戦えない魔法で追放された俺、家電の知識で異世界の生存率を塗り替える

遊鷹太

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第1章

第3話 「生き延びるための選択」

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朝、恒一は目を覚ました。

体が痛い。藁を詰めただけの寝床は、寝返りを打つたびに体に食い込んだ。腰と肩に鈍い痛みが残っている。背中には、藁の跡がついているだろう。

窓の隙間から、薄い光が差し込んでいる。時刻は分からない。時計がない。太陽の位置から判断するしかない。おそらく、朝の六時から七時の間だ。

恒一は、体を起こした。

服は作業着のまま。着替えはない。洗濯もできていない。汗と埃で汚れている。このまま着続ければ、皮膚病のリスクが高まる。だが、選択肢はない。

水を飲みたいが、部屋に水はない。喉が渇いている。昨夜、水を飲まなかったからだ。脱水症状の初期段階かもしれない。

恒一は、革袋を確認した。

銀貨七枚。

支援金のすべてだ。

宿代が一泊、銀貨一枚。食事は別料金と言われた。おそらく、一食で銀貨一枚程度だろう。

一日二食として、銀貨三枚。

七枚では、二日分にしかならない。

一週間という猶予は、実質的には二日程度しかない。

恒一は、計算を修正した。

食事を一日一食に減らせば、四日。

宿を出て野宿すれば、七日。

だが、野宿は危険だ。魔物がいるという話を聞いた。街の外は、さらに危険だろう。

選択肢は、限られている。

今日中に、金を稼ぐ方法を見つける必要がある。

恒一は、部屋を出た。

一階に降りる。

受付の男が、粗末なパンと水の入った木製のコップを差し出した。

「朝飯だ。銀貨一枚追加だ」

恒一は、革袋から銀貨を取り出した。

残りは、六枚。

パンは硬く、表面にカビの跡がある。緑色の斑点が、いくつか見える。食べても大丈夫だろうか。

恒一は、カビの部分を避けて食べることにした。ナイフがないため、手で千切る。固い。顎が疲れる。

水は濁っている。煮沸されていないだろう。微生物が混入している可能性が高い。だが、飲まないわけにはいかない。

恒一は、少しずつ飲んだ。胃が受け付けるか、様子を見る。

味はしない。ただ、腹を満たすためのものだ。

栄養価も低い。ビタミンもミネラルも不足している。長期的には、栄養失調になる。

この世界で生きるには、食事の質を改善する必要がある。だが、それは後回しだ。今は、生き延びることが優先だ。

食事を終え、恒一はギルドへ向かった。



街は、朝から活気があった。

市場には人が集まり、商人たちが声を張り上げている。

「新鮮な魚だよ! 今朝獲れたばかりだ!」

魚は、すでに目が濁っている。新鮮ではない。嘘をついている。だが、誰も気にしていない。騙されているのか、分かっていて買っているのか。

「野菜! 安いよ!」

野菜は、しおれている。虫食いも多い。葉物野菜は、変色している。

人々は、それでも買っていく。選択肢がないのだ。

恒一は、値段を確認した。

魚一匹、銅貨五枚。

野菜一束、銅貨三枚。

銀貨一枚が、銅貨十枚に相当するらしい。つまり、魚は銀貨半分。野菜は銀貨三割。

高い。

それでも、人々は買っている。食べなければ、死ぬからだ。

恒一は、この世界の食糧事情を改めて確認した。

保存技術がない。

流通が限定的。

腐敗が日常的。

冷蔵庫がない世界では、食料は数時間で傷む。特に夏場は、致命的だ。肉や魚は、一日持たない。野菜も、すぐにしおれる。

パンのようなものは日持ちするが、栄養価が低い。カビも生えやすい。

この世界の人々は、常に食料不足と腐敗のリスクに晒されている。

だから、食料保存の需要があるはずだ。

だが、魔法では解決できないのだろう。この世界の魔法は、戦闘向きだからだ。

恒一の魔法は、違う。

生活用品を召喚できる。

冷蔵庫を召喚できれば、食料を保存できる。

それが、この世界で価値を持つかどうか。

試す価値はある。



ギルドに到着した。

建物の中は、すでに多くの冒険者で賑わっていた。武装した男たち。魔法使いらしき者たち。誰もが、自信に満ちた表情をしている。

恒一は、依頼掲示板に向かった。

羊皮紙が何枚も貼られている。他の冒険者たちが、それを眺めている。

「魔物討伐。報酬、金貨二枚」

「護衛任務。報酬、金貨一枚」

「ダンジョン探索。報酬、金貨五枚」

どれも戦闘系だ。報酬は高いが、命の危険がある。

恒一の魔法では、対応できない。

他の依頼を探す。

掲示板の端。人目につかない場所に、小さな羊皮紙が貼られていた。

「荷物運搬。報酬、銀貨三枚」

銀貨三枚。金貨の三割だ。報酬は低いが、戦闘は不要だろう。

ただし、体力が必要だ。重い荷物を運ぶ仕事は、慣れていない者には厳しい。

他にも探す。

「井戸掃除。報酬、銀貨二枚」

銀貨二枚。さらに低い。だが、これも戦闘は不要だ。

もう一枚。

「食料保存の相談。商人ギルベルト。報酬、銀貨五枚」

銀貨五枚。

金貨一枚が銀貨十枚に相当するらしい。つまり、この依頼の報酬は金貨半分。最低レベルだ。

だが、「食料保存」という言葉が気になった。

これなら、冷蔵庫が使えるかもしれない。

恒一は、羊皮紙を剥がした。

周囲の冒険者が、チラリと見る。誰も声をかけてこない。興味がないのだろう。報酬が低すぎる。

恒一は、受付に持っていく。

「この依頼を受けます」

受付の女性が、眉をひそめた。

「……これですか?」

「問題がありますか?」

「いえ、ただ……誰も受けない依頼なので」

女性は、ギルドカードを確認した。

「あなた、昨日登録した転移者の方ですね。異界家電召喚……」

声に、微かな嘲笑が混じる。

「理由は?」

恒一は、端的に尋ねた。

「誰も受けない理由です」

女性が、少し驚いた表情を見せた。普通なら、こんな質問はしないのだろう。

「報酬が安すぎるんです。それに、食料保存なんて魔法でどうにかできるものじゃありませんから。保存魔法なんて、存在しないんです」

保存魔法は、存在しない。

つまり、この世界の魔法体系には、時間を止める、腐敗を防ぐ、といった概念がないのだろう。

戦闘向きの魔法ばかりだからだ。

「分かりました」

「まあ、試してみるのもいいかもしれません。失敗しても、誰も困りませんから」

恒一は、何も言わなかった。

依頼書を受け取り、ギルドを出た。

後ろで、冒険者たちの笑い声が聞こえた。

「あいつ、あの依頼受けたのか」

「どうせ、何もできないだろ」

「銀貨五枚のために、時間の無駄だな」

恒一は、足を止めなかった。

笑われることには、慣れている。



商人ギルベルトの店は、市場の一角にあった。

食料品を扱う店らしい。だが、店の前には異臭が漂っている。

腐敗臭だ。

生ゴミと、腐った肉と、変質した油の匂いが混ざっている。

恒一は、店に入った。

中年の男が、頭を抱えていた。四十代半ば。太り気味だが、顔色は悪い。睡眠不足だろう。

周囲には、傷んだ野菜や肉が山積みになっている。野菜は変色し、肉は粘液を帯びている。どれも、もう売り物にはならない。

「また駄目だ……これじゃ、商売にならない」

男が、独り言を呟いている。

恒一は、声をかけた。

「ギルドから来ました。依頼を受けた者です」

男が、顔を上げた。疲れた目で、恒一を見る。

「ああ、来てくれたのか。でも……」

男の視線が、恒一の服装を見る。武器も防具もない。魔法使いらしい装備もない。ただの作業着だ。

「あんた、魔法使いか?」

「はい」

「どんな魔法だ?」

「召喚系です」

「召喚? それで、食料保存の何が解決できるんだ?」

恒一は、淡々と答えた。

「試してみないと分かりません。ただ、失敗しても損はないはずです」

男が、ため息をついた。肩を落とし、諦めたような表情だ。

「まあ、そうだな。どうせ、これは捨てるしかないんだ」

男が、腐りかけた肉の塊を指差した。血が滴り、表面には蝿がたかっている。

「これを、何とかできるか?」

恒一は、肉を観察した。

表面に粘液が付着している。変色も始まっている。悪臭がする。腐敗の初期段階だ。

細菌が繁殖している。もう数時間で、完全に食べられなくなる。

「保存するだけなら、できるかもしれません」

「本当か?」

男の目に、わずかな期待の光が灯った。

「やってみます」

恒一は、店の奥の広いスペースに移動した。

魔法を使うのは、これが初めてだ。

どうやって発動するのか。

恒一は、体の中の感覚に集中した。

昨日、鑑定のときに感じた温かい流れ。それが、まだ体の中に残っている。

魔力、というものだろうか。

恒一は、意識をそこに向けた。

何を召喚するか。


食料を保存する。腐敗を止める。温度を下げる。細菌の活動を抑制する。

冷蔵庫だ。

恒一は、冷蔵庫を思い浮かべた。

倉庫にあった試作品。自分が関わった設計。省電力型の冷蔵庫。コンプレッサーの効率を改善し、断熱材を最適化した。

あの冷蔵庫を、召喚する。

魔力が、動いた。

体の中から、何かが引き出される感覚。温かい流れが、体の外へ向かう。

空間が、歪んだ。

目の前の空気が、揺らぐ。光が屈折し、色が滲む。

そして――

光が、収束する。

目の前に、冷蔵庫が現れた。

白い筐体。取っ手。コンセントのないコード。

見覚えがある。倉庫にあった試作品だ。型番も、開発年月日も、すべて一致している。

ギルベルトが、目を丸くした。

「な、何だこれは……!」

「冷蔵庫です」

恒一は、冷蔵庫のドアを開けた。

内部から、冷気が漏れ出す。ひんやりとした空気が、顔に当たる。

動いている。電源がないのに、稼働している。

魔力で動いているのだろうか。

恒一は、体の中の魔力を確認した。

減っている。

召喚と維持に、魔力を消費している。流れ続けている。止まらない。

このままでは、魔力が尽きる。どのくらい持つだろうか。

恒一は、計算した。

現在の消費速度。体内の魔力総量。回復速度。

おそらく、八時間程度が限界だ。

「これで、腐敗の進行を遅らせることができます」

恒一は、肉を冷蔵庫の中に入れた。

「温度が下がれば、細菌の活動が抑制されます。数日は保存できるはずです」

ギルベルトが、冷蔵庫に手を当てた。

「冷たい……本当に冷えてる!」

男の表情が、変わった。驚きと、喜びと、困惑が混ざっている。

「これは……すごい! こんな魔法、見たことがない!」

男が、興奮した様子で冷蔵庫を調べる。扉を開けたり閉めたり、内部を覗いたり。

恒一は、冷蔵庫の内部を確認した。

容量は、それほど大きくない。試作品だからだ。省電力を優先したため、サイズを小さくした。

入るのは、肉が数キロ程度。野菜も少し。

「ただし、制限があります」

「制限?」

「この冷蔵庫は、私が魔力を供給している間しか維持できません。それと、容量に限りがあります」

恒一は、体の中の魔力を再確認した。

まだ減り続けている。一定の速度で、流出している。

「どのくらい持つんだ?」

「今日一杯、でしょうか」

実際には八時間程度だが、安全マージンを取って伝えた。

「一日か……」

ギルベルトが、考え込む。顎に手を当て、視線を冷蔵庫と肉に向ける。

「でも、一日でも助かる。普通なら、数時間で駄目になるんだ。これなら、夕方まで売れる」

男が、他の食料も冷蔵庫に入れ始めた。

野菜、魚、チーズ。次々と詰め込んでいく。

冷蔵庫が、いっぱいになる。

「ありがとう。本当に助かった」

ギルベルトが、革袋を差し出した。

「約束の報酬だ。銀貨五枚」

恒一は、袋を受け取った。

重みがある。銀貨五枚。

これで、宿代と食費が数日分確保できた。

「また明日も来てくれるか?」

「明日も?」

「ああ。毎日、食料は腐る。毎日、これを使わせてほしいんだ」

恒一は、考えた。

毎日、銀貨五枚。

一週間で、銀貨三十五枚。金貨三枚以上だ。

戦闘系の依頼より報酬は低いが、安全だ。命の危険がない。再現性もある。毎日、同じ作業を繰り返せばいい。

「分かりました。ただし、条件があります」

「条件?」

「私の魔力には限界があります。一日に維持できる時間は、限られています」

「どのくらいだ?」

「おそらく、八時間程度です」

恒一は、体の感覚から計算した。

魔力の消費速度。回復速度。限界値。

八時間が、安全な範囲だ。それ以上は、魔力枯渇のリスクがある。

「八時間……十分だ。その間に、売れるものは売る。残ったら、また明日冷やせばいい」

「では、契約します」

恒一は、ギルベルトと握手を交わした。

男の手は、大きくて温かかった。商人の手だ。

これで、当面の生活費は確保できた。




夕方、恒一は宿に戻った。

体が重い。魔力を使い切ったからだろう。八時間、冷蔵庫を維持し続けた。

魔力が、ほぼ空になっている。頭痛がする。視界が少し霞む。魔力枯渇の症状だろうか。

部屋に入り、ベッドに横になる。

今日の結果を整理する。

――冷蔵庫の召喚に成功した。

――魔力消費は予想通り。八時間が限界。

――報酬は安いが、安全で再現性がある。

――毎日続ければ、生活は成り立つ。

だが、課題もある。

――魔力の限界が明確になった。

――冷蔵庫は壊れる可能性がある。

――修理の方法が分からない。

――他の家電を試していない。

――この仕事だけでは、成長がない。

恒一は、今後の方針を考えた。

一、当面はギルベルトの依頼を続ける。生活の安定が最優先。
二、魔力の回復と消費を記録する。データを取る。
三、他の依頼も探す。収入源を複数確保する。
四、この世界の技術水準を調査する。何が不足しているか把握する。

優先順位は、明確だ。

まず、生活を安定させる。


次に、情報を集める。

そして、次の一手を考える。

恒一は、目を閉じた。

疲労が、体を包む。魔力の消費は、思った以上に体力を奪う。

だが、悪くない。

この世界で、生き延びる方法が見えてきた。

戦わなくても、生きていける。

評価されなくても、必要とされる。

それで、十分だ。

恒一は、静かに眠りについた。
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