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15話「笑顔と涙の報告」

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   15話「笑顔と涙の報告」





 ☆★☆

 
 晴れて、無事に付き合う事になった出と立夏が、千春と秋文の家に報告をしに来ていた。
 千春は嬉しさのあまり、目に涙を溜めていた。

 「俺と立夏は、付き合う事になった。いろいろ迷惑かけてすまなかった。」
 「~~~!!良かったねー、出ー!!立夏も、幸せになってね。」
 「……結婚したわけじゃないんだけど。」
 「それもきっとすぐに報告にくるさ。」
 「………出、今付き合ってばかりなんだけど。」
 「本当に上手くいくのか、この2人は。」


 秋文は不安そうにしていたけれど、千春はきっと上手くいくと確信していた。
 出がずっと片想いをしていた相手だ。
 そして、親友としても大切にしていた人。出がそんな相手を手離すわけがなかった。
 
 後は、立夏が逃げ出さないか、だけれど、それも心配なさそうだね……と、彼女の幸せそうに微笑む表情を見て、千春は感じとっていた。


 「この4人が、それぞれ付き合うなんて……学生の頃では考えられなかったね。」
 「………考えてなかったの、おまえらだけだろ。」
 「………そういう事になるな。」
 「しょ、しょーがないよね!若いときの好きなタイプは憧れとかあるし、ね。」
 「確かにねー……憧れだったのかなぁー。」


 よく考えてみれば、男性2人はそれぞれ片想いをしてくれていて、女性2人は見向きもしなかった事になる。
 千春は申し訳ないなーと思いながらも、そんなにも長い時間片想いしてくれるほど、愛してくれていたのが、嬉しくもあった。


 「いつか、若い子みたいにWデートしてみたいね!相手変えたりして!」
 「……それは無理。」「それは………どうかな?」
 「え…………。秋文と出は嫌なのー?」


 千春の提案にすぐに反対したのは、男性2人だった。
 少し憧れていたので、千春は残念に思ってしまう。


 「なんでー?出は、私とデートするの嫌なのー?」
 「そういう訳じゃないよ。立夏を秋文に渡すのが心配なだけだ。」
 「なんだよ、それ。……手出すわけないだろ。」
 「………何よ。私じゃ相手にならないってこと?」
 「趣味は合うだろけど、1時間ぐらいでケンカになりそうだろ?」


 秋文はそういうと、何故か楽しそうに笑った。それは、秋文が仲がいい男友達などに見せるあっけらかんとした、爽やかな笑みだった。
 千春にはなかなか見せてくれない。きっと、千春より長い付き合いの立夏だからこそ見せる、笑顔。
 千春は、それを見て少しだけ立夏が羨ましいな、と思ってしまった。


 「確かにそうね。私と秋文なら、それ以上はケンカになりそうだわ。」


 立夏も何かが吹っ切れたように、笑っていた。
 千春は、何があったのかわからなかったけれど、立夏の悩みがなくなったように思えて、ホッと安心してしまった。


 「じゃあ、私は千春とデートするから、男2人はご自由に!」
 「「なんで、そうなるんだ………。」」


 そんなやりとりを四季組の4人が大人になっても出来る。
 その幸せを感じながら、千春は4人で楽しい時間を過ごしていた。

 ………けれど、それの雰囲気は1本の電話のせいで台無しになってしまう事になるのだった。




 
 「………悪い、電話だ。」

 秋文のスマホのバイブが鳴った。
 秋文は、皆がいたリビングから抜け出して、廊下に向かった。
 千春は、彼の表情を見て何かあったのではないかと、すぐに察知した。
 出と立夏も顔には出さないものの、何かあったのだとわかっているはずだ。

