12 / 24
第11章『裏切りの烽火』
しおりを挟む
王都を出発して五日目、セリーヌ率いる本隊は東部国境に到着した。ここはザクセン公国との境界線で、険しい山岳地帯が続いている。
野営地では、兵士たちがテントを設営し、食事の準備をしていた。焚き火の周りで、疲れた顔の兵士たちが腰を下ろしている。
「陛下、東部軍との合流が完了しました」
レオンが報告に来る。
「総兵力は八千。ザクセン軍の動きは」
「国境の向こうで待機しています。兵力は推定一万」
「数で劣るか」
セリーヌが地図を広げる。
「だが、この地形なら守りやすい。峠を押さえれば、敵の侵攻を食い止められる」
「ただし、陛下」
東部軍の指揮官、オットー将軍が進み出た。五十代の歴戦の軍人で、顔には深い皺が刻まれている。
「この地域の領主、ヴェルナー男爵が不穏な動きをしています」
「ヴェルナー?」
セリーヌが眉をひそめる。
「彼はデュランの後任として、北部から東部に転封された男だ。何か問題があるのか」
「補給物資の搬入が遅れています」
オットーが説明する。
「それに、彼の領兵の士気が低い。まるで、戦う気がないように見えます」
「疑わしいな」
レオンが言う。
「もしかすると、ヴェルナーも……」
「裏切り者の可能性か」
セリーヌが考え込む。
「サイラスに調査させよう。だが今は、目の前の敵に集中する」
その夜、セリーヌは司令部のテントで作戦会議を開いた。
「明朝、ザクセン軍が動く可能性が高い」
オットーが地図を指す。
「彼らは三つの峠から同時に攻めてくるでしょう。我が軍は、それぞれの峠に部隊を配置して防衛します」
「中央の峠には、私が陣取る」
セリーヌが言う。
「最も重要な地点だ。ここを突破されれば、王都への道が開かれる」
「陛下が最前線に?」
オットーが心配そうに言う。
「危険すぎます」
「兵士たちの士気を高めるには、女王が先頭に立つしかない」
セリーヌがきっぱりと言う。
「それに、私は戦える。復讐の旅で、それは証明した」
「……わかりました」
オットーが頭を下げる。
会議が終わり、各将校がテントを出ていく。セリーヌは一人、地図を見つめていた。
その時、テントの入口が開いた。
「失礼します」
ヴェルナー男爵が入ってくる。細身の体に派手な衣装を着た、三十代の貴族だ。
「ヴェルナー男爵、どうした」
「陛下に、直接お話ししたいことがあります」
ヴェルナーの声は緊張していた。
「何だ」
「私は……私は、陛下に忠誠を誓います」
ヴェルナーが突然、膝をついた。
「どんな噂があろうとも、私は決して裏切りません」
「噂?」
セリーヌが問う。
「私が裏切り者だという噂です」
ヴェルナーが苦しそうに言う。
「デュランの後任だからでしょう。皆が私を疑っています。ですが、私は違います」
「ならば、明日の戦いで証明してみせろ」
セリーヌが言う。
「言葉ではなく、行動で示せ」
「……はい」
ヴェルナーが立ち上がり、退出していった。
だがセリーヌは、彼の背中を見送りながら、違和感を覚えていた。あの緊張は、本当に忠誠心からくるものなのか。それとも……
夜が明けると、ザクセン軍が動き出した。角笛の音が山々に響き渡り、三つの峠に向かって兵士たちが進軍してくる。
「来たぞ」
セリーヌが剣を抜く。
中央の峠には、リオネール軍三千が陣取っていた。狭い山道を利用して、少数で多数を食い止める作戦だ。
「弓兵、準備!」
セリーヌが命じる。
ザクセン軍の先頭部隊が射程に入った。
「放て!」
矢が一斉に放たれる。空を覆う矢の雨が、敵兵に降り注いだ。悲鳴が上がり、兵士たちが倒れる。
だが、ザクセン軍は怯まない。盾を構えて前進を続ける。
「第二射!」
再び矢が放たれる。それでも、敵は止まらない。
ついに、両軍が激突した。剣と剣がぶつかり合い、血が飛び散る。セリーヌは最前線で剣を振るい、次々と敵を斬り倒していく。
「女王陛下が戦っているぞ!」
「我々も続け!」
兵士たちが奮起し、必死に敵を押し返す。
戦いは熾烈を極めた。だが、地の利を活かしたリオネール軍が優勢だった。狭い峠では、敵の数的優位が活かせない。
「よし、このまま押し切る」
セリーヌが叫ぶ。
その時、背後から叫び声が聞こえた。
「陛下、大変です!」
伝令兵が血相を変えて駆け寄ってくる。
「北の峠が突破されました!」
「何?」
セリーヌの顔色が変わる。
「オットー将軍の部隊はどうした」
「それが……ヴェルナー男爵の領兵が、突然寝返りました」
「まさか」
セリーヌの予感が的中した。ヴェルナーは、やはり裏切り者だった。
「ヴェルナーの兵が味方を攻撃し、防衛線が崩壊しました。ザクセン軍が、我が軍の背後に回り込もうとしています」
「くそ」
セリーヌが歯噛みする。
「レオン、近衛騎士団を率いて北の峠に向かえ。敵の侵入を食い止めろ」
「了解しました。ですが、陛下は」
「私はここを守る。早く行け」
レオンが五十騎を率いて駆け出していく。
セリーヌは再び前を向いた。ザクセン軍は、背後の混乱を察知したのか、攻撃を激化させている。
「踏ん張れ」
セリーヌが兵士たちを鼓舞する。
「一歩も引くな」
だが、状況は悪化していく一方だった。北の峠から流れてきたザクセン兵が、セリーヌの部隊を側面から攻撃し始めた。
「挟み撃ちだ」
「陛下、撤退を」
オットーが叫ぶ。
「このままでは全滅します」
セリーヌは決断を迫られた。ここで踏みとどまれば、全軍が壊滅する。だが、撤退すれば東部防衛線が崩壊し、王都への道が開かれる。
「……撤退する」
セリーヌが苦渋の決断を下す。
「全軍、戦線を後退させろ。秩序を保って撤退せよ」
角笛が撤退の合図を告げる。兵士たちが後方へと下がり始めた。
だが、ザクセン軍は追撃してくる。撤退戦は、最も危険な戦闘だ。
「殿軍を組め」
セリーヌが叫ぶ。
「私が殿を務める」
「陛下、それは」
「命令だ」
セリーヌは百名の兵士と共に、峠に留まった。追撃してくるザクセン兵を迎え撃つためだ。
敵が殺到してくる。セリーヌの剣が閃き、一人、また一人と敵を斬り倒す。だが、敵の数は多かった。
「陛下、もう限界です」
兵士の一人が叫ぶ。
「撤退を」
「あと少しだ」
セリーヌが答える。
「本隊が安全な距離まで下がるまで、ここを守る」
その時、背後から蹄の音が聞こえた。レオンが戻ってきたのだ。
「陛下、お待たせしました」
レオンが血まみれになって駆け寄る。
「北の峠は」
「何とか食い止めました。ヴェルナーは逃亡しましたが」
「よくやった」
セリーヌが微笑む。
「では、撤退するぞ」
二人は残存兵を率いて、峠を後にした。追撃してくるザクセン兵を、近衛騎士たちが必死に食い止める。
ようやく安全な地点に到着した時、セリーヌの部隊は半数以下になっていた。
「損害報告を」
セリーヌが息を切らせながら言う。
「戦死八百、負傷千二百、行方不明三百」
オットーが報告する。
「ヴェルナーの裏切りで、二千五百の兵を失いました」
「二千五百……」
セリーヌが呆然とする。
「私の判断が遅かった。ヴェルナーを信じすぎた」
「陛下の責任ではありません」
レオンが言う。
「裏切り者が悪いのです」
「だが、結果として多くの兵が死んだ」
セリーヌが拳を握りしめる。
「この責任は、私にある」
野営地では、負傷兵のうめき声が響いていた。医療班が必死に治療しているが、薬も包帯も足りていない。
セリーヌは一人一人の負傷兵を見舞った。手を握り、労いの言葉をかける。
「済まない」
セリーヌが若い兵士に言う。
「私の判断ミスで、お前たちを危険に晒した」
「いえ、陛下」
兵士が苦しそうに微笑む。
「陛下は、最後まで我々と共に戦ってくれました。それだけで、十分です」
その言葉が、セリーヌの胸に突き刺さる。
その夜、司令部のテントで緊急会議が開かれた。
「東部防衛線は崩壊しました」
オットーが地図を示す。
「ザクセン軍は、既に国境を越えて我が国に侵入しています」
「北部と西部の状況は」
「北部はエドガー将軍が持ちこたえています。西部は……」
オットーが言葉を濁す。
「西部からも悪い報せが届きました。ブルグント軍が大規模な攻勢を仕掛けています」
「四面楚歌だな」
セリーヌが呟く。
「ノルディア軍とアルカディア傭兵の到着は」
「ノルディア軍はあと三日。アルカディア傭兵は港に到着しましたが、契約金の追加支払いを要求しています」
「追加だと?」
「戦況が予想以上に厳しいため、危険手当が必要だと」
セリーヌは頭を抱えた。金がない。王国の財政は既に限界に達している。
「どうすれば……」
その時、テントの外から騒ぎが聞こえた。
「何事だ」
レオンが外に出て、すぐに戻ってきた。
「陛下、王都から緊急の伝令が」
「何だ」
「帝国軍の本隊三万が、北部に向かって進軍を開始しました」
会議室が凍りついた。
「三万だと……」
オットーが青ざめる。
「エドガー将軍の部隊だけでは、到底持ちこたえられません」
「王都が落ちる」
誰かが呟く。
セリーヌは立ち上がった。
「本隊を王都に戻す」
「ですが、陛下。ここを放棄すれば、東部全域が敵の手に」
「王都が落ちれば、全てが終わる」
セリーヌがきっぱりと言う。
「まず王都を守る。それから反撃だ」
「了解しました」
全員が頭を下げる。
セリーヌは
テントを出て、夜空を見上げた。満天の星が輝いているが、その光も今の彼女には虚しく感じられる。
「陛下」
レオンが傍に来る。
「大丈夫ですか」
「大丈夫なわけがない」
セリーヌが正直に答える。
「全てが崩れ去っていく。私の判断ミスで、多くの兵が死んだ。そして今、王国そのものが滅亡の危機に瀕している」
「陛下は、最善を尽くしています」
「最善では足りない」
セリーヌが拳を握りしめる。
「私には、もっと力が必要だ。もっと知恵が、もっと運が」
「陛下」
レオンがセリーヌの肩に手を置く。
「俺たちは、陛下を信じています。どんな困難があろうとも、陛下についていきます」
「……ありがとう」
セリーヌが小さく微笑む。
翌朝、残存兵を率いて王都へ向かう準備が整った。六千の兵士が、疲弊しながらも隊列を組んでいる。
「出発する」
セリーヌが馬に跨る。
軍が動き出す中、遠くから黒煙が上がっているのが見えた。村が焼かれているのだ。ザクセン軍による略奪が始まっている。
セリーヌは歯を食いしばり、前を見据えた。必ず戻ってくる。そして、奪われた土地を取り戻す。
それまで、王都を守り抜く。
軍は街道を急いだ。時間との戦いだった。
野営地では、兵士たちがテントを設営し、食事の準備をしていた。焚き火の周りで、疲れた顔の兵士たちが腰を下ろしている。
「陛下、東部軍との合流が完了しました」
レオンが報告に来る。
「総兵力は八千。ザクセン軍の動きは」
「国境の向こうで待機しています。兵力は推定一万」
「数で劣るか」
セリーヌが地図を広げる。
「だが、この地形なら守りやすい。峠を押さえれば、敵の侵攻を食い止められる」
「ただし、陛下」
東部軍の指揮官、オットー将軍が進み出た。五十代の歴戦の軍人で、顔には深い皺が刻まれている。
「この地域の領主、ヴェルナー男爵が不穏な動きをしています」
「ヴェルナー?」
セリーヌが眉をひそめる。
「彼はデュランの後任として、北部から東部に転封された男だ。何か問題があるのか」
「補給物資の搬入が遅れています」
オットーが説明する。
「それに、彼の領兵の士気が低い。まるで、戦う気がないように見えます」
「疑わしいな」
レオンが言う。
「もしかすると、ヴェルナーも……」
「裏切り者の可能性か」
セリーヌが考え込む。
「サイラスに調査させよう。だが今は、目の前の敵に集中する」
その夜、セリーヌは司令部のテントで作戦会議を開いた。
「明朝、ザクセン軍が動く可能性が高い」
オットーが地図を指す。
「彼らは三つの峠から同時に攻めてくるでしょう。我が軍は、それぞれの峠に部隊を配置して防衛します」
「中央の峠には、私が陣取る」
セリーヌが言う。
「最も重要な地点だ。ここを突破されれば、王都への道が開かれる」
「陛下が最前線に?」
オットーが心配そうに言う。
「危険すぎます」
「兵士たちの士気を高めるには、女王が先頭に立つしかない」
セリーヌがきっぱりと言う。
「それに、私は戦える。復讐の旅で、それは証明した」
「……わかりました」
オットーが頭を下げる。
会議が終わり、各将校がテントを出ていく。セリーヌは一人、地図を見つめていた。
その時、テントの入口が開いた。
「失礼します」
ヴェルナー男爵が入ってくる。細身の体に派手な衣装を着た、三十代の貴族だ。
「ヴェルナー男爵、どうした」
「陛下に、直接お話ししたいことがあります」
ヴェルナーの声は緊張していた。
「何だ」
「私は……私は、陛下に忠誠を誓います」
ヴェルナーが突然、膝をついた。
「どんな噂があろうとも、私は決して裏切りません」
「噂?」
セリーヌが問う。
「私が裏切り者だという噂です」
ヴェルナーが苦しそうに言う。
「デュランの後任だからでしょう。皆が私を疑っています。ですが、私は違います」
「ならば、明日の戦いで証明してみせろ」
セリーヌが言う。
「言葉ではなく、行動で示せ」
「……はい」
ヴェルナーが立ち上がり、退出していった。
だがセリーヌは、彼の背中を見送りながら、違和感を覚えていた。あの緊張は、本当に忠誠心からくるものなのか。それとも……
夜が明けると、ザクセン軍が動き出した。角笛の音が山々に響き渡り、三つの峠に向かって兵士たちが進軍してくる。
「来たぞ」
セリーヌが剣を抜く。
中央の峠には、リオネール軍三千が陣取っていた。狭い山道を利用して、少数で多数を食い止める作戦だ。
「弓兵、準備!」
セリーヌが命じる。
ザクセン軍の先頭部隊が射程に入った。
「放て!」
矢が一斉に放たれる。空を覆う矢の雨が、敵兵に降り注いだ。悲鳴が上がり、兵士たちが倒れる。
だが、ザクセン軍は怯まない。盾を構えて前進を続ける。
「第二射!」
再び矢が放たれる。それでも、敵は止まらない。
ついに、両軍が激突した。剣と剣がぶつかり合い、血が飛び散る。セリーヌは最前線で剣を振るい、次々と敵を斬り倒していく。
「女王陛下が戦っているぞ!」
「我々も続け!」
兵士たちが奮起し、必死に敵を押し返す。
戦いは熾烈を極めた。だが、地の利を活かしたリオネール軍が優勢だった。狭い峠では、敵の数的優位が活かせない。
「よし、このまま押し切る」
セリーヌが叫ぶ。
その時、背後から叫び声が聞こえた。
「陛下、大変です!」
伝令兵が血相を変えて駆け寄ってくる。
「北の峠が突破されました!」
「何?」
セリーヌの顔色が変わる。
「オットー将軍の部隊はどうした」
「それが……ヴェルナー男爵の領兵が、突然寝返りました」
「まさか」
セリーヌの予感が的中した。ヴェルナーは、やはり裏切り者だった。
「ヴェルナーの兵が味方を攻撃し、防衛線が崩壊しました。ザクセン軍が、我が軍の背後に回り込もうとしています」
「くそ」
セリーヌが歯噛みする。
「レオン、近衛騎士団を率いて北の峠に向かえ。敵の侵入を食い止めろ」
「了解しました。ですが、陛下は」
「私はここを守る。早く行け」
レオンが五十騎を率いて駆け出していく。
セリーヌは再び前を向いた。ザクセン軍は、背後の混乱を察知したのか、攻撃を激化させている。
「踏ん張れ」
セリーヌが兵士たちを鼓舞する。
「一歩も引くな」
だが、状況は悪化していく一方だった。北の峠から流れてきたザクセン兵が、セリーヌの部隊を側面から攻撃し始めた。
「挟み撃ちだ」
「陛下、撤退を」
オットーが叫ぶ。
「このままでは全滅します」
セリーヌは決断を迫られた。ここで踏みとどまれば、全軍が壊滅する。だが、撤退すれば東部防衛線が崩壊し、王都への道が開かれる。
「……撤退する」
セリーヌが苦渋の決断を下す。
「全軍、戦線を後退させろ。秩序を保って撤退せよ」
角笛が撤退の合図を告げる。兵士たちが後方へと下がり始めた。
だが、ザクセン軍は追撃してくる。撤退戦は、最も危険な戦闘だ。
「殿軍を組め」
セリーヌが叫ぶ。
「私が殿を務める」
「陛下、それは」
「命令だ」
セリーヌは百名の兵士と共に、峠に留まった。追撃してくるザクセン兵を迎え撃つためだ。
敵が殺到してくる。セリーヌの剣が閃き、一人、また一人と敵を斬り倒す。だが、敵の数は多かった。
「陛下、もう限界です」
兵士の一人が叫ぶ。
「撤退を」
「あと少しだ」
セリーヌが答える。
「本隊が安全な距離まで下がるまで、ここを守る」
その時、背後から蹄の音が聞こえた。レオンが戻ってきたのだ。
「陛下、お待たせしました」
レオンが血まみれになって駆け寄る。
「北の峠は」
「何とか食い止めました。ヴェルナーは逃亡しましたが」
「よくやった」
セリーヌが微笑む。
「では、撤退するぞ」
二人は残存兵を率いて、峠を後にした。追撃してくるザクセン兵を、近衛騎士たちが必死に食い止める。
ようやく安全な地点に到着した時、セリーヌの部隊は半数以下になっていた。
「損害報告を」
セリーヌが息を切らせながら言う。
「戦死八百、負傷千二百、行方不明三百」
オットーが報告する。
「ヴェルナーの裏切りで、二千五百の兵を失いました」
「二千五百……」
セリーヌが呆然とする。
「私の判断が遅かった。ヴェルナーを信じすぎた」
「陛下の責任ではありません」
レオンが言う。
「裏切り者が悪いのです」
「だが、結果として多くの兵が死んだ」
セリーヌが拳を握りしめる。
「この責任は、私にある」
野営地では、負傷兵のうめき声が響いていた。医療班が必死に治療しているが、薬も包帯も足りていない。
セリーヌは一人一人の負傷兵を見舞った。手を握り、労いの言葉をかける。
「済まない」
セリーヌが若い兵士に言う。
「私の判断ミスで、お前たちを危険に晒した」
「いえ、陛下」
兵士が苦しそうに微笑む。
「陛下は、最後まで我々と共に戦ってくれました。それだけで、十分です」
その言葉が、セリーヌの胸に突き刺さる。
その夜、司令部のテントで緊急会議が開かれた。
「東部防衛線は崩壊しました」
オットーが地図を示す。
「ザクセン軍は、既に国境を越えて我が国に侵入しています」
「北部と西部の状況は」
「北部はエドガー将軍が持ちこたえています。西部は……」
オットーが言葉を濁す。
「西部からも悪い報せが届きました。ブルグント軍が大規模な攻勢を仕掛けています」
「四面楚歌だな」
セリーヌが呟く。
「ノルディア軍とアルカディア傭兵の到着は」
「ノルディア軍はあと三日。アルカディア傭兵は港に到着しましたが、契約金の追加支払いを要求しています」
「追加だと?」
「戦況が予想以上に厳しいため、危険手当が必要だと」
セリーヌは頭を抱えた。金がない。王国の財政は既に限界に達している。
