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【第1章】追放と絶望の夜
第10話「脱獄、そして反撃」
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深夜二時。
牢獄は、静まり返っていた。
私は、じっと扉を見つめていた。
「来る……」
ラウラの言葉を信じて。
カチャ。
小さな音。
鍵が、外から開けられる音。
扉が、ゆっくりと開いた。
「お姉様」
黒いフードを被ったラウラが、立っていた。
「ラウラ……!」
「静かに。衛兵は、眠り薬で眠らせました」
彼女は、私に外套を渡した。
「これを着て。急いで」
私は、素早く外套を羽織った。
「オスカーは?」
「隣の牢にいます。今、開けます」
ラウラは、手際よくオスカーの牢も開けた。
「エリシア様……これは」
驚くオスカー。
「脱獄よ。詳しい説明は後で」
私たちは、静かに廊下を進んだ。
ラウラが先導し、衛兵の巡回ルートを避けながら。
「ラウラ、どうしてこんなことを?」
「お姉様のためなら、何でもします」
彼女は、振り返らずに答えた。
「それに――もう、この王宮には我慢できない」
「我慢?」
「クラリッサ様の横暴、王妃様の冷酷さ、アルベルト様の無能さ――」
ラウラの声が、わずかに震えた。
「全て、見てきました。お姉様が追放されてから、この王宮は腐りきっています」
地下通路を抜ける。
「ここから先は、王宮の外です」
ラウラが、重い扉を開いた。
外は、冷たい夜風が吹いていた。
「お姉様」
ラウラが、私の手を握った。
「協力者が、待っています」
「協力者?」
「はい。お姉様の味方が――」
路地の奥から、複数の人影が現れた。
「エリシア様!」
聞き覚えのある声。
「あなたは……」
それは――。
「ロバート商会のロバートです」
老商人が、深々と頭を下げた。
「そして、私はグランドギルドのマリア」
女性商人も、姿を現した。
「我々も」
次々と、顔を出す商人たち。
ノルディアで契約を結んだ、あの商人たちだ。
「どうして、あなたたちがここに……?」
「辺境王からの密使が、我々に届きました」
ロバートが説明した。
「エリシア様が危機に陥っている、と」
「ルシアンが……」
「我々は、あなたと契約を結んだ者として、あなたを見捨てることはできません」
マリアが、力強く言った。
「それに――」
彼女は、微笑んだ。
「あなたは、我々にとって最高のビジネスパートナーです。失うわけにはいきません」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます」
「礼は後です」
ロバートが、馬車を指差した。
「まずは、安全な場所へ。我が商会の倉庫を用意しました」
「でも、その前に」
私は、王宮を振り返った。
「やらなければならないことがあります」
「まさか――」
「両親を、助け出します」
全員が、息を呑んだ。
「エリシア様、無茶です」
オスカーが言った。
「一度脱獄した今、戻れば即座に処刑されます」
「わかってる」
私は、頷いた。
「でも、両親を見捨てることはできない」
「お姉様……」
ラウラが、心配そうな顔をした。
「私も、お父様とお母様を助けたい。でも、今は準備が――」
「準備なら、ある」
新しい声が、響いた。
全員が、振り向いた。
路地の奥から、銀色の鎧を纏った騎士が現れた。
「あなたは……」
騎士は、フードを外した。
整った顔立ち。鋭い目。
そして――。
「ルシアン!?」
私は、驚きで声が出なかった。
「なぜ、あなたがここに……」
「お前を助けに来た」
ルシアンが、当然のように答えた。
「一人で、王都まで?」
「違う」
彼は、後ろを向いた。
路地から、次々と騎士たちが現れる。
二十人、三十人――。
「ノルディア親衛隊だ」
ルシアンが言った。
「全員、お前を救出するために来た」
「でも、辺境王が王都に無断で軍を連れてくるなど――」
「反逆罪になる、だろうな」
