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パマルティス侵攻 1/2
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旧エーランド王都パマルティス。
ウィンス・ケイルレス率いる軍団は、自らをエーランド解放軍と名乗り、占領された生まれ故郷に攻め入った。白昼堂々の奇襲であった。
パマルティスには帝国兵が多く駐留している。征服したとはいえ、そこに住む人々はエーランドの生まれであり、帝国への帰順は形式でしかない。治安維持の名目で送り込まれた軍隊が武力の誇示と住民への圧力であることは明白だった。
パマルティスの駐留軍の兵力は五千にも及んでいた。彼らは最新鋭の装備と兵器を駆使して、エーランド解放軍に応戦することとなる。指揮官は歴戦の勇士であり、また知恵者であった。刻一刻と変化する戦況に臨機応変に対処する手腕は見事であった。
だが、如何せん相手が悪かった。
ケイルレスの一族だけが扱うことのできる強化魔法の効能は、自身のみならず従える軍全体に及ぶ。加護を受けた者は指先までもが強靭となり、鎧はあらゆる矢玉を弾き、武器は分厚い鉄板をバターのように切り裂いた。
エーランド解放軍の兵力はおよそ千。彼らの装備は帝国軍に比べ旧式であり、状態も良好とは言えない。軍としての練度は良くも悪くも並である。にも拘らず一人一人が一騎当千の武勇を発揮できるのは、一重にウィンスの持つ特殊な魔法の賜物に他ならない。
深紅の魔力を纏うエーランドの軍勢は、帝国兵に底知れぬ恐怖を与えた。剣も矢も魔法もものともしない彼らをあえて形容するならば、まさに悪魔の軍勢であった。
都市の東側から侵攻したウィンスは、駐留軍に正面から突撃を仕掛けた。彼は策という策を用いず、街中に戦力を分散させて各施設の占拠を企てたのだ。
普通、敵軍が自軍より多い場合は戦力を集中させて一点突破を試みるのが定石であるが、彼らには戦術など不要であった。エーランド解放軍は圧倒的な力をもって、五倍の兵力をいとも容易く覆した。駐留軍の指揮官は有能ではあったが、個々の武勇に物を言わせる敵に対抗する術を持ってはいなかった。
その裏で、フェルメルト・ギルムートは少数精鋭を率いて都市の西側から奇襲した。アルシーラ聖騎士団は、紛うことなき精兵であった。金彫りの鎧で身を固めた騎士達は、定石通り密集隊形を崩さず進撃し、駐留軍の戦列を破壊した。その中でフェルメルトだけは突出して遊撃を担った。彼の武勇は凄まじいの一言に尽きる。身の丈ほどの長剣に深緑の魔力を宿し、一振りすれば十の敵を屠り、堅固な防塞を木っ端微塵に吹き飛ばし、隊の突破口を切り開いた。力強い彼らの進軍は、何人も止めることはできなかった。
ウィンスとフェルメルト。旧エーランド第一王子と、旧アルシーラ聖騎士団長。
二人は、間違いなく稀代の英傑であった。
ただ優秀で、ただ経験豊富なだけの帝国の指揮官には荷が重すぎる相手である。彼らのような英傑に対抗するには、同じ資質を持つ英傑でなければならない。指揮官にとっては不幸なことに、駐留軍にそれほどの人物はいなかった。
解放軍が優位を築いた理由はそれだけではない。彼らは民衆の心を味方につけていた。元々はエーランドの民である。どちらに肩入れするかは元より決まっていた。
どれだけ兵士を集めようとも、優れた装備を整えようと、民衆という最大の味方を持たぬ帝国軍は脆かった。
二日と経たず、パマルティス総督は解放軍に捕えられた。侵略戦争終結から初めて属州の都市が陥落した瞬間であった。
その後、解放軍が拠点としたのはパマルティスが誇る大聖堂である。分厚い石壁は防衛に適し、貯蔵された物資も豊富にある。なにより国境を超えて信仰される女神アイギスの加護にあやかろうと考えたのである。
多くの光源が礼拝堂に灯りをもたらす。高く浮かんだ魔法の光源によって、深夜であっても太陽の下にいるかのようだ。全身鎧を纏った千人が整然と並び立つ様は壮観とさえ言える。重装備の男達が列を為しても閉塞感を覚えないのは、礼拝堂の高い天井のおかげだろう。
祭壇に鎮座するアイギスの像。妙齢の美女として顕されたその姿は、慈愛の表情で彼らを見下ろしていた。
「諸君――時は来た」
祭壇の前。内陣に立ったウィンスのよく通る声が、並び立つ兵士達の間を駆け抜けた。
「五年前。ロードルシアの暴力に先王が屈してより、我々は幾度となく剣を取った。残党などと呼ばれ、罵られ、嘲られ、なお断固として戦い、一体何人の同志が命を散らせただろうか。我々は断じて、その尊い犠牲を忘れてはいない!」
決して折れぬ決意を秘めた大きな瞳は、彼につき従う兵士達をしかと見据えた。
「彼らが命を賭けて貫いた愛国の魂は、この日まで生きる私と諸君ら一人一人の内に宿っている。なればこそ私は厳然と断言せねばなるまい! 彼らは決して無駄に死んだのではないと! 諸君――剣を持て!」
ウィンスは昂然と腰の剣を抜き放ち、高々と刃を掲げた。それに呼応した兵士達が次々と剣を掲げる。
「祖国奪還の礎に身を捧げた同志達の遺志は、今こそ我々の力となって、今日この日の確かな勝利をもたらしたのだ!」
