをいつ、私に教えてくれる?」
「神様が知る時まで、ではだめでしょうか?」
「いいだろう。では、交渉は成立だな」
パンッと1回手を叩いた神様は満足そうに笑みを浮かべている。
どうやら、条件と引き換えに呪いとやらを払ってくれるらしい。紅月はホッとしつつも、神様との結婚という事が信じられずにいた。それに、神様と夫婦になって何をすればいいのか、想像もつかなかった。
「あの、それで。私は何をすれば……」
「それで、人間の嫁よ。人間は結婚をしたら何をするのだ?」
「………」
なるほど。
どうやら、この神様もわかっていなかったようだ。
紅月は、人間の結婚式というのを思い浮かべてみる。
家族や親戚を集めてお祝いをしてもらい、誓いのキスを交わし、結婚指輪を互いにつけあう。そんな説明をしようと思い、寸前で止める。
家族や親戚に神様と結婚しますなど、言えるはずもない。家族は皆、霊感があるわけではないので、見えるはずもないのだから、頭がおかしくなったのではないかと心配されるだけだろう。
それにキスをすると伝えれば、あの神様の事だ。深い意味など考えずに喜々として口づけをしてくるのではないか。
そうなると消去法で伝える事は1つだけになる。
「……えっと。結婚の証として指輪を交換します」
「ほう。酒の飲み交わすのではないのか。今の結婚はずいぶん変わったのだな。それで、どんな指輪だ?」
「一般的には銀を使ったお揃いの指輪とかでしょうか?」
「なるほどな。あまり力は使いたくないが、せっかく夫婦になるのだ……」
そう言うと、神様は自身の白い手を握りしめ、自分の息をフーッと吹きかける。
その後に「銀の花をさかせたもう」と、小さく澄んだ声で自分の手元に語り掛ける。
「指輪はどこの指につける?」
「左の薬指です」
「では、紅月。手を出せ」
「……はい」
おずおずと神様に向けて手を伸ばす。神様は冷たい手で紅月の手を優しく取り、左手の薬指に触れる。
「俺は神の力を持って、紅月を守ると誓おう」
凛とした口調でそう宣言すると、緊張して固くなっている紅月の指に、神様の冷たい体温を吸って随分と冷えきった銀の指輪をはめていく。先ほどのまじないのような一連の動きで指輪が出来上がったのだろうか。紅月の指にぴったりとはまっている。
そして、指輪には手毬のような小さな銀の飾りがついており、よくよく見ると小さな花が重なって咲いている。まるで、生きた花を小さくして、銀を塗り付けたかのように、繊細なつくりだった。
「すごい……!綺麗ですっ!」
「気に入ったか?」
「はい。あの、このお花は……?」
「沈丁花だ。春先に咲く、甘く薫り高い花。紅月に似合うと思った」
「………沈丁花。神様の香りとは違うのですね」
「俺のは沈香だ。だが、香り高い沈丁花は、沈香と似た香りをしており、そして、十字形の花が丁子に似ている。そのため、その2つの名前を取って、『沈丁花』と、呼ばれている。春を迎える沈丁花の季節に出会ったのだしおまえは甘い香りが似合う。俺の名前と香りが似ているのだ。よいだろう?」
そういうと同時に、甘い春の香りが2人を包み始めた。
きっと神様が薫りをどこから連れて来てくれたのだろう。
花の優しい香りに、紅月はうっとりしてしまう。まるで近くに沈丁花が咲き誇っているかのようだった。
「では、私にもつけてくれ」
「は、はい……」
紅月の手のひらの置かれたのは、もう1つの銀の指輪。けれど、そこには沈丁花の飾りは見られない。そのかわりに、指輪の小さなな花が描かれており、銀の沈丁花で囲まれているデザインになっていた。
紅月の体温で少しだけ温かくなった指輪を持ち、今度は紅月が彼に指にはめる。
これが終われば正式に神様と結婚となる。そう思うと、気持ちが落ち着かなくなる。
「紅月?」
