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第3章
第28話「野営の夜」
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木が爆ぜる音がした。
火だ。乾いた木が燃えている。石の匂いでも瘴気の匂いでもない。草と土と、燃える木の匂いが混ざった空気が、肺に入ってくる。遺跡の中では一度も嗅いだことのない匂いだった。
マルコが鍋をかき混ぜていた。リーナが隣でそれを手伝っていた。ゴルドが少し離れた岩に座って目を閉じている。カインが火の光に地図を透かして読んでいた。
アルティアは、火を見ていた。
じっと、見ていた。瞬きをしているかどうかも分からないくらい、火だけを見ていた。第七層の壁の発光は光だが、熱がない。動かない。しかし目の前の火は揺れる。爆ぜる。熱が来る。アルティアにとって、それが何百年ぶりのことなのか、恒一には計算できなかった。
恒一は手の平を向けた。来ない。今日も来ない。来ないことは分かっていた。それでも向けた。向けることをやめる理由がないからだ。
「できたぞ」
マルコの声が来た。
六人が、火の周りに集まった。地面に座って、鍋を囲んだ。第七層で一人だった夜と比べれば、全部が違った。光の色も、音も、匂いも、空気の温度も。違いを言葉にしようとすると、出てこなかった。出てこなくてよかった。言葉にしなくても、今ここにあるものは、ある。
マルコがまた何か言った。リーナが笑った。カインが顔を上げて二人を一度見て、また地図に戻った。ゴルドが黙って飯を食べていた。
アルティアは、まだ少し火を見ていた。
食事が終わった頃、カインが恒一を目で呼んだ。
火から少し離れた場所に、二人で歩いた。足元が柔らかかった。草の地面だ。遺跡の石床ではない。外の地面というのは、こんなに柔らかかったのかと、今更のように気づいた。
「正直に話す」
カインが言った。前置きだった。前置きがある時、カインは本題を言う前に一度止まる。
「魔法が使えない状態が続いている。このままガルダムと対立するのは、パーティーとしてリスクが高い」
「……分かっています」
「お前がいることで、守らなければならない状況が生まれる。第七層でも、そうだった」
カインの目は感情的ではなかった。責めているわけでもない。ただ、事実を並べている。それがカインのやり方だと、恒一は知っていた。
「マルコとリーナが残りたがっていたのは、お前を一人にしたくなかったからだ。あの二人はそういう判断をする。それがパーティー全体のリスクになる場面がある」
「……知っていました」
「お前の答えは何だ」
恒一はすぐに言わなかった。「頑張ります」という言葉が浮かんだ。しかし飲んだ。カインが聞いているのは、気持ちではなく見通しだ。
「変わります」
「根拠は?」
「アルティアさんとの契約がまだ続いています。その契約が私の力に作用している可能性があると言われました。詳しくはまだ聞いていません。ただし根拠のない話ではありません」
「どのくらいかかる」
「分かりません」
「分からないのに、変わると言えるのか」
「変わると断言はできません」
恒一はカインを見たまま言った。目を伏せなかった。
「しかし変わる可能性がある根拠があります。根拠のある可能性を信じて動くことと、根拠のない話を信じることは、違います」
カインが少し間を置いた。
火の音がした。木が爆ぜた。マルコの笑い声が遠くから聞こえた。
「信じる」
カインが言った。短く、しかしはっきりと。
「ただし条件がある。変わるまでの間、できないことはできないと言え。無理をして仲間の動きを乱すより、できないと正直に言う方がパーティーのためになる。それだけだ」
「はい」
「以上だ」
カインが立ち上がって、火の方へ歩いていった。
恒一はその背中を見た。
厳しいことを言われた感覚はなかった。事実を言われた感覚だ。しかし「信じる」とはっきり言った。感情で言う信じるより、カインが事実として言う信じるの方が、重かった。
草を踏んで、火の方へ戻った。足元が柔らかかった。
夜が深まった。
マルコが先に眠った。リーナがその少し後に横になった。ゴルドが番を引き受けて、少し離れた場所に立っていた。カインが地図をたたんで目を閉じた。
恒一は眠れなかった。
草の上に横になった。カインに「地面で寝ろ」と言われていたから、地面に寝た。背中に地面の固さが来た。石床より柔らかい。しかし眠れなかった。目を閉じると、アルティアが言った言葉が繰り返された。契約がまだ続いている。力に作用している可能性がある。その先がまだ聞けていない。
あきらめて、起き上がった。
アルティアが、火の近くに座っていた。眠っていなかった。体を動かしていなかった。火が小さくなってきていたが、アルティアは薪を足そうとしなかった。ただそこにいた。
「眠らないのですか」
近くに来て、小声で言った。
「……眠り方を忘れた」
「眠り方を、忘れるのですか」
「何百年も眠っていなかった。疲れても、一定の時間が経てば回復した。眠る必要がなかった。体が、眠るということを、やり方として持っていない」
「今は、必要ですか」
「……分からない。ただし、横になろうとしても、どうしていいか分からない」
「横になるだけでも、違うと思います」
「……そうかもしれない」
しかしアルティアは動かなかった。視線が、少しずつ上に動いた。
空だ。
「星が、こんなにあったか」
独り言のような言い方だった。恒一に言ったのか、自分に言ったのか、どちらとも取れた。
「はい。遺跡の中では見えませんでしたね」
「そうだ。何百年も、天井を見ていた。石の天井だ」
それだけ言って、また黙った。
恒一も上を向いた。星だ。雲のない夜で、細かい星が密集している帯がある。動かない星と、かすかに瞬く星がある。遺跡の中のどんな光とも似ていない。第七層の発光でも、光苔の青でも、LEDライトの白でもない。
何百年ぶりに、アルティアはこれを見ている。
二人が、同じ空を見た。
火の爆ぜる音だけが続いていた。風がなかった。虫の声が遠くにあった。
「お前の力は、まだ戻らないか」
アルティアが空を見たまま言った。
「はい。今夜も試しましたが、来ません」
「……そうか。ただし」
少し間があった。火が揺れた。
「お前との契約は、まだ続いている」
「契約は、解放が完了した時点で終わりではないのですか」
「解放が完了した条件の一つに、私がお前と行動を共にするというものがある。その条件が続く限り、契約も続く」
「……まだ、繋がっている」
「そうだ」
「その契約が、私の力に作用している可能性がある」
「ある」
「どんな変化が起きる可能性がありますか」
「今日はそれだけだ」アルティアが言った「続きは明日話す」
「……分かりました」
また、星を見た。
アルティアが夜空のどこか一点を見ていた。何を見ているのか、恒一には分からなかった。何百年も石の天井だけを見てきた者が、久しぶりに見ている夜空の中に、何があるのか。聞かなかった。聞かなくていいと思った。
「……今夜は、ここにいていいですか」
自分でも、なぜそう言ったか分からなかった。眠れないからだ。しかし、それだけではなかった気もした。
「……好きにしろ」
アルティアが言った。空を見たまま言った。
火が小さくなっていった。星は変わらなかった。
気づいたら、朝だった。
草の上で眠っていた。いつの間に眠ったのか分からなかった。空が白くなっていた。星が消えていた。橙色が東の端から滲んでいた。
首が痛かった。肩が重かった。しかし、眠れた。
「起きたか」
アルティアが言った。横にいた。草の上に横になって、空を見ていた。
「……眠れましたか」
「眠れなかった。しかし、横にはなった」
「そうですか」
「お前の言った通りだった。横になると、少し違った」
アルティアが言った。空を見たまま言った。
「違いがあるとは、思っていなかった。やってみなければ分からないことがある」
各層を通り抜けた時にも、同じ言葉が出てきた。知っていたが、実際に感じると違う。アルティアはそれを繰り返している。少しずつ、一つずつ、外の世界を体で取り戻している。恒一は、その言葉が出るたびに、同じ重さで聞いていた。
マルコが「おはよう」と言いながら起き上がった。寝ぐせがひどかった。リーナが「おはようございます」と言って、すぐに水を取り出した。ゴルドが番から戻ってきた。カインが立ち上がって、一度大きく伸びた。
六人が集まった。
「今日の動きを話す」
カインが言った。
「リーナとマルコが街に入って情報を集める。ガルダムが何をしているか、どう動いているか。できる範囲で掴んでくる。残りの四人はここで待機だ」
アルティアが「なぜ私が待機なのか」と言った。
カインが向き直った。視線を外さなかった。
「あなたの顔を、ガルダムの関係者が知っている可能性がある。街に入れば、すぐに見つかるリスクがある。今は、リスクの高い動きを避けたい」
「……そうか」
引き下がった。しかし、完全に納得している目ではなかった。理屈として正しいと分かっているから黙っている。その目の奥に何があるのか、恒一には少し見えた気がしたが、今は言わなかった。