ルシアンは、わずかに笑った。
「だが、構わん」
彼は、私の前に立った。
「お前は、私の――」
彼の言葉が、止まった。
「私の、何ですか?」
「……私の国に、必要な人材だ」
ルシアンは、目を逸らした。
でも、その耳が――わずかに赤い。
「とにかく」
彼は、咳払いをした。
「作戦を立てる。お前の両親は、地下牢のどこだ?」
「西棟の、最深部です」
ラウラが答えた。
「衛兵は、十人。でも、全員が精鋭です」
「なるほど」
ルシアンは、素早く考えた。
「二手に分かれる。一つは陽動。もう一つは救出だ」
彼は、部下たちに指示を出す。
「レオン」
「はっ」
一人の青年騎士が、前に出た。
褐色の肌、野性的な顔立ち――。
「あなたは……」
「雪狼族のレオンです、エリシア様」
彼は、にっと笑った。
「ノルディアから、ルシアン様と共に参りました」
「レオンは、私の副官だ」
ルシアンが説明した。
「お前が辺境で助けた、雪狼族の戦士だ」
「まさか、こんな形で再会するとは」
レオンが笑った。
「でも、恩返しができて嬉しいです」
「レオン、お前は陽動部隊を率いろ」
「了解です」
「私とオスカーは、救出に向かう」
ルシアンが、私を見た。
「お前は、ここで待て」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「私も行きます」
「危険すぎる」
「私の両親です」
私は、彼の目を見た。
「それに――私には、魔法が使えます」
ルシアンは、しばらく私を見つめていた。
「……わかった」
彼は、剣を差し出した。
「だが、これを持て」
「剣は使えません」
「護身用だ」
私は、剣を受け取った。
重い。でも――安心感がある。
「では、行くぞ」
ルシアンが、全員に告げた。
「作戦開始だ」
王宮の裏門。
レオンたちが、派手に攻撃を仕掛けた。
「侵入者だ!」
「辺境の騎士団だと!?」
衛兵たちが、慌てて駆けつける。
その隙に、私たちは西棟へ。
「こっちです」
ラウラが、裏道を案内する。
地下への階段を降りる。
「衛兵が、二人」
ルシアンが、小さく呟いた。
「任せろ」
彼は、音もなく近づき――。
一瞬で、二人の衛兵を気絶させた。
「すごい……」
「騒がれる前に、急ぐぞ」
最深部の牢に到着した。
「父上! 母上!」
私は、鉄格子に駆け寄った。
薄暗い牢の中に、二つの人影。
「エリシア……?」
弱々しい声。
父――ハーランド公爵だった。
「父上!」
「エリシア、なぜここに……脱獄したのか!?」
「あなたたちを助けに来ました」
私は、鍵を探した。
「馬鹿な! お前まで捕まったら――」
「大丈夫です」
私は、微笑んだ。
「今度は、私が助ける番です」
ルシアンが、鍵を破壊した。
扉が、開く。
「母上も――」
母は、意識を失っていた。
「母上!」
「衰弱しているだけだ」
ルシアンが、母を抱き上げた。
「今は、逃げるのが先だ」
「待て」
父が、私の腕を掴んだ。
「エリシア、聞いてくれ」
「父上、今は――」
「いいから!」
父の真剣な顔。
「クラリッサとヴィクターは、繋がっている」
「知っています」
「だが、それだけじゃない」
父が、震える声で言った。
「王妃も、一枚噛んでいる」
「王妃が……?」
「そうだ。全ては、王位継承を巡る陰謀だ」
父は、懐から小さな巻物を取り出した。
「これが、証拠だ。王妃とヴィクターの密約書」
「これは……!」
「私が密かに入手した。だから、投獄された」
父は、それを私に握らせた。
「これを使え。真実を、民衆に知らしめろ」
「父上……」
「お前は、もう一人の娘じゃない」
父が、初めて温かい笑顔を見せた。
「お前は、この国を変える力を持っている」
その言葉が、胸に染みた。
「行け、エリシア」
「……はい」
私たちは、急いで地下牢を出た。
でも――。
「囲まれたぞ」
ルシアンが、前を見た。
階段の上に、大勢の衛兵。
「脱獄囚を確保しろ!」
「後ろからも来ます!」
オスカーが叫んだ。
完全に、挟み撃ちだ。
「どうする……」
その時。
バァン!
突然、壁が崩れた。
「エリシア様! こちらです!」
声の主は――。
「ミラ!?」
ぼろぼろの服を着た、私の秘書。
「なんで、あなたがここに!?」
「ルシアン様が、アタシも連れてきてくれたんだ!」
ミラが、にっと笑った。
「この街の裏道、アタシは詳しいからね」
「ナイスタイミングだ、ミラ」
ルシアンが言った。
「さあ、行くぞ」
私たちは、壁の穴から脱出した。
ロバート商会の倉庫。
全員が、無事に到着した。
「母上を、ベッドに」
医師が、すぐに治療を始めた。
「大丈夫です。栄養失調と疲労です。休めば回復します」
「良かった……」
私は、安堵のため息をついた。
「エリシア」
ルシアンが、私の肩に手を置いた。
「よくやった」
「ルシアン陛下も、ありがとうございました」
「礼を言うのは、まだ早い」
彼は、窓の外を見た。
「これからが、本当の戦いだ」
「わかっています」
私は、父から受け取った巻物を広げた。
「これが、全ての証拠」
商人たちが、集まってくる。
「これは……王妃の署名?」
「本物です」
私は、頷いた。
「王妃、クラリッサ、ヴィクター――三者の密約書です」
「内容は?」
「王位継承の操作、貴族への賄賂、そして――」
私は、最も重要な箇所を指差した。
「魔鉱石利権の独占計画」
全員が、息を呑んだ。
「つまり、エリシア様の追放は――」
「魔鉱石を独占するための、第一歩だった」
私は、巻物を置いた。
「彼らは最初から、ノルディアの資源を狙っていた」
「卑劣な……」
ロバートが、拳を握った。
「では、どうする?」
マリアが訊いた。
「この証拠を、どう使う?」
「明日、王宮で裁判が開かれます」
ラウラが言った。
「お姉様の不在裁判です。そこで、死刑判決が下される予定」
「なら、そこに現れる」
私は、立ち上がった。
「証拠を持って、真実を暴く」
「危険です」
オスカーが言った。
「王宮には、大勢の衛兵が」
「だからこそ、民衆の前でやる」
私は、窓の外を見た。
朝日が、昇り始めている。
「裁判は、民衆に公開されます」
「つまり……」
「民衆の前で、王妃とクラリッサの陰謀を暴露する」
私は、全員を見渡した。
「そうすれば、彼らは私を処刑できない」
「だが、それまでにお前が捕まったら――」
「捕まらないわ」
私は、微笑んだ。
「だって、私には――」
部屋にいる全員を見た。
ルシアン、ミラ、ラウラ、商人たち、騎士たち、そして両親。
「最高の仲間がいるんだから」
全員が、頷いた。
「では、作戦会議だ」
ルシアンが、テーブルに地図を広げた。
「明日の裁判まで、時間は少ない」
「でも、やりましょう」
私は、地図を見つめた。
「これが、私たちの反撃です」
夜が明ける。
倉庫の屋上で、私は一人空を見上げていた。
「眠らなくていいのか?」
ルシアンが、隣に立った。
「眠れません」
私は、正直に答えた。
「明日、全てが決まる」
「怖いか?」
「……少し」
「そうか」
ルシアンは、空を見た。
「お前が、怖がることもあるんだな」
「当たり前じゃないですか」
私は、苦笑した。
「私だって、普通の人間ですよ」
「いや」
ルシアンが、私を見た。
「お前は、普通じゃない」
「え?」
「お前は――」
彼は、言葉を選んだ。
「特別だ」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「特別、ですか」
「そうだ」
ルシアンは、再び空を見た。
「お前と出会ってから、ノルディアは変わった。人々が笑うようになった。希望を持つようになった」
彼の声が、わずかに震えた。
「それは、お前の力だ」
「……ルシアン陛下」
「もう、陛下と呼ぶな」
彼が、私を見た。
「ルシアンでいい」
「でも――」
「頼む」
その真剣な目に、私は頷いた。
「……わかりました、ルシアン」
彼の名を呼んだ瞬間。
彼の表情が、わずかに緩んだ。
「エリシア」
「はい」
「明日、必ず守る」
「……ありがとう」
二人で、しばらく空を見ていた。
夜明けの空。
新しい日の始まり。
「行きましょう」
私は、立ち上がった。
