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19話「昔の約束、今までの決意」

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   19話「昔の約束、今までの決意」



 夕映は懐かしい夢を見ていた。

 それは夕映がまだ小学生の頃だっただろうか。その日は、水色のドレスを着て、髪をふわふわにウエーブさせて大人びたヒールを履いていた。よくみるお姫様のようで、可愛くて綺麗な大人になれたと、夕映は浮き足だっていた。

 けれど、夕映は大人の現実をパーティーが始まってすぐに実感することになった。なんでこんな格好をしたのだろうと後悔をしていたのだ。
 履いたことのないヒールで足を痛めていたのだ。靴擦れに、足の痛み。大人はこんな苦労をしながら涼しい顔で颯爽と歩いているのかと思うとある意味で尊敬し、そして過酷だと思った。


 すぐにでもヒールを脱ぎ捨ててしまいたくなり、夕映はまたこっそりとパーティーを抜け出した。
 そして、中庭の芝の上で靴を脱ぎ、夜の散歩を楽しんだ。足裏から感じるヒンヤリとした感触と土の香り。それがパーティーよりも安心出来るのだから、まだ自分は子どもなのだと思った。
 両親に見つかったら怒られてしまうだろう。そう思いながらも、気持ちよさからやめることは出来なかった。

 しばらく歩いてから、芝の上にゴロンと横になり、星空を見つめた。辺りが明るいため沢山の星空とはいかなかったけれど、それでも晴れた空には沢山の星たちが顔を出していた。

 キラキラひかる星みながら、「キラキラひかる~。」と歌を歌ってる時だった。「おまえ、何やってんだよ。」と、夕映を覗き込んだ少年がいた。


 「あ、あなたは………。」

 夕映は、その少年を見た瞬間、彼が誰かをすぐに思い出した。いや、思い出すどころか、毎日ように思い描いていた人なのだ。


 「斎様…………。」

 
 そう呟いて、星空にも負けないぐらいキラキラ光る銀色の髪と緑色の瞳を見つめていた。夕映とって、星よりも好きなものだった。
 朗読会をした後。夕映は彼の事を忘れられずにいた。優しく語りかけるように話をしてくれた少し強気な王子様のような彼が初恋の人になっていたのだ。
 その後のパーティーにはなるべく参加したいと父親に頼み、参加しては斎を探していた。けれど、なかなか彼に会える日はなく、諦めかけていたのだ。父親に彼の事を訪ねると、九条征伐の御曹子だというから驚いてしまった。
 それから、彼とは生きる世界が違うのだとわかり、気軽に声を掛けてはいけない相手なのだと子どもながらに理解した。

 そのはずだったのに、彼はこうやって声を掛けてくれた。それに驚いてしまったのだ。


 「なんだ、その呼び方は。」
 「お父様が、そう呼びなさいって。」
 「やめてくれ。同い年だろ………俺は夕映って呼ぶからおまえも同じように呼べよ。」
 「わかった。………斎?」


 「あぁ。そうだ。」と言いながら彼は手を差しのべてくれた。その手を掴みながら立ち上がると、斎との距離が近くなってドキドキしてしまう。


 「これ、おまえの靴だろ?」
 「あ、うん。ありがとう。」
 「裸足で歩くなんて、危ないだろ。」
 「………でも、その靴だと足が痛くなるの。」


 そう言って斎から靴を受ける。すると、斎は夕映の素足のままの足をしばらく見つめる。
 すると、彼は突然芝生の上に座ったのだ。


 「ど、どうしたの?斎の綺麗なスーツが汚れちゃうよ?」
 「たまにはこういうのもいいよ。汚れたら綺麗にすればいいんだ。夕映も座れよ。」


 自分の隣の芝をトントンと手のひらで叩いて、ここに座れと促してくる斎。先程、彼に起こしてもらったばかりなのになと思いながらも、彼の気遣いに感謝しながら夕映は隣に座った。