一際強い一声が、礼拝堂にこだました。
ウィンス・ケイルレス率いる軍団は、自らをエーランド解放軍と名乗り、占領された生まれ故郷に攻め入った。白昼堂々の奇襲であった。
パマルティスには帝国兵が多く駐留している。征服したとはいえ、そこに住む人々はエーランドの生まれであり、帝国への帰順は形式でしかない。治安維持の名目で送り込まれた軍隊が武力の誇示と住民への圧力であることは明白だった。
パマルティスの駐留軍の兵力は五千にも及んでいた。彼らは最新鋭の装備と兵器を駆使して、エーランド解放軍に応戦することとなる。指揮官は歴戦の勇士であり、また知恵者であった。刻一刻と変化する戦況に臨機応変に対処する手腕は見事であった。
だが、如何せん相手が悪かった。
ケイルレスの一族だけが扱うことのできる強化魔法の効能は、自身のみならず従える軍全体に及ぶ。加護を受けた者は指先までもが強靭となり、鎧はあらゆる矢玉を弾き、武器は分厚い鉄板をバターのように切り裂いた。
エーランド解放軍の兵力はおよそ千。彼らの装備は帝国軍に比べ旧式であり、状態も良好とは言えない。軍としての練度は良くも悪くも並である。にも拘らず一人一人が一騎当千の武勇を発揮できるのは、一重にウィンスの持つ特殊な魔法の賜物に他ならない。
深紅の魔力を纏うエーランドの軍勢は、帝国兵に底知れぬ恐怖を与えた。剣も矢も魔法もものともしない彼らをあえて形容するならば、まさに悪魔の軍勢であった。
都市の東側から侵攻したウィンスは、駐留軍に正面から突撃を仕掛けた。彼は策という策を用いず、街中に戦力を分散させて各施設の占拠を企てたのだ。
普通、敵軍が自軍より多い場合は戦力を集中させて一点突破を試みるのが定石であるが、彼らには戦術など不要であった。エーランド解放軍は圧倒的な力をもって、五倍の兵力をいとも容易く覆した。駐留軍の指揮官は有能ではあったが、個々の武勇に物を言わせる敵に対抗する術を持ってはいなかった。
その裏で、フェルメルト・ギルムートは少数精鋭を率いて都市の西側から奇襲した。アルシーラ聖騎士団は、紛うことなき精兵であった。金彫りの鎧で身を固めた騎士達は、定石通り密集隊形を崩さず進撃し、駐留軍の戦列を破壊した。その中でフェルメルトだけは突出して遊撃を担った。彼の武勇は凄まじいの一言に尽きる。身の丈ほどの長剣に深緑の魔力を宿し、一振りすれば十の敵を屠り、堅固な防塞を木っ端微塵に吹き飛ばし、隊の突破口を切り開いた。力強い彼らの進軍は、何人も止めることはできなかった。
ウィンスとフェルメルト。旧エーランド第一王子と、旧アルシーラ聖騎士団長。
二人は、間違いなく稀代の英傑であった。
ただ優秀で、ただ経験豊富なだけの帝国の指揮官には荷が重すぎる相手である。彼らのような英傑に対抗するには、同じ資質を持つ英傑でなければならない。指揮官にとっては不幸なことに、駐留軍にそれほどの人物はいなかった。
解放軍が優位を築いた理由はそれだけではない。彼らは民衆の心を味方につけていた。元々はエーランドの民である。どちらに肩入れするかは元より決まっていた。
どれだけ兵士を集めようとも、優れた装備を整えようと、民衆という最大の味方を持たぬ帝国軍は脆かった。
二日と経たず、パマルティス総督は解放軍に捕えられた。侵略戦争終結から初めて属州の都市が陥落した瞬間であった。
その後、解放軍が拠点としたのはパマルティスが誇る大聖堂である。分厚い石壁は防衛に適し、貯蔵された物資も豊富にある。なにより国境を超えて信仰される女神アイギスの加護にあやかろうと考えたのである。
多くの光源が礼拝堂に灯りをもたらす。高く浮かんだ魔法の光源によって、深夜であっても太陽の下にいるかのようだ。全身鎧を纏った千人が整然と並び立つ様は壮観とさえ言える。重装備の男達が列を為しても閉塞感を覚えないのは、礼拝堂の高い天井のおかげだろう。
祭壇に鎮座するアイギスの像。妙齢の美女として顕されたその姿は、慈愛の表情で彼らを見下ろしていた。
「諸君――時は来た」
祭壇の前。内陣に立ったウィンスのよく通る声が、並び立つ兵士達の間を駆け抜けた。
「五年前。ロードルシアの暴力に先王が屈してより、我々は幾度となく剣を取った。残党などと呼ばれ、罵られ、嘲られ、なお断固として戦い、一体何人の同志が命を散らせただろうか。我々は断じて、その尊い犠牲を忘れてはいない!」
決して折れぬ決意を秘めた大きな瞳は、彼につき従う兵士達をしかと見据えた。
「彼らが命を賭けて貫いた愛国の魂は、この日まで生きる私と諸君ら一人一人の内に宿っている。なればこそ私は厳然と断言せねばなるまい! 彼らは決して無駄に死んだのではないと! 諸君――剣を持て!」
ウィンスは昂然と腰の剣を抜き放ち、高々と刃を掲げた。それに呼応した兵士達が次々と剣を掲げる。
「祖国奪還の礎に身を捧げた同志達の遺志は、今こそ我々の力となって、今日この日の確かな勝利をもたらしたのだ!」
一際強い一声が、礼拝堂にこだました。
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