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23話「くしゃくしゃの手紙と」

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   23話「くしゃくしゃの手紙と」




 

 千春に鍵をプレゼントした次の日から、彼女は頻繁に家に来るようになった。
 キッチンには料理器具が増えていき、冷蔵庫にも食材や調味料が保管されるようになった。
 空いていた部屋に千春の私服が置かれており、泊まってもそのまま職場に行けるように化粧品も置かれていた。

 半同棲のような生活が続き、秋文は家に帰るのが楽しみになってた。
 けれど、それは毎日と言うわけではない。お互いに忙しいので、千春が来ない日が続くこともあった。
 1度甘い生活をしてしまうと、その後が寂しくなってしまうのは男である秋文も同じだった。


 鍵をあげた時の反応は、今でも鮮明に覚えていた。どうして千春はあんな顔を見せたのか。
 秋文にはまったくわからないままだった。



 5日間会えない日が続いた夜、また突然千春が家に来ていた。
 時間があったからと言って、何かの祝い事のような豪華な食事を準備していた。何かの記念日かと焦ってしまった秋文だったけれど、そうではなかったようで、「私がお腹空いていたから。」と笑っていた。
 早めの夕食を食べた後は、リビングのソファでゆっくりとテレビを見て過ごした。
 千春は何故か自分の事をじっと見つめてくる事が多かったので、秋文が不思議そうに「どうした?」と聞く。すると、「わかんないのー?」と少し怒って口を尖らせる。
 そこに、すかさずキスをすると、少し頬を赤く染めながら「……気づいてたなら早くしてほしかった!いじわる。」と、言いながらもまたキスを求めていた。





 最近の千春は少し焦っているのがわかった。

 2人でいる時間は少ないのだから、たくさん甘えたいと思ってくれているのは嬉しい。秋文も千春に沢山触れていたいと思う。
 けれど、千春らしさを考えると、心配でもあった。求められるのが嬉しいが、「どうした?」と聞くと「だめかな?」と寂しそうな顔をされてしまうと、それ以上はなかなか聞き出せなかった。


 その後はまた2人でお風呂に入って体を温めてから、ベッドに入る。どうせ脱がせてしまうのに、と言うと「裸で部屋を歩くなんて出来ないでしょ!」と怒られた事を思い出しながら、千春にキスを落とした。

 秋文に押し倒された千春は、キスを数回しただけで目が潤んで顔や首元も赤くなってしまう。
 秋文が彼女のパジャマに手を伸ばし服を脱がせようとすると、「やるから。秋文も脱いで………。」と消えそうな小さな声で言われる。
 
 見つめてくる瞳が濡れて間接照明の淡い光をうけて、光ってみえる。「わかった。」と返事をしてから、自分の服を手早く脱いでしまう。千春もワンピースのパジャマを脱ぎ終わったのを見て、秋文は頬にキスをしてから、素肌を合わせるように抱きしめる。
 

 「ん………あったかい。気持ちいいぃ……。」


 こうやって2人で抱きあうのが、千春の好きな事だと秋文はわかっていた。もちろん、自分も同じ気持ちだ。
 こうやって熱を感じ合う時間が幸せで、ずっとくっついていたいと思わせた。


 「ね………秋文。」
 「なんだ?」
 「私、秋文が好きだよ。………告白してくれて、ありがとう。」


 突然、そんな事を言われ、驚いて彼女の顔を見つめる。
 すると、熱に溺れているだけではない、涙がぽろりと千春の目から流れていた。
 秋文はその涙を指で拭いながら、彼女の顔を覗き込んだ。


 「千春?……どうしたんだ、何かあったのか?」
 「………ううん。大丈夫。」
 「でも………。」
 「幸せだなーって思ったら泣けてきちゃったの。」
 

 何かを堪えてる表情で泣く千春を、これ以上見ることができなくて、秋文は激しくキスをして、そのまま千春の体を口づけ続けた。

 
 その後、ほとんど会話もなくお互いに熱を与えられるのに夢中になっていた。

 秋文は、熱に溺れながら自分の名前を何度も呼ぶ千春を、泣きそうになりながら見つめて攻め続けた。

 その夜、千春は何度も求め秋文もそれに応えて抱き締め続けた。


 けれど、千春の気持ちに気づくことは出来なかった。


 





