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18話「知らないあなた」
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夜中の呼び鈴の後、スマホにメッセージをしてきたのは周だった。周は『吹雪さん、寝てる?今、家の前に来てるんだ』というものだった。返事をずっと待っていた吹雪は、サプライズの訪問に驚きながらも、彼に会える喜びが大きく、返事よりも玄関へ向かっていた。
「吹雪さんに会いに来ましたー!」
「わかった!わかったから、離して!周くん」
ドアを開けた瞬間、上機嫌の周に抱きしめられたのだ。それは嬉しかったものの、彼の力は加減がなく苦しくなってしまい必死に抵抗していた。彼の胸を押しても、叩いてもダメだった。その時、彼からは珍しい甘い香りが漂ってきた。
「周くん、もしかして酔っぱらってるでしょ?」
「ホストの帰りなんですよー。少しお酒のみましたよー」
「そんなに酔っぱらってるのに、少しじゃないでしょ?」
「酔ってないですよー」
にへらーと緩んだ表情で笑う周を見て、吹雪は苦笑してしまう。
そして、当たり前だが彼はやはりホストクラブで働いているのだ。彼に抱きしめられると、華やかな香水の香りがした。彼のもののはずはないので、きっと周が対応したお客のもののはずだ。洋服に香水の香りが移ってしまうぐらいに近い距離いたのだろう。
今の自分のように抱きしめていたのだろうか。
そんな風に思うと、胸の奥が痛くなった。
「ほら……お水持ってくるから……」
彼の力が少し緩んだ瞬間に、周の腕から抜け出し、吹雪は彼から離れた。
けれど、すぐに腕を掴まった。
「ぇ…………」
「………」
「ちょっ………周くん………」
吹雪はそのまま彼に引っ張られながら、部屋の中を歩いていく。
そして、彼に連れてこられたのは寝室。
つい先日、彼と2人で寝た、あのベットがある。
先ほどまで吹雪が起きていた場所なので電気はつけっぱなしになっていた。
周は、ベットの前で吹雪の手を離し、そして吹雪をベットに押し倒した。
倒された衝撃で吹雪は思わず小さな悲鳴を上げながら、目をギュッと閉じた。そして、目を開けると、目の前に周の顔があった。
熱を帯びた瞳は少し潤んでいて、頬は赤く染まっている。周はスーツのジャケットを乱雑にに脱ぎ、ネクタイを片手で乱暴に緩めた。
その行動一つ一つがとても色っぽく、艶やかで、吹雪はドキンッと胸が鳴った。そして、今の自分は彼と同じぐらい顔が赤くなっているのがわかった。
「吹雪さん………」
そう言うと、彼は吹雪の頬に触れ、そのまま手をゆっくりと首筋まで滑らせた。
ゾクリと甘い痺れを感じてしまう。そして、周はゆっくりと吹雪に顔を寄せる。彼の長い睫毛が揺れて、瞳が閉じていく。
それと同時に、彼の唇が吹雪の唇に触れた。
短く軽いキスだった。
けれど、吹雪にとっては、とても大切な行為。拒む事も出来たはずだった。
吹雪と周は恋人ではないのだから、逃げた方がよかったのかもしれない。それに彼は酔っている。普通に考えたのならば、拒むべきだったのだろう。
だけど、吹雪はそれを受け入れた。
少しでも彼に近づきたい。
彼のお客さんである女性よりも近い存在でいたいと思ってしまったのだ。
「周くん…………」
彼を呼ぶ声はとても小さく、少しだけ震えたものだった。けれど、周は少し顔を上げた後、吹雪の首元に顔を埋めてしまった。
くすぐったさを感じながら、彼の様子を見ていると、「すーすーっ」と静かな寝息が聞こえ始めた。
「………寝ちゃったの………?」
吹雪は苦笑した。
周が寝てしまった事に、少し残念に思いつつも安心もしてしまう。けれど、フッとあの甘い香りを感じ、吹雪は眉を下げる。そして、彼を起こさないようにゆっくりと彼から体を剥がし、ベットから出た。
彼に布団をかけてあげ、そのまま彼の寝顔を眺めた。
「ねぇ、周くん…………どうして、私の所に来てくれたの?………どうして、キスしたの?」
その問いかけに、周は答える事なく、安らかな寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。
吹雪は中指で自分の唇に触れる。先ほど、彼にキスされたのが嘘のように思えるのだ。けれど、今でも彼の少し冷たくてざらついた唇の感触は忘れる事など出来るはずもなかった。
「周くんのバカ………」
そう言った後、吹雪は彼の髪にお返しとばなりに唇を落として、寝室の電気を消してその場から立ち去った。
キスをされたという事実から、冷静になろうと、吹雪は大きく息を吐きながら、廊下に出た。好きな人とキスをしてしまったのだ。だが、嬉しさと戸惑いが混ざった複雑な心境だ。
ドキドキした気持ちのまま玄関に向かうと、鍵は開いたままで、靴は散乱しており、そして周のバックは彼が落としてしまったのか、中身が飛び出てしまっていた。
「もう………周くんったら、バックのチャック開けっ放しだから、中身が出てきちゃってるよ………」
吹雪は鍵を閉めた後、靴を直し、彼の鞄を拾い上げた。すると、彼の財布も玄関に落ちてしまっており、入っていたカードやお札でもが出てしまっていた。
苦笑しながら、それを財布に入れようとした時だった。吹雪はある1枚のカードに目が留まった。
「これって………学生証………」
そこには、彼の少し若い頃の写真が載って、大学の学生証が入っていたのだ。名前は「右京周」と書かれている。彼のもので間違いないようだった。そして、そこには芸術大学の大学院と書かれていた。
「周くんは…………大学生…………」
大学生だからホストのアルバイトをしてはいけない、という事はないはずだ。周は23歳なのだから問題はないだろう。
けれど、学生だという事を吹雪には話してはくれていなかった。
それがショックだった。
けれど、やはり周との関係はただの練習台の女というだけなのだろう。
相談事を聞いてくれたり、泊まってまで心配して一緒にいてくれたり、酔っていたとはいえキスをしたり………少しは彼の特別に近づけたのかと思っていた。
吹雪が周が「好き」という気持ちと、彼が吹雪を思う気持ちは違うのだ。
そう思った瞬間に涙が溢れてきた。
何度も彼の言葉で「違う」と思ってきたではないか。それなのに、どうて、彼をそこまで信じていたのか。
それは、自分が周を好きだったからだ。
もう彼への気持ちは我慢出来るものではないと、吹雪自身気づき始めていた。
だからこそ、彼との関係に未来がないのでれば、傷つく前に終わりしないしなければ、そう思った。
「………周くんにお話ししなきゃ………」
吹雪は涙を手で拭いながらそう呟いた。
持っていた周の写真を見つめながら、吹雪はそう決心したのだった。
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