アラサー女子は甘い言葉に騙されたい

蝶野ともえ

文字の大きさ
30 / 31

エピローグ

しおりを挟む





   エピローグ



 周と付き合い始めてから1ヶ月が過ぎた。
 周はホストのバイトを辞めた。
 そもそも、ホストのバイトは吹雪の家に酔っぱらったまま訪れた時のみだったらしく、その時が体験入店だったようだ。吹雪に開催したギャラリーを見に来て欲しいという夢も叶ったので、続ける意味はないと周は話していた。それにホストを続けるとなると、吹雪も不安になってしまうので、それには賛成だった。


 
 この日は、吹雪の家に周が訪れる予定になっていた。
 周は学生だったけれど、自分の作った食器などを店に委託したり、教授の工房で販売していた。そのため全く収入がないわけでもなかったが、それでも家賃や学費を払えないと、陶芸教室のバイトや居酒屋バイトもしていたようだった。そのため、なかなか合う時間が取れなかったけれど、あ互いに時間を見つけては会うようにしていた。
 会いたいからこそ、時間を作る。そう言った方がいいのかもしれない。


 ピンポーンッ、と呼び鈴がなり、吹雪は慌てて玄関に向かった。


 「こんばんは、吹雪さん」
 「お疲れ様、周くん。どうぞ、いらっしゃい」
 「お邪魔します………というか、ただいま、かな?」
 「ふふふ。おかえりなさい」


 周の返事に合わせて言葉を帰すと、周は嬉しそうに笑ってくれていた。


 「夕御飯出来てるけど……まかない食べてきた?」
 「少し………でも、吹雪さんのご飯食べたいな」
 「じゃあ、少しずつ準備するね」
 「ありがとー」


 周はそう言うと、部屋に入ってリビングに向かった。吹雪の部屋に来るのも随分慣れてくれているようで、緊張した様子は見られない。吹雪と言えば、まだ自分の部屋に彼が居る事が不思議な気持ちに思えていた。


 「吹雪さん、お腹空いてる?」
 「え?………別に何か食べたいわけではいけど……どうしたの?」
 「あのさ……今日はどうしても吹雪さんのおうちでご飯食べたかったんだよね」
 「ご飯?」


 彼が言う事の意味が理解出来ず、吹雪は首をかしげて彼の方を見る。すると、周はニコニコしながら持っていた紙袋を吹雪に手渡した。


 「これ、吹雪さんにプレゼント。まぁ、俺も使うものだけど」
 「え……ありがとう。何だろう………」


 突然のプレゼントに驚きながら、吹雪は紙袋を受け取り、中身を取り出す。厚紙で出来た箱が入っており、吹雪はそれを丁寧に開封した。


 「わぁ………これ、周くんが作ったお茶碗?」


 そこには、彼がよく作っている青い陶器のお茶碗が入っていた。手に取ると、とても持ちやすく手に馴染むのがわかった。そして、鮮やかな蒼が吹雪を魅了した。


 「やっぱり綺麗な色………周くんの作る食器はすごいね」
 「ありがとう。……でも、吹雪さん、まだ箱にまだあるよ」
 「え…………あ、もう1つある」


 そこには、先ほどのものより少し大きめで、蒼色も濃いめの茶碗が入っていた。


 「これって………」
 「夫婦茶碗だよ」
 「………夫婦………」


 その言葉に吹雪は思わずドキッとしてしまう。恋人になったのならば、未来を想像してしまうもの。彼との少し先の事を考えないはずもなかった。
 彼がくれた茶碗はお揃いで使おうと思って準備してくれたのはわかっている。けれど、その意味を考えてしまうのは恋人として仕方がない事だろう。

 
 「試作品なんですけど、これを発売しようと思ってて。お揃いの食器でご飯食べたかったんだ!だから、吹雪さんも少しでいいからご飯食べましょう?」
 「そうだね。じゃあ、準備するね」


 付き合い始めたばかりなのだ。
 そんなに早く結婚の話しが出るとは吹雪も思ってはいない。それに、彼はまだ学生で若い。それも理解している。
 けれど、少しだけ残念に思ってしまったのは彼には内緒にしよう。そう思い、周から貰った茶碗を持ってキッチンに向かおうとする。


 「待って!」
 「うん?どうしたの?」


 立ち上がろうとした吹雪を呼び止めたかと思うと、周は吹雪を正面から抱きしめた。
 吹雪は驚き「ど、どうしたの?食器持ってるから危ないよ?」と返事すると、周はいつもの笑みではなく男らしい真剣な表情でこちらを向いていた。


 「俺が社会人になったらプロポーズしますから。この茶碗は予約だから」
 「周くん………」
 「まだ、恋人かもしれないけど、早く俺のお嫁さんになって欲しいって思ってるから」
 「………そんなの反則だよ………」
 「あれ?吹雪さんは違うの?」


 ニヤリとした表情で真っ赤になった吹雪の顔を覗き込む周。吹雪の気持ちなど、とうにお見通しなのだろう。少し悔しさを感じつつも、その気持ちを隠せるはずも、誤魔化すつもりもなく、吹雪は「同じだよ」と答えた。


 「周くんと同じ。周くんが大好きだよ」
 「よかった。俺も愛してる」


 周は、吹雪の頬に優しく触れるとそのままキスを落とす。


 今はこうやって部屋の中が、彼の作った青の陶器で溢れるのを楽しみにしていこう。
 もう彼の甘い台詞などはいらないのだ。
 素直な気持ちと彼の大切な陶器を、いつまでも大事にしていこう。
 吹雪はそう思い、彼にもう一度キスを求めた。




              (おしまい)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

処理中です...