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一章
第26話 翼竜の肉団子汁!
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夕方、町中にあるかもしれない境界のほころびを求めて、俺とラミナは城下町へと繰り出した。
大通りは、店を閉めているところはちらほらあれど、昼間と同じくらいには賑わっている。
あたりは暗くなってきているが、軒先や出店に蝋燭の灯されたランタンを吊るしているところもあって、大通りを中心とした繁華街周辺は比較的明るい。
黒い外套を着てきたが、町を歩いていると人の熱気があるのかそれほど肌寒い感じもしなかった。
「おいしいもの……」
「これラミナ。本来の目的を忘れるでないぞ」
「……我慢?」
「何を言うておる。食べ歩きながらでも境界の綻びは探せるであろうが!」
内心、俺も夜の食い歩きが目的なところあるからな。
「ごはん……!食べる……!」
「うむ。繰り出すぞ、うまい飯を求めて!」
俺たちはワクワクしながら出店を見て回り始めた。
いや、境界の揺らぎは飯屋の近くかもしれんしなあ。
うむ。そうに違いない。
「しかし、夕方も飲み屋や出店が出ていて、なかなか人が絶えんではないか」
通りは笑い声と足音で満ちていた。
男数人で騒いでいる者たちもいれば男女二人で仲良く道を歩く者たちもいる。
路上で口論していて喧嘩になりそうなのもあるが、おおむね平和だ。
「旦那、うちの店寄っていかねえか?」
ふらふらしていると、飲み屋らしき建物の前にいた客引きに声をかけられた。
「なんの店だ?」
「普通の飲み屋だよ。子連れでも大歓迎だ」
「今は酒は飲まん」
「食ってくだけでもかまわねえよ。じつは今な……」
客引きの男はこちらに寄ってきて、周囲を見回してから耳打ちするような声で話した。
「旦那は大丈夫そうだから教えるんだが、今な、期間限定のメニューを売ってる」
「期間限定?」
「ああ。魔物のスープだ」
「なんだと?」
「この前魔物の襲撃があっただろう?その時に手に入れた翼竜のガラで煮出したスープに、野菜と肉団子を入れた特製のスープだ。肉団子は翼竜の肉を叩きにして、小麦粉を繋ぎにして一口大に丸めてある」
「め、めちゃくちゃうまそうだ」
「そうだろ?」
聞くだけならうまそうだ。
だが――。
「されど魔物だ。……まずくないのか?」
そう、魔物は魔界よりのもの。
この事実は覆らない。
絶対不味いし臭いしじゃりじゃりしてるだろ。
「不味いといわれてて誰ももらって食おうとはしなかった。どっこい、吊るして熟成してみたら意外といけた。精霊教会には内緒だぜ。奴らそういうのにうるさいからな」
「じゅ、熟成だと?」
「ああ。死後すぐに食わず、時間をおいて旨味を引き出すんだ」
「そんな術が!?」
これは、俄然食いたくなってきたぞ。
ラミナもよだれを垂らして食いたそうにこちらを見ているし。
「い、いや、しかし食い歩きならまだしも店のなかで食うのもな。中心街にも行きたいしな」
「ここで食わねえなら、器でも持ってきてくれりゃそこに入れてやるよ。代金も負けてやる」
俺はすぐさま身を翻した。
「待っていろ。すぐに用意する」
即答だった。
急いで木製の碗とスプーンを買ってくる。
客引きの男は器を受け取って店に戻ると、ちゃんとふたり分スープを用意してきてくれた。
「おお、これはなんとも」
スープは透明に近い淡い白色で、翼竜から出た脂が表面にうっすら浮いている。
玉ねぎや葉物などの野菜と一緒に泳いでいるのは、白い肉の球。
「まあ食ってみてくれ」
男に言われて、一口口にする。
「――ッ!」
味は、この前食った鳥の焼き串に近い。
脂は浮いているのにしつこくないスッキリとした味わいだ。
噛めばスープと絡み合いながら、野菜と肉団子が口のなかで踊る。
うっ、うまい。
俺の知っている魔物の肉と違う。
「じゃりじゃり、してるのに」
「じゃりじゃりというよりはこりこりしてるのがある感じだな」
俺たちが首をかしげると、
「ああ、軟骨も一緒に砕いて肉団子に混ぜてある」
男は解説してくれる。
「いい食感になってるだろ? ショウガも少し混ぜているんだが、これもいいアクセントになってんだ」
「うむ、味を引き出すためにいろいろ工夫されているのがわかるな。軟骨がこんなにほどよいこりこり感になるのか……」
スープ全体が、翼竜の肉の味で満たされている。
これが、熟成の力だというのか。
魔界よりの食材が、よもやここまで美味になってしまうなど。
たかが低級の空飛ぶ魔物が、もと魔王たる俺にこれほどまでの舌鼓を打たせるなど……!
魔物は不味いという認識が、音を立てて崩れていく。
――侵略される。
魔界の価値観が、侵略されていくううう!
「どうだい?」
「……満足だ。いい仕事をしている」
「そうだろう、そうだろう!またよろしくな!」
「ひいきにしようではないか」
今日は翼竜のスープを食いながら町を回るとしよう。
客引きの男に別れを告げてから、本来の目的に戻る。
「しかし、境界の揺らぎなんてないな……」
中心街を主にしばらく探したが、それらしいものは見当たらなかった。
境界の揺らぎは、目視では見えにくい。
しかし揺らいでいる場所からは魔界から漏れ出る障気が常に滞留しており、近づけば感覚的にわかるはずなのだ。
そしてたまにポロっと魔物が出てくる。
「まあ一日で見つかるはずもなし、また明日見て回ってみるか」
橋の上で冷めてしまったスープの最後の一口を飲み干す。
しかし人間界に来てまで同胞の尻拭いをせんといかんとは。
まったくもって遺憾だな。
「コーラルどのとラミナじゃないか」
見知った声がして振り向くと、武装したサリヴィアが歩いてきた。
道具屋で会ったときと同じような、長剣に胸当てに手甲のやや軽装備な姿だった。
「サリヴィアか」
「偶然、でもないようだな。目的は同じか」
「そのようだ。首尾はどうだ?」
「見回りがてら、コーラルどのの言っていた境界の綻びとやらも見つけようとしているが、芳しくはない」
俺たちは、先の襲撃と今後の可能性について、ある程度の情報共有をしていた。
まあサリヴィアにとっては敵の襲撃が来ないかの見回りがメインだろう。
境界といわれても漠然としているだろうしな。
「俺たちも音沙汰なしだ」
「まあ襲撃なんて本当は来ないほうがいいんだ。……ただ、どうも一過性のものとは思えない」
そうだ。
サリヴィアも薄々気づいている。
先の襲撃事件は、もしかしたら周到に計画された"侵攻作戦"の一端であるかもしれないことに。
だとしたら、あれだけで終わるはずがないのだ。
――敵の次の一手は、考えればいくつかあるが、さて、どうくるかで首謀者や目的が明確になってきそうだな。
それまで様子見でもいいが、また被害が出たらやりきれん。
「今のところは見回りをしていくしかないか」
サリヴィアの言う通り、こちらでできることをしながら相手の出方を待つしかないようだ。
魔界での調査を頼んでいる魔王ダストが何か新しい情報を持ってきてくれるといいんだがな。
ただ、あれはあれで忙しいだろうから過度な期待はできん。
「兵たちも見回りを強化する方針らしいな」
サリヴィアの視線の先を見ると、ウォフナーが騎馬に乗りながら見回りの兵に指示を出しているのが見えた。
こちらを気にしている余裕は無さそうだ。
「コーラルどの」
「どうした?」
「できれば、この騒ぎが収まるまでお互い協力し合ってはくれないだろうか?民たちや冒険者ギルドにも被害が出ている。どうにか、安心して暮らせるようにしてやりたい」
ふむ。
もとよりそのつもりだが……
「こうして見ると見回りは軍の領分だ。いや、ここじゃ騎士団か。とにかく彼らにも面子がある。あまり緊急を要するならともかく、冒険者の立場で表立ってそういうことをしたら睨まれるんじゃないか?」
「だからこうして、依頼ではなく自主的に見回りをしている。なにせ貴族だからな、私が好き勝手していても基本その場じゃ止められる者は少ないだろうと思ってる」
「とんだ貴族もいたものだな」
俺は苦笑した。
親の苦労が見えるようだ。
「協力は俺たちとしても望むところだ。食べ歩きしてる風を装いながら、こそこそ見回りをするのも乙なものよな」
正直、魔界が関わっている可能性があるからな。
あと夜の食べ歩き結構気に入った。
大通りは、店を閉めているところはちらほらあれど、昼間と同じくらいには賑わっている。
あたりは暗くなってきているが、軒先や出店に蝋燭の灯されたランタンを吊るしているところもあって、大通りを中心とした繁華街周辺は比較的明るい。
黒い外套を着てきたが、町を歩いていると人の熱気があるのかそれほど肌寒い感じもしなかった。
「おいしいもの……」
「これラミナ。本来の目的を忘れるでないぞ」
「……我慢?」
「何を言うておる。食べ歩きながらでも境界の綻びは探せるであろうが!」
内心、俺も夜の食い歩きが目的なところあるからな。
「ごはん……!食べる……!」
「うむ。繰り出すぞ、うまい飯を求めて!」
俺たちはワクワクしながら出店を見て回り始めた。
いや、境界の揺らぎは飯屋の近くかもしれんしなあ。
うむ。そうに違いない。
「しかし、夕方も飲み屋や出店が出ていて、なかなか人が絶えんではないか」
通りは笑い声と足音で満ちていた。
男数人で騒いでいる者たちもいれば男女二人で仲良く道を歩く者たちもいる。
路上で口論していて喧嘩になりそうなのもあるが、おおむね平和だ。
「旦那、うちの店寄っていかねえか?」
ふらふらしていると、飲み屋らしき建物の前にいた客引きに声をかけられた。
「なんの店だ?」
「普通の飲み屋だよ。子連れでも大歓迎だ」
「今は酒は飲まん」
「食ってくだけでもかまわねえよ。じつは今な……」
客引きの男はこちらに寄ってきて、周囲を見回してから耳打ちするような声で話した。
「旦那は大丈夫そうだから教えるんだが、今な、期間限定のメニューを売ってる」
「期間限定?」
「ああ。魔物のスープだ」
「なんだと?」
「この前魔物の襲撃があっただろう?その時に手に入れた翼竜のガラで煮出したスープに、野菜と肉団子を入れた特製のスープだ。肉団子は翼竜の肉を叩きにして、小麦粉を繋ぎにして一口大に丸めてある」
「め、めちゃくちゃうまそうだ」
「そうだろ?」
聞くだけならうまそうだ。
だが――。
「されど魔物だ。……まずくないのか?」
そう、魔物は魔界よりのもの。
この事実は覆らない。
絶対不味いし臭いしじゃりじゃりしてるだろ。
「不味いといわれてて誰ももらって食おうとはしなかった。どっこい、吊るして熟成してみたら意外といけた。精霊教会には内緒だぜ。奴らそういうのにうるさいからな」
「じゅ、熟成だと?」
「ああ。死後すぐに食わず、時間をおいて旨味を引き出すんだ」
「そんな術が!?」
これは、俄然食いたくなってきたぞ。
ラミナもよだれを垂らして食いたそうにこちらを見ているし。
「い、いや、しかし食い歩きならまだしも店のなかで食うのもな。中心街にも行きたいしな」
「ここで食わねえなら、器でも持ってきてくれりゃそこに入れてやるよ。代金も負けてやる」
俺はすぐさま身を翻した。
「待っていろ。すぐに用意する」
即答だった。
急いで木製の碗とスプーンを買ってくる。
客引きの男は器を受け取って店に戻ると、ちゃんとふたり分スープを用意してきてくれた。
「おお、これはなんとも」
スープは透明に近い淡い白色で、翼竜から出た脂が表面にうっすら浮いている。
玉ねぎや葉物などの野菜と一緒に泳いでいるのは、白い肉の球。
「まあ食ってみてくれ」
男に言われて、一口口にする。
「――ッ!」
味は、この前食った鳥の焼き串に近い。
脂は浮いているのにしつこくないスッキリとした味わいだ。
噛めばスープと絡み合いながら、野菜と肉団子が口のなかで踊る。
うっ、うまい。
俺の知っている魔物の肉と違う。
「じゃりじゃり、してるのに」
「じゃりじゃりというよりはこりこりしてるのがある感じだな」
俺たちが首をかしげると、
「ああ、軟骨も一緒に砕いて肉団子に混ぜてある」
男は解説してくれる。
「いい食感になってるだろ? ショウガも少し混ぜているんだが、これもいいアクセントになってんだ」
「うむ、味を引き出すためにいろいろ工夫されているのがわかるな。軟骨がこんなにほどよいこりこり感になるのか……」
スープ全体が、翼竜の肉の味で満たされている。
これが、熟成の力だというのか。
魔界よりの食材が、よもやここまで美味になってしまうなど。
たかが低級の空飛ぶ魔物が、もと魔王たる俺にこれほどまでの舌鼓を打たせるなど……!
