極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました

蝶野ともえ

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5話「静かな夜の会話」

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   5話「静かな夜の会話」



 2人の足音が重なる夜道。
 街中の雑踏に紛れながら、畔は数日前に会った男と逃げていた。
 しばらくすると2人の呼吸も荒くなる。

 それなのに、自然と楽しさが込み上げてきて、畔は笑ってしまった。そんな畔を見て男も「クククッ」と小さく声を出して笑った。


 「あんな風に逃げるなんて、自分でもビックリだよ。って、ごめん………」


 そう言って、男は畔の手を離した後、手話で話を掛けてくれる。
 それは嬉しいはずなのに、繋がれていた手が離れた瞬間に、その手がとても冷たくなっていくのを感じた。


 『勝手にあの場所から逃げてきちゃったけど……大丈夫だった?』
 『はい。また、助けていただきありがとうございました。本当に困っていたので』
 『そっか。なら、よかった。………と、ここで立ち話をしていると見つかるかもしれないから、どこかお店に入ろう。いいかな?』
 『………はい』


 会いたかった人が目の前にいるのに、畔は上手く彼の顔を見れないままに頷いた。


 『あ、その前に公園に置きっぱなしの機材を持ってこないとね。タクシーで近くに戻って、俺が取ってくるよ』
 『何から何まですみません………』
 『気にしないで。じゃあ、行こうか』


 男はそう言うと近くに停まっていたタクシーを呼び、2人でまた公園に向かった。
 こうやって、彼の隣に立って話すことが信じられなかった。夢心地というのは、こういう瞬間なんだろうなって、思った。

 公園に戻ると、機材はまだ無事に残っていた。hotoRiが戻ってくるかもしれないと、ファンが守っていてくれたようだった。彼が『別人だよって言っておいたよ』と話してくれたので、畔もホッと出来た。
 大きな機材を抱えて入ったのは、ビルの地下にあるお洒落なバーだった。彼はこの店の顔馴染みなのか店主がその荷物を見て驚き、預かってくれる事になった。





 店の奥のテーブル席が空いていたので、そこに向かう。彼は、ウィスキーの水割りを頼んだが、畔はこんな時に何を頼めばいいかわからなかったので、困った顔でメニューを見つめた。バーなどコンサートの打ち上げ以外では来たことなどなかった。


 『甘いものは好き?』
 『はい、好きです』


 彼はわからない手話になると、スマホに文章をうちこみ、それを畔に見せながら言葉も出して話してくれる。畔もスマホで返事をして、簡単なものは手話や頷いたり身ぶりをしたりして会話をした。


 『じゃあ、甘いカクテルにしよう。イチゴは好き?』
 『大好きです!』
 『決まりだね』


 そう言うと、彼はスーツ姿の店主に注文をする。畔は店主がカウンターに入ったのを見送ると、すぐに男の方を向いて頭を下げた。そして、手話で『ありがとうございました』と丁寧に言った後、スマホに気持ちを打ち込んだ。


 『この間も、そして今日も助けていただいて、ありがとうございました。本当に助かりました』
 『さっきも話したけど気にしないで。近くを歩いていたら、公園からたまたま君の歌声が聞こえてきたから、また聞けて嬉しかったよ。………その、君は本当にあの有名なhotoRiだったんだね』
 『はい。ミュージシャンをやっているhotoRiです。本名は守青畔。すあ ほとりと言います』
 『そうか。本名も畔っていうんだね。ごめんね……俺、あんまり詳しくなくて君の事有名な人だって最近知ったから。でも、公園での騒ぎを見て、すごい人気なんだなってわかったよ。でも、どうしてあの公園で歌を歌ってたの?』


 彼の疑問は最もだった。
 ある程度の知名度があるのは、畔自身もわかっていた。そんな人が公園で歌っていたら誰でも驚いてしまうだろう。
 けれど、世間をあまりしらない自分はただ歌を歌いたかっただけ、だった。が、普通はそんな事はしないのだと、今回の事で実感した。


