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6話「ブラックコーヒーの味」
しおりを挟む6話「ブラックコーヒーの味」
その後、昨日剣舞を踊った部屋に案内され、また同じように踊って欲しいと関から頼まれたのだ。
どうやら動画だけではなく、ある機材を体に付けなければいけないのだそうだ。キャラクターの動画が作れないのであれば仕方がないため、響はもちろんそれを引き受けた。
身軽な服になり、膝や肘などの関節など体の至る所に機械を取り付けていく。それほど重くないものだがやはり違和感は感じてしまう。
「いろいろ身に付けなければいけないのね」
「……まぁな。これでも軽量化してきたんだ。昔はもっとすごかった。もっと少なくも出来るが、詳しくデータが欲しいから、多めにつけるぞ」
「うん」
幼馴染みとはいえ異性に体に触れられるのは緊張してしまう。見ず知らずの人につけてもらうよりはいいとは思うが、千絃との距離が近くなりどうも落ち着かなかった。
千絃と関と数名のスタッフが見守る中、剣舞を数回踊った。緊張感を感じながら、そして休みなく踊ったからだろうか。響は昨日よりもヘトヘトになってしまい、すぐに千絃から貰ったジャスミンティーを飲み干してしまった。
「大丈夫か?」
「あ、うん。それよりまたもう1回やった方がいい?まだ踊れるけど………」
「いや、もう大丈夫だ。機材取るぞ」
「わかった。」
千絃が手際よく機材を取っていると、拍手をしながら関がこちらにゆっくりと歩いてきた。
「漣さん、ありがとうございました!とてもいい舞でした。やはりリアルが1番感動しますね」
「喜んでいただけてよかったです」
「何回も踊らせてしまってすみません。ですが、しっかり撮らせて貰いましたので、数日後には完成させます。その際は、また動画を更新しますので、漣さんもみてください。それを見て、判断していただいてかまいませんので」
「わかりました」
響は借りたタオルで顔についた汗を拭いながら、返事をする。満足なものが撮れたからか、関はとても嬉しそうな笑みを浮かべていたので、響も安心した。
「丁度お昼の時間になりましたね。そのまはま帰って貰って大丈夫ですので。月城、漣さんと昼食をとってきてくれないか」
「わかりました」
「私はこれから会議があるので、失礼させてもらいますね。今日はありがとうございました」
「あ、いえ………私は………」
関の提案を断ろうとしてけれど、彼とスタッフはさっさと部屋から出ていってしまった。
残されたのは響と千絃だけだ。先ほど少し雰囲気は戻ったといえど、ギスギスしている事には変わりわないのだ。
「ほら。いくぞ………。会社の奢りだ」
「でも……」
「近くに上手い冷麺出す店あるぞ」
「………行くわ」
好物を出されてしまっては、欲望に勝てるはずもない。
響は彼は渋々彼の後をついていきながらも、心の中では昼食の事で頭がいっぱいになっていた。
「おいしー!本当にここの店の冷麺美味しいわね」
「おまえ、本当に好きなんだな。変わってねーな」
「好みはそんなに簡単に変わらないわ」
夢中で食べてしまい、油断したところを見られてしまい慌てて反論すると、千絃は面白そうに笑っていた。
「おまえ、試合後の打ち上げで焼き肉とか行っても肉食べないで冷麺ばっかり食べてたよな。2杯目とか」
「よく覚えてるわね、そんな事」
「面白かったからな」
クククッと笑う千絃を見て、当時の事を思い出してしまう。彼はいつも私の隣に座り、同じようにからかってきていた。けれど、それは悪い気分にならずに、当たり前の日常になっていたのだ。
だからだろうか。こうやって一緒に食事をしたり、話をすると心地よく感じてしまうのは。
「剣道、まだ続けてるのか?」
「ううん。筋トレとか素振りぐらい。お世話になってる道場には時々顔を出してるけどね」
「そうか………」
千絃と響は幼い頃から剣道を習っていた。道場も部活を同じで、幼馴染みでもありライバルでもあった。
だからこそ、千絃にも「剣道してる?」と聞きたかったけれど、響にはそんな勇気はなく、その言葉と飲み込んだ。
「あ、千絃は仕事でしょ?食べ終わったら自分で帰れるから大丈夫だよ」
「………あの動画で大分有名になってると思うけど、そのまま駅に行くのか?」
「え………」
「さっきから、近くの客の視線を感じるんだけどな」
「えぇ、うそ……!?」
響は慌てて、キョロキョロと周りを見る。すると、斜め横の若いサラリーマンの2人が響と目が合うとあからさまに体を背けた。確かに彼らにはバレているようだった。
剣道の選手としてそれなりに有名ではあったけれど、マイナーなスポーツではなかったため今までそこまで声を掛けられた事はなかった。大きなテレビ番組やニュースで取り上げられた直後は多かったけれど、引退後しばらく経つので落ち着いてきたはずだった。だが、やはり知らない人に声を掛けられるのは気まずい気持ちになってしまう。
響は仕方がなく千絃に頼んで、今日も自宅まで送って行っても貰う事にした。
車内では相変わらず、あまり言葉数は少ない。けれど、千絃の車に乗るのも2人きりになるのも最後だろうな、と思うと彼に伝えておかなければいけない事があった。
響はゲームの仕事は断るつもりだった。今度会社に行くとしても一人で行こうと思っていた。
千絃との時間は懐かしく、嬉しくなる事もあったけれど同時に辛さもあった。「どうして?」と聞きたくなったり、問いつめたくなってしまうのだ。
けれど、それは今さらの話。雰囲気の悪いまま離れるよりはにこやかにまたお別れしたいなと思った。
「ねぇ……千絃。仕事、紹介してくれてありがとう」
「………何だよ。嫌がってたじゃないか」
「確かに無理矢理だったし、驚いたけど。………でも、知らない世界を知れて楽しかった。剣舞も踊れたし。剣の道しか知らない私だけど、それでも喜んで褒めてくれる人がいるんだーって思えて嬉しかった。だから、ありがとう」
「あぁ………」
運転している千絃にそう感謝の気持ちを伝えたのは、彼を直視しなくて済むから。卑怯だなと思いつつも、それならば彼に笑顔で話せると思ったのだ。彼に微笑みかけながらそう言うと、千絃はちらりとこちらをみて、ぶっきらぼうに返事をする。少し照れているのだろうか。彼らしいなと思ってしまう。
「今度何かお礼するね。会社に何か持っていくよ。甘くないものがいいよね?」
「……そんなのいらない」
「そんな事言わないで。私がお礼したいから、ね?」
そんな話しをしていると、響のマンションに到着してしまう。響はお礼を言おうした時だった。彼がシートベルトを外したのだ。「あれ?」と思った時には、千絃の体がこちらに近づいてきていた。
「お礼は、おまえでいいよ」
「…………ぇ…………」
千絃の言葉の意味を理解する前に、響の体は彼に抱き寄せられ、そのまま唇に柔らかいものが当たった。
キスをされている、とわかったけれど驚きで体が固まってしまった。
ゆっくりと唇が離れたけれど、響の様子を見た千絃はクスリと笑みを浮かべると、またキスを繰り返した。舐めるようなキスからはほろ苦いコーヒーの味がして、響は千絃のキスをされているのだと強く感じられた。
その時、響は初めてブラックコーヒーの味を知ったのだった。
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