アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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破滅と絶望と

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「まだ……終わっていない!」

 力と声を絞り出し、ウィンスが再び立ち上がる。
 彼の心はまだ折れていない。戦う力を失って尚、戦意は激しさを増していた。

「貴様らは、ここから生きては帰れん」

 決して虚勢ではない。決闘に敗れようとも、まだ彼には手札が残っている。
 多くの人質は未だ解放されず、千の兵士も健在だ。
 事実、大聖堂は既に包囲されていた。ウィンスの兵馬は完全武装でセスとシルキィを取り囲み、ティアとイライザも身動きが取れない状況にある。
 セスは死力を尽くした。もう、この包囲網を突破する余力はない。

「あがくものだな。ウィンス・ケイルレス」

 倒れたまま天を仰ぐフェルメルトが、うわ言のように嘯いた。彼に最早戦う意志はないようだった。ただ、虚ろな瞳で夜空に架かる虹を見つめている。
 シルキィはセスの腕の中で、ウィンスにきつい目つきを向けた。

「男のくせにみっともないわよ。潔く負けを認めたらどうなの」

「笑わせるな。我々は国を賭けて戦っているのだ。個人の勝敗など取るに足りん」

 今、シルキィは強がりを言い、ウィンスは厳然たる事実を口にしていた。
 一対一の戦いを制したからといって、それが勝利に繋がるわけではない。
 セスにとっての勝利とは、シルキィを無事に救い出し、帝都まで送り届けることだ。ウィンスとフェルメルトを下しても、ここから脱出できなければ意味がない。
 帝国の干渉が封じられている以上、助けは見込めない。貴族も平民もアルゴノートも、帝国に住まう者はみな皇帝の支配下にあるのだから。

「敗北したのは、貴様の方だ」

 エーランドの兵士らはじりじりと包囲網を縮めてくる。向けられた槍の穂先、剣の切っ先が、シルキィの鼓動が割れ鐘のように鳴り響かせる。

「ねぇ……どうするの?」

 それでもシルキィはセスを信じていた。どのような絶望的な状況でも、必ず打開してくれると。彼がレイヴンであるならば、そうならないはずがないのだ。

「大丈夫」

 服の裾を掴まれたセスは、シルキィを抱く腕に力をこめる。
 残念ながら策はない。セス一人ならば、あるいは万全の調子であるならば突破することもできただろう。傷が塞がったとはいえ、失った血や体力は戻らない。
 今のセスは、こうして立っていられることが不思議なほどの状態だ。

「何も心配ない」

 その言葉は、自らを鼓舞せんとするが故に。

「この期に及んで強がりとは、滑稽だなローウェン」

 いつしかティアとイライザも、セス達の傍に追いやられていた。四人は背中合わせになり、円形に布陣する兵士達に囲まれる。
 ティアの手に剣はなく、イライザの魔法にも多くは望めない。
 なんとしてでもシルキィ達を逃れさせなければ。
 その為ならばここで朽ち果てようと、悔いはない。

 セスの全身に再び虹の魔力が灯る。床に突き立った剣を抜き放ち、威容を見せつける。
 兵士達にはどよめきが波及し、縮まっていた包囲網が緩んでいく。

「何をやっている。奴を殺せ! 早く!」

 片足を引き摺り、わき腹を押さえ、ウィンスはセスへと近付いていく。

「所詮は悪あがきに過ぎん! 奴にはもう剣を振る力はない!」

 セスの臨戦態勢が単なるこけおどしであることを、ウィンスは見抜いていた。
 だが兵はその限りではない。不用意に斬りかかり返り討ちに遭う未来を想像してしまうのだ。それほどに虹の魔力は畏敬の対象であった。アシュテネ王の並外れた武勇は、死してなお戦う者を畏怖させた。

「臆病者どもが!」

 数ばかり多く頼りにならない兵を掻き分けるウィンスは、自らの手でセスにとどめを刺しに向かった。彼も同じく負傷の身ではあったが、その程度の力は残っている。
 兵士から武器を奪い、ウィンスはセスに迫った。

「父の許に逝くがいい! ローウェン!」

 セスは振り上げられた剣を見つめる。照明の光を反射した刃が、ぼやけた視界にはっきりと映り込んでいた。
 剣を持つ腕は、もう上がらない。
 万事休す。

 ウィンスの剣が容赦なく振り下ろされる――まさにその直前であった。
 心臓を叩くような地響きと、天を貫くような喚の声が、まるで遠雷のように大聖堂に伝わった。

「何事だ」

 異変に気付いたウィンスは、ぴたりと動きを止める。

「報告! 申し上げます!」

 大聖堂に響いた焦燥の声。跪いた伝令の額には大粒の汗が滲んでいた。

「敵襲! 街に侵入されています! 大軍です!」

「なんだと!」

 場はにわかに騒然となった。

「ふざけるな! どこの軍だ! 兵馬の数は!」

「わかりません。ただ……数は……」

 伝令は兵士達を見回して、口籠った。敵の数を口にすることによって、味方の士気が落ちることを懸念したのだ。だが、そんなことを気にしている場合ではない。

「申せ!」

「目算で、一万を超えております」

 ウィンスをはじめ、エーランドの軍に動揺が走った。兵士は皆一様に浮足立つ。

「バカな。奴ら、人質が惜しくはないのか。それほどまでに情のない連中なのか!」

 ウィンスでさえ、帝国の干渉はないと高を括っていた。そのために準備に準備を重ねたのだ。根回しは成功したはずだった。
 だしぬけに聞こえたのは、フェルメルトの愉快気な笑い声だ。

「いかに念をいれようと、予想外の事態は必ず起こる」

 鎧の音を鳴らして、彼はゆっくりと立ち上がる。

「この土壇場でようやく、貴殿の言う通りになったな」

「ギルムート……! よもや貴様の差し金か!」

「知らんな。が、心当たりはある」

 ウィンスが続きを問い質そうとしたその時、大聖堂が喊声で満たされた。意気軒高な帝国兵がなだれ込み、瞬く間にウィンス達を包囲してしまう。
 エーランドが作った円形の包囲陣を、さらに大きな円が囲んだ形である。

「うそ。あれって」

 驚きと共に呟いたのはシルキィだ。
 帝国兵が掲げた旗のシンボルは、抽象化された薔薇の紋章である。騎乗した彼らの将が発声と共に腕を掲げると、それまでの喊声が嘘のように消え、静寂が訪れる。
 兵の間から将の馬が進み出た。ディーンであった。そして、彼に抱きかかえられるようにして同乗しているのは、眩しいブロンドヘアの少女。

「クローデン侯爵が三女、サラサ・クラーラ・シャルロッテ・ド・クローデンが、ミス・シエラを助けに参りましたわ!」

 羽扇子を掲げ、高らかに大口上を放った。

「あなた方は既に包囲されています。抵抗は無意味。おわかりですわね? 速やかに人質を解放し、武器を捨ておとなしく投降なさい」

 形勢は逆転した。
 ウィンスは唖然とし、開いた口が塞がらない。ここにきてクローデンのような大貴族が援軍として現れるなど、あまりにも都合が良すぎるではないか。こうならない為に、周到に備えてきたというのに。

「アイギス……我らを見放したか」

 ウィンスは頭上の女神像を恨めしく見上げる。その手から剣が抜け落ちた。
 何が起ころうと、最後の一兵になるまで戦うつもりであった。故国再興の礎になるならば、いくら血を流そうと厭わない覚悟を決めていた。しかし最早、一縷の可能性もない。

「無念だ」

 全て無に帰した。エーランド解放の道は、ここで閉ざされたのだ。
 ウィンスが抗戦を放棄したのを見て、兵士達も次々に武装を解除する。
 セスは掠れた笑い声を漏らす。繋ぎとめていた緊張の糸がついに切れた。全身から力が抜け、その場に倒れ込みそうになる。

「きゃっ」

 咄嗟に彼を支えようとしたシルキィは、しかし非力故にセスの体重に負けてしまう。それをまた、ティアとイライザが支える。
 三人に抱えられたまま、セスは気を失った。

「お前の勝ちだ。アルゴノートのセス」

 誰の声だったか。
 セスの遠のいた意識が、そんな言葉を聞いた。
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