リーナが出発前にアルティアの方を向いた。
「帰ってきたら、何かおいしいものを買ってきます。何が好きですか」
「……分からない。何百年も食べていないので」
「じゃあ色々買ってきます。外れたら教えてください。次から変えます」
当然のことのように言った。アルティアが少しリーナを見た。「……そうか」と言った。
二人が街の方向へ歩いていった。その背中が見えなくなるまで、アルティアが見ていた。どんな目で見ていたか、恒一には分からなかった。しかし見ていた。
四人が残った。
恒一が手の平を向けた。来ない。それでも向けた。
「また試しているのか」ゴルドが言った。
「毎日試します」
「そうか」
それだけだった。ゴルドはそれ以上言わなかった。責めも励ましもしなかった。その受け取り方が、恒一には一番楽だった。
アルティアが隣に来た。
「少し離れた場所で話せるか」
「はい」
二人で遺跡の入口から離れた。カインが一度こちらを見た。何も言わなかった。
「昨夜の続きを話す」
「聞かせてください」
「お前が別の世界から持ち込んだ知識と発想が、この世界の魔法の法則と融合する可能性がある。家電の機能だけではない。お前が別の世界で生きてきた時間に積み重ねたもの全てが、魔法の形になり得る」
恒一は、少し考えた。
「……整理する時間をください」
「何を整理する」
「頭の中にある知識を、使い方に変換する作業です。家電の機能と、別の世界で学んできた知識を、どう組み合わせれば魔法として成立するか。今夜中には整理できます」
「そうか。待つ」アルティアが言った。
恒一が手の平を向けた。来ない。しかし昨夜と何かが違う。重さではない。気配でもない。もっと薄い何かだ。しかし確かに、昨夜と違う。
「……何か、違う気がします。うまく説明できませんが」
「そうだ」アルティアが言った「変わり始めている。形にするのは、お前の整理次第だ」
「変わりますか」
「……お前次第だ」
遠くで、鳥が鳴いた。
朝の声だ。遺跡の中では聞こえなかった。外にいる。そういうことを、鳥の声一つで思い出す。
恒一は手の平を下ろした。握った。開いた。
火炎放射器。ライフルの弾道。航空力学。ダウンバースト。水圧。ホースの原理。フラッシュバン。別の世界で授業として習って、テストに出て、忘れかけていたものたちが、頭の中で列を作り始めた。
整理すべきことが、たくさんあった。
それは、悪くない感覚だった。
火だ。乾いた木が燃えている。石の匂いでも瘴気の匂いでもない。草と土と、燃える木の匂いが混ざった空気が、肺に入ってくる。遺跡の中では一度も嗅いだことのない匂いだった。
マルコが鍋をかき混ぜていた。リーナが隣でそれを手伝っていた。ゴルドが少し離れた岩に座って目を閉じている。カインが火の光に地図を透かして読んでいた。
アルティアは、火を見ていた。
じっと、見ていた。瞬きをしているかどうかも分からないくらい、火だけを見ていた。第七層の壁の発光は光だが、熱がない。動かない。しかし目の前の火は揺れる。爆ぜる。熱が来る。アルティアにとって、それが何百年ぶりのことなのか、恒一には計算できなかった。
恒一は手の平を向けた。来ない。今日も来ない。来ないことは分かっていた。それでも向けた。向けることをやめる理由がないからだ。
「できたぞ」
マルコの声が来た。
六人が、火の周りに集まった。地面に座って、鍋を囲んだ。第七層で一人だった夜と比べれば、全部が違った。光の色も、音も、匂いも、空気の温度も。違いを言葉にしようとすると、出てこなかった。出てこなくてよかった。言葉にしなくても、今ここにあるものは、ある。
マルコがまた何か言った。リーナが笑った。カインが顔を上げて二人を一度見て、また地図に戻った。ゴルドが黙って飯を食べていた。
アルティアは、まだ少し火を見ていた。
食事が終わった頃、カインが恒一を目で呼んだ。
火から少し離れた場所に、二人で歩いた。足元が柔らかかった。草の地面だ。遺跡の石床ではない。外の地面というのは、こんなに柔らかかったのかと、今更のように気づいた。
「正直に話す」
カインが言った。前置きだった。前置きがある時、カインは本題を言う前に一度止まる。
「魔法が使えない状態が続いている。このままガルダムと対立するのは、パーティーとしてリスクが高い」
「……分かっています」
「お前がいることで、守らなければならない状況が生まれる。第七層でも、そうだった」
カインの目は感情的ではなかった。責めているわけでもない。ただ、事実を並べている。それがカインのやり方だと、恒一は知っていた。
