アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

文字の大きさ
19 / 31

18話「知らないあなた」

しおりを挟む





   18話「知らないあなた」




 夜中の呼び鈴の後、スマホにメッセージをしてきたのは周だった。周は『吹雪さん、寝てる?今、家の前に来てるんだ』というものだった。返事をずっと待っていた吹雪は、サプライズの訪問に驚きながらも、彼に会える喜びが大きく、返事よりも玄関へ向かっていた。


 「吹雪さんに会いに来ましたー!」
 「わかった!わかったから、離して!周くん」


 ドアを開けた瞬間、上機嫌の周に抱きしめられたのだ。それは嬉しかったものの、彼の力は加減がなく苦しくなってしまい必死に抵抗していた。彼の胸を押しても、叩いてもダメだった。その時、彼からは珍しい甘い香りが漂ってきた。


 「周くん、もしかして酔っぱらってるでしょ?」
 「ホストの帰りなんですよー。少しお酒のみましたよー」
 「そんなに酔っぱらってるのに、少しじゃないでしょ?」
 「酔ってないですよー」


 にへらーと緩んだ表情で笑う周を見て、吹雪は苦笑してしまう。
 そして、当たり前だが彼はやはりホストクラブで働いているのだ。彼に抱きしめられると、華やかな香水の香りがした。彼のもののはずはないので、きっと周が対応したお客のもののはずだ。洋服に香水の香りが移ってしまうぐらいに近い距離いたのだろう。
 今の自分のように抱きしめていたのだろうか。
 そんな風に思うと、胸の奥が痛くなった。


 「ほら……お水持ってくるから……」


 彼の力が少し緩んだ瞬間に、周の腕から抜け出し、吹雪は彼から離れた。
 けれど、すぐに腕を掴まった。


 「ぇ…………」
 「………」
 「ちょっ………周くん………」


 吹雪はそのまま彼に引っ張られながら、部屋の中を歩いていく。

 そして、彼に連れてこられたのは寝室。
 つい先日、彼と2人で寝た、あのベットがある。
 先ほどまで吹雪が起きていた場所なので電気はつけっぱなしになっていた。

 周は、ベットの前で吹雪の手を離し、そして吹雪をベットに押し倒した。
 倒された衝撃で吹雪は思わず小さな悲鳴を上げながら、目をギュッと閉じた。そして、目を開けると、目の前に周の顔があった。
 熱を帯びた瞳は少し潤んでいて、頬は赤く染まっている。周はスーツのジャケットを乱雑にに脱ぎ、ネクタイを片手で乱暴に緩めた。
 その行動一つ一つがとても色っぽく、艶やかで、吹雪はドキンッと胸が鳴った。そして、今の自分は彼と同じぐらい顔が赤くなっているのがわかった。


 「吹雪さん………」


 そう言うと、彼は吹雪の頬に触れ、そのまま手をゆっくりと首筋まで滑らせた。
 ゾクリと甘い痺れを感じてしまう。そして、周はゆっくりと吹雪に顔を寄せる。彼の長い睫毛が揺れて、瞳が閉じていく。
それと同時に、彼の唇が吹雪の唇に触れた。
 短く軽いキスだった。

 けれど、吹雪にとっては、とても大切な行為。拒む事も出来たはずだった。
 吹雪と周は恋人ではないのだから、逃げた方がよかったのかもしれない。それに彼は酔っている。普通に考えたのならば、拒むべきだったのだろう。
 だけど、吹雪はそれを受け入れた。
 少しでも彼に近づきたい。
 彼のお客さんである女性よりも近い存在でいたいと思ってしまったのだ。


 「周くん…………」


 彼を呼ぶ声はとても小さく、少しだけ震えたものだった。けれど、周は少し顔を上げた後、吹雪の首元に顔を埋めてしまった。
 くすぐったさを感じながら、彼の様子を見ていると、「すーすーっ」と静かな寝息が聞こえ始めた。


 「………寝ちゃったの………?」


 吹雪は苦笑した。
 周が寝てしまった事に、少し残念に思いつつも安心もしてしまう。けれど、フッとあの甘い香りを感じ、吹雪は眉を下げる。そして、彼を起こさないようにゆっくりと彼から体を剥がし、ベットから出た。
 彼に布団をかけてあげ、そのまま彼の寝顔を眺めた。


 「ねぇ、周くん…………どうして、私の所に来てくれたの?………どうして、キスしたの?」

 

 その問いかけに、周は答える事なく、安らかな寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。
 吹雪は中指で自分の唇に触れる。先ほど、彼にキスされたのが嘘のように思えるのだ。けれど、今でも彼の少し冷たくてざらついた唇の感触は忘れる事など出来るはずもなかった。


 「周くんのバカ………」


 そう言った後、吹雪は彼の髪にお返しとばなりに唇を落として、寝室の電気を消してその場から立ち去った。




 キスをされたという事実から、冷静になろうと、吹雪は大きく息を吐きながら、廊下に出た。好きな人とキスをしてしまったのだ。だが、嬉しさと戸惑いが混ざった複雑な心境だ。
 
 ドキドキした気持ちのまま玄関に向かうと、鍵は開いたままで、靴は散乱しており、そして周のバックは彼が落としてしまったのか、中身が飛び出てしまっていた。


 「もう………周くんったら、バックのチャック開けっ放しだから、中身が出てきちゃってるよ………」


 吹雪は鍵を閉めた後、靴を直し、彼の鞄を拾い上げた。すると、彼の財布も玄関に落ちてしまっており、入っていたカードやお札でもが出てしまっていた。
 苦笑しながら、それを財布に入れようとした時だった。吹雪はある1枚のカードに目が留まった。


 「これって………学生証………」


 そこには、彼の少し若い頃の写真が載って、大学の学生証が入っていたのだ。名前は「右京周」と書かれている。彼のもので間違いないようだった。そして、そこには芸術大学の大学院と書かれていた。


 「周くんは…………大学生…………」


 大学生だからホストのアルバイトをしてはいけない、という事はないはずだ。周は23歳なのだから問題はないだろう。
 けれど、学生だという事を吹雪には話してはくれていなかった。
 それがショックだった。

 けれど、やはり周との関係はただの練習台の女というだけなのだろう。
 相談事を聞いてくれたり、泊まってまで心配して一緒にいてくれたり、酔っていたとはいえキスをしたり………少しは彼の特別に近づけたのかと思っていた。

 吹雪が周が「好き」という気持ちと、彼が吹雪を思う気持ちは違うのだ。


 そう思った瞬間に涙が溢れてきた。

 何度も彼の言葉で「違う」と思ってきたではないか。それなのに、どうて、彼をそこまで信じていたのか。
 それは、自分が周を好きだったからだ。


 もう彼への気持ちは我慢出来るものではないと、吹雪自身気づき始めていた。
 だからこそ、彼との関係に未来がないのでれば、傷つく前に終わりしないしなければ、そう思った。


 「………周くんにお話ししなきゃ………」



 吹雪は涙を手で拭いながらそう呟いた。
 持っていた周の写真を見つめながら、吹雪はそう決心したのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

処理中です...