真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

文字の大きさ
20 / 24

今はまだ

しおりを挟む
 半透明のスカーフがふわふわと浮遊している。
 それを指で捕まえ、泳がせてみた。重さは感じない。けど確かに布の感触はある、という奇妙な感覚が面白い。試しに指に巻いてみると、不思議なことに、覆われた部分が消えてしまう。半透明のスカーフの向こうには俺の指があるはずなのに、視覚はその更に向こう側の風景を映している。
 ははぁなるほど。明日香の服はこういうふうになっているのか。道理で服の下が透けて見えないわけだ。
 一体どういう仕組みだろう、と考えようとしてすぐやめた。明日香の存在そのものが意味不明なのだから考えるだけ無駄だ。
 後ろから伸びた手がスカーフをひったくる。慣れない手つきでスカーフを巻く明日香は、なぜかそっぽを向いていた。
 俺もなんとなく恥ずかしくなって、明日香と同じ方向を見る。窓から差し込む夕日は澄み切ったオレンジだ。明日香の体を透過して、彼女の姿を希薄にさせる。

「顔赤いよ」

 横目でお互いを確認し合う。

「お前もな」

「夕日のせいだよ」

「俺もだ」

 いつもは目線より上にいる明日香が、今は俺の肩に頭をのせている。俺の隣で、まるで床に立っているように。
 俺は明日香の手を、優しく握りしめる。小さく照れ笑いを漏らした明日香が、たまらなく愛おしい。

「もうすぐ、下校時間だよ?」

「ああ」

「帰る準備、しなきゃ」

「わかってる」

 囁くように言う明日香。

「帰りたくなくなった?」

 俺は返事をしない。明日香には解るだろう。

「へへ」

 廊下から足音が聞こえてくる。放課後、生徒のいなくなった校舎では、上履きの柔らかい靴音も聞き取れるほど静かだ。きびきびとした足音には憶えがある。

「綾ちゃんだね」

 まだ帰ってなかったのか。補習も生徒会も終わったってのに、何のために残っているんだあの野郎。
 扉が開かれる。入室した綾小路には、俺の背中が見えているだろう。隣に寄り添う明日香の姿は見えていない。改めてその事を認識すると、なんとも言えないやるせなさが込み上げてきた。

「これは驚きましたわ。会長、このような時間まで何をしておいでで?」

 普段の二割増しは険のある声色が、俺の背中を刺した。

「別に。取り立てることでもないさ。お前の方こそ」

「件の一年生とお話を」

 不機嫌そうに言う。

「その様子だと、反応は芳しくなかったみたいだな」

「虚言を弄されましたから」

 所詮俺達は高校の生徒会だからな。馬鹿正直に自らの罪を告白する輩は天然記念物並に希少だろう。
 机の引き出しを開閉する音が聞こえた。

「会長、下校時刻です。帰られませんと」

「校内の見回りは?」

「桃城先生がやって下さっていますわ」

 俺は隣を見やる。目が合い、顔を綻ばせる明日香。
 絶妙のタイミングで耳に入った綾小路の咳払いに、俺は内心動揺した。

「会長、どうかなされたのですか?」

 背を向けたままの俺を不審に思ったのか、綾小路が珍しく気を遣っているようだ。

「何もないさ。先、帰ってていいぞ。戸締りはやっとく」

 我ながら突き放したような言い方になってしまったと、言ってから思う。まあ、いつものことだ。
 数秒の静寂の後、綾小路の長い吐息があった。

「解りましたわ。それでは、失礼致します」

 扉が閉まり、足音が遠のいていく。
 生徒会室は再び静まり返ることになった。

「冷たいなぁ、誠は」

「いいんだよ。あいつにはあれで」

 正直なところ、明日香との時間を邪魔されて俺は些か苛立っていた。そんな俺を見ておかしそうに笑いを漏らす明日香が、俺の心を和ませる。
 俺は今、確かに満たされている。だが、そのことを自覚すればするほど、後々のことを考えてしまう。

「なぁ明日香。もし俺が……」

「なぁに?」

 無邪気に額を擦りよせてくる。俺は言葉に詰まった。

「いや、なんでもねぇ」

 幸せそうなこの微笑みを、消してしまうようなことは言うべきではない。例え、いつか然るべき時が訪れるのだとしても。避けようのな未来が待っているのだとしても。少なくとも、今思い悩むことではない。
 明日香の手を握りしめる。

「へへ。あったかいね」

 叶うことなら、この笑顔をずっと見つめていたいと願う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉

朝陽七彩
恋愛
突然。 同居することになった。 幼なじみの一輝くんと。 一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。 ……だったはず。 なのに。 「結菜ちゃん、一緒に寝よ」 えっ⁉ 「結菜ちゃん、こっちにおいで」 そんなの恥ずかしいよっ。 「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、 ほしくてほしくてたまらない」 そんなにドキドキさせないでっ‼ 今までの子羊のような一輝くん。 そうではなく。 オオカミになってしまっているっ⁉ 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* 如月結菜(きさらぎ ゆな) 高校三年生 恋愛に鈍感 椎名一輝(しいな いつき) 高校一年生 本当は恋愛に慣れていない 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* オオカミになっている。 そのときの一輝くんは。 「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」 一緒にっ⁉ そんなの恥ずかしいよっ。 恥ずかしくなる。 そんな言葉をサラッと言ったり。 それに。 少しイジワル。 だけど。 一輝くんは。 不器用なところもある。 そして一生懸命。 優しいところもたくさんある。 そんな一輝くんが。 「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」 「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」 なんて言うから。 余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。 子羊の部分とオオカミの部分。 それらにはギャップがある。 だから戸惑ってしまう。 それだけではない。 そのギャップが。 ドキドキさせる。 虜にさせる。 それは一輝くんの魅力。 そんな一輝くんの魅力。 それに溺れてしまう。 もう一輝くんの魅力から……? ♡何が起こるかわからない⁉♡

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

処理中です...