アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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アシュテネのローウェン 2/3

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 剣を打ち重ね、一拍置いて、凄まじい余波が渦を巻いて空間を支配した。
 シルキィは魔導馬の陰から戦いを見守るが、繰り広げられる神速の剣戟はもはや何が起こっているのかさえわからない。広大な礼拝堂を縦横無尽に跳び回りながら、あちこちで無数の激突が生まれては大聖堂を震わせる。
 フェルメルトの剣がセスの頬を斬り裂いた。
 セスの刃がフェルメルトの肩鎧を破壊する。

「ローウェン!」

 ウィンスの声が、戦いを繰り広げる二人に割って入った。

「貴様の行為は、帝国に潰された者達を足蹴にしているのだと、わかっているのか!」

 百も承知だ。

「父に背き、民を見捨て、我が身かわいさに帝国に与したか! 恥を知れ!」

 故郷や同志を裏切ってまで、シルキィに恩を返すべきか。とうの昔に答えは出た。
 幾度とない刃のぶつかり合いの中で、互いの体力も精神も摩耗していく。一合一合が全身全霊、致命の威力。間隙のない命のやり取りにおいて、集中の断絶は死に意味する。

「俺は、生きている!」

 それは雄々しき白馬の嘶きのように、気高い絶叫であった。

「生きて、戦っている!」

 父母の祈り。側近達の忠誠。命を賭して自分を生かしてくれた彼らの想いが同じであるのならば、救いをもたらしたシルキィの慈悲でさえも、また同じではないか。

「あの時死んでいたはずの俺が! 生きているんだ!」

 訪れた死の宿命。奈落に引きずり込まれた幼いセスを救ったのは、他でもないシルキィなのだ。

「その恩に報いることも出来なくて……王子を名乗れるわけがない!」

 誇り高きアシュテネの血統ならば、真の恥辱とは命の恩を忘れることにこそある。
 フェルメルトが鋭い歯を剥き出しにして、セスの言葉に食らいついた。

「恩義など! 大いなる使命の前では小事にすぎん!」

 全身の回転から放たれたフェルメルトの剣。圧倒的な速度と威力。セスはその一撃を力任せに受け止める。剣が軋むような悲鳴をあげた。鮮烈な虹を纏ってなお、金色の輝きは絶大な脅威であった。

「小事に拘り大事を顧みぬは愚の骨頂!」

 だが、虹の煌めきは一層強く。アルゴノートとして振るってきた剣が、いま七色に彩られている。セスの過去、現在、そして未来。そのすべてが、右手の剣に込められていた。

「たとえ生まれは王子でも、今の俺はアルゴノートだ」

「貴賤など問題ではない!」

 フェルメルトが頭上より迫る。黄金の魔力が爆ぜ、彼の剣を覆い包み込む。間違いなく今までで最大の一撃。

「使命に生きるは人の本懐! 転倒した貴様なぞに、我が使命の邪魔はさせん!」

 セスは歯を食い縛り、足先に魔力を集中させて跳躍。フェルメルトを迎え撃つ。
 双方が確信した。次が最後の一合だと。
 互いの全力と、信念を込めて。
 激突する剣と剣。拮抗する黄金と虹色は、しかし互いに相殺し合い、一切の余波を発さなかった。全ての力と衝撃は、剣を打ち合わせる者だけが受け止めている。
 拮抗は刹那にも満たなかった。セスの剣に、一条の罅が走る。

「それでも俺はッ!」

 尊崇される王子でもない。名声ある剣闘士でもない。傭兵風情の根無し草。
 だからこそセスには譲れない信念があった。それは、報恩の誇りだ。
 剣尖から迸った七色の魔力が、膨大な圧力をもって上方へと伸びる。
 フェルメルトの黄金を飲み込んで、礼拝堂の分厚い天井を貫き崩して、光は上空へと飛翔する。光は形を変え、空に拡がり、七色の輝きを映した。

 魔力の奔流を真っ向から浴びたフェルメルトは、全ての魔力を使い果たしてなお、七色の輝きに敗れて意識を消し飛ばされた。高く打ち上げられ、長椅子の残骸に墜落する。木っ端が巻き上がり、黄金の輝きは霧消した。
 危なげに着地したセスは、荒い息遣いに悶える。魔力で強化した身体であっても、フェルメルトとの戦いは熾烈を極めた。剣は欠け、魔力も体力も消耗しきっている。
 勝利を噛み締めることはない。セスは何よりもまずシルキィの身を案じた。

「セス!」

 魔導馬の陰から駆け出でたシルキィが、セスの胸に飛び込んだ。

「お嬢」

 涙を流し嗚咽する彼女を、その腕でそっと包み込む。

「遅くなってごめん」

 安心させるように背中を撫で、

「もう大丈夫だ」

 泣きじゃくるシルキィは、歳相応かそれ以上に幼く見えた。無理もない。箱入りの令嬢にとって、厳めしい男達に拉致される恐怖は想像を絶するものだろう。シルキィを抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。華奢であっても柔らかい、少女らしい感触が伝わる。
 抱き合う少年と少女を唖然として眺め、ウィンスは自失の声を零した。

「負けたのか。私は、また」

 苦痛の滲んだ表情で立ち上がり、彼は再び剣を取る。

「認めん……認めんぞ……! アシュテネの血統である貴様が、帝国貴族に与し、あまつさえラ・シエラの娘とそのような」

 ウィンスは肩を震わせていた。彼の声には、明確な殺気と憤怒がある。
 その殺気から守るように、セスはシルキィを背に隠した。

「貴様の父君は、最後まで帝国の暴力と勇敢に戦ったのだぞ! アシュテネは我らの希望だった! 我らもアシュテネのように――アシュテネと共に戦いたいとどれだけ!」

 真紅の魔力は未だ死んではいない。エーランド再興を悲願とし、帝国の支配から祖国を救い出すことに心血を注ぐウィンスの想いは本物だった。

「だのに王子である貴様が!」

 ウィンスの非難。フェルメルトの譴責。彼らの主義と信条は、セスの本心の根底を深く抉っていく。
 分かっているのだ。アシュテネの王位継承者としてやらなければならないことは、帝国の支配から祖国の民を救い出すことだと。
 だがセス自身、真に王子としての自覚があるかどうかの自信がなかった。王族の責務とその偉大なる使命を理解する前に、故郷は滅び亡国となったのだ。王族の使命を理解した時、すでに彼は下賤な奴隷であった。

「あんた達の気持ちは、痛いほどよくわかるさ。俺も、帝国が、ラ・シエラが憎かった」

「ならば――」

「だけど」

 ウィンスの怒声を、セスの静かな叫びがかき消した。
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