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27話「本来の目的は」
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「響っっ………!」
「あ…………千絃………」
中庭で話をしていると、焦った様子の千絃が駆け寄ってきた。そして、響の頭に和歌の手が乗っているのをみて、キッと和歌を睨むと、響を抱き寄せた。
「何やってんだよ」
「あ、あの……千絃?ただ、話していただけだよ?」
「あぁ……漣さんの会社にいらっしゃった方ですね。そして、いつも送り迎えをしている。あなたは………」
「こいつの彼氏だ」
「………」
きっぱりとそう言ってくれる千絃に響はドキッとしながら彼の腕の中で真っ赤になってしまう。普段ならば言わないような事を彼は堂々と宣言してくれたのだ。こんな状態なのに、嬉しいと思ってしまう。
「そうだったんですね。それは知りませんでした。心配をおかけしました。それでは、漣さん。後程、契約の事をお話ししましょう。本日また会社に伺います」
「契約……何の事だ?まさか………」
「はい。響さんが私の舞台に出てくれる事になったのですよ。……では」
「…………なんだと………」
怪訝な顔で千絃に見下ろされている間に、和歌は自分の部屋へと戻ってしまう。
響は言いにくい事だが、自分で彼に説明しければいけないと彼を自分の部屋へと誘った。
「どういう事だ?!何で勝手に舞台に出ると決めた?!」
「落ち着いて。ちゃんと話すから」
部屋に入ると同時に怒り口調でそういう千絃に響はベットに座るように促すと、彼は大きくため息をついた後に、ベットに腰を下ろした。響も彼のすぐ横に座り、彼を見つめる。
いつもよりも視線が鋭い。相当、怒っているのだとわかり、響は少し怖さを感じてしまう。けれど、これは自分が原因なのだ。
彼にもわかって貰おうと、先ほどの会話を簡単に話す事にした。
しかし、説明すればするほどに、千絃の顔は厳しくなっていった。
「剣道以外で夢中になったのがこのゲームのモーションキャプチャーなの。だから、絶対に成功させたいし、いろんな人に知ってもらいたいって思ったの」
「だから、やりたくもない仕事をやるのか」
「やってみないとわからないわ」
「………やりたくないっていうのは否定しないんだな」
「それは…………」
やはり千絃には全てお見通しだったのだろう。
響はこの仕事は少し荷が重いと思っていた。響は根っからのアスリートだ。モーションキャプチャーで初めて演技というものをしたが、これも演技にはほど遠いだろう。演技とは体の動きだけではなく、声や視線、表情などが重要になってくる。響は体の動きしか演じていないのだ。
しかし、演劇となると話は違う。
全身で表現しなければいけないのだ。
演劇初心者の響が受けるような仕事ではないと思っていた。それに、自分のやりたいことは何だろう。そう考えてみた時に、この仕事はしっくりとこなかったのだ。
けれど、何事も経験という事もある。挑戦してみて損はないはずだとも思えた。
そして、何より、ゲームの宣伝になるのならば、と思ったのだ。
けれど、千絃に問われると、何も言い返せなくなってしまう。迷っているのに受けるのは失礼だったかもしれない、とさえ思えてしまう。
言葉に詰まる響を見て、千絃は大きいため息をついた。
「………もう決めた事なんだな」
「うん。和歌さんにそう伝えた」
「じゃあ、やるしかないな」
「うん」
「………でも、無理をするな。条件が悪かったり、重要すぎる役だったら降りても構わないんだ」
「………うん。出来るだけ頑張るよ」
響はにっこりと笑って返事をする。
が、ここまで話をしても彼の表情は変わらなかった。まだ不満があるようなのだ。
「………千絃?」
「おまえ、あいつに頭触られてただろ?」
「え、あぁ………和歌さんは私の事、子ども扱いしすぎだよね……」
「他には。触られたとこないだろうな?」
