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31話「ほろ苦いコーヒーと甘いケーキと」

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   31話「ほろ苦いコーヒーと甘いケーキと」





 嫌われてしまうのは私の方だ。

 その言葉の意味が理解できなかった。
 南はいつでも優しくて、気さくで、夕映の大切な友人だった。
 彼女を嫌いになる理由など全く思いつかなかった。


 「南ちゃん、私はそんな風に思ったりは……。」


 夕映が言葉を言い終わる前に、南は小さく首を横に振った。
 そして、俯いていた視線を少しだけ上げる。夕映の瞳を見るまではいかなくても、夕映の方を見て話そうとしているのがわかった。


 「あの日、私は斎くんに告白した。ずっとずっと好きだったと伝えた。もちろん、答えは、ごめんの一言。………けど、私は諦められなかったの。夕映ちゃんが恋人だってわかっていたのに、斎くんへの想いが、本人に伝えたことで我慢してものが溢れてきてしまったの……。」


 夕映はその言葉の続きを黙って聞く事しか出来なかった。そして、南の事をじっと見つめていた。
 すると、少しだけ南は夕映と目を合わせた。
 けれど、それもすぐに外れてしまう。
 南が話をするのを戸惑っているのが夕映にはわかった。

 夕映は南が話してくれるのをジッと待った。

 すると、しばらくして南がポツポツと話し始めたのだ。


 「恋人になれないなら、1回だけでもいいから、斎くんに触れてもらいたいって思ったの。……だから、斎くんに1回だけでいいから抱きしめて、キスして欲しいってお願いした。そうしたら、諦められるって思ったの。でも、斎くんはしてくれなかった。……すごく怒った顔をして、私を睨んでた。」


 南は苦しそうな表情を見せた。きっと当時の事を思い出しているんだろう。


 「今でも、斎くんの言葉、はっきり覚えてるんだ。「好きな人に1度でいいからキスしてみたい、触れてみたい。そう思う気持ちはわからなくもない。けど、1度じゃ終らないだろ。味わったらまた欲しくなる。キスの次は抱き合いたい……そんな風になるだろ。それに、あいつが悲しむだろ。そういうの。だから、俺はそういうのは、嫌なんだ。…………嫌いだ。もしそういう気持ちでいるのは、もう俺に近寄らないでくれ。」そう言ってた。」


 南の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 夕映も、思いもよらない南の言葉に、頭がついていかない。
 南の気持ち、そして斎の言葉の意味。
 それだけが頭の中を回っている。けれど、ただそれだけで、理解しようと出来なかった。

 けれど、1つだけ思えたこと。
 それは、南と斎がそんな事をしていたら……という気持ちだった。
 斎は自分と別れたあとも違う女性と関係を持ったはずだ。それも理解している。
 それを考えるだけで、夕映は切なくて仕方がなかった。南とそんな関係になっていた。そう思うと他の女性と同じか、それ以上に胸が苦しくなったのだ。

 ………その気持ちを、南はずっと感じていたはずなのだと、夕映は実感したのだ。



 「バカな事をしたって思ってる。けど、あの時は好きな気持ちが抑えられなかったの。………でも、あんな事を言わなければ嫌われて終わるなんてなかったのに……友達としては続けられたはずなのに。そして、夕映ちゃんが恋人なのに、こんな事をいってしまって後悔ばかりした。言わなきゃいけないって思ってたけど、夕映ちゃんとの関係が終わると思ったら言えないまま、ずるずるここまできてしまった。そして、斎くんと恋人になる障害にもなってたなんて……本当にごめんなさい。」
 「…………。」
 「………今まで仲良くしてくれてありがとう。こんな裏切るような事してしまっていたけど、夕映ちゃんとの時間は大切だったよ。」


 南がまるで別れの言葉のような台詞を言っている。
 そう思った時。夕映は咄嗟に南に向かって両手を伸ばしてた。そして、その両手で少し強めに南の頬を包むように叩いた。
 パチンッという乾いた音が部屋に響いた。


 「………痛い………んーっ!!」
 「………痛くしてるのっ!」


 その後、頬を摘まんで引っ張る。南は困惑した顔と、それを受けいるような何故かホッとした表情で夕映を見ていた。


 「私、怒ってるんだよ。斎にそんな事を頼んでしまった事も、それを内緒にしていた事も。………すごくすごくショックだった。」
 「……………ごめん。」
 

 夕映は、南の頬から手を離した。
 そして、悲しげな顔で、南を見つめた。


 南がした事は、確かに夕映を傷つけた。
 友達と恋人が1回でもそんな関係になってしまっていたら……と考えると、悲しみが押し寄せてくるようだった。
 けれど、夕映も斎と恋人になれなくて告白しても断られたら?そう考えると、1回でいいから彼に触れてもらいたい。そう思わないか、と考えると夕映は「絶対に思わない。」とは言えないと思った。
 
 だから、南を憎む事は到底出来なかった。


 「………けど、こうやって終わりにしようとするのが1番怒ってる。それに、斎は怒ってたかもしれないけど、それは南に「自分を大切にしろ」って言いたかったんだと思う。もし、他の人だったら、何も言わずに無視してると思うから。………南ちゃんの気持ち、わかる。けど、私は傷ついた。」
 「………ごめんなさい。」
 

 南は驚いた顔を見せた後、ゆっくりとそして深く頭を下げて謝ったのだ。
 それを見て、夕映は苦笑した。


 「だから、またこのケーキ作って私に食べさせて欲しいな。今度は超高級なフルーツ使った高級ケーキにしてね。」
 「…………そんな事だけでいいの?」
 「いいの………私が南のケーキ食べたいだけだから。………それに………。」


 夕映は、そう言うとゆっくりと立ち上がった。


 「………このケーキ、やっぱり今日は持って帰れないから。………私、行かなきゃ行けない所があるの。」
 「うん………。」
 「南ちゃん、またね。」
 

 夕映がいつものように南に別れの挨拶をする。その顔は少しだけ強張っていると、夕映自身わかっていた。
 それを見て、南は驚いた顔を見せた。そして、いつもと同じ表情で微笑んだ。


 「またね、夕映ちゃん。素敵な誕生日を。」

 
 いつもの明るい口調で、南は夕映を送り出した。




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