東洋の人魚姫は恋を知らない

蝶野ともえ

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15話「人魚姫の買い物」

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    15話「人魚姫の買い物」





「んー………。本当にこれでよかったかな」

 七星は自分の部屋で明日のデートの準備をしていたが、何度も唸りながら目の前のものを見つめていた。
 七星の前に置かれていたのは、しばらく七星には縁がなかったもの。いや、かなり長い間買ったりしていなかった分類かもしれない。

 それは水着だった。
 しかも競技用とは比べものにならないぐらいに生地が少ない、プール遊び用の水着だった。
 競技用のようにワンピースタイプにしようと思っていた七星だったが、それを止めたのは七星の親友である鈴菜だった。どんな水着を買おうか迷っていた七星は、鈴菜に助けを求めたのだ。けれど、それが間違いだったのかもしれない。鈴音が勧めてくるのは、どれも極端に布の部分が少ないビキニタイプのものだった。

「白の方ビキニに決まりでしょう!若い男の子はこれ着てれば絶対に落ちるんだから」
「ビキニだけでも無理なのに、白なんて絶対着れないから!色は、黒か紺がいい」
「えー、そんなの地味すぎてだめだよ」
「だったら、昔着てた競技用の水着でいいよ。ビキニは無理!」


 七星は鈴菜の推しを断固拒否して、白ビキニを売り場に戻した。
 いつもは優しく鈴菜の話を聞いている七星だったが、それだけは恥ずかしくて無理だった。ただでさえ彼との年齢差を気にしているのだ。若い子ならば白ビキニに挑戦するのもいいかもしれないが、自分はいい年だから落ち着いたものがいいと思ってしまうのだ。

「七星は色が白いから、白ビキニもいいと思ったけど。でも、濃い色の方は白肌がより綺麗に見せるからいいかも。だったら、これとかー」
「上はビキニタイプでいいけど、下はショートパンツタイプがいいかな」
「えー、七星のお尻も綺麗だから見せてあげればいいのい」
「見せるためにプールに行くわけじゃないから。それにプールでもし泳げなくなったり、倒れたりしたらビキニだと恥ずかしいでしょ」
「そんな危険があるなら、私は行くのに反対だからね」


 そう。鈴菜は、プール自体反対をしていた。
 長い間、プールを怖がっていた七星が、デートで行ってパニックにならないのか。プールのような冷たい水に入って、怪我をした足は大丈夫なのか。そんな危険な場所に年下の恋人になったばかりになった相手と行っても問題はないのか。何度も確認された。
 もちろん、七星が好きな相手である夕影と恋人になった事は、祝福してくれた。七星の初めての彼氏だ。何でも相談してね、と心強い言葉も貰った。
けれど、それとプールデートは話が違うらしい。

 七星は必死に温かい温水プール中心に行く事や、ダメそうだったらすぐに止めると話した。それに大事をとって長年お世話になっている主治医にも確認したが「自分から好きなものに触れてみたいと思うのはいいこと。ただ、痛みを少しでもかんじたら止める事。そして連絡してきてください」とアドバイスを貰ったとも話した。お医者さんの話を聞いて、少し安心したのか鈴菜は渋々納得してくれたんだった。
 心配してくれる友達がいるのは、七星にとって嬉しい事だ。七星が「ありがとう、鈴菜。鈴菜とも一緒にプールとか海にも行きたいな」と伝えると彼女の瞳が潤んだのは2人だけの秘密だ。



「プールの話は前には話した通り、無理はしないよ。けど、もしもって考えるとね」
「七星が楽しめるのが一番だよね。彼氏のためより七星優先なの忘れてた。ごめん。年下のくせに、私の可愛い七星を取ったんだから、白ビキニ姿なんか見せる必要ないわ」
「何か妙な納得の仕方だけど……。わかってくれてありがとう」
「七星がリクエストした中でもとびきり可愛い水着を見つけるわ」

 そう言って、また張り切り始めた鈴菜と七星で選んだ水着が今は目の前にある。

 紺色の記事に白の花柄がプリントされた大人っぽいデザインの水着。上下に分かれているタイプの水着を着るのなど、子供の頃ぐらいだっただろう。水泳が好きと行っても遊びにいくことはなく、競泳の練習漬けだったのだ。
 水着を売っているお店には、ビキニタイプのものが多く置かれていて、それが普通だと思ってしまったが、いざ自宅でみると、恥ずかしさがこみ上げてきてしまうのだ。

「2人で選んだ水着だし、大丈夫だよね。うん。きっと、プールデートは成功する」


 七星はその水着を大事そうにもって、そう呟いた。
 プールは楽しみで仕方がない。けれど、少しの不安もあるのは事実だ。
 何かあったとしても、夕影が助けてくれる。そう思えば不安はなくなる。それに、不安ばかりになってしまえば、楽しいものも素直に楽しめないはずだ。
 七星は明日に向けて軽いストレッチをしてから、早めに休むことんした。寝てしまえば、、不安になることもないのだから。
七星は楽しみだけを考えて眠ることにしたのだっ た。




