12 / 40
11話「涙の理由は」
しおりを挟む11話「涙の理由は」
モーションキャプターの仕事は予想以上に楽しかった。自分の動きを映像で確認することは剣道の稽古でもあったけれど、頭から足の先まで詳しく見ることはなかったので、すごいなと感動してしまっていた。
そして、意外にもアクロバティックな動きも出来たので、鍛えていて良かったなと響は改めて感じていた。
基本動作の他にも連斬や剣を投げたりするものまであり、ゲームの世界では様々な剣の形があって楽しかった。
「え、今日は斉賀さんはいないのですか?」
「あぁ。製作の方が優先になってきたから。でも、もう響さん一人でも大丈夫そうだよね」
「そうですね…….モーションキャプターの仕事は大丈夫です」
他のスタッフと話をして、今日は斉賀さんなどの主要のスタッフは別の仕事をする事になっていた。少し寂しくもあるが、みんないろいろな仕事があるのだ。自分の仕事をしっかりとやろう。そう決めていた。
「月城さんは一緒ですので、何か聞きたいことがあったら月城さんに聞いてくださいね。彼も同じなんで」
「同じ………?」
「あれ?聞いていませんでしたか?月城さんが男性キャラクター全てのモーションキャプターをやってるんですよ」
「…………初耳です」
「そうだったんですね。なので、シーンのモーションの時は一緒にやると思いますので、安心してくださいね」
そう言ってニコニコと響が安心出来るように話をしてくれるスタッフだったけれど、余計に不安になってしまったのだった。
「じゃあ、今日はこのキャラクターだ。主人公より年上で大人っぽいイメージだな。動きは機敏で武器は両手に短剣だ」
「………千絃もモーションキャプターだったのね」
仕事がスタートし、千絃と話をするタイミングで、響は先ほどの話題を問いかけてみた。すると、千絃は驚きもせずに話をしてくれる。
「なんだ。聞いたのか。まぁ、剣道経験者は俺だけだったからな」
「………そんなの聞いてなかった」
「殺陣の時は一緒にやるはずだからな………まぁ、覚悟しておけ?」
「私はプロだったんだよ。負けるわけわ」
「わからないだろ?当時は俺の方が強かっただろ」
「………千絃なんかに負けるはずないじゃないっ!!」
当時の剣道の事を思い出すやり取りに、響の感情は一瞬で怒りの色に染まってしまった。
思わず頭に血がのぼってしまい、大きな声を出してしまった。広い部屋に響の声が響き渡り、他のスタッフ達も驚いて2人を見つめていた。
響はハッとして、千絃を見ると彼を目を大きくしてこちらを見ていた。咄嗟に何か言わないといけないと口を開いたけれど、何を言えばいいのかわからず、言葉は発せられなかった。
そんな響の様子を見ていた千絃は、顔色を曇らせ苦笑すると「そうだな……」と呟いた。
「俺は高校で辞めたんだ。………ひびに勝てるわけなかったな」
あまりにも弱々しい言葉、そして、傷ついている表情に響は更に不安になった。
何故彼がそんなに落ち込んでいるのか。自分で選び、約束を破ったのは千絃なのに……と、動揺してしまった。
「………ひびって呼ばないで………」
「わかった。もう呼ばない………。短剣使いの資料持ってくる」
そう言って部屋から出ていく千絃の背中はどことなく切なげなのが伝わってきた。
その後に、戻ってきた千絃は普段通りで、先ほどは勘違いでもしたのだろうかと思うぐらいだった。
短剣は使ったことがなかったので、前作をみたり何度も動くを確認し、体を動かしていくうちに千絃の様子を見ては「大丈夫なのかな」と思えてきた。それぐらいに彼はいつも通りだったのだ。
モーションキャプター用に動きやすい服に着替えている響は、この日の仕事が終わった後に私服に着替えて。
その時は倉庫をかりており、薄暗い中で急いで着替えながらも今日の反省をするのが日課だった。
「はぁー……今日の短剣は難しかったな。頑張ろう。あのキャラクターにも慣れないと」
