戦えない魔法で追放された俺、家電の知識で異世界の生存率を塗り替える

遊鷹太

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第2章

第18話「光の層」

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 出口を抜けた瞬間、全員が目を細めた。
 眩しい。
 これまでの層とは、次元が違う明るさだった。第二層の暗闇、第三層の毒霧の薄暗さ、第四層の氷の白さ、第五層の靄。どれも光が足りない環境だった。しかしここは逆だ。光が、多すぎる。
 光源が見えない。松明もない。魔道具らしきものもない。壁そのものが、白く輝いている。
「明るい!」
 マルコが、顔をほころばせた。
「やっと普通の場所か。ここ、何もなさそうだぞ」
「最高じゃないか」
 カインも、周囲を見回した。警戒の色が、明らかに薄れている。危険の匂いがしない。体が、自然と緊張を解こうとしている。
 リーナも、ほっとした顔をしていた。第五層の靄の壁を突破した直後の緊張が、ここに来て初めて和らいでいる。
 ゴルドだけが、黙って壁を見ていた。
 恒一は、その場に座り込んだ。
「恒一、どうした?」
 カインが、驚いて振り向いた。
「魔力の回復を優先します」
 恒一は、淡々と言った。
「動けますが、今すぐの召喚は難しい状態です。少し待ってください」
「ここで休めるのか?」
「その前に、確認が必要です」
 恒一は、目を細めながら通路を観察した。
 光が、強い。真昼の屋外で太陽を見上げた時に近い刺激が、前方から来ている。進めば進むほど、光源に近づく感覚がある。壁の発光が均一ではない。濃い箇所と薄い箇所がある。光のムラだ。
「この光……強すぎます」
「明るい方がいいだろ」
 カインが、軽い調子で言った。
「第二層の真っ暗闇と比べたら、最高じゃないか」
「短時間なら問題ありません」
「短時間なら?」
「長時間、この明るさの中にいると、目に影響が出ます」
 カインの顔から、軽さが消えた。
「目に?」
「網膜への過剰な光刺激です」
 恒一は、全員を見ながら説明した。
「最初は問題なく見えます。しかし徐々に視界が歪み始め、色の識別が難しくなります。最終的には、一時的な視力の低下が起きます」
「……それ、目が見えなくなるってことか」
 マルコが、声のトーンを落とした。
「一時的にですが、最悪の場合は数時間、回復しません」
 全員が、改めて通路を見た。
 確かに、目が痛い。先ほどまで気にしていなかったが、言われてみると、目の奥に鈍い痛みがある。
「目がやられたら、戦えない」
 ゴルドが、静かに言った。
「そうです」
 カインが、真剣な顔になった。
「対策はあるか?」
「あります。ただ……」
 恒一は、自分の状態を確認した。
 第五層で三台の空気清浄機を同時稼働させた後、リーナの回復魔法で体の疲労は取れた。しかし魔力の残量は、まだ底に近い。召喚を試みれば、成立する可能性はある。だが確実ではない。
「今すぐ召喚する魔力が、ギリギリです」
「なら休め」
 カインが、即座に言った。
「俺たちでできることを先にやる。お前はその間に回復しろ」
「……ありがとうございます」
「感謝は後でいい。他に何か確認したいことがあるんだろ?」
 恒一は、カインを見た。
 よく分かっている。
「この層がなぜ光るのか、理由を確認したいです」
「理由?」
「理由次第では、光以外の危険がある可能性があります」
 全員が、静止した。
 マルコが、ゆっくりと周囲を見回した。
「……明るくて何もないように見えるけど、違うのか」
「見えていないだけかもしれません」
 カインが、腕を組んだ。
「分かった。俺とマルコで周囲を調べる。ゴルド、警戒を頼む」
「ああ」
「リーナは、恒一の隣にいてくれ。何かあれば回復を頼む」
「はい」
 カインとマルコが、通路を調べ始めた。
 恒一は壁に背をもたれ、目を細めながら観察を続けた。
 魔力が、ゆっくりと戻ってくる。
 体の奥で、熱が再び灯り始めるような感覚。急いでも意味がない。焦れば消耗が増す。待つことも、今の恒一にできる判断の一つだ。
 リーナが、隣に座った。
「無理しないでください」
「していません」
「してます」
「……そうですか」
「さっき、手が震えていました。靄の壁を抜けた後」
「気づいていましたか」
「気づきます」
 リーナが、膝の上で手を組んだ。
「回復魔法、もう一度使いましょうか?」
「まだ大丈夫です。魔力は体の休養で回復します。急がせても意味がありません」
「……分かりました。でも、しんどくなったら言ってください」
「はい」
「今度は、本当に言ってください」
「はい」
 リーナが、小さく息を吐いた。
「信用しますよ」
 恒一は、前を向いたまま頷いた。
 通路の壁が、光り続けている。
 カインが、壁の近くで何かを発見したようだった。
「恒一、ちょっといいか」
「何ですか」
「壁に、何か生えてる」

カインが、壁を指差した。

恒一は立ち上がり、壁に近づいた。
魔力の消耗で足元がやや頼りないが、歩ける。

壁の表面に、薄い膜のようなものが広がっていた。
緑がかった白。
苔に似ている。
よく見ると、その膜の一つ一つが、微かに光を放っている。
光源は、壁そのものではなく、この生物だった。

「苔です」

恒一が言った。

「苔?」

「壁に生えている生物が、光を発しています。菌類か植物性の生物発光です。火を使わずに光る生き物が、元の世界にも存在します」

「生き物が光るのか」

「はい。深海の魚や洞窟の菌類で確認されています」

カインが、壁に手を伸ばしかけた。

「触っていいか?」

「待ってください」

恒一が、制止した。

ゴルドが、その時口を開いた。

「光苔だ」

全員が、ゴルドを見た。

ゴルドは、壁を見たまま続けた。

「北方の洞窟に生えると、昔聞いたことがある」

「知っているのですか」

「聞いただけだ。ただ……」

ゴルドが、カインの伸ばした手を見た。

「触れると、皮膚に付着する。胞子が出ている」

「胞子」

「日光に当たると、発火する」

沈黙が落ちた。

カインが、ゆっくりと手を引いた。

「……今、触ってないよな俺」

「触れていません」

カインが、安堵の息を吐いた。

「よかった」

「ちょっと待ってくれ」

マルコが、眉をひそめた。

「俺たち、さっきからこの空気を吸ってるんだが。胞子が漂ってるとしたら……」

「可能性はあります」

恒一が、状況を整理しながら言った。

「ただ、この層では光苔が光源になっています。この層の光量は、外の太陽光より弱い。だから今は発火しない」

「問題ないってことか?」

「この層にいる間は、問題ありません」

「じゃあ……」

「外に出た後が、問題です」

全員が、静止した。

「胞子を体に付着させたまま地上に出れば、太陽光で発火します」

マルコが、顔を青くした。

「体が燃えるってことか?」

「付着した箇所が、急激に発熱します。服や髪に大量に付着していた場合、延焼の可能性があります」

「それは……かなりまずいな」

カインが、腕を組んだ。

「二段構えだな、この層の危険は」

「そうです。一つは光による視力へのダメージ。もう一つは、胞子の付着と地上での発火リスクです」

リーナが、自分の服を見た。

「今、胞子が付いていますか」

「空気中に漂っているなら、微量は付いているかもしれません。ただし、拭える量であれば水で落とせる可能性があります」

恒一は、ゴルドを見た。

「ゴルドさん、胞子の除去方法は分かりますか」

「水で落ちると聞いた。水溶性だ」

「確認できますか?」

「できない。昔聞いた話だ。確証はない」

恒一は、記録を取った。

手元の羊皮紙に、文字を書く。

「光苔。生物発光。胞子付着あり。日光で発火。水溶性の可能性あり。ゴルドの証言。未検証」

カインが、ゴルドを見た。

「お前、またよく知ってたな」

「旅をしていた」

「どこを?」

「色々だ」

カインが、苦笑した。

「また聞かれなかったから言わなかったパターンか」

「そうだ」

「お前のそれ、もはや癖だな」

「そうかもしれない」

恒一が、全員に向き直った。

「この層を安全に通過するために、二つの対策が必要です」

「なんだ?」

「一つ、視力の保護。光量を制限するものが必要です」

「もう一つは?」

「胞子の付着を最小限にすること。肌の露出を減らし、出口を出た直後に水で全身を洗浄します」

「水は、荷物にあるか?」

全員が、互いを見た。

カインが、水筒を確認した。
「俺は一リットルある」

マルコ「俺も同じくらい」

リーナ「私は半分くらいです」

ゴルドが、大きな水袋を取り出した。
「三リットルはある」

恒一「私も一リットルあります。合計で六リットル近く。五人で洗浄するには十分です」

「では後は、視力の保護だな」

「召喚を試みます。魔力が、少し戻りました」

恒一は、立ったまま集中した。