しばらくの間、固まっていた紅月を優しく呼ぶ。
心配そうな顔の神様を見て、人間と同じだなっと思ってしまう。紅月が戸惑っていると思ったのだろう。申し訳なく思い、紅月は笑みを返す。
「神様の事は何と呼べはよろしいですか?」
「あぁ、そうだったな。矢鏡でいい」
「わかりました。では矢鏡様………」
冷たい手を温めるように包み、薬指に綺麗な銀の指輪を撫でるようにはめる。
「私は、矢鏡様を支える事を誓います」
「……あぁ。私は弱き神だからな。よろしく頼む」
2人は両手を握り合い少し恥ずかしさを滲ませながら微笑む。
どうして、矢鏡と紅月がこんなにもすんなり夫婦になれたのか。
それをわかる時は、もうしばらく先に事だ。その時こそ、矢鏡に紅月の嘘がバレてしまうだろう。
その時、彼の顔を見たくないな、と紅月は思ってしまった。
結婚をしても、朝を迎えればいつもと同じ日常が始まる。
普通の人間と結婚すれば、役所に結婚届を出したり、苗字が変わったりして少しは変化を感じられたかもしれない。けれど、紅月の結婚相手は神様だ。苗字もなければ、結婚届をだす必要もない。
変わった事があるとしたら、左手の薬指にある銀の沈丁花の指輪。
そして、一人暮らしではなくなった事ぐらいだろうか。でも、その相手も人間ではないのだけれど。
「あー、朝か。おはよう」
「おはようございます、矢鏡様。それにしても、普通に私の部屋に居るんですね」
「夫婦になったのだぞ。当たり前だろ。それにしてもおまえのベットとやらは狭いな。もう少し大きくしたらいいんじゃないか」
「そんな事したら狭い部屋が、もっと狭くなりますよ」
「確かにそうだな。広い部屋に越すか?金なら出してやるぞ」
「矢鏡様、お金なんてあるんですか?」
「ほら、これぐらいなら」
そう言って袖から花柄の綺麗な布袋を出して、紅月に手渡す。
神様がお金を持っているのが不思議で、中身を確かめたくてつい手を伸ばしてしまう。現代のお金が入っているのだろうか、とお宝を見る気分でドキドキしながら巾着の中の物を手のひらに出す。
「これ、昔の小判じゃないですか!?」
そこから出てきたのは、歴史の教科書や博物館で見たことがあるような金色の小判が何枚も姿を現したのだ。ずっしりとした金の重さと綺麗に光る黄金色に、紅月は唖然として言葉を失ってしまう。
「昔、俺の神社に参拝客が多く、祭りなどやっていた頃は賽銭も多くてね。金を持ってる殿様たちも来た事があるんだ。俺は金も使わないから、そのままだ。まだ欲しいなら、他にもあるぞ」
「い、いらないですよ!?こんな大切なもの。お気持ちだけで十分です」
神様への感謝と願いを叶えるためのお賽銭。沢山の人々の気持ちがこもったお金だ。使えるはずない。
慌てて断ると、矢鏡は残念そうに顔をしかめた。
「何だ、夫婦なのに遠慮はいらないのだ。俺が、神として働き人間から貰ったものだ。人が働いてお金を稼ぐのと何が違うのだ?」
「そ、それはそうなんですけど」
「2人で暮らすための部屋を借りるだけだ、受け取っておけ」
「わ、わかりました!それでしたら、たぶん1枚で十分なので。考えておきます」
「あぁ、頼んだぞ。さぁ、飯にしよう。紅月の手料理だな」
一晩ですっかり狭い部屋に慣れたのか、キッチンの方へとウキウキとしながら歩いていく矢鏡を見送りながら紅月は思わず笑みをこぼす。
出会ってすぐに交わした結婚生活だが、こうやって笑えていることが不思議で仕方がなかった。
けれど、これも縁なのだろう。
神様のお嫁は、どんな生活が待っているのか。
今はただ目の前の事を楽しめればいい。そう自分に言い聞かせて、呪いがあるという心臓部分を服の上からギュッと握りしめたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる