漣響は強くない ~俺様幼馴染みと忘れられた約束~

蝶野ともえ

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20話「悪夢はおしまい」

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   20話「悪夢はおしまい」




 千絃が遠くに行ってしまう。
 制服の彼は、響と視線を合わせる事なく、ゆっくりと遠ざかっていく。
 彼に甘えすぎたのだ。
 頼りにしすぎた。
 自分の夢を託すなど、幼馴染みであってもしてはいけない事だったのだ。

 今までの思い出だけが響には残っている。
 彼のにっこりとした笑顔も、真剣に竹刀を握る瞳も、頭を撫でて慰めてくれた温かい手の感触も。
 全てとてもリアル感じられるのに、目の前の彼は後ろ姿のままどんどん遠くなってしまっている。


 「千絃っ!待って……行かないでっ!」


 勇気を出して大きな声を出す。
 聞こえているはずなのに、彼は響の声を無視して歩き続けてしまう。
 


 「うっ………どうして……千絃………」



 響は手を伸ばすけれど、届くはずもない。
 涙を流しながらぼやけた視界のまま千絃を見つめる。すると、黒いインクが画面に落ちるように、少しずつ響の視界が黒くなっていく。
 ポタポタとその黒は広がっていく。

 見えなくなる。

 その恐怖から、響は自分の手で目を擦る。けれど、自分の手さえも次第に見えなくなる。


 「いや………こわい………止めて………一人にしないでっ!!」


 響は、焦りと不安から叫び声に似た声を上げた。
 けれど、全ては真っ暗闇になり、響の瞳には何も写らなくなった。


 「………千絃……助けて………千絃ーーっっ!」


 そう彼の名前を大声で呼んだ瞬間だった。


 パチッと目が覚めた。
 そこは見慣れない天井と、柔らかく心地いいシーツの感触。けれど、いつもの生地ではない事に気づく。視界がぼやけるなと思い、目を擦ると、手に滴がついた。そこで、自分が泣いていた事に響は気づいたのだ。

 フッと温かさを感じ横を見ると、そこには穏やかな寝息をたてて眠る千絃の姿があった。そこでやっとわかった。
 ここは千絃の部屋であり、先ほどは夢だったのだと。
 随分怖い夢を見てしまった。目の前には千絃が居て、昨日恋人になれたというのに。
 
 響は、思わず彼の体にすり寄り、千絃をもっと近くに感じようとした。彼の鼓動と匂いが大きくなる。それでホッとしていると、「ん………響?」と、頭の上から彼の声がした。どうやら、響が動いたことで目を覚ましてしまったようだ。
 響は「ごめん……」と声を掛けようとすると、千絃はにっこりと笑って「おはよう」と言った。寝ぼけているのか、素なのかわからないけれど、可愛いと思ってしまうほどの笑みに響はドクンッと胸が高鳴った。


 「おはよう………」


 気恥ずかしさから響は彼から視線をずらすけれど、千絃はそれを許してはくれなかった。顔を優しくつかむと、響の顔を上に向けた。


 「おまえ、また泣いた?目赤い……」
 「え、あぁ……なんか怖い夢見たみたいで、本当に泣いちゃってたみたい。よくある事だから、大丈夫だよ」
 「……泣いてるのに大丈夫はないだろ?………そういう時は俺を起こしていいから」
 「……大丈夫だよ。落ち着いたらまた、寝れるから」
 「俺が嫌なの。わかって」


 そう言うと響を抱き寄せてポンポンッと背中を撫でてくれる。


 「あと少し寝れるから。また2人で寝よう……」
 「………うん。ありがとう」


 彼の吐息と鼓動が近くで聞こえる。それが昔よりも安心出来るのは何故なのだろうか?
 そんな事を考えているうちにまた睡魔におそわれ、響はまたゆっくりと瞳を閉じたのだった。











 その日の朝。
 いつものように千絃と共に出勤するの、関がとても心配した様子で出迎えてくれた。
 怪我の事を話、自分の勝手な判断で招いた事なので、響は謝罪をした。


 「私がやりたいとスタッフの皆さんにお願いした事で起こってしまった事故でした。全て私の責任です。本当に申しわけございませんでした」
 「………わかった。これからは危険な事は避けていきましょう」
 「はい。ご心配お掛けして申し訳ございませんでした」



 もう一度深く頭を下げる。
 すると、関が「ですがね………」と何か続きを話したそうにしていた。響は顔を上げると、先程の困った表情から一転して、目がキラキラしていた。


 「あの……関さん?」
 「いやー、見せてもらった殺陣、すごかったよ!お互いの緊張感?というか、臨場感?もう、鳥肌ものだったね。それに、奇襲している方が少し戸惑っているっていうのもまたいいよ。強敵相手に、尻込みしてる感じ?剣の動きはシンプルなのに、全て当たってるし、捌き方も鮮やか!あれはぜひ、ゲームで使わせてもらいたいね!」


 響の手を掴み、ブンブンと振りながら興奮した様子で話す関を響は呆気に取られたまま、されるがままになっていた。
 けれど、関が喜んでくれているのは伝わってくるので、笑顔で答えていると、横から千絃がきて、関の手を止めた。


 「関さん。響は怪我人ですよ。しかも、腕の怪我なんですから、落ち着いてください」
 「あぁ……そうだったな!申し訳ない。これからの殺陣も楽しみにしているよ。早くネットに公開しないとなー。あ、けど、しばらくの間はどんな動きをするのかの確認だけで、激しい動きは厳禁だからね」
 「わかりました」


 響は改めて関にお詫びと配慮への感謝を伝えると、「あまり気にしない事だよ」と、笑顔で応えてくれた。




 その日はさっそく殺陣の話をしたり、怪我をしてしまった時のモーションを確認しキャラクターの動画になっていくのを見ていたりと、あっという間に1日が過ぎた。

 千絃は仕事があるようで、家まで送ると何度も言ったけれど、響は「買い物をして帰りたいから」と言って、断った。

 すると、小さな声で「また、誘う」と言われてしまい、その意味を理解した瞬間に頬が真っ赤になってしまい、焦って彼から離れてたのは2人だけの秘密だ。



 響が買い物を済ませて家に着いた頃、千絃からメッセージが届いていた。『怪我は大丈夫だったか?明日の朝は迎えにいく』といつもと変わらない文章だった。それだけでも、響は笑顔になる。


 『大丈夫よ。千絃は大丈夫?明日もよろしくお願いします』
 『俺も大丈夫だ。明日の夜は空いてるか?』
 『よかったー!空いてるよ』
 『じゃあ、夕食食べに行こう。楽しみにしてる』


 恋人同士なら些細なやり取りかもしれない。けれど、今までだったからありえない「楽しみにしてる」の文字を見て、響は思わずニヤついてしまった。

 すぐに、『私も楽しみだよ』と、返信をしたまま響はスマホを抱きしめた。


 これからはじまる彼との恋人としての生活。
 響は甘い時間を想像しては顔を真っ赤にしてしまう。
 けれど、好きな人との両思いがこんなにも幸せだったのかと、改めて実感し幸せを感じていたのだった。




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