アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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ウィンス・ケイルレス 1/2

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 デットラン公爵領の山岳地帯にある切り立った断崖。巧妙に隠された洞穴の中に、エーランド残党軍の根城が築かれていた。

「聖騎士フェルメルト・ギルムート。貴公らの参入、まことに嬉しく思うぞ」

 光源を放つ魔法によって明るく保たれた洞穴の奥では、二人の男が向かい合って椅子に座していた。
 一人は、端整かつ精悍な青年。彼の纏う群青の鎧には、旧エーランド王家の紋章が刻まれている。旧エーランド第一王子、ウィンス・ケイスレスであった。

「我らにとっても、此度の同盟は大きな利となる。むしろ尻馬に乗せてもらうのはこちらの方だ。力を尽くそう、ウィンス王子」

 もう一人は、短く刈り上げた髪と、顔に残る大きな傷痕が特徴的な三十代半ばの彫りの深い男。金彫りの頑強な全身鎧に身を包んだフェルメルト・ギルムートは、厳めしい様相でウィンスと視線を合わせた。

「心強いな。音に聞くアルシーラ聖騎士団の力、存分に振るってもらいたい」

 二人は立ち上がり、固く握手を交わす。ウィンスは青年らしい引き締まった笑みで、フェルメルトは厳格な表情で。滅亡以前は同盟国であったエーランドとアルシーラが再び手を取り合う。かつて叶わなかった共同戦線が、五年の歳月を経て実現したのだ。
 アルシーラ聖騎士団を基盤として生まれた盗賊団は、先日のエルンダ襲撃において大きな損害を被った。構成員は最大時の半分を下回り、武器や食料の補給もままならない状況である。幸いなのは、聖騎士団生え抜きの実力者達が健在であることだけだ。

 勢力を半減させた彼らが目的を果たすためには、エーランド残党との合流が最も合理的であった。両勢力とも帝国に滅ぼされた祖国の遺志を継ぐ者達であり、侵略者へ抱く恨みも一致している。
 フェルメルトにはすぐにでも大金を手に入れる必要があった。守るべき王女の病は日毎に進行し、今では満足に歩くこともできない。彼女を生き永らえさせるには、とにかく金が要る。高額な薬をいくつも手に入れなければならないし、そのために大陸中を駆け回る資金がなくてはならない。そして時間の猶予さえなかった。のんびりしていては、病は容赦なく王女の体を蝕んでいく。彼は焦っていた。

 ウィンスは、アルシーラの事情に関しては特別意に介さなかった。彼が欲するのは戦力であり忠誠ではない。
 エーランド残党軍の兵力は千を超える。ウィンスの指揮下においては、兵士一人一人が稀代の英傑となる。にも拘らず、彼らは目立った動きを繰り返さず、都市への襲撃を散発的に行っているだけであった。来るべき大目的のために、力を蓄え、機を窺っているのだ。帝国からは幾度となく討伐隊が送られていたが、彼らはその悉くを撃滅した。

 デットラン領の住民からすれば、彼らは恐るべき日常の破壊者であった。忘れた頃に現れては、街を壊し、家を燃やし、物を奪い、人を殺す。
 ウィンスは帝国民に対しては一切の情けをかけない。特に貴族に対しては、異常なまでの怨恨をもって処遇した。彼らは紛うことなき復讐者であったが、裏を返せば亡き祖国への甚深たる郷愁を秘めた愛国者でもあった。
 旧エーランドの大地は、名を変えて南北に分割され、民は新たな為政者のもとで搾取と貧困に喘いでいた。だからこそウィンスは、旧エーランドに隣接するデットランに根城を築き略奪を繰り返したのだ。奪った物資を、彼の国民に密かに与えるために。

「祖国奪還が、貴殿の悲願だったか」

「私だけでなく、エーランドに生まれた者全ての悲願だ」

 旧エーランド国民の総意は、ウィンスを支持していた。祖国再興の礎たらんと、若者達はウィンスの旗印に続々と集っている。すでに土壌は整いつつあった。

「貴公らは違うのか? 侵略者の手から祖国を取り戻そうとは思わないか」

「我が王はそれを望まれなかった」

「貴公の王にしかわからぬ考えがあったのだろうな。私個人としては、もう一度アルシーラの名を地図に記して貰いたいと思っている。いずれ貴公らの姫君がその気になることを願うさ」

 そのような日はこないと、フェルメルトには確信があった。生きることで精一杯の少女に一国を背負って立つ勇気などあるものか。

「エーランドは、帝国に勝てるか?」

 悲観的な思考を打ち払うために、フェルメルトは問う。いささか挑戦的な疑問となったのは、彼に心的な余裕がないことを物語っていた。

「万事に遺漏はない」

 ウィンスは頷く。入念な準備と、緻密な配慮、大胆な作戦立案を欠かさなかった。これらは大目的達成の必須である。慢心と油断は微塵に至るまで排除した。

「が……いかに念を入れようと、予想外の事態は起こるものだ」

「あなたが父上に刃を向けたようにか?」

「はは、茶化すなよ」

 再び椅子に腰かける二人。宙に浮いた魔法の灯りが、ウィンスの物憂げな横顔を照らす。

「今思えば、父上は正しかったのかもしれないな。私はエーランドの力を……自身の力を過信していた。あの人は、まさにそれを見抜いていたのだろう」

「耳が痛い。帝国の力量を測り損ねたのは我らも同じだ」

 複数の国を同時に攻め、その全てに勝利するとは誰が考えるだろうか。帝国の電撃作戦が功を奏したとはいえ、それを差し引いてもその軍事力は底知れず強大であった。

「同じ過ちは犯さないさ。大きな敵に対しては、相応の戦い方があることを学んだ」

 傍らの木箱に置いたワイングラスを取り、赤い液体を揺らす。
 薄暗い洞穴において、ウィンスの笑みは決して気味の良いものではなかった。
 フェルメルトは表情を崩すことなく、固く腕を組むのみ。彼の心情を表すものとしては最も適した振る舞いである。

「殿下。ご報告が」

 不意に一人の兵士が現れ、その場に跪いた。

「なんだ?」

「例の男から連絡がありました。ラ・シエラの長女がエルリス領ダプアに滞在しているとのこと。ろくな護衛を連れていないようです。これは、好機かと」

「ほう? 胡散臭い男だと思ったが、なかなかどうして使えるではないか」

 ウィンスは愉快げに笑った。その目に鋭利な輝きが宿る。
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