 次の日はプール日和の快晴だった。
 気温も夏らしい、暑い最高気温になるという。七星と夕影は合流してから電車で移動をしていた。
 七星は車を運転することは出来なかったし、夕影は免許は持っているものの車は持っていなかった。「お金を貯めてるのは車買うためなので。楽しみにしていてくださいね」と、張り切っているようだった。七星は自分の足の事もあり運転は心配だったので、なかなか車に乗る機会がなかったため、また楽しみが増えたなっと思った。




「じゃあ、着替えて合流しましょう。待ち合わせ場所は温水プールの入り口でいいですか?」
「大丈夫だよ。遅くなったら先に泳いできていいよ」
「ちゃんと待ってます。七星さんが久しぶりにプールに入る貴重な瞬間には立ち会いたいですので」
「そんななの貴重でもないのに。でも、待っててくれるのは嬉しい。早く準備してくるね」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「早くプールに行く入りたいの。じゃあ、また後でね」

 七星と夕影は、分かれて準備を始めたのだった。
 そこからは緊張の連続だった。久しぶりのロッカールームは若い子達や子供連れの家族が多かった。シャワー室から歓声があがったり、鏡の前では念入りに化粧をしていたりと、今まで経験してきた競泳のロッカールームとはあまりにも雰囲気が違った。けれど、同じものもあった。それは、匂いだった。プールの匂いが漂ってきたのだ。それが、七星を安心させた。この匂いと共に育ってきた。楽しい時も嬉しい時も、そして悔しい時も苦しい時も。思い出はこれと共にあった。最近では、毎日のように夕影の練習にも付き添っていたので、馴染みの匂いでもあった。

「よし。大丈夫。プールも夕影くんも私の味方なんだから」と、心の中で唱えながら七星は鈴菜と選んだ水着に着替えたのだった。








      ーーー



 大丈夫だろうか。
 彼女の心と体をしっかりとサポート出来ているだろうか?

 七星と1度別れた夕影はそんな不安にかられていた。

 今日という日を迎えてから、七星は緊張しているようだった。
 話をかけても、呆然としているのか返事が遅かったり、プールの返事をすると曖昧に微笑んだりしていた。怪我をしてから初めてプールに入るのだ。緊張するなという方が無理というものだ。夕影は七星が少しでも緊張を和らげるように楽しめるような話をする事しかできなかった。
 一人になってから、夕影はそれを猛烈に反省していた。もう少し「大丈夫ですよ」とか「まずは水中で歩いてみるところから始めましょうか」などと言って、安心させればよかったなと思ってしまったのだ。けれど、そんな事を考えても後の祭りだ。今から不安を少しでもなくすようにしなければ、と思い直した。
 七星よりも遅くなってはダメだと、夕影は素早く水着に着替えて待ち合わせ場所に移動した。



 早めに移動したおかげか、まだ七星は待ち合わせ場所場所に姿はなかった。
 しばらく待っていると、夕影の後方から「お待たせしました」という控えめな声が聞こえてきた。
 夕影は何もかまえずに、七星がここに来てくれた事を素直に喜びながら振り向いた。

「全然待ってないですよ………」

 そこまで言って、夕影は言葉を止めてしまった。七星の姿を見た瞬間に、言葉を失ってしまったからだ。
 好きな人の水着姿というのは、あんなにも衝撃的なのだろうか。いや、七星が魅力的すぎなのかもしれない。
 七星は紺色の水着に身を包んでいた。彼女の白い肌によく似合い、映えていたし、彼女のスタイルのよさも隠されずに出されている。七星は恥ずかしさから頬を赤くしているが、それさえも可愛すぎるのだ。

「えっと、変かな……?」
「へ、変じゃないです。めちゃくちゃ可愛いし、似合ってるし、すごい綺麗すぎて言葉出ないです」
「そ、……それは褒めすぎだよ」
「よくドラマとか漫画とかで他の男に見せたくないっていう気持ちがよくわかります。今すぐに洋服着てほしいぐらい嫉妬しちゃいそうです」
「それは、夕影くんだよ。かっこいいから、絶対に声かけられるんじゃないかって心配」
「それは俺の方です」


 自分がナンパされることがあったとしても、絶対に無視するし気にもしないというのに、七星は心配してくれているのが、内心では嬉しかった。
夕影は七星の手を取った。


「七星さん、今日は無理せずに楽しみましょうね」

 恥ずかしそうでもり不安そうでもあった、七星だがその言葉を聞いて一瞬のうちにほんわかとした安心した笑顔に変わった。


「うん。楽しもうね」


 七星は力強く夕影の手を握ったのだった。



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