「準備を整えないと」
「ああ」
ルシアンも立ち上がった。
「最後まで、戦うぞ」
「はい」
私たちは、倉庫に戻った。
明日は、運命の日。
全てを賭けた、最後の戦い。
でも――。
「怖くない」
小さく呟いた。
だって、私は一人じゃない。
信じられる仲間が、ここにいる。
「必ず、勝つ」
その決意を胸に。
長い夜が、明けようとしていた。
牢獄は、静まり返っていた。
私は、じっと扉を見つめていた。
「来る……」
ラウラの言葉を信じて。
カチャ。
小さな音。
鍵が、外から開けられる音。
扉が、ゆっくりと開いた。
「お姉様」
黒いフードを被ったラウラが、立っていた。
「ラウラ……!」
「静かに。衛兵は、眠り薬で眠らせました」
彼女は、私に外套を渡した。
「これを着て。急いで」
私は、素早く外套を羽織った。
「オスカーは?」
「隣の牢にいます。今、開けます」
ラウラは、手際よくオスカーの牢も開けた。
「エリシア様……これは」
驚くオスカー。
「脱獄よ。詳しい説明は後で」
私たちは、静かに廊下を進んだ。
ラウラが先導し、衛兵の巡回ルートを避けながら。
「ラウラ、どうしてこんなことを?」
「お姉様のためなら、何でもします」
彼女は、振り返らずに答えた。
「それに――もう、この王宮には我慢できない」
「我慢?」
「クラリッサ様の横暴、王妃様の冷酷さ、アルベルト様の無能さ――」
ラウラの声が、わずかに震えた。
「全て、見てきました。お姉様が追放されてから、この王宮は腐りきっています」
地下通路を抜ける。
「ここから先は、王宮の外です」
ラウラが、重い扉を開いた。
外は、冷たい夜風が吹いていた。
「お姉様」
ラウラが、私の手を握った。
「協力者が、待っています」
「協力者?」
「はい。お姉様の味方が――」
路地の奥から、複数の人影が現れた。
「エリシア様!」
聞き覚えのある声。
「あなたは……」
それは――。
「ロバート商会のロバートです」
老商人が、深々と頭を下げた。
「そして、私はグランドギルドのマリア」
女性商人も、姿を現した。
「我々も」
次々と、顔を出す商人たち。
ノルディアで契約を結んだ、あの商人たちだ。
「どうして、あなたたちがここに……?」
「辺境王からの密使が、我々に届きました」
ロバートが説明した。
「エリシア様が危機に陥っている、と」
「ルシアンが……」
「我々は、あなたと契約を結んだ者として、あなたを見捨てることはできません」
マリアが、力強く言った。
「それに――」
彼女は、微笑んだ。
「あなたは、我々にとって最高のビジネスパートナーです。失うわけにはいきません」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます」
「礼は後です」
ロバートが、馬車を指差した。
「まずは、安全な場所へ。我が商会の倉庫を用意しました」
「でも、その前に」
私は、王宮を振り返った。
「やらなければならないことがあります」
「まさか――」
「両親を、助け出します」
全員が、息を呑んだ。
「エリシア様、無茶です」
オスカーが言った。
「一度脱獄した今、戻れば即座に処刑されます」
「わかってる」
私は、頷いた。
「でも、両親を見捨てることはできない」
「お姉様……」
ラウラが、心配そうな顔をした。
「私も、お父様とお母様を助けたい。でも、今は準備が――」
「準備なら、ある」
新しい声が、響いた。
全員が、振り向いた。
路地の奥から、銀色の鎧を纏った騎士が現れた。
「あなたは……」
騎士は、フードを外した。
整った顔立ち。鋭い目。
そして――。
「ルシアン!?」
私は、驚きで声が出なかった。
「なぜ、あなたがここに……」
「お前を助けに来た」
ルシアンが、当然のように答えた。
「一人で、王都まで?」
「違う」
彼は、後ろを向いた。
路地から、次々と騎士たちが現れる。
二十人、三十人――。
「ノルディア親衛隊だ」
ルシアンが言った。
「全員、お前を救出するために来た」
「でも、辺境王が王都に無断で軍を連れてくるなど――」
「反逆罪になる、だろうな」
ルシアンは、わずかに笑った。
「だが、構わん」
彼は、私の前に立った。
「お前は、私の――」
彼の言葉が、止まった。
「私の、何ですか?」
「……私の国に、必要な人材だ」
ルシアンは、目を逸らした。
でも、その耳が――わずかに赤い。
「とにかく」
彼は、咳払いをした。
「作戦を立てる。お前の両親は、地下牢のどこだ?」
「西棟の、最深部です」
ラウラが答えた。
「衛兵は、十人。でも、全員が精鋭です」
「なるほど」
ルシアンは、素早く考えた。
「二手に分かれる。一つは陽動。もう一つは救出だ」
彼は、部下たちに指示を出す。
「レオン」
「はっ」
一人の青年騎士が、前に出た。
褐色の肌、野性的な顔立ち――。
「あなたは……」
「雪狼族のレオンです、エリシア様」
彼は、にっと笑った。
「ノルディアから、ルシアン様と共に参りました」
「レオンは、私の副官だ」
ルシアンが説明した。
「お前が辺境で助けた、雪狼族の戦士だ」
「まさか、こんな形で再会するとは」
レオンが笑った。
「でも、恩返しができて嬉しいです」
「レオン、お前は陽動部隊を率いろ」
「了解です」
「私とオスカーは、救出に向かう」
ルシアンが、私を見た。
「お前は、ここで待て」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「私も行きます」
「危険すぎる」
「私の両親です」
私は、彼の目を見た。
「それに――私には、魔法が使えます」
ルシアンは、しばらく私を見つめていた。
「……わかった」
彼は、剣を差し出した。
「だが、これを持て」
「剣は使えません」
「護身用だ」
私は、剣を受け取った。
重い。でも――安心感がある。
「では、行くぞ」
ルシアンが、全員に告げた。
「作戦開始だ」
王宮の裏門。
レオンたちが、派手に攻撃を仕掛けた。
「侵入者だ!」
「辺境の騎士団だと!?」
衛兵たちが、慌てて駆けつける。
その隙に、私たちは西棟へ。
「こっちです」
ラウラが、裏道を案内する。
地下への階段を降りる。
「衛兵が、二人」
ルシアンが、小さく呟いた。
「任せろ」
彼は、音もなく近づき――。
一瞬で、二人の衛兵を気絶させた。
「すごい……」
「騒がれる前に、急ぐぞ」
最深部の牢に到着した。
「父上! 母上!」
私は、鉄格子に駆け寄った。
薄暗い牢の中に、二つの人影。
「エリシア……?」
弱々しい声。
父――ハーランド公爵だった。
「父上!」
「エリシア、なぜここに……脱獄したのか!?」
「あなたたちを助けに来ました」
私は、鍵を探した。
「馬鹿な! お前まで捕まったら――」
「大丈夫です」
私は、微笑んだ。
「今度は、私が助ける番です」
ルシアンが、鍵を破壊した。
扉が、開く。
「母上も――」
母は、意識を失っていた。
「母上!」
「衰弱しているだけだ」
ルシアンが、母を抱き上げた。
「今は、逃げるのが先だ」
「待て」
父が、私の腕を掴んだ。
「エリシア、聞いてくれ」
「父上、今は――」
「いいから!」
父の真剣な顔。
「クラリッサとヴィクターは、繋がっている」
「知っています」
「だが、それだけじゃない」
父が、震える声で言った。
「王妃も、一枚噛んでいる」
「王妃が……?」
「そうだ。全ては、王位継承を巡る陰謀だ」
父は、懐から小さな巻物を取り出した。
「これが、証拠だ。王妃とヴィクターの密約書」
「これは……!」
「私が密かに入手した。だから、投獄された」
父は、それを私に握らせた。
「これを使え。真実を、民衆に知らしめろ」
「父上……」
「お前は、もう一人の娘じゃない」
父が、初めて温かい笑顔を見せた。
「お前は、この国を変える力を持っている」
その言葉が、胸に染みた。
「行け、エリシア」
「……はい」
私たちは、急いで地下牢を出た。
でも――。
「囲まれたぞ」
ルシアンが、前を見た。
階段の上に、大勢の衛兵。
「脱獄囚を確保しろ!」
「後ろからも来ます!」
オスカーが叫んだ。
完全に、挟み撃ちだ。
「どうする……」
その時。
バァン!