 『新しい曲が出来たんです。それが自分ではとても完成度が高くて。早く外で歌ってみたくてうずうずして。………我慢出来なくて、外で歌ってしまったんです』


 そうスマホに打ち込んでいるうちに、畔は恥ずかしくなってきた。
 スマホの画面をジッと見つめたまま固まってしまった畔を彼は不思議そうに見つめていた。
 黒の細身のスーツを着込み、大人の男性の雰囲気が似合いすぎる彼と、自分の気持ちに我慢出来ずに無鉄砲な行動をしてしまった自分。あまりにも子どもすぎるな、と畔は情けなさから、メッセージを全て消せたくなった。

 けれど、彼は向かい側の席から身を乗り出して、畔のスマホの画面を覗き込んできた。彼は身長も高いのだ、気づいた時にはしっかりと読まれてしまった。

 メッセージを読んだ彼は、ニッコリと笑う。




 すると、畔のスマホ画面をタップして、畔のメッセージのすぐ横に『俺もすごいいい曲だと思う』と書き込んでくれたのだ。

 畔は驚いて、彼を見ると「よかったよ、とても」と、ゆっくりと言ってくれた。
 彼が唇を大きく動かして、しかもゆっくり言ってくれるので、畔はその言葉をすぐに理解でした。

 彼のその言葉と優しさが嬉しくて、畔は頬を染めた。
 やはり、目の前の彼はとても素敵な人だ。自分の事をバカにするのでもなく、理由も聞かずに止めようとしたりもしない。
 気持ちに寄り添おうとしてくれる。
 とても温かい人だ。

 畔は目を細めて、『ありがとうございます』とスマホに打ち込んだ。

 彼が打ち込んだ、やりとりのメッセージを畔はこっそりと保存したのだった。







 
 運ばれてきたカクテルを一口飲んだ瞬間に、畔の表情は笑顔のまま止まった。



 「………っ!」
 『その表情って事は、そのカクテル、気に入ってくれたようだね』


 畔はコクコクと頷いて、真っ赤なイチゴ色のカクテルを見つめた。
 濃厚で微炭酸が入っているイチゴのカクテルを畔は一口で気に入った。甘すぎなく、少し酸味がありすっきりとしていた。
 畔はゴクゴクの飲み続け、乾いていた喉を潤した。そんな様子を彼は微笑ましそうに見つめており、畔はまた恥ずかしくなってしまう。今のは年下の妹に向けるような視線ではないか、そう思ったのだ。


 『そんなにおいしい?』
 『はい。その、あまりこういう所で飲んだりしないですし、夜に出歩いて遊ぶのもほとんど初めてなので………新鮮で気分も高揚しているみたいです』
 『俺も楽しかったよ。みんなから好かれるお姫様を拐う、怪盗になったみたいだった』
 『………お姫様ではないです』


 畔がいじけたように言うと、彼は楽しそうに笑った。
 そんな彼との時間はあっという間で、話題がなくなってしまったら、帰ることなってしまいそうで、畔は怖かった。

 そのため、畔は自分からも話さないと、と思い急いでスマホに言葉をうった。


 『私の勘違いかもしれないんですけど………。公園で私を呼んだとき、hotoRiではない名前で呼びませんでしたか?』
 『気づいたんだ。すごい。あそこでHotoRiと呼んでしまえば、本物だとバレてしまうからわざと違う名前で呼んだんだ』


 少し気になっていた事があったので、畔が聞いてみると、彼はすんなりと教えてくれた。咄嗟の事だったはずだが、機転を利かせてそんな配慮までしてくれたのだ。畔は何度感謝しても足りないな、と思ってしまう。


 『ちなみに、何て呼んだんですか?』
 『あぁ、海だよ』

 
 彼の返事を見た瞬間に、畔は驚きで声を上げそうになってしまった。
 まさか、そんな事があるのだろうか。
 畔は、目を見開いたまま彼を見つめると、彼はきょとんとした様子で不思議そうに畔を見返していた。


 『どうして、海なんですか?』


 緊張し震える指で、何とか間違えずに言葉を打ち込む。スマホを持つ手がドクンドクンと大きな鼓動により落ちてしまいそうなほどだった。
 けれど、彼の答えは畔の予想とは全く違うものだった。


 『芥川龍之介の「海のほとり」。君の名前を聞いた時に、すぐにそれを思い付いたんだ。だから、つい海って呼んでしまったんだ』
 『そうだったんですね』


 こういう時だけは、声ではなく文字でよかったと思ってしまう。

 声音で、その人の本当の気持ちまで伝わってしまうものだから。



 
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