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闇墜つ彼の魔の月
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辺り一面、暗闇だ。
さっきまで、明るい青空の下に居たはずなのに。
気がつくと俺は、夜露に湿った冷たい地面にうずくまっていた。
のろのろと重い頭を上げれば、目の前に、暗赤色の髪の男が佇んでいた。
「君には失望した」
男は、触れている地面よりさらに冷たい声で言った。
聞き覚えのある声だった。
こんな温度で話しかけられたことはないけど。
「度を越した私への執着にも、浅はかで身勝手な振る舞いにも、罪なき者に向けた無情な仕打ちにも…
君という人間の不実を見抜けなかった、自分の愚かさが嘆かわしい」
違う、俺はそんなことしてない。
ふるふると力なく首を横に振るけど、少しも俺を見ようとしない相手に、絶望と焦燥がつのる。
俺の頭の中に、俺じゃない誰かの悲痛な声が響く。
──嫌だ、それ以上言わないで。次の言葉は聞きたくない。
「君との婚約は、今日この時をもって破棄させてもらう」
俺の胸の真ん中を、男の声が貫いた。
頭の芯が痺れて、うまく息ができない。
胸に空いた穴から、ひび割れが薄氷を広がるように、全身を粉々に砕いていく。
「二度と私の前に姿を見せるな。
正義の裁きを受け…贖罪の塔で、これまで重ねた数多の罪をつぐなうといい」
暗赤色の髪の男が、やっと視線を俺に向けた。
闇に浮かぶ月のような、凍てつく銀の双眸。
男らしく端整なその顔は、
──サイラスに、そっくりだった。
◇◇◇
「……、シエル!!」
はっと目を開けて初めて、今まで自分が目を閉じていたことに気づいた。
「シエル大丈夫か!どこか具合の悪い所は」
「サイラス様、お体を揺すらないよう。頭を打っているといけません」
「頭が…シエル、頭が悪いのかっ?」
すごく心配されてるようなのに、なんかムカつくこの声は。
俺は仏頂面で、先程から騒がしい枕元を見上げた。
「サイラス…兄様…」
見慣れたブルーブラックの髪の、サイラスお兄ちゃんがいた。凛々しい眉は今は顰められて、温かな蜂蜜色の瞳が俺を見つめて揺らいでいる。
「シエル…すまなかった。君を守ってやれず、痛い思いをさせた」
痛い?
俺は、思わず胸に手を当てた。
ここは…さっき、すごく痛かったけど。今はそうでもない。
「大丈夫ですよ。どこも痛い所はありません」
俺が強がっていると思ったのか、サイラス君は自分の方が痛みをこらえるような顔で、俺の額に掛かった髪をそっと除ける。
「君が馬から落ちた時、私は何も出来なかった。風魔法で君を護れば良かったのに、詠唱することも及ばなかった。
君は、闇魔法を使ったんだな。刻縫いの魔法のようだったが…術者自身にかける所は初めて見た。
君の姿が一瞬目の前からかき消えて…心臓が、止まるかと思ったよ」
えっ、俺一瞬消えてたの?マジで??
花瓶を空中で止めた時は、花瓶は消えたりしなかったよ?
やっぱり呪文を噛んじゃったから、中途半端な魔法になっちゃったのかな。なんか夢見も悪かった気がするし…
サイラスお兄ちゃんの説明によると、馬上からぽーんと放り出された俺は、噛み噛みの呪文とともに空中に現れたブラックホール(お兄ちゃんは“闇色の大きな円”と言っていた)に飲み込まれたらしい。
ブラックホールはそのまま、急速に収縮して消えてしまった。
そして瞬き1回分くらいの後、お馬さんから少し離れた草地の上に、「ペッ」とばかりに俺を吐き出した。
馬上で一部始終を見ていたお兄ちゃんは、生きた心地もしなかったらしい。
魔法が当たり前にあるこの世界でも、見たこともないトンデモ現象だったようだ。
驚かせてしまってごめんなさいね。
「君がこの世界から消えたまま…帰ってこなくなってしまうかと」
サイラスお兄ちゃんの声は震えていた。
姿形は立派な若者に成長したけど、心細さに泣きだしそうな子供みたい。
そうだね、まだお兄ちゃんも15歳だもんね。
「私は今度こそ、何があっても君を守れる男になる。約束を違えず君を守るから…どうか、私の前からひとりで消えたりしないでくれ」
ぎゅ、と力強く両手を握られ、真摯な瞳で射抜かれて、俺はすぐに前言撤回した。
15歳でもスパダリだった。さすが主役の心を射止める男。
いたたまれなさに顔が熱くなり、茶化す言葉も出ず狼狽えてしまう。
「さぁ……サイラス様、その辺で。そろそろシエル様をお休みさせてあげましょう。
私もしばらく様子を見ますが、後ほどお屋敷のお医者様を呼んできますので」
こほん、と咳払いとともに、後ろに控えていたお医者さんが助け舟を出してくれた。
お医者さんがお医者さんを呼ぶ意味が分からず良く見たら、この人、さっき俺が間違えて呼びに行った獣医さんじゃん!
サイラスお兄ちゃん、テンパり過ぎでしょ…
ちらっとお兄ちゃんを見ると、気まずそうに視線をそらされた。耳、真っ赤ですけど。
格好良いのにイマイチ残念な…人間味のあるサイラスに、俺はちょっとホッとした。
──夢の中の彼よりも、こっちのお兄ちゃんの方が良い。
断罪される未来を恐れるあまり見た夢なのか。
あと数年でこの過保護なサイラスお兄ちゃんが、あんなに冷たい目と声を俺に向けるようになるのか…
俺、主人公君に一体どんな仕打ちをして、あそこまで嫌われるようになったんだろ。
なんとかして、ああなる前に手を打たなくちゃ。
さっきまで、明るい青空の下に居たはずなのに。
気がつくと俺は、夜露に湿った冷たい地面にうずくまっていた。
のろのろと重い頭を上げれば、目の前に、暗赤色の髪の男が佇んでいた。
「君には失望した」
男は、触れている地面よりさらに冷たい声で言った。
聞き覚えのある声だった。
こんな温度で話しかけられたことはないけど。
「度を越した私への執着にも、浅はかで身勝手な振る舞いにも、罪なき者に向けた無情な仕打ちにも…
君という人間の不実を見抜けなかった、自分の愚かさが嘆かわしい」
違う、俺はそんなことしてない。
ふるふると力なく首を横に振るけど、少しも俺を見ようとしない相手に、絶望と焦燥がつのる。
俺の頭の中に、俺じゃない誰かの悲痛な声が響く。
──嫌だ、それ以上言わないで。次の言葉は聞きたくない。
「君との婚約は、今日この時をもって破棄させてもらう」
俺の胸の真ん中を、男の声が貫いた。
頭の芯が痺れて、うまく息ができない。
胸に空いた穴から、ひび割れが薄氷を広がるように、全身を粉々に砕いていく。
「二度と私の前に姿を見せるな。
正義の裁きを受け…贖罪の塔で、これまで重ねた数多の罪をつぐなうといい」
暗赤色の髪の男が、やっと視線を俺に向けた。
闇に浮かぶ月のような、凍てつく銀の双眸。
男らしく端整なその顔は、
──サイラスに、そっくりだった。
◇◇◇
「……、シエル!!」
はっと目を開けて初めて、今まで自分が目を閉じていたことに気づいた。
「シエル大丈夫か!どこか具合の悪い所は」
「サイラス様、お体を揺すらないよう。頭を打っているといけません」
「頭が…シエル、頭が悪いのかっ?」
すごく心配されてるようなのに、なんかムカつくこの声は。
俺は仏頂面で、先程から騒がしい枕元を見上げた。
「サイラス…兄様…」
見慣れたブルーブラックの髪の、サイラスお兄ちゃんがいた。凛々しい眉は今は顰められて、温かな蜂蜜色の瞳が俺を見つめて揺らいでいる。
「シエル…すまなかった。君を守ってやれず、痛い思いをさせた」
痛い?
俺は、思わず胸に手を当てた。
ここは…さっき、すごく痛かったけど。今はそうでもない。
「大丈夫ですよ。どこも痛い所はありません」
俺が強がっていると思ったのか、サイラス君は自分の方が痛みをこらえるような顔で、俺の額に掛かった髪をそっと除ける。
「君が馬から落ちた時、私は何も出来なかった。風魔法で君を護れば良かったのに、詠唱することも及ばなかった。
君は、闇魔法を使ったんだな。刻縫いの魔法のようだったが…術者自身にかける所は初めて見た。
君の姿が一瞬目の前からかき消えて…心臓が、止まるかと思ったよ」
えっ、俺一瞬消えてたの?マジで??
花瓶を空中で止めた時は、花瓶は消えたりしなかったよ?
やっぱり呪文を噛んじゃったから、中途半端な魔法になっちゃったのかな。なんか夢見も悪かった気がするし…
サイラスお兄ちゃんの説明によると、馬上からぽーんと放り出された俺は、噛み噛みの呪文とともに空中に現れたブラックホール(お兄ちゃんは“闇色の大きな円”と言っていた)に飲み込まれたらしい。
ブラックホールはそのまま、急速に収縮して消えてしまった。
そして瞬き1回分くらいの後、お馬さんから少し離れた草地の上に、「ペッ」とばかりに俺を吐き出した。
馬上で一部始終を見ていたお兄ちゃんは、生きた心地もしなかったらしい。
魔法が当たり前にあるこの世界でも、見たこともないトンデモ現象だったようだ。
驚かせてしまってごめんなさいね。
「君がこの世界から消えたまま…帰ってこなくなってしまうかと」
サイラスお兄ちゃんの声は震えていた。
姿形は立派な若者に成長したけど、心細さに泣きだしそうな子供みたい。
そうだね、まだお兄ちゃんも15歳だもんね。
「私は今度こそ、何があっても君を守れる男になる。約束を違えず君を守るから…どうか、私の前からひとりで消えたりしないでくれ」
ぎゅ、と力強く両手を握られ、真摯な瞳で射抜かれて、俺はすぐに前言撤回した。
15歳でもスパダリだった。さすが主役の心を射止める男。
いたたまれなさに顔が熱くなり、茶化す言葉も出ず狼狽えてしまう。
「さぁ……サイラス様、その辺で。そろそろシエル様をお休みさせてあげましょう。
私もしばらく様子を見ますが、後ほどお屋敷のお医者様を呼んできますので」
こほん、と咳払いとともに、後ろに控えていたお医者さんが助け舟を出してくれた。
お医者さんがお医者さんを呼ぶ意味が分からず良く見たら、この人、さっき俺が間違えて呼びに行った獣医さんじゃん!
サイラスお兄ちゃん、テンパり過ぎでしょ…
ちらっとお兄ちゃんを見ると、気まずそうに視線をそらされた。耳、真っ赤ですけど。
格好良いのにイマイチ残念な…人間味のあるサイラスに、俺はちょっとホッとした。
──夢の中の彼よりも、こっちのお兄ちゃんの方が良い。
断罪される未来を恐れるあまり見た夢なのか。
あと数年でこの過保護なサイラスお兄ちゃんが、あんなに冷たい目と声を俺に向けるようになるのか…
俺、主人公君に一体どんな仕打ちをして、あそこまで嫌われるようになったんだろ。
なんとかして、ああなる前に手を打たなくちゃ。
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