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シルキィ・デ・ラ・シエラ 3/4
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「もし叶うことなら、このセスを雇っては下さいませんか」
「C級のあなたを? 冗談でしょう?」
「僭越ながら、これでも十人並みの腕はあると自負しております。A級には及ばないまでも、ミス・シエラに満足して頂ける働きをしてみせましょう」
「ふぅん?」
シルキィは品定めするように、無遠慮な目つきでセスを凝視する。
「時間の無駄だと思うけど。ま、物は試しとも言うし。ティア」
「はい」
抑揚のない、しかしはっきりとした返事だった。ティアは威勢よく剣を抜き放ち、中段に構えた剣の切っ先をセスに向ける。
周囲がどよめいた。
依頼主がアルゴノートの実力を見極めるために従者などと立ち合わせるのはさほど珍しいことではないが、まさかいきなり始まるとは誰も思っていなかったであろう。
セスにとっては渡りに船だ。自身の腕前をアピールするいい機会になる。
「いいね」
剣の柄に手をかける。慣れ親しんだ感触がセスの心を落ち着かせた。
「セス、とかいったかしら。本当なら無視するところよ。だけどそのやる気に免じて、今回は特別にチャンスをあげる」
シルキィはしたり顔で人差し指をぴんと立てた。優越感を帯びた声は清流のように透きとおっていて、胸にすっと落ちる不思議な響きがあった。
「私の依頼を受けたいのなら、相応の実力を示しなさい」
セスは思わず笑みをこぼす。少しは期待されていると思ってもいいのかもしれない。
「ティアの実力の、せめて半分は見せてもらわないとね」
「お望みとあらば」
ティアの剣気は単なる侍女のそれではない。歩き方ひとつとっても、彼女が武に通じていることは瞭然だった。彼女がただ一人シルキィに付き従っているのは、護衛として十分な実力があるからだろう。こうして相対しているだけでも、彼女の戦闘技術の高さが伝わってくる。訓練を受けた兵士でもこうはいくまい。
「この立ち合いはあなたの試金石です。どうぞ御容赦なく」
「お手柔らかに頼むよ」
「あなた次第です」
セスは右手の指一本一本の動きを確かめるように柄を握り、ゆっくりと剣を抜く。
ティアの小さな頭に乗ったヘッドドレスが、やけに白く見えた。
セスが剣を構えたのと同時に、ティアが床を蹴った。ポニーテールが踊り、ロングスカートがはためく。十歩の距離が瞬く間に詰まり、セスの胴体に斬り上げが迫った。
「おおっ」
些かばかり驚いた。なるほど、確かに遠慮がない。
金属の重なる音が響く。助走をつけたティアの一撃を受け止めて、セスはその勢いを利用して後退。踏ん張りをきかせたセスの剣がティアの追撃を弾いた。
セスは大振りの横薙ぎで空いた脇腹を狙うも、大きく開脚して姿勢を下げたティアに難なく回避される。大味な攻めによって隙が生じていたセスは、下方から迫った反撃の刺突にひやりとする。剣を逆手に持ち変えることで隙を最小限に留め、刀身に左手を添えてなんとか刺突を受け止めた。
セスは危なっかしく後退して距離を取る。ティアが構えを直し、セスへと突っ込んだ。
「使うね。どこで剣を?」
「我らが領主トゥジクス様に」
「なるほど。そりゃ強いわけだ」
「はい。ですが、無駄口は命取りです」
言葉を交わす間にも、何合、何十合と剣を打ち合わせる。その度に、周囲の観衆達が声を上げた。中には無責任な野次を飛ばす者もいる。
ティアのしなやかでコンパクトな剣捌きは、さながら疾風である。洗練された動きの一つ一つは華麗ですらあった。彼女の剣は実に速く、そして正確だ。体捌きにも目を見張るものがある。
だが、苛烈な攻勢の中にあってもその剣はセスに届かない。洗練されているが故の直線的な攻め。彼女の動きが型にはまっていることを、セスは既に見抜いていた。一度リズムを掴んでしまえば、次の剣筋を読むことは容易い。
「試合慣れはしているようだけど」
実力を売り込む為にあえて真っ向勝負を続けていたが、もう十分だろう。セスは足下に倒れていた椅子をティアめがけて蹴り飛ばした。
飛来した椅子に対して、ティアは反射的に剣による防御を行ってしまう。木製の椅子は刃に深くめり込み、剣としての性能を著しく低下させる。
ティアの顔色が変わった。今まで動かなかった表情に焦りの色が浮かぶ。
「っ……くそっ」
ティアが似合わない悪態を吐き、無造作に剣を振り回す。だが、そう簡単に椅子は外れない。
セスの手元でくるりと剣が回った。遠慮のない力任せな一撃は、ティアの剣を椅子ごと弾き飛ばす。
強かな衝撃にたたらを踏むティア。苦し紛れに放った蹴撃はセスにいなされ、更に体勢が崩れてしまう。靴底は浮き、ほとんど宙に投げ出された状態だ。
窓から差す陽光を浴びてセスの剣が煌めく。ティアが晒したのは、必殺の一撃を確実に打ち込める隙。それは、事実上の決着を意味していた。
セスは背中から地に落ちんとするティアの肩に手を回して支えることで、彼女を転倒から守る。濃紺のロングスカートがふわりと舞い、やがて落ち着いた。
