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11話「再会」

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   11話「再会」





 「いけー!出ーっっ!」
 「だから、立夏……出はゴールキーパーだってば……。」
 「ここで、出がボール蹴ったら面白いかなって。」
 「誰がゴール守るのよー。」


 面白がりながら応援をしている立夏に突っ込みを入れながら、千春は目の前のコートに視線を戻した。

 そこでは、真剣な表情でチームメイトに声を掛けながら、ボールを追いかけている秋文の姿があった。

 3人と友達になった頃から、秋文と出のサッカーの試合へ応援しに行く事は多かった。けれど、2人がプロチームに入り、そして千春と立夏が社会人になってからはその頻度は少なくなってきていた。
 
 今日は、たまたま秋文と出のチームが試合があると秋文に聞き、応援に来たのだった。
 秋文と出は関係者席に招いてくれたけれど、試合の雰囲気を楽しみたいと言って、それを断った。
 コートの中央がよく見える場所を選んだのは秋文がMFだから。司令塔として、中心にいる秋文がよく見える場所を選ぶと、立夏はすぐにわかったようで「仲がいいようで安心した。」と言いながらも、ニヤニヤと笑っていた。


 「もう少しで前半終わるけど、まだ引き分けだねー。」
 「そうだねー。秋文も頑張って前線に攻めてるけど、出がいるからね。なかなか、ゴール決まらないね。」
 

 試合はどちらも攻め合っており、見ごたえのあるものだった。
 千春は、出を見ながらもどうしても視線は秋文に行ってしまう。

 秋文が大きな声を出して指示したり、ドリブルをして相手をかわしたり、パスをして上手くいけば仲間と笑いあっている。汗をかき、真剣な表情で走る彼を見ていると、サッカーが本当に好きなんだとあらためてわかった。

 そして、そんな秋文を見ていると、千春はずっとドキドキしてしまっていた。彼がサッカーをしている姿はこんなにもかっこよかったのだろうか。


 「ねぇ……立夏。」
 「うん?」
 「秋文って………すごく、かっこいいんだね。」
 「……何それ、惚気?」


 立夏はニヤニヤしながら、千春を覗き込んだ。千春は「違うよ!」と言いながらも、顔は真っ赤になってしまう。確かに自分の彼氏をかっこいいというのは、惚気になってしまうのかもしれない。

 けれど、恋人になってサッカーをしている秋文を見ると、キラキラとしていて、いつも自分に向けてくれる優しい微笑みとは違う真面目な姿が、とても新鮮で魅力的に感じてしまったのだ。


 「今までは、友達だったから特に外見を見ても整った顔立ちだなってしか思わなかったんだけど。今は、違うんだ……。」
 「まぁ、普通にしてても秋文はかっこいい分類だと思うよ。だから、サッカー選手なのにCMとか雑誌とかにも出ているんだと思うし。それに、人気があるのも、それが理由のひとつだと思うし。」
 「そうだよね……やっぱり、他の人もかっこいいって思うよね。」


 千春が試合会場に来て思った事の1つがそれだった。秋文に女性ファンが多いという現実だった。秋文の着ている背番号のユニフォームを着ている若い女の子が多く、グッツ売り場でも特設で彼のグッツが販売されていたのには千春も驚いてしまった。
 そして、試合が始まれば黄色い歓声が秋文に送られており、千春は何回もドキッとしてしまった。


 「……秋文、人気あるもんねー。すごいよね、ファンの数。」
 「……うん。」
 「惚れ気だと思ったら今度は凹んでるの?」
 「ううん。そういう訳じゃないんだけど………。」
 「もっと自信持ちなさい。見た目で選ばれたわけじゃないって、結構すごいことだよ。そりゃ、可愛い方がいいけど、千春はモテるんだしそこは自信持っていいし。秋文は10年も片思いしてた相手なんだから、ね。それに、秋文を信じるんでしょ?」
 「うん……信じてるよ。」


 励ましてくれる立夏を見つめながら、まっすぐ彼女の目を見て返事をすると、「よしよし、えらい!」と、笑いながら頭を撫でてくれる。


 立夏に怒られた後、少しギクシャクするのかと思っていたけれど、彼女はいつもと変わらず接してくれた。優しくて頼れる親友には、何回感謝してもしきれない。

 
 「好きになってきた?」
 「…………好き、だと思う。」


 親友の問いかけに、頬を染めながらそう答える。
 言葉にすると、自分の気持ちに気づける。
 彼と付き合い始めてから、彼への好きが大きくなってきているのを感じていた。


 ピッピーっとホイッスルの音が会場に響き渡る。前半は引き分けで終わった。


 「………それはよかった。さって、私はお手洗い行ってくるけど、待ってる?」
 「うん。ここにいる。」


 そういうと、立夏は急ぎ足で席を離れていった。
 前半を終えた選手がベンチの方へやってくる。秋文が今日1番近くに見えて、ドキリとする。


 少し呼吸を乱し、ドリンクを飲みながらタオルで顔を拭いていた。一人のファンのように、彼を見つめていると、秋文がジッとこちらの方を見ていた。もしかして、気づいた?と思ったけれど、ここは広い会場だ。大勢の観客の中から自分の事を見つけられるはずもない。
 気のせいかなだろうと、思って彼を見つめると、一瞬微笑んだ気がして、胸がドキッと高鳴った。やっぱり見てくれているのだろうか。そう、嬉しくなった時だった。