響はそう一人で呟きながら、帰宅したらゲームのプレイ動画をみて研究しようと決めていた。
スポーツウェアを脱いでワンピースを着ようとした時だった。倉庫の部屋の扉がガチャッと空いたのだ。いつも誰も入ってくるはずもなかったので、今日は鍵を閉めるのを忘れてしまっていたようで、すんなりとドアが開いてしまう。
人は驚くと、どうしても体が石のように固まってしまうものだ。響は体を咄嗟に持っていた服で隠したまま、息を飲んでドアの方を向いた。すると、そこには長身の彼が立っていた。千絃だ。
「…………」
千絃はピクリとも表情を変えずに響を見た後にドアを閉めた。そして、鍵まで閉めた後に、ゆっくりと近づいてきたのだ。
着替える途中だった響は下着にキャミソールだけという、とても人には見せれない格好だ。
「ち、千絃………私、着替えてる途中だから……」
「………」
響が必死に止めるけれど、千絃は全く足を止めることなく近づいてきてしまう。そして、とうとう響の目の前にやってきたのだ。そして、響の事を見下ろした。いつもとは違う。大人の男のギラリとした目だ。
その途端に響の体はゾワッと震えた。それは怖さなのか、次の事を予想して期待してしまっているのか。響にはわからない。
千絃の事を瞳だけで見つめ、服を強く掴む。
すると、千絃の手がこちらに伸びてきて、腕を掴まれる。
いつもと同じだ。また、キスをされるんだ。
わかっているはずなのに、強く拒絶出来ない自分がおり、響は唇を強く噛み締めた。
「……そんなに唇噛むなよ………」
千絃の長い睫毛が、キラキラとした瞳がとても近くに見える。それほど近い距離で、千絃は囁くようにそう言った。その声は、とても優しいもので、着替えを襲っている人とは思えないほどだった。響の唇に彼の親指が触れる。歯から守るように唇をゆっくりとさすっている。
そんな余裕な彼に対して少しでも反抗しようとする。
「だったら離して………」
「それは無理だな」
そう言ってククッと笑った後に、千絃は顔を近づけて唇をしてきた。
あぁ……そうだ、嫌だと拒絶して離れなければいけない。それなのに、どうして言えないのだろう。からかわれて、遊ばれているだけだとわかっているのに。
好きじゃないくせに。
そう思うと、体が動いていた。思いきり千絃の体を押し、何とか彼から離れる。
いつもは拒まない響だったので、少し驚いたようだったけれど、彼はまた強引に響を抱きよせて、首を腕で固定して、キスをした。
抵抗する響の口が開くと、すぐに舌が侵入してくる。そこまでくると、響の体は抵抗出来なくなり、彼の与えてくる甘い快楽に、黙って浸るしかなかった。
好きじゃないのにキスをしてくるのは何故か。約束を守らず、目の前からいなくなった千絃だ。
きっと、自分の事を嫌いになったのだろうと、ずっと思っていた。
けれど、こうやって遊びでキスをされたことにより、それが響の勝手な想像では当たっていたのだとわかった。
そう思うと悔しいが涙が出てしまう。
そんなにも嫌われていたのだと。そのために仕事に誘ったのか。
あの響を褒めた言葉で、少しだけうかれていた自分はバカだった。
「………おまえ………泣いて………」
「離して……いや………千絃なんて嫌いよっ………!!」
響は涙を流したまま千絃の事を見つめた。きっと情けない顔になっているだろう。けれど、そんな事はどうでもよかった。
千絃の体を押しよけ、彼から離れると持っていたワンピースを急いで着て、荷物を持ってその場から走って逃げた。
自分で発した言葉にも、涙でぼやけた視界で見えた千絃の表情に、響はまた悲しみが込み上げてくる。
誰にもバレないようにトイレに駆け込み、しばらくの間、そこから出られずに泣くのを止めようと堪えてみるが、ボロボロの流れる涙は止まることがなかった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる