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四章「わたしの神様」
二十五、
しおりを挟む二十五、
大きく細い舌がチラチラと出ているが、巨大な蛇の口が動いている様子などはなかったので、蛇神が直接頭の中に声を掛けてきたようだった。
その蛇神の提案を聞いた瞬間、夢の中であっても優月は頭に血が上っているのがわかった。
「あなたからの情けなど受けたくありません。私は、独りではありません。死ぬときぐらい穏やかに逝きたいので、私の夢に勝手に出てこないでください」
『話シヲ聞カナイト後悔スルゾ』
「何を勝手な事を……」
これが起きている時ならば、とっくにこの蛇の前から立ち去っていただろう。けれど、夢の中ではそうはいかない。それがもどかしく、優月は逃げ出したい気持ちに駆られる。
だが、それが出来ないのだ。
『矢鏡神社ヲ消滅サセタクナイノダロウ?』
「え……」
『神ハ人間ニ忘レラレレバ存在ガナクナル。消滅ダ』
「左京様が消滅する。いなくなってしまう?」
『ソレ、私ナラバ防ゲルゾ』
「………それはどうして」
『話ヲ聞クノカ。人間ノ娘ヨ』
こんな年老いても娘と呼ばれる事に不思議に思いながらも、優月はその楽し気に笑う蛇を睨みつけた。
人が必死になっている時に面白げに笑うのだ。やはり、この蛇神というのは良い存在ではにと改めて思ってしまう。
『死ンダ後、人間ニ甦ッタ時に、今ノ記憶ヲ残シテオイテヤロウ。理解ハ出来ナイダロウガ、生マレタ瞬間カラ矢鏡神社ノ神ダッタ人間ノ記憶ハ残ッテイルヨウニシテヤル』
「そうすれば、左京様は消滅をしないで存在出来るのね………!」
『ソウダ』
そうすれば、自分が左京を覚えたまま他の人間として生き返ることが出来る。そして、矢鏡神社を参拝し続ける事が出来るのだ。蛇神が話した提案というのは、本当に優月が欲しかったものだった。いや、それ以上かもしれない。
左京様の消滅は防げる。
今度こそ、自分が守るれる。
それに、心の中でホッとしていた。
『ダガ、ソノ願イヲ叶エルタメニハ交換条件ガアルノヲ忘レテイナイカ』
「その条件というのは何?」
『オマエノ体ヲ食ワセロ』
「こんな老いた体を?食べる?」
『生マレカワリ、25歳デオマエを食ウ。ソノ年デ必ズ死ヌ呪イヲカケテヤル。モチロン純潔ノ体ノママトイウノヲ忘レルナ』
「純潔のまま二十語歳で生きて、必ず死ぬ。そして、あなたに食べられる。でも、その後は……」
『五回死ヌマデ記憶ヲ残シテヤロウ』
「………わかったわ。でも一つだけお願いがあります」
『我儘ナ人間。人間ダカラコソオマエモ我儘ナノカ。言ッテミロ』
蛇神からの提案は、優月が拒否などするはずもない、願ってもいなかった好条件だ。
けれど、1つだけ気がかりな事があった。
「左京様。矢鏡様に、私が記憶を持ったまま生を受けたと気付いて欲しくない。だから、左京様の記憶を消す事は出来る?」
『オマエガ蘇ルマデノ僅カナ時間。ソノ時間ハアノ神ニトッテ瀕死状態。ソノ時デアレバ術ヲカケルコトナド容易イ。ヨカロウ、叶エテヤル。ダガ、5回記憶ヲ戻シタ後、オマエノ魂モ食ウ』
「……それでもかまいません」
その25年を5回となると100年以上になる。その間に、優月が矢鏡神社に参拝する人を見つけて行けばいいのだ。そうすれば優月が死んだ後も、他の誰から矢鏡神社を参拝していき、彼が消滅する心配はないのだ。
そうなれば、安心して消滅出来る。
その時に、彼にもう会えなくなるのはきっと寂しいのだろうけれど、左京を助けられるならば、やるしかないのだ。絶対に彼を守る。
そして、自分が蘇って25歳で必ず死ぬとなれば左京は、きっと気づいてしまうだろう。優月に何かあると、左京はわかってしまう。そのために、左京の記憶も消してもらう事にした。
人は死んでしまえばそれっきりなのだ。
私は死んでからに左京の事を思い出せる。それだけでも、幸せな事なのだ。
「…………お願いします」
その後、優月は目覚める事なくそのまま優月としての生涯を終えた。
次に記憶を残して生き返った優月は、違う少女として昔生きた村の近くに生まれた。
4歳ぐらいになって優月として生きた記憶を鮮明に気づき、その意味を理解していった。