「マルコとリーナが残りたがっていたのは、お前を一人にしたくなかったからだ。あの二人はそういう判断をする。それがパーティー全体のリスクになる場面がある」
「……知っていました」
「お前の答えは何だ」
恒一はすぐに言わなかった。「頑張ります」という言葉が浮かんだ。しかし飲んだ。カインが聞いているのは、気持ちではなく見通しだ。
「変わります」
「根拠は?」
「アルティアさんとの契約がまだ続いています。その契約が私の力に作用している可能性があると言われました。詳しくはまだ聞いていません。ただし根拠のない話ではありません」
「どのくらいかかる」
「分かりません」
「分からないのに、変わると言えるのか」
「変わると断言はできません」
恒一はカインを見たまま言った。目を伏せなかった。
「しかし変わる可能性がある根拠があります。根拠のある可能性を信じて動くことと、根拠のない話を信じることは、違います」
カインが少し間を置いた。
火の音がした。木が爆ぜた。マルコの笑い声が遠くから聞こえた。
「信じる」
カインが言った。短く、しかしはっきりと。
「ただし条件がある。変わるまでの間、できないことはできないと言え。無理をして仲間の動きを乱すより、できないと正直に言う方がパーティーのためになる。それだけだ」
「はい」
「以上だ」
カインが立ち上がって、火の方へ歩いていった。
恒一はその背中を見た。
厳しいことを言われた感覚はなかった。事実を言われた感覚だ。しかし「信じる」とはっきり言った。感情で言う信じるより、カインが事実として言う信じるの方が、重かった。
草を踏んで、火の方へ戻った。足元が柔らかかった。
夜が深まった。
マルコが先に眠った。リーナがその少し後に横になった。ゴルドが番を引き受けて、少し離れた場所に立っていた。カインが地図をたたんで目を閉じた。
恒一は眠れなかった。
草の上に横になった。カインに「地面で寝ろ」と言われていたから、地面に寝た。背中に地面の固さが来た。石床より柔らかい。しかし眠れなかった。目を閉じると、アルティアが言った言葉が繰り返された。契約がまだ続いている。力に作用している可能性がある。その先がまだ聞けていない。
あきらめて、起き上がった。
アルティアが、火の近くに座っていた。眠っていなかった。体を動かしていなかった。火が小さくなってきていたが、アルティアは薪を足そうとしなかった。ただそこにいた。
「眠らないのですか」
近くに来て、小声で言った。
「……眠り方を忘れた」
「眠り方を、忘れるのですか」
「何百年も眠っていなかった。疲れても、一定の時間が経てば回復した。眠る必要がなかった。体が、眠るということを、やり方として持っていない」
「今は、必要ですか」
「……分からない。ただし、横になろうとしても、どうしていいか分からない」
「横になるだけでも、違うと思います」
「……そうかもしれない」
しかしアルティアは動かなかった。視線が、少しずつ上に動いた。
空だ。
「星が、こんなにあったか」
独り言のような言い方だった。恒一に言ったのか、自分に言ったのか、どちらとも取れた。
「はい。遺跡の中では見えませんでしたね」
「そうだ。何百年も、天井を見ていた。石の天井だ」
それだけ言って、また黙った。
恒一も上を向いた。星だ。雲のない夜で、細かい星が密集している帯がある。動かない星と、かすかに瞬く星がある。遺跡の中のどんな光とも似ていない。第七層の発光でも、光苔の青でも、LEDライトの白でもない。
何百年ぶりに、アルティアはこれを見ている。
二人が、同じ空を見た。
火の爆ぜる音だけが続いていた。風がなかった。虫の声が遠くにあった。
「お前の力は、まだ戻らないか」
アルティアが空を見たまま言った。
「はい。今夜も試しましたが、来ません」
「……そうか。ただし」
少し間があった。火が揺れた。
「お前との契約は、まだ続いている」
「契約は、解放が完了した時点で終わりではないのですか」
「解放が完了した条件の一つに、私がお前と行動を共にするというものがある。その条件が続く限り、契約も続く」
「……まだ、繋がっている」
「そうだ」
「その契約が、私の力に作用している可能性がある」
「ある」
「どんな変化が起きる可能性がありますか」
「今日はそれだけだ」アルティアが言った「続きは明日話す」
「……分かりました」
また、星を見た。
アルティアが夜空のどこか一点を見ていた。何を見ているのか、恒一には分からなかった。何百年も石の天井だけを見てきた者が、久しぶりに見ている夜空の中に、何があるのか。聞かなかった。聞かなくていいと思った。
「……今夜は、ここにいていいですか」
