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30話「嫉妬のキス」
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「ん………和歌……さんっ!」
和歌の腕の力が一瞬緩んだ瞬間に、響は思いきり彼の体を押して、口づけから逃げた。
はーはーっと荒い呼吸を繰り返しながら、彼をキッと睨み付ける。けれど、瞳が潤んでしまい、きっと怒っているようには見えていないだろう。
「な、何で、こんな事するんですか?」
「………僕は眼鏡を取ると欲情してしまうんだよ」
「ふざけないでください!」
響は思わず声を荒げてしまうが、和歌はただニコニコと微笑むだけだった。
突然キスをしてきたのに、全く悪びれる様子がないのだ。
「こんな事するなんて、酷いです………。悪ふざけでやるような事じゃないです……」
「僕は君の事が好きなんですよ」
「………え……」
突然の告白に、響は目を大きくして和歌を見つめた。すると、和歌は「やはり、気づいてなかったね」と、苦笑いをした。
「そんな……和歌さんが私の事を?………気づくはずないですよ……」
「それは、君が僕に好意を持っていないからだよ」
「そ、それは………。私には恋人がいますし………」
「そうですね」
響の答えに、微笑みながら和歌は響の方へ手を伸ばした。そして、頬についた髪を優しく指で払いながら、言葉を続ける。
「君がここに越してきて、中庭で頑張って稽古をするのを見るのが楽しみになった。どんなに辛くても、悲しいことがあっても、君は我慢して凛とした雰囲気のまま剣を振っていた。それがとても強くて……でも少し儚さもあって。とても魅力的だと思っていたんです。僕は君を見守る事しか出来ていなかったけれど、助けられたらって思っていたよ。漣さんが今辛いというのなら、寂しい思いをしているのなら、僕を選んで欲しい。君を泣かせるような事はしないと約束します」
「………和歌さん」
和歌はゆっくりとした口調のままそう言うと、1度響の頬に触れた後、その手を下げていき響が手にしていた彼の眼鏡を受け取った。
「眼鏡、ありがとうございます。このまま寝てしまってはいつか壊してしまいますね。………今夜は稽古場に顔を出します。おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
どうしても何も言えなかったのか。
大切な恋人がいるのにキスをされてしまったのだ。悲しくなるか、怒るか……響は和歌に自分の気持ちをぶつけてもよかったはずだ。
しかし、出来なかった。
「何で和歌さんが泣きそうな顔をするの……?」
彼の笑みの中には、切なさと少し泣きそうな潤んだ瞳があり、響はどうしても強く言えなく、ゆっくりと閉まる窓を見送るだけだった。
和歌が自分の事を好きだった。
それに気づけなかった自分が情けなく、そして彼を傷つけてしまっていたのではないか。そんな風に考えてばかりでため息をついてしまう。こんな日は一人でいろいろ考えたい。
そう思っていたけれど、上手くいかないものだ。
「おはよう」
「………千絃、おはよう」
何週間ぶりだろうか。
響の部屋に千絃が訪れたのだ。
響は先程のキスを思い出しては、罪悪感を感じていた。千絃自身も会えなかったという負い目があるのか、お互いに気まずい雰囲気を感じていた。
「時間取れなくて悪かったな。今日は稽古か?」
「……うん。昼過ぎから行くつもり」
「そうか。じゃあ、今は時間ある?」
「うん」
「じゃあ、少し話さないか?おまえの話し聞きたい」
千絃と響は2人でベッドに並んで座った。2人の間には微妙な距離が保たれている。
手を繋ぎたい、肩が触れ合う距離にいたい。そう思うのに、今の響から近づくことは出来なかった。
「稽古の方はどうだ。無理してないか?」
「うん。大丈夫だよ。役者さんも、スタッフさんもとても優しくて。なんかアットホームな雰囲気だから、楽しくやれてる」
「そうか。自分の役はつかめたか」
「んー……それは難しいかな。主人公の春はんを殺そうとする暗殺者の役なんだけどね、どんな思いでそうなったのかなって考えてる。けど、一言だけだから、あまり語られる役じゃなくて。和歌さんに聞いてみようと思ってるんだ」
「暗殺者……また、すごい役どころがきたな。でも、まぁ、凄腕の暗殺剣士っていうのもかっこいいな」
「そうかな………」
少しずつ少しずつ。
いつもの雰囲気に戻っていく。笑顔に柔らかさが見えてくる。彼との距離も戻っていくのだろう。大丈夫。
けれど、モヤモヤした気持ちもある。どうして、離れていってしまったのか。その理由が知りたかった。
「………響?どうした?」
急に黙り込んだ響を、心配そうに覗き込む千絃。その顔を見つめれば、きっと彼なら教えてくれるだろう。そう思い、彼に訪ねる事にした。
「ねぇ、千絃?千絃はどうして、私の事さけてたの?私、何かしたかな?」
「…………悪かった。俺が幼かったからだな」
「………どういう事?」
響は彼の言葉の意味がわからずに首をかしげると、千絃は気まずそうに髪をかきあげながら、視線をゆっくりと向けた。
「………和歌って奴に嫉妬した。俺の知らないお前をみていたし、お前が悩んでる時も一番近くにいたんだろ。………響は俺を選んでくれたのに、何か悔しくてな。……きっと、あいつはおまえに惚れてるだろ?だから………」
「っっ………」
彼の言葉に響はビクッと体を震わせた。
まさか、和歌の話になるとは、彼が自分が好きだという話になるとは思わなかったのだ。そして、先程の和歌からのキスの事を思い出しては、響は顔が赤くなってしまう。
彼は気づいたのだ。和歌が響に好意をよせていた事を。響自身はきづいていなかったのに。
動揺して瞳が揺れる。
どう反応していいのかわからずに、響は千絃から視線を逸らした。
「響?おまえさっきからおかしくないか?ボーッとしたり、顔赤くなったり………何かあるのか?」
「えっと……その……別に」
「おまえは昔から嘘とか隠し事が下手だからすぐにわかる。何だよ、はっきり言え」
「…………」
「言わない方が怒る」
「………言ったらもっと怒るでしょ!」
「………浮気したのか?」
「…………っっ………」
「………………」
千絃は響が話しやすいように冗談を言ったつもりだったのだろう。だが、響の反応を見て、その冗談が冗談ではないとすぐに察知したようだ。千絃の表情が固まった。
「ち、違うの!浮気はしてない………してないよ!」
「……じゃあ、何したんだよ」
「…………怒らない?」
「それは場合による。けど、話さない方が怒る」
「…………和歌さんに好きって言われた、の」
「……………そういう事か」
気まずいまま響が俯くと、千絃は大きくため息をついた後に、そう呟いた。
「和歌さんの気持ちに気づけなかった私は彼を傷つけたのかなって思ったんだ。……けど、私は千絃が好きだから、和歌さんの想いには答えられない。いつも励ましてくれる優しい方だけれど、でも好きとは違う感情なの。………それは私もわかってる」
「………くそっ……」
「………ぇ………」
千絃の苛ついた声が聞こえたと思ったら、視界が急転した。いつの間にか、背中には布団があり、目の前には千絃の顔が写っていた。ベットに押し倒されたと、少しの間があってからようやく気がついた。
「千絃、どうしたの………?」
「告白を断ったのにどうしてそんなに苦しそうなんなんだ」
「………それは……」
「キスでもされた?」
「っっ」
「………おまえ、本当にわかりやすいな。…………ムカつく」
そう言うと、千絃は口を開いて響の唇に食らいつくようにキスを落とした。
そのキスは今までで一番乱暴で荒々しく、深いものだった。
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