そのため、すぐに両親にせがんで村まで連れて行ってもらって山まで遊びに行った。その時すでに矢鏡神社は廃墟になりはてていたが、両親は「何てかわいそうなの」と一緒にお参りしてくれた。
その後、25歳で事故に遭い死に、次は病気で死んだ。
誕生日に必ず死ぬのはとても怖かった。死ぬ時期がわかっているからこそ、その日を恐れて暮らす事もあった。
次はどうやって死ぬのだろうか。
けれど、それよりも恐ろしい事は自分が死んで、昔の記憶を理解するまでの時間、矢鏡神社が取り壊しされているのではないか。そんな恐怖があった。成人し、自由に矢鏡神社を参拝するようになると、その神社に友人を連れていくこともあった。けれど、優月が死んだと、継続してお参りをしてくれる人にはなかなか出会えなかった。
25歳で死ぬ優月にとって他人との交流は、死ぬときに悲しみが深くなるため、ほとんど交流を持たないようにしていたので、神社へ一緒に参拝してくれる関係を結べるまでいくのが困難であった。それに、辺鄙なところにあるし、ほぼ廃墟だ。友人たちは皆「ここに神様なんているの?」と、怪訝な目で見ていた。
そのため、矢鏡神社の参拝者を見つけるのは難しくなった。
そして、何度も死んでいくうちに優月の体に異変も起こった。
死期が近くなると、人外のものたちの気配を見れるようになってきたのだ。
それを感じたのは3回目の24歳のころだった、矢鏡神社を訪れた時に、誰かの視線を感じたのだ。怖くはない、とても優しい気配で、優月を見守ってくれるようなぬくもりさえ感じられるものであった。
それが左京だ、と優月はすぐにわかった。
死期が近くなると、死の気を纏うために感じられるようになるのかもしれない。それなら、4回目はどうなるのだろうか。左京を見る事が出来るのだろうか。
3回めの死は、怖くなかった。
次は左京を見れるかもしれないという期待があったためだ。そして4回目の20歳になる頃。優月の目にはしっかりと左京がいた。あの頃と変わらない彼の顔。肌は白くなっていたし、少し細見になっていたようだが、それでも彼の優しい笑顔は変わらない。優月を見つめる彼は、子どもを見るように穏やかなものだった。
左京様!と、名前を呼んで飛びついて、抱きしめて貰いたかった。
話しをして、「助けてくださり、ありがとうございました」「大好きです」と伝えたかった。けれど、それは出来ない。
蛇神に魂を渡す代わりに、彼の記憶を消して貰っているのだ。自分が話してしまっては全て水の泡になってしまうし、きっと彼は忘れてしまっているのだ。
だから、この時も彼の視線を感じながらもそれに気づかないふりをしつづけて、悲しくなりながらもその生涯を終えた。
そして、最後、5回目の人生がスタートした。
すでに子どもの頃から霊感が強く、霊をはっきりと見えるようになっていた。
自分の中に呪いが強くなっているのでさえ感じられるようになっていたのだ。蛇神が早く魂ごと自分を食べるのを心待ちにしているのだろう。
そして、25歳の誕生日が近づいた頃だった。
「おまえ、あと少しで死ぬんだな?」
懐かし声。
ずっと聞きたかった、何百年も恋焦がれた左京の声がレッドムーンの光りが落ちる夜道に響いた。
それを聞いた瞬間に、涙が零れそうになるのを紅月はグッと我慢した。
ここで、左京の事を覚えているとバレてしまえば、全てが台無しになる。左京に心配をかけたくない。無視しなければいけない。
けれど、自分の命はあと少し。魂ごと食われてしまえば、存在も記憶もなくなってしまう。左京の事も忘れてしまうのだ。
だから、きっとこれは神様がくれた最後の贈り物なのだ。残された短い時間だけ、左京と過ごせる時間をくださったのだ。
だから、こそ思い切って彼の声に返事をした。
けれど、あなたと初めてあったように演技をしながら。嘘をつき続けながら。
彼に嘘をついてしまうのは心苦しかったけれど、それ以上にとても幸せだった。
左京に会いたくてしかたがない数百年を過ごしてきたのだ。最後に話しを出来て、ぬくもりも感じられて、そして、彼と結婚まで出来たのだ。これ以上に何を望むというのだろう。
1つだけ、神様にお願いをするならば。
願わくは、左京様がずっと人間に慕われる神様でいて欲しい。
ただ、それだけだった。
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