「う、うん……ないけど………って、何で髪をくしゃくしゃにするの!?」
「何かムカつくから」
「何それ………!」
千絃は響の頭に手を乗せると、乱暴にぐしゃぐしゃの撫で始めたのだ。お陰で髪はボサボサになってしまう。けれど、彼はしばらくの間それを続けていたのだ。
「ったく、本当にむかつく奴だな」
「………あ、もしかして、千絃………嫉妬してくれたの?」
「…………」
「ふふふ………嬉しいなー」
「何にも言ってないだろっ!」
耳まで真っ赤になった千絃は、プイッと響とは反対側の方を向いてしまう。そんな愛しい恋人を見ていると、心が軽くなる気がした。
自分には心配してくれる人がいる。応援してくれる人がいる。それが何よりも力になるのだ。
しばらくの間、千絃はこちらを見てくれなかったけれど、響の顔は自然と笑顔に変わっていた。
★★★
響が正式に演劇の仕事を引き受けた事で、ニュースでもその話題が取り上げられることが多くなってきた。だが、響はもう一般人だからか、それとも和歌の家という事があってか、記者が訪れることはほとんどなかった。もちろん、ゲーム会社もだ。響に独占取材を申し込んだりインタビューする記者も表れるかと思ったが、それもなく千絃は驚きを隠せなかった。
だが、それもそのはずで、漣響と宮田春でのインタビューが実施される事になったのだ。これは、すでに会社には連絡が来ていたことで、朝イチで聞かされた響は「わかりました」と、あっさりと引き受けたのだった。
そして、その日の夕刻。
千絃はある場所に一人で立っていた。
もう少しで約束の時間になるからだ。
そこに、サッサッと今時珍しい草履の足音が聞こえてくる。
「おや、あなたは………漣さんの恋人さんですね。こんな所で待ち伏せですか?」
ゆったりとした口調でそう話すのは、もちろん和歌だ。今日も和服で千絃たちの会社を訪れていた。
千絃はそんな和歌を一瞥した後、寄り掛かっていた壁から体を起こした。
「少し話がしたい」
「………話ですか。なんでしょうか?」
「話せばわかる」
「………わかりました」
関から和歌が会社に訪れる時間を聞き、千絃は自ら出迎え役を買って出たのだ。そして、地下にある駐車場で待ち伏せしたのだ。ここは関係者以外の駐車は禁止されている。そのため、勤務時間に訪れる人間はほとんどいないのだ。
そのため、ここは密会には丁度いい場所なのだ。
千絃は和歌に訪ねたいことが山ほどあった。
「単刀直入に聞く。響が舞台に出るという情報をリークしたのはおまえ自身だな」
「………なるほど。そんな考えをお持ちだったのですか。そんな事をして私に何の得が……」
「あるだろ?公表してしまえば、響が断りにくくなる。そして、ゲーム業界に進出したばかりで話題になっていた響を起用したことで、更に注目になっただろうな。響を起用したのは話題性のためだろ?まぁ、知り合いだから頼みやすいだろうし…………響にとっては知り合いだからこそ断りにくいわけだ」
「………その考えは否定はしません。話題作りにもなると思ったのは事実です」
和歌は降参という風に小さく手を挙げて、小さく息を吐いた。
響を宣伝目的で起用したとあっさりと認めたのだ。それだけで、千絃は頭に血が上ってきたのを感じた。ここが会社じゃなければ、1発殴っていたかもしれない。
響は悩んで決めたというのに、これが理由だと知ったらどんな気持ちに、表情になってしまうだろうか。想像するだけで、胸が苦しくなる。
「けれど、本当の理由もあります」
「………本当の理由………?」
本音を吐かせたはずなのに、和歌は何故か余裕そうな笑みを浮かべて、ゆったりと腕を組んだ。和服ならではの袖の中に腕を入れる組方が、様になっているのが癪に触る。
柔和な笑みから出てきた言葉は、千絃の言葉を止めるのには十分なものだった。
「私は漣さんに惚れていますから。だから、共に仕事をしたいと思ったのです」
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