自分でも、なぜそう言ったか分からなかった。眠れないからだ。しかし、それだけではなかった気もした。
「……好きにしろ」
アルティアが言った。空を見たまま言った。
火が小さくなっていった。星は変わらなかった。
気づいたら、朝だった。
草の上で眠っていた。いつの間に眠ったのか分からなかった。空が白くなっていた。星が消えていた。橙色が東の端から滲んでいた。
首が痛かった。肩が重かった。しかし、眠れた。
「起きたか」
アルティアが言った。横にいた。草の上に横になって、空を見ていた。
「……眠れましたか」
「眠れなかった。しかし、横にはなった」
「そうですか」
「お前の言った通りだった。横になると、少し違った」
アルティアが言った。空を見たまま言った。
「違いがあるとは、思っていなかった。やってみなければ分からないことがある」
各層を通り抜けた時にも、同じ言葉が出てきた。知っていたが、実際に感じると違う。アルティアはそれを繰り返している。少しずつ、一つずつ、外の世界を体で取り戻している。恒一は、その言葉が出るたびに、同じ重さで聞いていた。
マルコが「おはよう」と言いながら起き上がった。寝ぐせがひどかった。リーナが「おはようございます」と言って、すぐに水を取り出した。ゴルドが番から戻ってきた。カインが立ち上がって、一度大きく伸びた。
六人が集まった。
「今日の動きを話す」
カインが言った。
「リーナとマルコが街に入って情報を集める。ガルダムが何をしているか、どう動いているか。できる範囲で掴んでくる。残りの四人はここで待機だ」
アルティアが「なぜ私が待機なのか」と言った。
カインが向き直った。視線を外さなかった。
「あなたの顔を、ガルダムの関係者が知っている可能性がある。街に入れば、すぐに見つかるリスクがある。今は、リスクの高い動きを避けたい」
「……そうか」
引き下がった。しかし、完全に納得している目ではなかった。理屈として正しいと分かっているから黙っている。その目の奥に何があるのか、恒一には少し見えた気がしたが、今は言わなかった。
リーナが出発前にアルティアの方を向いた。
「帰ってきたら、何かおいしいものを買ってきます。何が好きですか」
「……分からない。何百年も食べていないので」
「じゃあ色々買ってきます。外れたら教えてください。次から変えます」
当然のことのように言った。アルティアが少しリーナを見た。「……そうか」と言った。
二人が街の方向へ歩いていった。その背中が見えなくなるまで、アルティアが見ていた。どんな目で見ていたか、恒一には分からなかった。しかし見ていた。
四人が残った。
恒一が手の平を向けた。来ない。それでも向けた。
「また試しているのか」ゴルドが言った。
「毎日試します」
「そうか」
それだけだった。ゴルドはそれ以上言わなかった。責めも励ましもしなかった。その受け取り方が、恒一には一番楽だった。
アルティアが隣に来た。
「少し離れた場所で話せるか」
「はい」
二人で遺跡の入口から離れた。カインが一度こちらを見た。何も言わなかった。
「昨夜の続きを話す」
「聞かせてください」
「お前が別の世界から持ち込んだ知識と発想が、この世界の魔法の法則と融合する可能性がある。家電の機能だけではない。お前が別の世界で生きてきた時間に積み重ねたもの全てが、魔法の形になり得る」
恒一は、少し考えた。
「……整理する時間をください」
「何を整理する」
「頭の中にある知識を、使い方に変換する作業です。家電の機能と、別の世界で学んできた知識を、どう組み合わせれば魔法として成立するか。今夜中には整理できます」
「そうか。待つ」アルティアが言った。
恒一が手の平を向けた。来ない。しかし昨夜と何かが違う。重さではない。気配でもない。もっと薄い何かだ。しかし確かに、昨夜と違う。
「……何か、違う気がします。うまく説明できませんが」
「そうだ」アルティアが言った「変わり始めている。形にするのは、お前の整理次第だ」
「変わりますか」
「……お前次第だ」
遠くで、鳥が鳴いた。
朝の声だ。遺跡の中では聞こえなかった。外にいる。そういうことを、鳥の声一つで思い出す。
恒一は手の平を下ろした。握った。開いた。
火炎放射器。ライフルの弾道。航空力学。ダウンバースト。水圧。ホースの原理。フラッシュバン。別の世界で授業として習って、テストに出て、忘れかけていたものたちが、頭の中で列を作り始めた。
整理すべきことが、たくさんあった。
それは、悪くない感覚だった。
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