「どうすれば……」
その時、テントの外から騒ぎが聞こえた。
「何事だ」
レオンが外に出て、すぐに戻ってきた。
「陛下、王都から緊急の伝令が」
「何だ」
「帝国軍の本隊三万が、北部に向かって進軍を開始しました」
会議室が凍りついた。
「三万だと……」
オットーが青ざめる。
「エドガー将軍の部隊だけでは、到底持ちこたえられません」
「王都が落ちる」
誰かが呟く。
セリーヌは立ち上がった。
「本隊を王都に戻す」
「ですが、陛下。ここを放棄すれば、東部全域が敵の手に」
「王都が落ちれば、全てが終わる」
セリーヌがきっぱりと言う。
「まず王都を守る。それから反撃だ」
「了解しました」
全員が頭を下げる。
セリーヌは
テントを出て、夜空を見上げた。満天の星が輝いているが、その光も今の彼女には虚しく感じられる。
「陛下」
レオンが傍に来る。
「大丈夫ですか」
「大丈夫なわけがない」
セリーヌが正直に答える。
「全てが崩れ去っていく。私の判断ミスで、多くの兵が死んだ。そして今、王国そのものが滅亡の危機に瀕している」
「陛下は、最善を尽くしています」
「最善では足りない」
セリーヌが拳を握りしめる。
「私には、もっと力が必要だ。もっと知恵が、もっと運が」
「陛下」
レオンがセリーヌの肩に手を置く。
「俺たちは、陛下を信じています。どんな困難があろうとも、陛下についていきます」
「……ありがとう」
セリーヌが小さく微笑む。
翌朝、残存兵を率いて王都へ向かう準備が整った。六千の兵士が、疲弊しながらも隊列を組んでいる。
「出発する」
セリーヌが馬に跨る。
軍が動き出す中、遠くから黒煙が上がっているのが見えた。村が焼かれているのだ。ザクセン軍による略奪が始まっている。
セリーヌは歯を食いしばり、前を見据えた。必ず戻ってくる。そして、奪われた土地を取り戻す。
それまで、王都を守り抜く。
軍は街道を急いだ。時間との戦いだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
転生ちびっ子の魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜
幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。
辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!
饕餮
ファンタジー
書籍化決定!
2024/08/中旬ごろの出荷となります!
Web版と書籍版では一部の設定を追加しました!
今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。
救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。
一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。
そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。
だが。
「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」
森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。
ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。
★主人公は口が悪いです。
★不定期更新です。
★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる