15 / 40
14話「不器用な片想い」
しおりを挟む14話「不器用な片想い」
車に乗り込むと、千絃は車を発車させずに響の方を見つめていた。
響はどうしていいのかわからずに、彼を見返していると、千絃の手が伸びてきた。
そして、響の左目にそっと手を当てた。そこが傷があるとわかっているように、優しく労るような手つきだった。
「…………目、見えなくなってるのか?」
やはりこの人は気づいていたのだ。
話していたから当然かもしれないが、それでも会う前から薄々気づいていたのだろう。
響は苦笑しながら、小さく頷いた。
「うん。左目がね。少しずつ見えない部分が増えてるの」
「今日はそれが原因か?」
「そう。見えない部分は音とか気配で何とか感じていたんだけど、最後のは気づかなかったわ………」
「緑内障………」
最後の彼の言葉は自分のために溢した言葉なのか、とても小さなものだった。
緑内障。眼圧が異常に高くなる病気で、少しずつ視力が弱くなり、見える視界が狭くなっていくのだ。それを学生の頃に発症し、響は治療していた。が、少し前に見えない部分が広くなり、剣道の稽古や試合で、支障が出始めたのだ。そのため、響は選手生命を終えることに決めた。
そして、今回の怪我もそれが原因だった。いつもは気配や音などで察知していたが、「そろそろ終わりだろう」という油断から完璧に警戒を怠っていたのだ。そのため、見えなくなった部分にスタッフが居ると思わなかったのだ。あの男性に悪いことをしてしまったと、響は反省していた。
「悪かった。早くに止めるべきだったな」
「千絃は止めてくれたでしょ?私が無理を言ってお願いしたんだから、私の責任よ。それにこれぐらいの傷は何ともないわ」
「…………家まで送る。今日は休めと関さんにも言われた。後、さっき買ってきた弁当あるから。その腕だと動きづらいだろ」
そう言って、千絃は視線を後部座席へ向ける。響もそちらを見ると、お弁当やお菓子、スポーツドリンクにジャスミンティーなど、いろいろなものがビニールに入って置いてあった。
先ほど、いなくなったのはこれを買いに行っていたのだと知り、響は胸の奥がぎゅーっと締め付けられた。
千絃の事がわからない。
けれど、こうやって優しくされるのは嬉しいし、理由が理解出来ない。
嫌われているはずなのに、守ってくれたり、褒めてくれたり、優しい笑みを向けてくれる。
約束を破ったくせに、病気の事を覚えてくれている。
響の感情は限界まできていた。
「千絃の考えてる事………わからないよ」
「え………」
気づくと響の口からそんな言葉が発せられていた。自分の声で、それに気づいたけれどもう止める事が出来なかった。
今まで我慢してきた感情が、溢れ出て暴走ひてしまう。
「約束破って目の前からいなくなったくせに、突然目の前に現れるし、優しくしたり、ジャスミンティー好きなの覚えてくれたり。私の事褒めたり、昔みたいに笑ったり………怪我を心配してくれたり。それなのに、いじわるまでしてきて私の事からかうし。………千絃は私を嫌いなら優しないでよ。仕事なんて誘わないで………キスなんて、しないでよ………!」
思いつく限りの事を千絃にぶつけ、最後は悲痛な叫びに近かったかもしれない。泣きそうになりながら彼を見つめる。
千絃は少し目を大きくしながら、響を見ていたけれど表情は真剣なものだった。
響は言い終わると、視線を逸らした。ただ気持ちを伝えただけなのに、息が上がったようにはーはーっと早い呼吸になっている。それを隠すように顔を背けて包帯がついた腕を掴む。ジンジンとする痛みが少し強くなった。
「…………俺はおまえをいじめたつもりなんてない」
「いじめてるじゃない!キスなんて………何とも思っていない私にキスするなんて。からかって私の反応を見て楽しんでるんでしょ………」
「っ!………そんなつもりじゃないって言ってるっ!!」
大声を上げたと思うと、千絃は響の肩を掴み抱きよせてくる。言葉は乱暴なのにその力はとても優しく、響の怪我をいたわっているのがわかった。それが、今の千絃らしさを感じさせる。
「離してっ………そういう事をして私を惑わさないで……」
千絃の胸を右手だけで押すが、片手では千絃に到底敵うはずもない。響はドンドンッと胸を叩くけれど、びくともしない。それどころか、彼の腕は強くなり、響は千絃の体に強く押しつけられる。彼の香りに包まれて、どうしていいのかわからなくなる。
「おまえを仕事に誘ったのは、俺がおまえの剣が好きだからだ。昔から凛とした強さとしなやかさがとっても綺麗だと思ってた。だから、いつか会いたいって思ってた」
この人はどうして本人の目の前で綺麗とか好きだと言えてしまうのだろうか。
響はその言葉にドキドキしつつも、それを隠すしか出来なかった。抱きしめられて、そんな事を優しく話されたら誰でも少し期待しまうのだから止めてほしいものだ。
「そんな事言われたことなかった」
「こんな恥ずかしい事そんなに簡単に言えるはずないだろ。それに、モーションの時に少し話しただろ」
「………キスしてくるのは何で………」
「おまえ………本当にそれわかんないのかよ」
耳元でため息が聞こえてくる。
千絃は「……わざとなのか?言わせたいって事なのかよ」と、何かぶつぶつと言っているので、響は「何?」と顔を上げて彼を見上げる。
すると、悔しそうな顔をした後に千絃は、ゆっくりと顔を近づけてくる。
キスをされると思ったけれど、その唇は頬に落とされ、そのまま響の耳元に彼の口が寄せられる。
「俺の初恋も、好きな奴もずっと変わらずにおまえだけだ」
時が止まったように感じるとはこんな時なのだろう。
響はまるでスローモーションのように、彼をゆっくりと見上げた。その言葉の意味を理解するのに時間がかかり、思わず千絃の顔をまじまじと見てしまう。見慣れた無表情よりも少しだけ柔らかく微笑んだ顔。ほのか赤くなる頬は彼が照れているのがわかる。
それを頭の中で考えた結果に彼は嘘をついているわけではないと理解した。もちろん、こんな嘘をつくような人間ではなのは知っている。
「………何で今さらそんな事言うのよ……そんなのおかしいよ……」
「昔から好きだった。剣道に真剣な所も、自分は強いからって泣かない所も。本当は病気の事で不安だったはずなのに、いつも笑顔な所も。そして、俺だけに弱い所を見せてくれるのが嬉しかったんだ」
千絃が自分に想いを寄せてくれている何て思ってもいなかった。考えもしていなかった彼の気持ちに、響の心は揺れていた。
自分の気持ちを伝えるだけになるだろうと思って覚悟していた。
もう職場が同じの幼馴染み、というだけの関係になってしまうはずだと思っていた。
それが彼が自分を好いてくれている。
信じられない事だった。
けれど、彼が抱きしめてくれる温かい体温とゆったりとした口調。少し早くなった彼の鼓動。それらが真実だと告げている。
「おまえは違った?俺の事、好きじゃなかった?」
「………好きだった。………離れたくなかった。忘れようとしてたの………」
やっと自分の本当の気持ちを言葉に出来た瞬間に響は涙がこぼれた。
そんな響を千絃は優しく微笑みながら見つめ、指で涙をすくってくれる。
「やっと言ってくれた」
その笑みはどこか昔を思い出す少年のような笑みで、響はまた胸が高鳴るのを感じた。
「好きだからキスしたい……今、してもいいか?」
「………前からそう言って欲しかった」
「そうか、悪かった………。大切にする、絶対に。好きだ、響。」
「私も………」
今までのキスの中で1番優しくて、気持ちを確かめ合うようにゆっくりとした口づけは、響の涙を溶かしていくほど幸せなものだった。
長いながい2つの片想いは、今やっと結ばれた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる