アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

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9話「蒼色」

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   9話「蒼色」



 手を繋いで歩く彼は、少し前までは出会うはずもなかった相手。
 傷心しなかったら、ホストクラブに行こうとしなかったら出会えなかった相手だと思うと、不思議でしかたがない。けれど、これが出会いというものなのだな、と吹雪は思った。

 周は細身の黒ズボンに黒のスニーカー、長袖のシャツにぶかっとした薄手のジャンパーを羽織っていた。細身の体がさらに細く見える。モデルのような顔をしているため、歩いていても目立つ存在だった。けれど、隣には手を繋いで歩いている女がいると、周に向けられていた視線はその女にも向けられる。
 吹雪はその視線がとても怖くて、あまり気にしないように歩いていた。けれど、すれ違う際に何か話し声が聞こえるとビクッとしてしまう。

 年下の男の子。自分とは釣り合わない存在なのはわかっている。けれど、心が痛むのは何故だろうか。
 吹雪は自分のこの気持ちが何なのか、もう隠せなくなっていた。





 周が連れてきてくれたのは、和風の家具や雑貨が多くある茶屋のようなお店だった。餡蜜や抹茶などもあるが、コーヒーや紅茶、ケーキなどもある和風カフェのようだった。
 障子から入る優しい日差しがとても落ち着いた雰囲気を出している店内。女性客も多いようでカップルも沢山居た。


 「いい雰囲気のお店だね」
 「はい。俺も気に入ってて………吹雪さん、和菓子とかあんことか好きかな?」
 「うん、好きだよ。お正月はお汁粉作ったりするし」
 「そうなんだ!吹雪さん、料理好きなの?」
 「そうだねー。実は結構作ったりするかな」


 吹雪がそう言うと、周は「いいなー。お汁粉食べたくなってきた」と言って、わらび餅とお汁粉。吹雪は抹茶アイスが入った、餡蜜とほうじ茶ラテを注文した。

 吹雪は一人暮らしという事もあって料理が好きだった。下ごしらえをして次の日の料理の準備をしたり休みの日はお菓子を作ったりしていた。得意料理やおすすめの料理の話をしていると、あっという間に注文していた甘味と飲み物が届けられた。
 とても美味しそうな甘味と香ばしいお茶の香りが吹雪を魅了したけれど、もう1つ目を引くものがあった。


 「この器………とっても可愛い」


 餡蜜が入っていた器はコロンとした丸みがある器で、底の部分が湖のようなエメラルドグリーンに似た蒼だった。縁は茶色になっており、お洒落な雰囲気にもなっており、いろいろな料理にも使いやすいなと思った。
 両手で器を持つと、手にフィットしてとても持ちやすかった。蒼い色がとても綺麗で、餡蜜の隙間から見える色を眺めていた。


 「吹雪さん、その器、気に入ったの?」
 「え、あ………ごめん。アイス溶けちゃうよね………」


 そう言って木製のスプーンで抹茶アイスを口に運んだ。おいしさに思わず頬が緩んでしまう。そんな吹雪を見て、周は微笑みながらまた同じ事を聞いてきた。


 「吹雪さんは料理も好きだから、食器も好きだったりするの?」
 「ん……まぁ、気になるかな。特に、この蒼い食器は好きかも。こう言う青色の食器はついつい集めたくなっちゃうんだよね」


 そう言って、吹雪は食べかけの餡蜜を見つめた。この食器はとても気に入ってしまった。どこで買えるのかお店の人に聞きたいぐらいだった。欲しいものが見つかった時の高揚感のままに目を輝かせて器を見てしまうと、目の前の彼がクスクス笑いながらこちらを見つめていた。


 「あ………ごめんね。変だよね、美味しいものよりも食器に目がいっちゃうなんて」
 「ううん。そんな事ない」


 周はそう言うと、肘をついて手の上に顎先を乗せながら優しく微笑んだ。


 「ここの店がお気に入りなのは、食べ物がおいしいってのもあるけど……俺も使ってる食器が好きなんだ」
 「そう、なの……?」
 「男で陶器が好きなんてあんまりいないだろうから言いにくかったけど。吹雪さんが同じようにここの食器を気に入ってくれて嬉しいんだ」

 そう言いながら、周は自分が食べているわらび餅が入った皿を見つめる。そこにも蒼い色が見えた。


 「今度、おすすめの食器屋さん教えるね」
 「うん、楽しみにしてる」


 その後も共通の話題で盛り上がり、あっという間に時間は過ぎていったのだった。
 吹雪もなかなか器の話が出来る人がいなかったので、周と話せた事が嬉しかった。

 このお店の食事代は周が全て出してくれた。
 年上であるし、お金を貯めたいと聞いていたので、自分の分だけでも出させて欲しいと吹雪はお願いしたが、彼は譲ってはくれなかった。
 会計を終えた周に「ご馳走さまでした」とお礼を述べると、周は持っていた紙袋を吹雪に差し出した。


 「はい。吹雪さんにプレゼント」
 「え………プレゼント?」
 「そう。いつも練習に付き合ってくれてるからお礼をかねてね」
 「そんな…………私は周くんの条件にのっただけだし」
 「いいからいいから」


 なかなか受け取らない吹雪だったが、周はぐいぐいと吹雪の手にプレゼントを渡そうと押してくるので、吹雪は受け取り「じゃあ………ありがとうございます」と、その紙袋を受け取った。
 しかし、その紙袋はここに来る前は周が持っていないものだった。いつの間何かを買ったのだろうか?と、吹雪は不思議な顔をしながら袋を見つめる。すると、周が「開けてみてよ」と言った。ワクワクと期待した眼差しで見つめる周の頼みを断れるはずもなく、吹雪は紙袋から手より少し大きい箱を取り出した。
 それを開封するし、中身を見ると吹雪は「あ………」と、声がもれてしまった。


 そこにあったのは、先ほど食べたい餡蜜の器と同じ蒼色のマグカップだった。太陽の光りを受けて先ほどよりも、蒼色が鮮やかに光って見えた。


 「これ、とっても素敵!……でも、どうしてこのカップが……」
 「あの店は食器も売ってるんだ。吹雪さんがお気に入りだった器は売り切れてから、同じ蒼色のものを選んだ。あの蒼を気に入ってたみたいだから」
 「うん!とっても綺麗で一目惚れだったの。本当に嬉しい………ありがとう、周くん」


 落としてしまわないように大切にそのカップを見つめ、プレゼントをくれた周に礼を伝える。

 すると、周は自分かプレゼントを貰ったかのようににこやかな笑みを浮かべた。


 「今日はありがとう。いつも綺麗だけど、今日も俺のために沢山お洒落してくれたんだよね?更に大人のお姉さんの魅力が増してドキドキしちゃった」
 「…………周くん」
 「勉強だったはずなのに、デートみたいに楽しかった。吹雪さん、ありがとう」

 
 周が言葉はとても甘い。
 これもホスト用のものだとわかっているはずなのに、吹雪はその言葉が嬉しかった。彼も、デートを楽しんでくれた。おしゃれをした自分を見てドキドキしてくれた。その言葉が吹雪を高揚させた。

 手に持ったプレゼントを抱き寄せ、吹雪は大切にしようと誓ったのだった。



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