処刑された王女の帰還Ⅱ ―戦火に揺れる王国―

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第4章『暗殺の夜』

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 ノルトハイムの村は、静寂に包まれていた。セリーヌたち一行が到着すると、村の入口には帝国軍の兵士が立っていた。重装備の騎士たちが槍を構え、警戒の視線を向けてくる。
「リオネール王国女王、セリーヌ・ド・リオネールである」
 セリーヌが馬上から声を張り上げる。
「貴国の指揮官と会談したい」
 帝国兵たちが顔を見合わせ、一人が陣営の奥へ駆けていった。しばらくして、豪華な鎧を身につけた男が現れた。四十代半ばで、黒い髭を蓄えた厳つい顔立ちをしている。
「ほう、噂に聞く女王陛下が自らお出ましとは」
 男が嘲笑うような口調で言う。
「我が名はカール・フォン・グリムヴァルト。ヴァルディア帝国軍第三軍団長だ」
「グリムヴァルト将軍、貴軍はなぜ我が国の領土を侵犯している」
「侵犯とは心外な。我々は友好の証として、国境警備の手伝いをしているだけだ」
「嘘を言うな」
 セリーヌの声が鋭くなる。
「村人を人質に取り、我が国を脅迫している。即刻撤退せよ」
「それは誤解だ。村人たちは我々の保護下にある。むしろ感謝されているぐらいだ」
 グリムヴァルトが大袈裟に肩をすくめる。
「だが、女王陛下がそこまで言うのであれば、話し合おうではないか。我が陣営までお越しいただけるかな」
「罠ではあるまいな」
「騎士の名誉にかけて。陛下とお供の者十名まで、安全を保証しよう」
 セリーヌはレオンと視線を交わした。レオンは小さく頷く。
「わかった。案内しろ」
 一行は馬を降り、帝国軍の陣営へと歩いていった。周囲には数百の兵士が配置され、その視線が一斉に集まる。明らかな威圧だった。
 陣営の中央には、大きな天幕が張られていた。中に入ると、豪華な調度品が並び、テーブルには地図と書類が広げられている。
「さあ、座られよ」
 グリムヴァルトが椅子を勧める。セリーヌは腰を下ろし、レオンは彼女の後ろに控えた。
「単刀直入に聞こう」
 セリーヌが口を開く。
「貴国は何を望んでいる」
「簡単なことだ。皇帝陛下からの申し出を受け入れていただきたい」
「婚姻のことか」
「その通り。皇太子殿下と女王陛下が結ばれれば、両国は永遠の友好を築ける。素晴らしいことではないか」
「断る」
 セリーヌがきっぱりと言う。
「私は王国の独立を売り渡すつもりはない」
「独立など、所詮は幻想だ」
 グリムヴァルトが冷笑する。
「小国が大国に飲み込まれるのは、歴史の必然。抵抗すれば無駄な血が流れるだけだ」
「脅しか」
「忠告だ。女王陛下、貴女は若く美しい。だが政治は、理想だけでは動かぬ。現実を見るべきだ」
 セリーヌは立ち上がった。
「この会談は終わりだ。三日以内に撤退しなければ、我が国は貴軍を侵略者と見なし、武力で排除する」
「ほう、宣戦布告か」
 グリムヴァルトが愉快そうに笑った。
「面白い。だが後悔することになるぞ、女王陛下」
 セリーヌは答えず、天幕を出た。レオンたち近衛騎士も後に続く。帝国兵たちが険しい視線を送ってくるが、誰も手を出してこなかった。
 村を出て、駐屯地に戻る道中、レオンが口を開いた。
「陛下、あの男は確信犯です。戦を望んでいる」
「ああ。だが、こちらから仕掛けるわけにはいかない」
 セリーヌが前を見据える。
「まずは王都に戻り、対策を練る。エドガー将軍には、北部軍の警戒を最大限に引き上げるよう命じておけ」
「了解しました」
 その日の夕刻、一行は駐屯地に戻った。だがそこで、予期せぬ知らせが待っていた。
 伝令兵が息を切らして駆け寄ってくる。
「女王陛下、緊急の報告です!」
「何事だ」
「王都から急使が。帝国からの和平使節が……暗殺されました」
 セリーヌの顔色が変わった。
「何だと?」
「昨夜、王都郊外の外交官宿舎で、帝国の使者が何者かに殺害されました。宰相グレゴール閣下が、陛下の即刻帰還を要請しています」
「くそ」
 セリーヌが歯噛みする。
「これは罠だ。帝国は口実を作ろうとしている」
「陛下、すぐに王都へ」
 レオンが促す。
「ああ。全軍、準備しろ。夜通し王都へ戻る」
 近衛騎士団が慌ただしく動き出す。松明が灯され、馬が用意された。
 セリーヌは夜の闇の中、王都への帰路を急いだ。馬を全速力で走らせ、休憩も最小限に留める。騎士たちも必死に後を追った。
 二日後の早朝、一行は王都に到着した。街はまだ静かだが、宮廷内は騒然としていた。
 セリーヌが謁見の間に入ると、グレゴールが深刻な表情で待っていた。
「陛下、お帰りなさいませ」
「詳細を報告せよ」
「三日前の夜、王都郊外の外交官宿舎で、帝国使節のアルベルト・フォン・シュタイン氏が何者かに襲撃され、死亡しました。現場には、帝国の紋章を刻んだ短剣が残されていました」
「帝国の紋章?」
 セリーヌが眉をひそめる。
「それはおかしい。なぜ帝国の者が、自国の使節を殺す」
「私もそう思いました」
 グレゴールが頷く。
「これは偽装工作です。誰かが帝国の犯行に見せかけようとしている」
「現場を見せてくれ」
「既に警備隊が封鎖しております。ご案内いたします」
 セリーヌはグレゴール、レオン、そして警備隊長と共に、王都郊外の宿舎へと向かった。そこは質素だが清潔な建物で、外交官たちが滞在するために使われている。
 宿舎の入口には、厳重な警備が敷かれていた。警備隊長が扉を開け、セリーヌを中に案内する。
 二階の一室。そこが現場だった。
 部屋の中央には、既に片付けられたベッドがあり、床には血の跡が残っていた。壁には争った形跡があり、家具が倒れている。
「被害者はここで就寝中に襲われたと思われます」
 警備隊長が説明する。
「一撃で心臓を貫かれ、即死でした。犯人は相当な腕前です」
「凶器は」
「こちらです」
 警備隊長が布に包まれた短剣を取り出す。セリーヌはそれを受け取り、布を開いた。
 刃渡り二十センチほどの短剣。柄には精巧な装飾が施され、そこにヴァルディア帝国の双頭鷲の紋章が刻まれている。
 だがセリーヌは、その短剣を見て違和感を覚えた。
「この短剣……新しすぎる」
「と、言いますと」
「見ろ、刃に錆一つない。柄の装飾も傷一つない。これは最近作られたものだ」
 セリーヌが短剣を光にかざす。
「それに、帝国の軍人が使う短剣は、もっと実用的で質素なはずだ。これは……儀礼用か、あるいは」
「偽物?」
 レオンが言う。
「そうだ。誰かがわざわざ帝国の紋章を刻んだ短剣を用意し、ここに残した。帝国の犯行に見せかけるために」
 セリーヌは部屋の中を歩き回り、細部を観察した。窓は内側から施錠されていた。だが鍵穴には、細工された跡がある。
「犯人は窓から侵入し、被害者を殺害した後、再び窓から逃げた。だが、わざとらしく短剣を残していった」
「では、真犯人は」
「王国内の誰かだ」
 セリーヌがきっぱりと言う。
「帝国と王国の関係を悪化させ、戦争を引き起こそうとしている者がいる」
「まさか……あの密約書と関係が」
 グレゴールが小声で言う。
「おそらく。裏切り者は、帝国に王国を売り渡すために、あらゆる手段を使っている」
 セリーヌは短剣をテーブルに置いた。
「この事件は、帝国による犯行ではないと公表する。そして真犯人を見つけ出す」
「しかし陛下、それでは帝国が――」
「帝国は既に開戦の口実を得た。今さら訂正したところで、状況は変わらない。ならば我々は、内なる敵を排除することに集中すべきだ」
 その時、扉が勢いよく開いた。サイラスが血相を変えて飛び込んでくる。
「陛下、重大な発見です」
「何があった」
「犯人の手がかりを掴みました。暗殺者が使ったと思われる馬車が、王都の南門近くで発見されました。その馬車の中から、これが」
 サイラスが一通の封書を差し出す。封は破られ、中には血の跡がついた羊皮紙が入っていた。
 セリーヌはそれを開き、内容を読む。顔色が青ざめていく。
「これは……」
 そこには、こう書かれていた。
『計画は順調だ。女王は何も気づいていない。次は北部で偽旗作戦を実行する。帝国軍が王国軍を攻撃したように見せかけ、全面戦争を誘発せよ。報酬は約束通り支払う――』
 署名はなかったが、文体は以前の密約書と酷似していた。
「これで確定した」
 セリーヌが封書を握りしめる。
「裏切り者は単独ではない。組織的に動いている」
「陛下、私に命じてください」
 サイラスが膝をつく。
「この裏切り者たちを、全て炙り出します」
「やれ。だが慎重に。敵は我々の動きを監視しているはずだ」
「御意」
 サイラスが立ち上がり、影のように部屋を出ていった。
 セリーヌは窓の外を見つめた。王都の街並みは平和そのものだが、その裏では陰謀が渦巻いている。
「レオン、宮廷の警備を強化しろ。誰も信用するな」
「了解しました」
「グレゴール、評議会を招集する。明日の正午、全員を集めろ」
「御意」
 二人が部屋を出ていくと、セリーヌは再び短剣を手に取った。冷たい金属の感触が、彼女の手のひらに伝わってくる。
 敵は見えない。だが確実に、王国の中枢に食い込んでいる。その敵を見つけ出し、排除しなければ、王国は内側から崩壊する。
 セリーヌは短剣を鞘に収め、宿舎を後にした。馬車が宮廷へ向かって走り出し、石畳の道を音を立てて進んでいく。窓の外では、民たちが何も知らずに日常を送っていた。
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