 3人で、先程の続きの話しをしていると、しばらくしてから秋文が深刻な顔で部屋に入ってきた。
 千春は、2人に声を掛けて秋文に近寄った。
 

 「秋文………。」
 「………俺の引退の話しがマスコミに流れたはしい。もう少しで報道になりそうだ。」
 「そんなっ……。」


 秋文の言葉を聞いて、千春は愕然とした。
 まだ、リーグ戦がスタートして半分だ。大切な時期に、引退の報道が流れてしまう。
 それを考えると、千春でもよくない事がよくわかっていた。


 「限られてた人しか話さないで、厳重に秘密を守っていたつもりだけど……守りが厳重なほど目立つってことだな。」
 「……どうするの?」
 「すぐに会見をひらくよ。」
 「………わかったわ。準備しないと。それに、2人にも………。」
 「あぁ、今話そう。」

 
 秋文がゆっくりとソファに座っていた2人に近づくと、出が心配そうに「何かあったのか?」と聞いてくる。立夏は何も言わずにただ秋文を見つめていた。


 千春はそっと秋文の隣に立った。

 きっと、彼だって話してて悲しくなるものだとわかり、少しでも力になれれば、と千春は寄り添った。
 それを秋文が視線だけで見つめ、そして口元が少しだけ微笑んだように千春は見えたので、安心した。


 「こんな時に言う話しじゃないんだけど、話しを聞いてほしい。」


 秋文がそういうと、2人は無言のまま頷いて、彼の話しの続きを緊張した面持ちで待っていた。


 「実は………今年度でサッカーを辞める事にした。」
 「……。」
 「なっっ!」


 出は無言のまま、そして立夏はあまりの驚きに声を出して、立ち上がってしまった。けれど、2人の顔は揃って驚愕の表情だった。


 「悪いな……付き合い始めの報告に来て貰ったのに雰囲気悪くなるよな。本当は、もっと落ち着いた時期に伝えるはずだったんだけど、マスコミにバレたみたいでな……。」
 「……そんなことどうでもいいよ!何よ、何で秋文がサッカー辞めちゃうの?………あんなに大好きなのに……。」
 「……立夏、落ち着け。」


 立夏の口調は怒っているのに、顔は泣きそうだった。それを見た瞬間、千春は我慢していた涙がこみ上げてきた。

 
 「秋文……怪我の状態があまりよくないのか?」
 「まぁ、それも原因の1つだよ。それより、体が鈍くなってきた。鍛えても鍛えても、元に戻らないんだ。」
 「そうか………。」
 「完璧な状態で戦えないのに、サッカーを続けていくのは辛いんだ。」


 立夏のような切ない顔を見せて、自分の気持ちを話す秋文を見ていられないのか、出も下を向いてしまった。


 「………そんなのダメよ!」
 「立夏……。」
 「少しカッコ悪くても、今までみたいで出来なくても、体引きずってでも、喘いで続けてよっっ!………サッカーあんなに好きだったじゃない。」
 「……………。」
 「それぐらいで、諦めないで……。」


 話していくうちに、ボロボロと涙を溢して嗚咽を洩らしながら、そう訴える立夏を見て、千春も我慢出来ずに、秋文の腕を掴みながら泣いてしまった。


 「悪いな……俺がもうしないって決めたんだ。」
 「………バカ秋文……。」
 「俺の分までお前たちに泣いて貰えてよかったよ。千春は、きっとこれから何回も泣くんだろうな。ごめんな……。」
 

 千春の頭を優しくポンポンの撫でる秋文の顔を、千春は見ることが出来ず、頭を横に振ってそれに返事をした。


 「………おまえとサッカー出来なくなるのか。寂しくなるな……。」
 「そうだな。俺もそう思うよ。」


 出は、泣きじゃくる立夏の肩を抱きながら、切ない顔でそう気持ちを伝えると、秋文も苦い顔で、小さく囁くようにそう言った。


 その涙の会話は、しばらく続き、お互いの恋人が泣き止むまで、彼らは優しく慰めてくれていた。


 千春は、秋文の引退が近づいているのを、改めて感じたのだった。



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