体の中の魔力を確認する。
第五層突破直後と比べれば、回復している。
完全ではないが、小型の召喚なら届くはずだ。

試みた。

サングラスが、現れた。

一つ目。

続けて、二つ目。
三つ目。

四つ目が現れた。

五つ目を試みた。

光が、散った。
召喚が成立しない。

「……四つです」

恒一が言った。

「一人分、足りません」

全員が、互いを見た。

誰が使わないか。

ゴルドが、間を置かずに言った。

「俺はいらない」

「目は大丈夫ですか」

「問題ない。目は強い」

「根拠は?」

「昔から、強い光を見ても問題がなかった。理由は分からんが、事実だ」

恒一は、ゴルドを見た。

検証する手段がない。
しかしゴルドが根拠のないことを言う人間でないことは、第四層から分かっている。

「……信じます。ただ、少しでも異常を感じたらすぐに言ってください」

「分かった」

恒一は、残り四つのサングラスを配った。

カインが受け取り、手元でしばらく眺めた。

「なんだ、これは」

「目を保護する道具です。光を七割程度遮断します」

「目の前に当てるのか?」

「耳に引っかけてください。そうすれば、ずれません」

カインが、恐る恐る装着した。

「……おお」

少し間があった。

「暗いのに、ちゃんと見える」

「光量を落としているだけです。視界は確保されます」

「不思議な感覚だな」

マルコが、すぐに装着した。

「これ、目が楽だ。さっきより全然痛くない」

「そうでしょう」

「なんで最初から出してくれなかった」

「魔力が足りませんでした」

「ああ、そうか。すまん」

リーナが、装着しながら自分の顔を触った。

「似合ってますか?」

カインが、リーナを見た。

「似合ってる」

マルコが続けた。

「可愛いぞ」

「そうですか」

リーナが、少し照れた顔をした。

「恒一さんはどう思いますか」

「機能しています」

カインが、額に手を当てた。

「そういうことを聞いてるんじゃないと思うが」

「機能的に問題ありません」

「まあ、いい」

リーナが苦笑した。

恒一が、次の指示を出した。

「胞子の対策として、肌の露出を最小限にしてください。手袋を着用し、外套の前を閉じる。首元も覆えるなら覆ってください」

全員が、装備を整え始めた。

カインが、袖を引き下げながら言った。

「出口を出たら、すぐ水で洗浄するんだったな」

「そうです。装備も含めて。全身を拭ってください」

「順番は?」

「まず顔と手。次に装備の表面。時間をかけすぎず、全体に水をかける形で十分です」

「分かった」

準備が、整いつつあった。

恒一は、もう一つ確認した。

「出口を抜ける時の対策として、遮光カーテンを召喚します」

「まだ召喚できるか?」

「試みます」

集中した。

遮光カーテンが、現れた。

暗い布。
光を通さない素材。

「これを出口に設置します。急激な光量変化は目に大きな負担をかけます。外の光が一度に入ってくるのを防ぐためです」

「細かいな……」

「大事なことです」

マルコとゴルドが、カーテンを出口付近に取り付ける作業を手伝った。

通路の壁に引っかける形で固定する。
完全な遮光にはならないが、急激な光の侵入を緩和できる。

恒一は、それを確認した。

「では、進みます」

全員が、サングラスをかけたまま歩き始めた。

光は強い。
しかしレンズ越しに見ると、圧迫感が全く違う。
目の奥の鈍痛が、消えている。
視界は問題ない。
色の識別もできる。

「これがあるとないとで、全然違うな」

カインが、率直に言った。

「目への刺激が七割以上軽減されます」

「七割か。数字で言われると、なるほどって思う」

「感覚より数字の方が分かりやすいでしょう」

「お前らしい言い方だ」

通路を速やかに進む。

長居しない。
それが、この層での最重要事項だ。
視力へのダメージは、時間に比例して蓄積する。
胞子の付着量も、滞在時間が長くなるほど増える。
立ち止まる理由がない限り、歩き続ける。