 「おい、大丈夫か?」
 「あ、秋文……おはよう。」
 「昨日はその、悪かった。夢中になりすぎた。」
 「ううん。私がそうして欲しかったからいいの。……もう出掛けるの?」
 「今日からまた遠征だ。」


 今日から地方での試合が続く。休日で千春は休みの日だがしばらくは会えない。
 秋文が起きる時はまだ熟睡していた千春。出掛ける前に千春の顔を見ていこうと寝室へ向かうと、すでに千春は起きており、ベットに座り込んでボーッとカーテン越しの窓を見つめていた。


 「……じゃあ、見送りに行こうかな。」
 「まだ寝ててもいいんだぞ。」
 「いいの。もう、目覚めちゃったから。」


 ニッコリと笑うと、千春はベットから降りて、裸足のままピタピタと秋文に近づき、手を握った。

 そして、2人で並んで玄関まで歩いた。


 「じゃあ、いってくる。」
 「気を付けてね。あ、なんか、これはいってらっしゃいのチューのシチュエーションだね。」
 「………おまえ、そんなの恥ずかしくないのかよ。」
 「恥ずかしくないよ、はい。」


 千春は、ゆっくりと目を閉じて秋文のキスを待っている。そんな可愛い姿の彼女を放っておけるはずもなく、小さくため息をついたあと、唇に短いキスを落とし、「いってきます。」と言う。思った以上に恥ずかしくて自分の顔が赤くなるのがわかり、そのままドアの方を向いてしまう。


 「秋文、ありがとう。いってらっしゃい。」


 後ろから、千春のやさしい声が聞こえてきた。
 誰かに見送られるのもいいな、と思いながら、もう1度振り向き千春の頭を軽く撫でる。

 そして、ドアを開けて外に出た時、彼女が小さな声で何か言ったような気がした。
 けれどドアは止まることもなく、バタンと閉まった。
 気のせいかと思い、秋文は自分の車に向かった。



 朝からこうやって千春と過ごせた事で、自然と笑顔になっているのに気づく。
 いつかは毎日こうやって見送ってもらえるようになるのだろうか。そんな事を考えると、仕事を頑張ろうと更に思える。

 彼女からの力を貰えたようで、今日からの試合は負ける気がしなかった。








 


 しかし、惚けていられたのは1日目だけだった。

 その日、千春と連絡が取れなかった。
 毎日欠かさずに連絡だけはしていた。
 朝に別れてから千春からの連絡は1度もなく、哲史がメッセージを送っても返事もなく既読にもならなかった。
 ホテルに戻ってから電話をしても千春は出なかった。
 連絡が取れなくなって、まだ1日も経っていない。もしかしたら、体調が悪くて寝ているだけかもしれないし、友だちと遊びに出掛けているのかもしれない。
 明日、連絡がなかったら、またどうにかしよう。
 秋文は、不安になっている自分の気持ちを、落ち着かせた。
 けれど、スマホばかりが気になってしまい、疲れているのに熟睡することは出来なかった。



 次の日。
 夜になっても、昨日と同じ状況が続いた。
 千春からのメッセージも電話もなく、秋文のメッセージにも既読がつかなかった。
 何か大変なことに巻き込まれたんじゃないか?そんな不安が襲い、すぐに四季組の連絡ツールにもメッセージを残す。
 夜には既読が2つ付いていたけれど、返信は誰からも来なかった。

 さすがにおかしいと思い、すぐにでも家に戻り千春の元へ向かいたかった。
 けれど、帰れるのは明日の夜だ。
 それまで、不安と苛立ちから集中力が欠けてしまい、試合はボロボロな結果になってしまった。