突然、壁が崩れた。
「エリシア様! こちらです!」
声の主は――。
「ミラ!?」
ぼろぼろの服を着た、私の秘書。
「なんで、あなたがここに!?」
「ルシアン様が、アタシも連れてきてくれたんだ!」
ミラが、にっと笑った。
「この街の裏道、アタシは詳しいからね」
「ナイスタイミングだ、ミラ」
ルシアンが言った。
「さあ、行くぞ」
私たちは、壁の穴から脱出した。
ロバート商会の倉庫。
全員が、無事に到着した。
「母上を、ベッドに」
医師が、すぐに治療を始めた。
「大丈夫です。栄養失調と疲労です。休めば回復します」
「良かった……」
私は、安堵のため息をついた。
「エリシア」
ルシアンが、私の肩に手を置いた。
「よくやった」
「ルシアン陛下も、ありがとうございました」
「礼を言うのは、まだ早い」
彼は、窓の外を見た。
「これからが、本当の戦いだ」
「わかっています」
私は、父から受け取った巻物を広げた。
「これが、全ての証拠」
商人たちが、集まってくる。
「これは……王妃の署名?」
「本物です」
私は、頷いた。
「王妃、クラリッサ、ヴィクター――三者の密約書です」
「内容は?」
「王位継承の操作、貴族への賄賂、そして――」
私は、最も重要な箇所を指差した。
「魔鉱石利権の独占計画」
全員が、息を呑んだ。
「つまり、エリシア様の追放は――」
「魔鉱石を独占するための、第一歩だった」
私は、巻物を置いた。
「彼らは最初から、ノルディアの資源を狙っていた」
「卑劣な……」
ロバートが、拳を握った。
「では、どうする?」
マリアが訊いた。
「この証拠を、どう使う?」
「明日、王宮で裁判が開かれます」
ラウラが言った。
「お姉様の不在裁判です。そこで、死刑判決が下される予定」
「なら、そこに現れる」
私は、立ち上がった。
「証拠を持って、真実を暴く」
「危険です」
オスカーが言った。
「王宮には、大勢の衛兵が」
「だからこそ、民衆の前でやる」
私は、窓の外を見た。
朝日が、昇り始めている。
「裁判は、民衆に公開されます」
「つまり……」
「民衆の前で、王妃とクラリッサの陰謀を暴露する」
私は、全員を見渡した。
「そうすれば、彼らは私を処刑できない」
「だが、それまでにお前が捕まったら――」
「捕まらないわ」
私は、微笑んだ。
「だって、私には――」
部屋にいる全員を見た。
ルシアン、ミラ、ラウラ、商人たち、騎士たち、そして両親。
「最高の仲間がいるんだから」
全員が、頷いた。
「では、作戦会議だ」
ルシアンが、テーブルに地図を広げた。
「明日の裁判まで、時間は少ない」
「でも、やりましょう」
私は、地図を見つめた。
「これが、私たちの反撃です」
夜が明ける。
倉庫の屋上で、私は一人空を見上げていた。
「眠らなくていいのか?」
ルシアンが、隣に立った。
「眠れません」
私は、正直に答えた。
「明日、全てが決まる」
「怖いか?」
「……少し」
「そうか」
ルシアンは、空を見た。
「お前が、怖がることもあるんだな」
「当たり前じゃないですか」
私は、苦笑した。
「私だって、普通の人間ですよ」
「いや」
ルシアンが、私を見た。
「お前は、普通じゃない」
「え?」
「お前は――」
彼は、言葉を選んだ。
「特別だ」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「特別、ですか」
「そうだ」
ルシアンは、再び空を見た。
「お前と出会ってから、ノルディアは変わった。人々が笑うようになった。希望を持つようになった」
彼の声が、わずかに震えた。
「それは、お前の力だ」
「……ルシアン陛下」
「もう、陛下と呼ぶな」
彼が、私を見た。
「ルシアンでいい」
「でも――」
「頼む」
その真剣な目に、私は頷いた。
「……わかりました、ルシアン」
彼の名を呼んだ瞬間。
彼の表情が、わずかに緩んだ。
「エリシア」
「はい」
「明日、必ず守る」
「……ありがとう」
二人で、しばらく空を見ていた。
夜明けの空。
新しい日の始まり。
「行きましょう」
私は、立ち上がった。
「準備を整えないと」
「ああ」
ルシアンも立ち上がった。
「最後まで、戦うぞ」
「はい」
私たちは、倉庫に戻った。
明日は、運命の日。
全てを賭けた、最後の戦い。
でも――。
「怖くない」
小さく呟いた。
だって、私は一人じゃない。
信じられる仲間が、ここにいる。
「必ず、勝つ」
その決意を胸に。
長い夜が、明けようとしていた。
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老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
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