組合はひと時の静寂に包まれる。
「続ける?」
肩を抱き抱えられたティアは、セスの涼しい顔から目を逸らせない。仄かに紅潮する頬は激しい運動のせいだろう。
「C級のあなたを? 冗談でしょう?」
「僭越ながら、これでも十人並みの腕はあると自負しております。A級には及ばないまでも、ミス・シエラに満足して頂ける働きをしてみせましょう」
「ふぅん?」
シルキィは品定めするように、無遠慮な目つきでセスを凝視する。
「時間の無駄だと思うけど。ま、物は試しとも言うし。ティア」
「はい」
抑揚のない、しかしはっきりとした返事だった。ティアは威勢よく剣を抜き放ち、中段に構えた剣の切っ先をセスに向ける。
周囲がどよめいた。
依頼主がアルゴノートの実力を見極めるために従者などと立ち合わせるのはさほど珍しいことではないが、まさかいきなり始まるとは誰も思っていなかったであろう。
セスにとっては渡りに船だ。自身の腕前をアピールするいい機会になる。
「いいね」
剣の柄に手をかける。慣れ親しんだ感触がセスの心を落ち着かせた。
「セス、とかいったかしら。本当なら無視するところよ。だけどそのやる気に免じて、今回は特別にチャンスをあげる」
シルキィはしたり顔で人差し指をぴんと立てた。優越感を帯びた声は清流のように透きとおっていて、胸にすっと落ちる不思議な響きがあった。
「私の依頼を受けたいのなら、相応の実力を示しなさい」
セスは思わず笑みをこぼす。少しは期待されていると思ってもいいのかもしれない。
「ティアの実力の、せめて半分は見せてもらわないとね」
「お望みとあらば」
ティアの剣気は単なる侍女のそれではない。歩き方ひとつとっても、彼女が武に通じていることは瞭然だった。彼女がただ一人シルキィに付き従っているのは、護衛として十分な実力があるからだろう。こうして相対しているだけでも、彼女の戦闘技術の高さが伝わってくる。訓練を受けた兵士でもこうはいくまい。
「この立ち合いはあなたの試金石です。どうぞ御容赦なく」
「お手柔らかに頼むよ」
「あなた次第です」
セスは右手の指一本一本の動きを確かめるように柄を握り、ゆっくりと剣を抜く。
ティアの小さな頭に乗ったヘッドドレスが、やけに白く見えた。
セスが剣を構えたのと同時に、ティアが床を蹴った。ポニーテールが踊り、ロングスカートがはためく。十歩の距離が瞬く間に詰まり、セスの胴体に斬り上げが迫った。
「おおっ」
些かばかり驚いた。なるほど、確かに遠慮がない。
金属の重なる音が響く。助走をつけたティアの一撃を受け止めて、セスはその勢いを利用して後退。踏ん張りをきかせたセスの剣がティアの追撃を弾いた。
セスは大振りの横薙ぎで空いた脇腹を狙うも、大きく開脚して姿勢を下げたティアに難なく回避される。大味な攻めによって隙が生じていたセスは、下方から迫った反撃の刺突にひやりとする。剣を逆手に持ち変えることで隙を最小限に留め、刀身に左手を添えてなんとか刺突を受け止めた。
セスは危なっかしく後退して距離を取る。ティアが構えを直し、セスへと突っ込んだ。
「使うね。どこで剣を?」
「我らが領主トゥジクス様に」
「なるほど。そりゃ強いわけだ」
「はい。ですが、無駄口は命取りです」
言葉を交わす間にも、何合、何十合と剣を打ち合わせる。その度に、周囲の観衆達が声を上げた。中には無責任な野次を飛ばす者もいる。
ティアのしなやかでコンパクトな剣捌きは、さながら疾風である。洗練された動きの一つ一つは華麗ですらあった。彼女の剣は実に速く、そして正確だ。体捌きにも目を見張るものがある。
だが、苛烈な攻勢の中にあってもその剣はセスに届かない。洗練されているが故の直線的な攻め。彼女の動きが型にはまっていることを、セスは既に見抜いていた。一度リズムを掴んでしまえば、次の剣筋を読むことは容易い。
「試合慣れはしているようだけど」
実力を売り込む為にあえて真っ向勝負を続けていたが、もう十分だろう。セスは足下に倒れていた椅子をティアめがけて蹴り飛ばした。
飛来した椅子に対して、ティアは反射的に剣による防御を行ってしまう。木製の椅子は刃に深くめり込み、剣としての性能を著しく低下させる。
ティアの顔色が変わった。今まで動かなかった表情に焦りの色が浮かぶ。
「っ……くそっ」
ティアが似合わない悪態を吐き、無造作に剣を振り回す。だが、そう簡単に椅子は外れない。
セスの手元でくるりと剣が回った。遠慮のない力任せな一撃は、ティアの剣を椅子ごと弾き飛ばす。
強かな衝撃にたたらを踏むティア。苦し紛れに放った蹴撃はセスにいなされ、更に体勢が崩れてしまう。靴底は浮き、ほとんど宙に投げ出された状態だ。
窓から差す陽光を浴びてセスの剣が煌めく。ティアが晒したのは、必殺の一撃を確実に打ち込める隙。それは、事実上の決着を意味していた。
セスは背中から地に落ちんとするティアの肩に手を回して支えることで、彼女を転倒から守る。濃紺のロングスカートがふわりと舞い、やがて落ち着いた。
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