頼縁の鎖-Chains of Reliance-

依篭 塗吏

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1章

CHAIN:X-Sweet and Sweet day

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昼休みの鐘が鳴るころ。
学苑の中庭には花々の影が短く落ち、揺れる木の葉が風鈴のように小さな音を立てていた。

朧と澪は、いつものように並んで歩いていた。
姉の朧が半歩だけ前に出て、妹の澪はそっと袖を摘まんでついていく。
その歩幅は、何度繰り返したかも分からないほど自然で、言葉を交わさなくても息が合っている。

「……行こ」
「…うん」

短い会話だけが、昼の空気に溶けていく。

二人が向かったのは、学苑内のカフェ。
広場と図書棟のあいだに建つその店は、透明なガラス張りの壁が外からでもよく見える造りになっている。
中を覗けば、淡い木目調の家具とミルク色の照明が柔らかく調和し、昼の喧騒が引いた後の落ち着いた時間が流れていた。

窓際には、ちょうど陽光が差し込み、空いた席をやわらかく照らしていた。
光に包まれたその一角は、外のざわめきから切り離されたようで、二人にとってはひとときの避難所に思えた。

朧と澪は、自然に角の席を選ぶ。
腰を下ろす前、朧は背もたれ越しに一度だけ周囲をぐるりと見渡し、空気を確かめる。
澪は椅子に腰を下ろすと、指先でそっとテーブルの端をつついた。まるで自分の熱がそこに残るかどうかを確かめるように。

「…甘いの、ある…?」
「あるよ」

朧がメニューを開くと、紙がかすかに鳴った。
季節のパフェ、ベリーのタルト、クレームブリュレ、ふわふわのパンケーキ。
どれも甘やかに目を惹く名前ばかりで、二人の視線は同じページに吸い寄せられていく。

――限定「朝露いちごのクロテッド・パフェ」。
大粒のいちごの上に、半透明の糖片が朝露のように散りばめられている。
瑞々しい赤が光を受けて輝き、その写真の反射が澪の瞳に小さくきらめいた。

「……これ」
「うん…ひとつ」
「…半分こ」

短い言葉を重ねるだけで、気持ちは十分に伝わる。
朧がわずかに口元を緩め、澪も小さくうなずいて、膝の上で両手をきゅっと重ねた。

やがて店員が近づいてくると、張りつめていた二人の空気はすっとやわらぎ、自然に声が落ちる。

「朝露いちご、のパフェを……ひとつ。紅茶は、二つ」
「…澪はミルク。多め」
「……お姉ちゃんは、ストレートで」
「かしこまりました~」

店員は慣れた笑みを浮かべてうなずき、軽やかな足取りで去っていった。

双子の存在は、学苑でもよく知られている。
戦闘での噂よりも、寄り添って歩く姿のほうが、このカフェではひそやかに語られる話題だった。
窓の外を通り過ぎる学生たちも、ふと足を緩めては、ガラス越しにちらりと視線をよこす。

「……見られてる」

澪が小さくつぶやく。
その声は風に紛れるほど淡いのに、確かに姉へと届いていた。
朧は気にも留めないふうで、澪の前髪に落ちた細い埃を指先で払う。

「…大丈夫」
「……うん」

短いやりとりが、ふたりの間に安らぎを落とす。

やがて、銀のトレーに乗せられたパフェが運ばれてきた。
大粒のいちごは、朝露の名のとおり光をまとい、山の峰のように盛られたクリームが白く輝く。
細長いグラスの内側では、瑞々しい赤が幾重もの層を描き、宝石のように透けていた。
カトラリーが置かれると、二本のスプーンがふと触れ合い、澄んだ小さな音を立てた。

「……きれい」
「……きれい。食べよ」

朧が先にスプーンを差し入れる。
冷たい甘さを含んだ空気がふわりと立ちのぼり、いちごをひとつ、そっとすくい上げて澪の小皿へ移した。

澪は目を落とし、静かにその赤を見つめる。
いちごの角が光を拾い、半透明の砂糖の薄片がぱきりと小さく割れる。

「…お姉ちゃん」
「どうぞ」

促されるまま、澪はスプーンを口に運ぶ。
果汁が舌の上で弾け、鮮やかな酸味がくるりと広がる。
そのあとを追うようにクリームの甘さがやわらかく沈み、胸の奥まで静かに満たしていった。
肩がふっとほどけ、わずかな息が安堵のように漏れる。

「…あまい」
「…うん」

短いやりとりのあいだ、二人のスプーンは静かに上下を繰り返していた。
朧は澪の食べる速さに合わせ、自然と自分の手をゆるめる。
澪はグラスの底を覗き込むとき、いつも指先に力を込める癖がある。
だから朧は、底がすぐ見えてしまわないよう、層をすこしずつずらしてすくってやる。

「……層、ずらした」
「…ばれた」

小さな秘密を共有するような視線が交わり、二人の間に静かな笑みが落ちる。

やがて紅茶が運ばれてきた。
朧のストレートは淡い琥珀色に澄み、澪のミルクティーは花びらを沈めたような柔らかな色をしている。

澪はシュガーポットから角砂糖をひとつ摘む。……そして、もうひとつ。
指先でくるくると弄んでから、落とす寸前に朧へ視線を送った。

朧は何も言わない。
ただ目を細めて微笑む。
その仕草ひとつで、澪は安心したように砂糖を落とした。

「…二個」
「三個でも、いい」
「……怒らない?」
「…うん」

ぽちゃん、と角砂糖が沈む。
その瞬間、ミルクのうねりがカップの内側に白い筋を描き、やがてゆるやかに溶けていった。
澪はスプーンを手に取り、そっとかき混ぜる。
小さな金属音が控えめに響き、昼下がりの静けさをやさしく彩った。
耳に届くその音は、ほんの少しだけ幸福を溶かし込む。

「……あつい?」
「…平気」

朧はカップの縁にふっと息を落としてから、一口を含む。
澪はその動作を確かめてから、同じように口をつけた。

二人の喉が同時に小さく動き、飲み下す音さえ重なる。
吐き出す息のタイミングも、伏せるまなざしの角度も――すべてが、昔からの習慣のように揃っていた。

「お姉ちゃん…」
「…なに」
「……ケーキも、食べたい」
「うん」

メニューの端に、小さく〈ベイクドチーズケーキ〉の文字がある。
店員を呼び、朧は短く、澪は囁くように注文した。
終われば再び沈黙が訪れる。けれどその沈黙には、言葉より濃い意味がいくつも折り重なっていた。
指先がふれて、手の甲に温もりがそっと移る。

窓の外では、一般戦闘科の学生たちが訓練場から戻ってくるのか、汗を拭いながら通り過ぎていく。
数人が店へ入り、休憩のために席を探す。
扉のベルが立て続けに鳴るたび、澪の肩がわずかに跳ねた。

朧は何も言わず、ミルクピッチャーを手に取る。
澪のカップに、ほんの気持ちだけミルクを注ぎ足した。
それだけで、揺れていた肩はすっと静かに落ち着いていく。

「……あまい?」
「…もっと、あまい」

ほどなくして、ベイクドチーズケーキが運ばれてきた。
切り口は白く、うっすらと焼き色が差している。
皿の脇には、角ばった小山のように生クリームが盛られていた。

朧はナイフの先端でそっと切れ目を入れる。
待つように澪のフォークが先に差し出される――それはもう、ふたりの癖だった。
ケーキはまず澪へ、次に朧へ。等分よりも、澪が満ちる量を基準に切り分ける。

「「……やわらかい」」

声が重なり、ふたりは小さく目を合わせる。

澪はクリームをつけすぎる癖がある。
フォークの先を見て、朧はふっと笑い、小さく拭ってやった。
紙ナプキンは甘い匂いを吸い込み、やわらかくくしゃりと折れる。

甘い時間は、すこし伸び、すこし縮み、細い糸のように続いていく。
窓の外の光が薄らいでいくにつれ、店内のランプの色は濃さを増し、二人の頬に落ちる影はいっそう柔らかくなった。

「…幸せ」
「うん」
「…カフェ、好き」
「…私も」

そのささやきは、ランプの灯りに溶けて消える。

――そのとき。入り口のベルが再び鳴った。
一般戦闘科の三人組が、笑い声を交わしながら入ってくる。
視線が店内を掃くように流れ、そのまま双子の席で止まった。

小さな息をのむ気配。
「あ…」と誰かの口から零れる声。

朧の背を、うすい緊張がひとすじ走る。
澪は無言で朧の袖を握りしめ、指先にだけ強さを込めた。

「…見てる」
「…うん……」

朧は姿勢を変えない。
ただ、澪のミルクティーのカップを、手が安定してのる位置までそっと押しやった。
その掌の温かさが、澪の指先に残る震えをやわらげていく。

三人組のひとりが、落ち着かない様子で前髪を直した。
朧はなお姿勢を崩さない。
澪はカップをそっと身体側へ寄せ、視線を落としたまま動かない。
それでも、囁きはじわじわと増えていった。

「…あれ、祓間の……」
「双子ちゃん?」
「写真……いや、だめか…でも、ひとことだけでも」

敬意と憧れが、無邪気な温度で混ざる。
悪意はない。けれど、どこまで近づいていいのか、彼らは知らない。

そのとき、店員がテーブルを拭きに来た。
布を滑らせる手つきはわざと音を立てない。
視線は双子に触れる手前でそっと逸れ、手の甲の細やかな動きが、無言の合図のように流れていく。
空気に、薄い幕が一枚かけられたようだった。

朧はナプキンを取る。角を折り、点をひとつ。
さらにもうひとつ。
そして最後に、少し離れた場所へ、ひとつ。
澪は黙ってその折り目をなぞり、姉の動きを写すように指先を滑らせた。

「…道」
「三つ」

点は線にならない。
他人には地図には見えない。
けれど、二人にとってはそれで十分な回路だった。

外の光が一段やわらぐと、店内のランプがわずかに力を増す。
グラスの表面に細い光の筋が走り、澪はその軌跡を指で追った。
指先は冷たく、爪の白さが淡く際立っている。

三人組のうち、一人が息を整え、こちらへ半歩踏み出す。
その気配に、朧のまつ毛がわずかに震えた。

「…近い」
「うん」

その瞬間を、蒸気の音がすり抜けていった。
エスプレッソマシンが短く、ついで長く、吐息のように息を吐く。
店内の視線が一瞬だけ音の方へ流れる。

朧はカップを静かに受け皿へ戻し、澪はスプーンを水平に置いた。
音を、そこに置き去りにするように。

「いま」
「うん」

二人は同時に立ち上がった。
椅子脚が床を擦る音は、生まれない。
朧は右足を半歩。澪は左足を半歩。
まるで鏡に映したように、支柱の影で合流する。

澪の指が、そっと朧の袖を探った。

「…手」
「すぐ」

繋がない。繋がないことが、ふたりにとっての合図だった。

朧の視線がサイドドアの取っ手をとらえ、澪は呼吸の数をひとつだけ詰める。
一人が、ようやく決心したように声を上げた。

「す、すみま――」

その言葉を、澄んだ声が遮る。

「まあ……、勇気を出すのは立派ですけれど。場所と相手くらいは、もう少し選ばれた方がよろしいのではなくて?」

女子生徒の声だった。
表面は穏やかで、耳に心地よいほど丁寧。
けれど、その裏に潜む冷ややかな響きが、店内を一瞬で制し、ざわめきをすっと凍らせる。

その一言だけで、囁いていた学生たちは一斉に息を呑んだ。
肩をすくめ、背筋を強張らせ、喉にかけた言葉を慌てて飲み込む。
声の主を直視することすらためらい、視線は泳ぎ、わずかなざわめきさえ消える。

沈黙。
足も止まり、空気にほんの刹那の隙が生まれる。

いま。

朧の足が、いつもより少しだけ速くなる。
澪もまた、同じ分だけ歩調を速めた。

――通る声…今は、利用する。

「こっち」
「うん」

生徒たちの視線は空を切り、追いかける間もなく双子の姿を見失った。
慌てて椅子を引く者もいたが、その影はもうどこにも映らない。
残ったのは、空振りした視線のざわめきだけだった。

ドアは音を立てず、薄い隙間が、ふたりの肩幅だけを測ったように正確に、静かに、やさしく開いている。





遠くで、一般戦闘科の学生たちが話題にしている。
さっき見かけたとか、かわいかったとか、強いんだってとか。
噂を呼ぶ。けれど、その声は届かない。

裏庭の風は、ミルクの香りで満ちていた。

「お姉ちゃん」
「…なに」
「今日の…いちご。いちばん、好き」

澪が、かすかに笑う。

「…私も」
「でも、明日は……パンケーキ」
「うん。蜂蜜、多め」
「…シロップ、海にする」
「……おぼれない?」
「…助けて」
「助ける」

ふたりは笑った。
声は風より小さく、笑顔は光よりもやわらかかった。
空気がまあるくなって、時間が手のひらの上でころりと転がる。

やがて、鐘が再び鳴る。次の授業の合図。
二人は同時に立ち上がった。
澪の手は自然に朧の袖へとかかり、朧の歩幅は自然に澪へと寄り添う。

「…戻ろ」
「……うん」

裏口から店へ入り直し、レジに小さく頭を下げる。
店員は静かな微笑みでうなずき、「またね」と口の形だけで告げた。
朧は一瞬だけ目を細め、澪はほんの一瞬だけ手を振る。

廊下はすでに授業の気配で満ちている。
靴音が、数を数えるように揃って響く中――
双子の靴音だけは、砂糖をこぼしたように小さく、甘やかに混ざって消えていった。
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