光苔が特に密集している箇所があった。

壁一面が、苔で覆われている。
通常の箇所より、明らかに眩しい。
空気が、わずかに揺らいで見えた。
胞子が多く漂っているのかもしれない。

「壁から離れてください」

恒一が言った。

「全員、通路の中央を歩きます。壁に近づかないように」

全員が、自然と中央に寄った。

マルコが、密集した光苔を横目で見ながら歩いた。

「これ、ちょっとだけ触ってみたいんだが」

カインが、即座に右手でマルコの肩を掴んだ。

「駄目だ」

「なんで。ちょっとだけだぞ」

「胞子が付くと言っただろ。地上で燃えるぞ」

「ちょっとだけなら……」

「駄目だ」

マルコが、渋々視線を前に戻した。

「分かった分かった」

「好奇心は理解できますが」

恒一が、前を向いたまま言った。

「後で後悔することになります」

「お前まで言うか」

「事実です」

カインが笑った。

歩き続けた。

通路の先が、少しずつ暗くなってきた。
光苔の密度が、下がっている。
壁の発光が、弱まっている。
出口が近い証拠だ。

そして、遮光カーテンを設置した地点が見えてきた。

全員が、そこで止まった。

「一人ずつ抜けてください」

恒一が言った。

「急がなくていいです。光量の変化に、目を慣らしながら進みます」

リーナが最初に抜けた。
カインが続く。
マルコが続く。
ゴルドが抜ける。

最後に恒一が、カーテンを押さえながら通った。

空気が変わった。

光苔の甘ったるい匂いが、消えた。
石の、乾いた匂い。
普通のダンジョンの空気だ。

全員が、第六層と第七層の間の通路に立っていた。

「……空気が違う」

カインが、深呼吸した。

「楽だな」

「光苔の胞子が、ここには届いていません」

マルコが、目を細めたまま周囲を見回した。

「でも、まだダンジョンの中だな」

「そうです」

「任務は第七層まで到達だもんな」

その言葉が、空気を少し引き締めた。

全員が、前を向いた。

通路の奥に、また階段がある。
下に向かっている。
光はない。
第六層の発光は、ここまで届かない。
ゴルドが松明を持ち直した。

「サングラスは外してください。五分ほど経っています」

全員が、サングラスを外した。

暗い。
急激に視界が変わった。
だが、問題はない。
目の奥の痛みもない。

「洗浄を済ませます」

恒一が言った。

「荷物から水を出して、顔と手を拭います。装備の表面も」

「今ここで?」

「第七層に入る前に済ませます。胞子が残っていた場合、帰路に問題が出ます」

全員が、水を取り出した。
顔を拭う。
手を拭う。
外套の表面を拭う。

カインが、顔を拭いながら言った。

「几帳面だな、本当に」

「今やっておけば、後で考えなくて済みます」

「そうだな。正しいよ」

洗浄が終わった。

全員が、前を向いた。

階段が、目の前にある。

カインが、各自の状態を確認した。

「体力と怪我、確認する。カイン、七割、問題なし。マルコは?」

「同じくらい。足が少し疲れてるけど問題ない」

「リーナ」

「魔力が少し減っています。でも、まだ使えます」

「ゴルド」

「問題ない」

カインが、最後に恒一を見た。

「恒一」

「魔力は回復途中です。小型の召喚なら問題ありません」

「よし。全員いける」

カインが、階段の前に立った。

「俺が先頭。ゴルドが後ろ。恒一とリーナは中央を保て」

「分かりました」

「マルコ、槍を出しておけ」

「もう出てる」

「よし。行くぞ」

五人が、階段を下り始めた。

一段、また一段。

光が、完全に消えた。

恒一が、LEDライトを召喚した。
白い光が、石の通路を照らした。

壁に、何かが刻まれていた。

文字のようなものだ。
これまでの層では見なかった。
恒一は、足を止めて壁に近づいた。

「何かあるか?」

「文字です。ただし、読めません」

「俺も分からない。古い文字だ」

ゴルドが近づいた。
しばらく壁を見た。

「一部だけ、分かる」

「なんと書いてありますか」

「『帰れ』だ」

沈黙。

マルコが、乾いた笑いを出した。

「帰れって……親切だな」

「警告です。記録しておきます」

恒一が、手元の羊皮紙に文字を書いた。

「進みます」

歩き続けた。

通路が、少し広くなってきた。
壁の材質が変わっている。
