37 / 37
番外編
2-2
しおりを挟む冬の始まりを感じさせる冷え込んだ日だった。
来月に迫る街の成人の儀。もう少しで18を迎える私も参加する予定だった。
何も準備が進んでいないまま月日が経ってしまって、母からお尻を叩かれてようやく準備に取り掛かろうと決め、自室から出たとき。
「…オーウェン」
「…ラナ」
1階から見上げてくる彼は、少しおどおどしているように見える。”出会ってしまった”とでも言うかのような、バツの悪そうな顔。
そんな顔をされても。ここは私の家なのだ。いるのが当たり前だろう。
そう思うくらいには、私の心は冷えていた。
「1か月ぶりくらい? 元気だった?」
「あ、ああ…。 ラナも変わりない?」
取るに足らない世間話。1か月ぶりと言ったが、もしかしたら2か月かもしれない。いつからだろう。”最近彼に会えていない!”と商会まで駆けださなくなったのは。
その時、やっと気が付いた。私が会いに行かなければ顔を合わせることのない関係だったんだ。
ずっと一緒に育って家族のような関係だと思っていた。でも、私が会おうと思わなければ会えない、そんな距離感。
こんなに髪が長かったかな。
少し日に焼けただろうか。
ぼんやりとそんなことが思い浮かぶ。不思議と「会えていなくて寂しかった」とかそんな感情はわいてこなかった。以前ならば迷わずその腕に抱き着いていたのに。
1階に降りようかどうしようか迷っていたとき、オーウェンの前にいたお父様が言葉を発した。
「ラナ。 おまえにも話がある。 来なさい」
「え…」
予想外のことに狼狽えてしまった。まさか。
もうすぐ成人の儀、こんな気持ちのままで―――と考えた私はつくづく楽観主義なんだろう。
何も見えていなかった、知らなかった。考えていなかったんだ、オーウェンの気持ちを。
応接間で、涙を母に拭かれている姉を目の当たりにして、そこでようやく気が付いた。
自分はオーウェンが好きだから、幼い頃から言われていたことだから、だから自分とオーウェンが結婚するのが当然だと振る舞ってきた、自身の浅はかさを。
「…妊、娠…? メアリー姉様が…?」
室内には姉様のすすり泣く声と押し黙る両家の両親。
「俺が悪いんだ…! メアリーの体が弱いのを分かっていたのに…」
「違うの、オーウェンは悪くないわ! 私の我儘だったのよ、それを、」
とんだ茶番に感じられる私の心はいつからここまで冷え込んでしまったのだろう。
今になってみれば色々と合点がいく。あの時もあの時も、確かにオーウェンは姉様に会いに来ていたんだ。ああそういえば姉様はラルフに見向きもしていなかった。
客観的に見れば結婚を約束していた男を姉にとられた惨めな妹なのだろう。
でも、不思議と他人事のように感じられて。むしろ羨ましくもなった。身体の弱い姉様がそこまで入れ込んでしまうほどの二人の関係を。
(―――私が好きだ好きだと言っていたのとは全然違うんだろうな)
自嘲なのか、誤魔化しなのか、自分でも気が付かないうちに笑っていた。
オーウェンも姉様も、両親たちも、信じられないものを見るかのように私を見る。
「泣かないでよ、姉様」
「…え…」
「そんな泣いてたら、赤ちゃん聞いてるよ、姉様。 妊娠って嬉しいことじゃない!」
「ラ、ラナ…」
「ちゃんと喜んであげようよ!」
100点満点だったと思う。妹の身として。領主の娘として。
こんなことが言えるのも、自分が思ったより傷ついていなかったから。罵る気にも蔑む気にもならなかった。
自分が一番分かっていた。オーウェンと私の間には、特別なものなんて少しもなかったっていうことを。
◇
姉様とオーウェンの結婚式はすぐに執り行われることとなった。
街の人たちもすぐに聞きつけて、私を見るなり囲んで問いただす。心配なのか興味なのか、私には分からない。
「…私に好きな人が、できちゃったの! オーウェンよりももっと素敵な人!」
そう答えるように決めた。
嘘を吐くなんて生まれて初めだった。初めて知った。笑顔で取り繕えば取り繕うほど、みんなの視線が痛ましげになること。
「姉様には感謝しないと! 傷心のオーウェンを慰めてくれたんだから、ね!」
かわいそうに、という声なき声がこんなにも突き刺さること。
「だから、みんなもお祝いしてあげてよ、オーウェンたちのこと」
私の言葉通り、みなすぐに領主の長女と商家の嫡男との結婚を祝うようになった。元々両家は親戚になる予定だった。相手が変わっただけのこと。それに婚約を結んでいたわけでもなく、私が一方的に好きだ好きだと騒いでいただけ。
ここでこの結婚に疑問を投げかけるほど無駄なことはないということは、街のみんなが一番分かっていた。
―――あとに残ったのは、なんて声をかけたらいいのか分からない、腫れ物のような私だけ。
(帰ってもいいかな…)
お腹が大きくなる前にと急ぎ執り行われた式ではあったが、姉様の美貌によって物語の一幕かのような挙式となった。親族だから欠席するわけにもいかなかったが、式の後に開かれた披露宴がまさに地獄だった。
街の領民たち向けに開かれた宴で、街唯一の飲食店を貸し切った披露宴では、身重のメアリー姉様は早々にお暇し、新郎と両家親族で領民たちをもてなした。
皆、私に対しては気まずそうに視線を逸らすだけ。
本当に自分はさして気にしてもいないのに、気を遣われるのが一番困る。
もう帰ってしまおう、お父様に後で叱られても構わない、そう思って踵を返したとき、つくづく自分の運の無さを呪った。
盛り上がった客たちがテーブルを端に寄せだし、持ち寄った楽器を手にしだした。
この地域の人たちが宴会のときなどに盛り上がる音楽が鳴り始める。
物理的に退路を断たれた私は、店の壁と化して、ぼんやりした視界に楽しむ人々を映していた。
街の恋人たち、新婚の夫婦、老齢のパートナー。
皆それぞれどんな恋をして、どんな想いをしてきたんだろう。
姉様たちみたいに、燃え上がる恋をしたのかな。
物語みたいに、胸が苦しくなるほどの想いだったのかな。
なんか虚しいな―――…
壁にもたれてずるずると滑り落ちていきそうな時だった。
「一曲お相手いただいても?」
セリフじみた声が降って来たのは。
391
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(45件)
あなたにおすすめの小説
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
【完結済】結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。
その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。
しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。
ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」
一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる──────
※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。
※※不貞行為の描写があります※※
※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。
しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。
オリバーはエミリアを愛していない。
それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。
子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。
それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。
オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。
一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ラルフ編、嬉しいです!続きが気になります。更新楽しみにしてます。
はわ…ありがとうございます…🥺書きます(単純)
ラルフ編が更新されてる、ありがとうございます!楽しみに読んでます。
シルヴェスターときちんと話せて周囲の最低さに壊されなくて良かった。
ラルフの身勝手さが好きになれませんでした。
彼には彼の事情があるにせよ、自分の気持ちを優先して主人公を苦しめる未来を作ったことに応援出来ませんでしたから。
やらかした内容としては旦那より酷いと思っています。