 「ねぇ、今秋文さんこっち見てなかった?」


 そんな声が後ろの席から聞こえきた。自分より若い女の子達が嬉しそうに話をしていた。

 
 「見てたみてた!手を振ったから笑ってくれたのかなー?」
 「うれしー!秋文さぁーん!大好きー!」
 「ずるい!私もっ。」


 キャキャっと、女の子らしい歓声を上げる声を聞いていると、モヤモヤとした気持ちになる。それに、自分を見ていたという自惚れた勘違いが恥ずかしくなり、足に置いていた手をキュッと握りしめた。

 すると隣に座る気配を感じ、立夏が帰ってきたと気づき、とっさに笑顔を見せ「おかえり。」と迎えた。
 けれど、座っていたのは知らない男の人だった。


 「お姉さん、一人?可愛いな~って見てたんですけど、この後一緒に遊びにいきませんか?」


 短い黒髪に、丸いおしゃれなサングラスをかけ、たぼっとした服を着たおしゃれな男の人だった。自分より年下の男の人に見え、何故年上の自分に声を掛けるのか、と疑問に思いながらも、千春は困った顔を見せた。


 「友達と一緒に来てるので。ごめんなさい……。」
 「女友達でしょ?見かけたよー!一緒でいいなら。ね、いいでしょ?」
 「えっと………ごめんなさい。」


 小さく頭を下げて謝ると、「えーー。そんなー!お姉さん可愛いからタイプなのにー。」と、残念がっていた。
 褒められる事は嬉しかったけれど、千春は今は秋文だけを見ておきたかったのだ。


 「もしかして、彼氏いるんですか?」
 「えっと………はい。」
 「もしかして、やっと一色先輩と………あ、やばっ。」
 「え………どうして秋文の事。」


 千春は、改めて声を掛けてきた男の人をジロジロと見つめる。聞いたことがある声のような気していたけれど、サングラスをしているのでよくわからなかった。


 「もしかして...静哉くんっ!!」
 「わぁーーー!先輩、シーっですよ。」
 「ごめんなさい……気づかなくって。驚いて大きな声出しちゃった。」


 千春は、男に謝ると「俺が悪いので。」と笑ってくれた。


 「本当に、静哉くんなの?」
 「はい!ほらっ……ね。」


 サングラスを少しずらし、瞳が露になると、そこにはくりくりとした大きく少し茶色の目があった。愛嬌のある顔は、昔と変わらなかった。
 藤原静哉。高校の頃の秋文と出の後輩だった。秋文に何故かなついており、いつも部活や試合の時は彼の傍にいた。そのため、千春や立夏とも仲が良かった。
 そして、今は日本を代表するFWで、何回も世界大会に出ている有名人だった。その彼が何故こんなところにいるのかわからなかったけれど、久しぶりの再会を千春は喜んだ。


 「静哉くん、かっこよくなったね!わからなかったよー。」
 「先輩は相変わらず可愛いですねー!」
 「褒めても何もでないよ。それより、どうしたの?こんな一般観覧のところへ来るなんて。」
 「俺、試合会場の雰囲気好きで、よくお忍びで来るんですよ。今日は俺オフだったんで、先輩2人の試合を見に来ました。」
 

 そうやって、にっこりと笑う。
 その昔と愛らしい微笑みは、大人になった彼でも変わらず、千春は安心してしまった。


 「それより、先輩!一色先輩と付き合い始めたんですか?!」
 「………うん。つい最近なんだけどね。」
 「なるほどー!だから、ますます可愛くなってるんですね!」
 「え?!」

 天然なのか、女の子をドキドキさせる言葉を自然に言いながらニコニコと話をしている。そういう無邪気なところも変わってはいなかった。


 「試合始まる前から先輩たちの事見つけてたんですけど、それを、秋文先輩に伝えたんですよ!試合見に来ました!ふたりも見かけました!って。そしたら、一色先輩から、こんな返事がきたんです。」
 
 静哉が見せてくれスマホには、ふたりのやり取りが表示されていた。
 そこには、「先輩の好きな千春先輩と、立夏先輩発見しました!今からナンパしちゃいますねー。」と、静哉が送っており、その返信はすぐに秋文から送られていた。


 「千春に手出したら、今すぐそこに行ってぶん殴るから覚悟しておけ。あいつは俺のもんだ。おまえは、俺のサッカーでも見て大人しくしとけ、後輩。」


 乱暴な言葉だったけれど、千春はそのメッセージに釘付けになってた。
 秋文は有名な人だから、恋愛話は他の人に黙っているのだと勝手に思っていた。いくら仲のいい後輩だからと言って、バラさないと思っていた。

 けれども、自分の恋人は千春だと思わせるようなメッセージを送ってくれていた。
 その事が、千春は嬉しかったのだ。


 「秋文……こんな事送るなんて………。」
 「……先輩、幸せそうですね。目がうるうるしてて、とっても愛しそうにしてるのわかりますよ。」
 「え、そうかな………?」


 千春は真っ赤になった頬を両手で隠しながらそういうと、静哉は「はい!」と笑った。


 「ずっと一色先輩が片想いしているのは気づいてたんで。憧れの先輩が、好きな人と恋人になってて安心しました!おめでとうございます。」
 「ありがとう。静哉くん。」

 
 後輩まで、秋文が自分に片想いをしていると気づいていたとは、千春は驚き、自分の鈍感さにあきれてしまった。けれども、こうやって祝福されるのは幸せな事だと思った。





 その後、立夏も合流して3人で観戦するために自由観覧の場所へと移動して、一緒に応援をした。

 途中で、立夏が静哉のスマホから「千春さんにナンパしちゃいました。」と勝手にメッセージを送信して、静哉が「本当に殴られちゃいますよー!」と半泣きになってしまう事件が起こったけれど、高校生に戻ったようで、楽しく過ごすことが出来た。


 そして、千春は秋文のプレイを頭に焼き付けようと、彼の真剣な表情をずっとずっと見つめ続けた。




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