これまでの層は自然の岩盤だったが、ここは明らかに人の手が加わっている。
石が、規則的に積まれている。

「……誰かが作ったのか、これ」

マルコが、壁を見た。

「遺跡です」

恒一が答えた。

「ここが本来の意味での深層遺跡、ということかもしれません」

「一層から六層は、ただのダンジョンだったのか?」

「その可能性があります。第七層が、遺跡の本体」

「そういうことか……」

カインが、前方に目を向けたまま言った。

「気を抜くなよ。広くなってきた」

通路の先が、開けた。

広間だ。

全員が、入口で立ち止まった。

広い。
天井が高い。
LEDライトの光が、端まで届かない。
横幅も、奥行きも、これまでの層の比ではない。

そして、中央に何かがある。

恒一は、目を細めた。

大きい。
高さは、天井近くまである。
形は、柱のようなものが複数組み合わさっている。
だが、ただの柱ではない。
表面に、入口の壁と同じ文字が刻まれている。
びっしりと。
隙間なく。

発光はしていない。
動いていない。

しかし、音がした。

風の音ではない。
水の音でもない。
低い。
一定ではない。
波のように、大きくなったり小さくなったりしている。

中央の構造物から、出ている。

全員が、動きを止めた。

リーナが、恒一の袖を引いた。
声にならない声で、何かを言おうとしている。

カインが、低い声で言った。

「……これが、第七層か」

「そうです」

恒一は、前を見たまま答えた。

記録を取ろうとした。
手が、羊皮紙の上で止まった。

書くべきことが、多すぎる。

いや、違う。

何を書けばいいのか、まだ分からない。

これまでの層は違った。
第一層は湿気、第二層は暗闇、第三層は毒霧、第四層は寒冷、第五層は瘴気、第六層は光。
どれも、入った瞬間に危険の性質が分かった。
だから対応できた。

しかし、ここは。

広間を見渡した。
構造物を見た。
音を聞いた。

分からない。

これまでの六層で出会ったどの環境とも、どの危険とも、カテゴリが違う。
恒一の中にある知識の引き出しが、対応するものを見つけられていない。

「……恒一」

カインが、静かに言った。

「どう思う」

恒一は、一拍置いた。

「判断できません」

カインが、恒一の顔を見た。

「お前が、判断できないと言うのか」

「今すぐには。情報が足りません」

「情報を集めるには?」

「時間と、調査が必要です」

沈黙。

誰も動かなかった。

音が、また波のように大きくなった。
そして、小さくなった。

マルコが、槍を構えたまま囁いた。

「……今日のところは、戻った方がよくないか」

「そうします」

恒一が、即座に言った。

「今日は情報収集の限界です。一度ギルドに戻り、記録を整理した上で、改めて調査します」

「ギルドは納得するか?」

「到達の確認はできました。第七層に足を踏み入れた記録もあります。しかし、これを正確に報告するには、私自身がまず理解する必要があります」

「それでいい」

カインが、きっぱりと言った。

「無理をする場所じゃない。今日は退く」

ゴルドが、無言で後退した。
それが全員への合図になった。

五人は、来た道を引き返し始めた。

音が、背後で続いている。

恒一は、歩きながら手元の羊皮紙に書いた。

「第七層。広間。中央に大型構造物。石造り。文字刻印あり。音の発生源。性質不明。要継続調査」

書いて、止まった。

「性質不明」。

この六層を通じて、一度も書かなかった言葉だ。

カインが、階段に差し掛かりながら恒一を見た。

「次で決着だな」

「そうです」

「準備できるか?」

恒一は、羊皮紙を折り畳んだ。

「します」

「それでいい」

五人は、第六層への階段を上り始めた。

来た道を戻る。
六つの層を、逆順に抜けていく。
地形は分かっている。
対策も分かっている。
行きより速いはずだ。

だが、恒一の頭の中は、すでに次のことを考えていた。

第七層。
あの構造物。
あの音。

分からないことは、調べるしかない。

調べるためには、何が必要か。

情報。
道具。
時間。

そして、また五人で戻ること。

足が、階段を踏んだ。

第六層の空気が、戻ってきた。

まだ終わっていない。
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