 3日目。
 監督に呼び出され、今日はベンチからのスタートだと告げられた。ここ2日の不調だから仕方がないと自分でも思っていた。
 試合に出ないなら、早く千晴の元へ向かいたい。そんな風に思ってしまったのだから、試合に出るべきではないだろう。


 試合が終わり、所属チームの練習場所に戻った時にはすでに夜になっていた。
 秋文はすぐに車に乗り込み、自分の家に向かった。
 今日になっても千春からの連絡はない。そして、出と立夏からもなかった。


 嫌な予感がした。
 頭の中で、悪い事が次々と考え出されて、秋文は頭痛を感じるほどだった。
 家に帰って千春に会いたい。
 それなのに、自宅のドアの前に来た瞬間に、部屋に入るのが怖くなった。
 こういう悪い予感は当たるのだ。
 
 
 恐る恐る鍵を開けて、部屋に入る。
 電気をつけて、廊下をゆっくりと歩き、リビングに行く。すると、すぐに違和感を感じる。
 部屋にあったものがなくなっているのだ。千春のものだけが。
 

 「っ………!」

 
 秋文は急いで寝室や洗面台なども見るけれど、やはりなくなっている。
 そして、残りの奥の部屋。そこは、千春の物を置いていた部屋だった。

 そこをゆっくりと開ける。
 そこには、千春の物全てなく、何もない空き家になっていた。
 秋文は呆然とその部屋を見わたすけれど、何もあるはずがなかった。


 「千春………、どうして。………どこに行ったんだ?」


 この家にはいないだけかもしれない。
 何か嫌なことを彼女にしてしまって、自分の家へ帰ってしまったのだろうか。
 頭の中では、「そんなはずないだろ。違うってわかってるんだろう。」と冷静な自分が言っていた。
けれども、それを認めたくなかった。


 秋文は駆け出して、今すぐに千春の家へ向かおうとした。
 リビングを通った時、テーブルの上に見慣れないものがあるのに気がついた。

 秋文はテーブルに走り、それを見るとそこには小さなプレゼントの箱と、見慣れた千春の字で書かれた手紙が置いてあった。

 それを手に取り、急いで手紙を読む。
 あっという間に読んでしまえる短い手紙だった。


 「……千春っ!!」



  
 秋文は手紙を握りしめ、綺麗に包装された箱をジャケットのポケットに入れて、家を出た。
 向かうのは、もちろん千春の家だった。

 焦りと混乱で、自分が今何をしているのかもわからなる。頭の中は、千春の事でいっぱいだった。

 最後に見た彼女は、キスをされて恥ずかしながらも嬉しそうに微笑んでいた。その表情で、おまえは何を思っていたんだ?そう、千春に聞きたくても、彼女に、会えないのだ。


 乱雑に車を止めて、千春が住んでいたマンションに入る。すると、丁度玄関に大家の叔父さんがいて、秋文を見ると「どうした?」と聞いてきた。


 「ちはる………いや、世良さんの部屋は。」
 「なんだ、少し前に引っ越しただろう?忘れ物はなかったはずだったが………。何かあるのかな?」
 「いや…………何でもないです。」


 秋文は、その言葉を聞いて頭を殴られたような衝撃が走った。
 よろよろと歩いて、自分の車の運転席に座る。

 強く握りしめてくしゃくしゃになった手紙を、また丁寧に広げて、千晴の書いた字を見つめた。



 「どうしてだ?…………何で俺の前からいなくなるんだよ、千春。」



 ドンッとハンドルを拳で叩いて、そのまま顔を埋める。
 目を閉じると思い浮かべるのは、会いたい彼女の優しい微笑みだった。






 『秋文へ

 秋文が真剣で、そして楽しそうにサッカーをしている顔がとっても大好きです。
 だから、秋文の夢を叶えて欲しいです。
 ずっと、応援しています。

 そして、ありがとう。
           千春より』




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