 「あれから、英語は少しは読めるようになったか?」
 「うん!勉強してるよ。まだスラスラとは読めないけど……でも、いつかはいろんな洋書を読んでみたいな。」
 「和訳された物を読んでもいいと思うけどな。でも、まぁ、和訳されたものなんて、ほんの少ししかないんだけどな。」
 「そうなの?」
 「そうだよ。夕映は図書館に行ったことがあるだろ?大型の本屋でもいい。あそこにあるのが全部外国人が書いたものだとする。それが日本語に訳されているのは、ほんの一部しかないんだ。図書館でも、海外の一般図書なんて少ないだろう。」
 「確かにそうだね。」


 斎に洋書というものがあると教えられてから、夕映は図書館で和訳されている本や洋書を見ることが増えていた。両親に意味を聞いたりしながら図書館で過ごす時間がとても楽しみになっていたのだ。
 そのため、斎の話していることの意味がよくわかった。


 「日本なんて小さな国だろ。他の国で作られた本なんて沢山のあるはずなのに、ベストセラーにならないと和訳されないなんて勿体ないよな。きっと良い本は沢山あるはずなのに。」


 口を尖らせながら、斎はそう言い無数に煌めく星を見上げながら呟くように話してくれた。
 斎は本当に本が好きなんだなと、斎の考えを聞いても夕映は思った。そして、他の国に住む人が作った物語も読んでみたいと。

 そう思った時に、ある考えが頭に浮かんだのだ。


 「じゃ、じゃあ!私が海外の人のお話を日本語に訳すよ!」
 「え………。」
 「私が翻訳する人になったら、斎が見つけてきた本を日本語にして、私がみんなに読んでもらえる出来るでしょ?」
 「…………。」


 我ながら良い考えだと思い、彼に向かって堂々と話をしたけれど、当の斎はポカンとした表情で夕映を見つめていた。
 斎の事だ。「お前に出来るのか?」と言ってくるだろうな、と思っていた。それでも、知らない物語を日本語に訳す仕事。夕映は、それにすごく興味が湧いていた。彼になんと言われてもやってみたいと思った。


 けれど、彼の反応は夕映の予想を反するものだった。

 斎は、今までに見たことがないぐらいにやさしく微笑んだ。頬をほんのり赤く染めて、少し潤んでいるように見える瞳を、先程以上にキラキラと耀かせ、満面の笑みで夕映を見つめていた。



 「夕映なら出来るだろうな。楽しみにしてる。」


 そう言いながら、夕映の頭を優しく撫でてくれた。
 同じ年の男の子に頭を撫でられて安心するなんて、可笑しいのかもしれない。けれど、夕映は彼の手の感触を感じて、ポカポカとした日だまりにいるような気分になった。
 そして、そんな年相応の純粋な斎の笑顔をもっと見たいと思った。
 初恋の人の笑顔が見たい。夢を叶えてあげたい。
 この時から、夕映の夢は決意となった。





 「……………あっ。」


 ぱっちりと目を開く。
 見えるのはぼんやりと写る自宅の白い天井だった。ぼんやりしているのは、自分が泣いているからだとわかり、夕映は目を擦った。

 懐かしい夢だった。
 途中から夢の中だとわかっていても、涙が出てしまいそうになった。


 「私はあの日から夢を見てたんだ。………翻訳家になるのも、斎と過ごす生活を。」


 言葉にしてしまえば、すぐにわかることだった。
 けれど、言葉にしてしまえば我慢できなくなる。それがわかっていて、夕映は自分でも気づかないうちに、自分自身でセーブしていたのだろう。


 けれど、それも限界だった。




 「私、斎が好き。……ずっと、ずっと大好きなんだ………。」



 ベットに横になったまま、自分の顔を隠すよう手で覆いながら、夕映は苦し気に気持ちを吐き出した。



 目を瞑ればいつでも思い出す、彼の事を想いながら。



 
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