魔物は不味いという認識が、音を立てて崩れていく。
――侵略される。
魔界の価値観が、侵略されていくううう!
「どうだい?」
「……満足だ。いい仕事をしている」
「そうだろう、そうだろう!またよろしくな!」
「ひいきにしようではないか」
今日は翼竜のスープを食いながら町を回るとしよう。
客引きの男に別れを告げてから、本来の目的に戻る。
「しかし、境界の揺らぎなんてないな……」
中心街を主にしばらく探したが、それらしいものは見当たらなかった。
境界の揺らぎは、目視では見えにくい。
しかし揺らいでいる場所からは魔界から漏れ出る障気が常に滞留しており、近づけば感覚的にわかるはずなのだ。
そしてたまにポロっと魔物が出てくる。
「まあ一日で見つかるはずもなし、また明日見て回ってみるか」
橋の上で冷めてしまったスープの最後の一口を飲み干す。
しかし人間界に来てまで同胞の尻拭いをせんといかんとは。
まったくもって遺憾だな。
「コーラルどのとラミナじゃないか」
見知った声がして振り向くと、武装したサリヴィアが歩いてきた。
道具屋で会ったときと同じような、長剣に胸当てに手甲のやや軽装備な姿だった。
「サリヴィアか」
「偶然、でもないようだな。目的は同じか」
「そのようだ。首尾はどうだ?」
「見回りがてら、コーラルどのの言っていた境界の綻びとやらも見つけようとしているが、芳しくはない」
俺たちは、先の襲撃と今後の可能性について、ある程度の情報共有をしていた。
まあサリヴィアにとっては敵の襲撃が来ないかの見回りがメインだろう。
境界といわれても漠然としているだろうしな。
「俺たちも音沙汰なしだ」
「まあ襲撃なんて本当は来ないほうがいいんだ。……ただ、どうも一過性のものとは思えない」
そうだ。
サリヴィアも薄々気づいている。
先の襲撃事件は、もしかしたら周到に計画された"侵攻作戦"の一端であるかもしれないことに。
だとしたら、あれだけで終わるはずがないのだ。
――敵の次の一手は、考えればいくつかあるが、さて、どうくるかで首謀者や目的が明確になってきそうだな。
それまで様子見でもいいが、また被害が出たらやりきれん。
「今のところは見回りをしていくしかないか」
サリヴィアの言う通り、こちらでできることをしながら相手の出方を待つしかないようだ。
魔界での調査を頼んでいる魔王ダストが何か新しい情報を持ってきてくれるといいんだがな。
ただ、あれはあれで忙しいだろうから過度な期待はできん。
「兵たちも見回りを強化する方針らしいな」
サリヴィアの視線の先を見ると、ウォフナーが騎馬に乗りながら見回りの兵に指示を出しているのが見えた。
こちらを気にしている余裕は無さそうだ。
「コーラルどの」
「どうした?」
「できれば、この騒ぎが収まるまでお互い協力し合ってはくれないだろうか?民たちや冒険者ギルドにも被害が出ている。どうにか、安心して暮らせるようにしてやりたい」
ふむ。
もとよりそのつもりだが……
「こうして見ると見回りは軍の領分だ。いや、ここじゃ騎士団か。とにかく彼らにも面子がある。あまり緊急を要するならともかく、冒険者の立場で表立ってそういうことをしたら睨まれるんじゃないか?」
「だからこうして、依頼ではなく自主的に見回りをしている。なにせ貴族だからな、私が好き勝手していても基本その場じゃ止められる者は少ないだろうと思ってる」
「とんだ貴族もいたものだな」
俺は苦笑した。
親の苦労が見えるようだ。
「協力は俺たちとしても望むところだ。食べ歩きしてる風を装いながら、こそこそ見回りをするのも乙なものよな」
正直、魔界が関わっている可能性があるからな。
あと夜の食べ歩き結構気に入った。
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