14 / 24
②
深夜の着信
しおりを挟む
考えたこともない。というのが僕の本音だ。
恋愛小説は好んで読む。けど、いざ自分に想い人ができたら、なんて考えたこともなかった。恋人なんてもっての外。恋愛は空想世界の物語で、僕にとってはあくまでフィクションであり実在する人物地名団体とは一切関係ないのだ。
僕は自分の、男としての程度を理解しているつもりだ。これといって自慢できるところのない冴えない男。そのせいか、恋愛に憧れることはあっても、現実に投影することはなかった。高校に入るまで、女子と接する機会もなかったし。というか意識的に女子を避けていた節さえある。
恋愛とは無縁の世界で生きてきたんだ。そんな男に、恋人がどうの気持ちがどうの解るもんか。
そんなことをぼんやりと考えながら天井を眺めていると、何の前触れもなく机上の携帯が震え出した。木製の机まで鳴らせた音にびっくりする。
ベッドを降りて携帯を取る。ミサキだった。
『やっほー。今だいじょうぶ?』
僕は曖昧に肯定した。
「どうしたの?」
『いやさ。数学のノート、貸してくんないかなーって』
僕は目線だけで鞄を見た。ノートの居場所だ。
ミサキは勉強に関してはそれほど熱心ではない方である。そのくせそれなりには優秀だ。
『ほら、テストも近いじゃない。あたし普段ろくにノート取ってないからさ』
確かに。朝練のせいで授業の大半は寝ているし。
『ね、おねがい』
「いいけど」
『やった!』
嬉しそうな声。
『じゃあ、今から行くわね』
「今から?」
『うん』とミサキ。
時計を見る。二十二時を回っていた。
「もう遅いよ。明日じゃダメなの?」
『いやー』
一旦息を切るミサキ。
『言ったでしょ。やっぱりテストが近いからさ。一応これでも優等生で通ってるから、出来ることはやっておきたいのよね』
僕はどうしようかと一拍考え、鞄を取ることにした。
「解った。じゃあ、僕がそっちに行くよ。こんな時間だしさ」
女の子を出歩かせるわけにもいかないだろう。
『え?』
「ん?」
ミサキの声が無くなった。
「ミサキ?」
『あ、うん……ありがと。それは嬉しいけど……マサアキ、あたしんちまでどれくらいかかる?』
ミサキの家には一度だけ行ったことがある。解りやすい場所だから迷ったりはしないだろう。
「十五分くらいじゃないかな」
僅かな沈黙を置いて、
『おっけー。じゃ、待ってるわ』
「はいはい」
『あ、言っとくけど、うちコンドーム置いてないわよ』
「それはありがたい。じゃ、後で」
通話が終わると、僕はノートを取り出す。
玄関で靴紐を結んでいると、背後で姉の影が差した。
「どこへ?」
「友達のとこ」
「そう」
ドアノブに手をかけたところで。
「藤島ミサキのところに行くの?」
「だったらなんなのさ」
姉の顔を見ることもなく、僕は家を出た。
「気をつけて」
扉が閉まって、僕は深く溜息を吐いた。
解ってるよそれくらい。もう子供じゃないんだし。
生温かい風を感じながら、僕は自転車のペダルを踏み込んだ。
恋愛小説は好んで読む。けど、いざ自分に想い人ができたら、なんて考えたこともなかった。恋人なんてもっての外。恋愛は空想世界の物語で、僕にとってはあくまでフィクションであり実在する人物地名団体とは一切関係ないのだ。
僕は自分の、男としての程度を理解しているつもりだ。これといって自慢できるところのない冴えない男。そのせいか、恋愛に憧れることはあっても、現実に投影することはなかった。高校に入るまで、女子と接する機会もなかったし。というか意識的に女子を避けていた節さえある。
恋愛とは無縁の世界で生きてきたんだ。そんな男に、恋人がどうの気持ちがどうの解るもんか。
そんなことをぼんやりと考えながら天井を眺めていると、何の前触れもなく机上の携帯が震え出した。木製の机まで鳴らせた音にびっくりする。
ベッドを降りて携帯を取る。ミサキだった。
『やっほー。今だいじょうぶ?』
僕は曖昧に肯定した。
「どうしたの?」
『いやさ。数学のノート、貸してくんないかなーって』
僕は目線だけで鞄を見た。ノートの居場所だ。
ミサキは勉強に関してはそれほど熱心ではない方である。そのくせそれなりには優秀だ。
『ほら、テストも近いじゃない。あたし普段ろくにノート取ってないからさ』
確かに。朝練のせいで授業の大半は寝ているし。
『ね、おねがい』
「いいけど」
『やった!』
嬉しそうな声。
『じゃあ、今から行くわね』
「今から?」
『うん』とミサキ。
時計を見る。二十二時を回っていた。
「もう遅いよ。明日じゃダメなの?」
『いやー』
一旦息を切るミサキ。
『言ったでしょ。やっぱりテストが近いからさ。一応これでも優等生で通ってるから、出来ることはやっておきたいのよね』
僕はどうしようかと一拍考え、鞄を取ることにした。
「解った。じゃあ、僕がそっちに行くよ。こんな時間だしさ」
女の子を出歩かせるわけにもいかないだろう。
『え?』
「ん?」
ミサキの声が無くなった。
「ミサキ?」
『あ、うん……ありがと。それは嬉しいけど……マサアキ、あたしんちまでどれくらいかかる?』
ミサキの家には一度だけ行ったことがある。解りやすい場所だから迷ったりはしないだろう。
「十五分くらいじゃないかな」
僅かな沈黙を置いて、
『おっけー。じゃ、待ってるわ』
「はいはい」
『あ、言っとくけど、うちコンドーム置いてないわよ』
「それはありがたい。じゃ、後で」
通話が終わると、僕はノートを取り出す。
玄関で靴紐を結んでいると、背後で姉の影が差した。
「どこへ?」
「友達のとこ」
「そう」
ドアノブに手をかけたところで。
「藤島ミサキのところに行くの?」
「だったらなんなのさ」
姉の顔を見ることもなく、僕は家を出た。
「気をつけて」
扉が閉まって、僕は深く溜息を吐いた。
解ってるよそれくらい。もう子供じゃないんだし。
生温かい風を感じながら、僕は自転車のペダルを踏み込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる