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二章
第61話 毒キノコと燻製猪肉のカルボナーラ
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シオンはさっそく料理に取り掛かった。
場所は変わってしまったが、焚火を囲むスペースは確保しているので、そこを使う。
マヤも腕まくりをして手伝おうと出てきた。
「それはなんだ?」
シオンは何やら長細いものを持ってきた。
長く平べったく、小麦粉のようなものがまぶされている。
食べ物らしいことはわかるが――
「パスタです。先生たちの帰りを待ってる間、作っていました」
「これはこのまま食うのか? うまそうだな」
「いえ、茹でます……あと、味のついたソースと絡めます」
「…………!?」
そのままでもうまそうなのに、さらに茹でて味をつけるだと……!?
「パンと同じで小麦粉から作るんですよ」
とマヤは付け足す。
「パンの親戚みたいなものなのか?」
「うーん、どうなんですかね?」
いや、もはや間違いはない。
絶対にそのまま食ってもうまいと確信しているが、それをさらに調理するのだから、うまいに決まっている。
二人が調理に取り掛かる。
毒キノコと燻製肉はスライス。熱したバターでニンニクを香りが立つまで炒めてから燻製肉、毒キノコを炒めていく。
いいにおいがしてきた。
畑にてしゃがんで畝を凝視していたラミナが、においにつられてとてとてと戻ってくる。
パスタを鍋に入れ、熾火で茹でる。
炒めたものをミルク・卵・細かく刻んだチーズを混ぜて作った液と混ぜ、ゆで上がった熱々のパスタと混ぜていく。
器に盛り、黒コショウを振って完成である。
シオンがパスタを完成させていく間、マヤはスープを作る。
玉ねぎとショウガを細かく刻んで鍋で炒め、水を加えて熾火で煮る。
途中ローズマリーを加えて香りづけをしたら取り出し、塩コショウで味を整える。それだけでもうシンプルな玉ねぎのスープが完成だ。
「おおおっ、シオンもマヤもよくやった! えらいぞ!」
毎度毎度であるが、見事である。
それから俺は一人一つずつ、毒耐性強化の魔法石を配っていく。
「では、この魔法石をしばらく手放さんようにな。でなくば死ぬぞ」
「わ、私毒キノコ食べるの初めてです……」
調理の手伝いを終えたマヤが縮こまりながら魔法石を受け取る。
ウォフナーがうなずいた。
「安心しろ。こいつら以外はだいたい食べたことがない」
完成した料理がテーブルに並べられる。
ベニテングダケと燻製黒猪肉のカルボナーラと、玉ねぎのスープ。
「多少料理でごまかされているものの、やっぱり見た目が、あれだな」
テンションの上がる俺と、対称的に表情をこわばらせるウォフナー。
「じゃあモフ夫は食わなくていい。畑見てろ」
「モフ夫言うな」
ラミナとウォフナーが言い合いを始める前に、
「ではいただくとするか!」
昼食にする。
「うん……これ、すごくおいしいです! 毒はこの石がなんとかしてくれてるおかげなんですよね……実感はないですが」
マヤは恐る恐る口を動かしながら、ゆっくりと感想を言った。
「……白いイボが多いところほどうまいのはなぜだ。納得がいかん」
ウォフナーは毒キノコはまずいというイメージをどうしても払拭できないでいる感じだ。
魔界じゃ毒耐性強化の魔法石をもってしても打ち勝てない毒も中にはあるが、ベニテングダケはどうだろうか……?
俺はパスタをためらいなく口に入れる。
「これがこっち側の毒キノコ――」
噛むたび染み出すように舌を突き抜ける暴力的なうまみ。
それが燻製肉の風味やコショウの刺激と一緒に口の中を満たす。
熱でトロトロになったチーズとミルクが平たいパスタと絡んで、見た目より食べ応えは満点だ。
そして何よりも――
「うめえじゃねえか……!」
「じゃりじゃりしてない……!」
ふわりふわりと柔らかい綿に包まれているかのような味の衝撃に額を押さえた。
なんという心地のいい、それでいて強力な衝撃か。
「だから貴様らは何食べてもそのリアクションだろうが! なんなんだ!」
ウォフナーが横やりを入れてくるが、うまいものはうまいんだからしょうがないだろう。
「いや、でもうまいのお。仲間にも食わせてやりたかったぞい」
ツエニリニもほっこりとして言った。
「おかわりはあるか?」
気づけば、あっという間に食べ終わってしまった。
「ないですが……何か作りましょうか?」
シオンが立ち上がろうとした。
――瞬間。
「!」
上空から、魔力の反応を感じた。
見上げるとすぐに、青空を覆うような大規模な魔法印が展開され――
「伏せろ!」
俺はマヤとシオンを守るように魔法で障壁を作り出し……
次の瞬間――炎の槍が、天から降り注いでいた。
《炎熱操作》の上位魔法《炎槍召喚》《天焦紅雨》。
物理的な質量を伴っているかのようにふるまいながら、絶え間なく雨のように降り注いでくる炎の槍。
衝撃で地面が揺れる。
周囲ごと俺たちを焼き尽くさんばかりの勢いで、視界を炎一色に染め上げていく。
「マヤ、シオン、平気か?」
俺が訊くと、二人は驚いたように表情を引きつらせながらうなずく。
障壁は俺たちの四方を囲むように展開していた。これで熱も遮断できる。
ラミナは俺と同じように、自分の魔法で障壁を作っていたので無傷だ。
ウォフナーは……多少くらって黒焦げになって倒れているが、毎日のように俺たちに半殺しにされていたこいつがこの程度の魔法で死ぬはずはない。無事だ。
やがて魔法攻撃が止む。
燃え上がる木々とたちこめる煙に紛れながら、人影が近づいてくる。
数は、十ほどか。
武器をそれぞれ携帯した、野盗らしきガラの悪い男どもだった。
「やはりこれでは倒れませんか」
その男どもの中から、前に出てきて俺たちの状態を確認する男がいた。
「お前は……」
白装束を着た気難しそうな男。
たしか名無しの勇者の仲間だったか。ちらと見ただけだったが、間違いはない。
「こっ、コーラルさん……!」
「大丈夫だ、マヤ」
俺は腰にぶら下げていた鉈を魔法強化し、シオンに渡す。
「……シオン、マヤを頼んだぞ」
「は、はい……!」
シオンは背筋を伸ばすと、鉈を両手で持ってマヤの少し前に出た。
俺はそんなマヤたちを守るように襲撃者たちに立ちはだかる。
「……誰だあれは?コーラル、貴様の知り合いか?」
ウォフナーはゆっくりと立ち上がりながら、文句を言いたげな様子で俺の隣に立った。
「知り合い、ではないがな」
簡潔に返す。
ウォフナーの身体は、すでに怪我の修復が始まっていた。
「先ほど鉱山跡で会ったな」
俺は白装束の男に向かって言った。
さっそくあるじと一緒に訪ねてきた、という雰囲気ではないな。
「一体これはどういう了見――」
言いながら周囲に目を配って、
「――あ」
俺は、心臓が貫かれるようなショックに見舞われる。
作ったばかりの畑が、焼けていた。
地面を焼きながら貫いたであろう幾本もの炎の槍。
それは、土を焦げ付かせ抉り返し、凄惨な攻撃の跡を形作っていた。
さっきまで輝かしいばかりだった家庭菜園は、見る影もなく焼け落ちていた。
小麦の種を埋めた畝も、バジルの苗を植えていた所も、完膚なきまでに。
シオンに教えてもらいながら、みんなで作った畑が。
なにもかも、焼けてなくなっていた。
「――――」
ごしゃあ、とすごい音を立てながら、俺はくずおれた。
「おい、敵の攻撃だぞ!迎え撃たねば――何をしている!?」
……ウォフナーが何か叫んでいるが、半分も理解できない。
膝をついて脱力する体に、力が入らない。
「立て!白目をむいている場合か!?」
「お、俺の、俺たちの畑が……」
「おいいいい!」
泣きそう。
場所は変わってしまったが、焚火を囲むスペースは確保しているので、そこを使う。
マヤも腕まくりをして手伝おうと出てきた。
「それはなんだ?」
シオンは何やら長細いものを持ってきた。
長く平べったく、小麦粉のようなものがまぶされている。
食べ物らしいことはわかるが――
「パスタです。先生たちの帰りを待ってる間、作っていました」
「これはこのまま食うのか? うまそうだな」
「いえ、茹でます……あと、味のついたソースと絡めます」
「…………!?」
そのままでもうまそうなのに、さらに茹でて味をつけるだと……!?
「パンと同じで小麦粉から作るんですよ」
とマヤは付け足す。
「パンの親戚みたいなものなのか?」
「うーん、どうなんですかね?」
いや、もはや間違いはない。
絶対にそのまま食ってもうまいと確信しているが、それをさらに調理するのだから、うまいに決まっている。
二人が調理に取り掛かる。
毒キノコと燻製肉はスライス。熱したバターでニンニクを香りが立つまで炒めてから燻製肉、毒キノコを炒めていく。
いいにおいがしてきた。
畑にてしゃがんで畝を凝視していたラミナが、においにつられてとてとてと戻ってくる。
パスタを鍋に入れ、熾火で茹でる。
炒めたものをミルク・卵・細かく刻んだチーズを混ぜて作った液と混ぜ、ゆで上がった熱々のパスタと混ぜていく。
器に盛り、黒コショウを振って完成である。
シオンがパスタを完成させていく間、マヤはスープを作る。
玉ねぎとショウガを細かく刻んで鍋で炒め、水を加えて熾火で煮る。
途中ローズマリーを加えて香りづけをしたら取り出し、塩コショウで味を整える。それだけでもうシンプルな玉ねぎのスープが完成だ。
「おおおっ、シオンもマヤもよくやった! えらいぞ!」
毎度毎度であるが、見事である。
それから俺は一人一つずつ、毒耐性強化の魔法石を配っていく。
「では、この魔法石をしばらく手放さんようにな。でなくば死ぬぞ」
「わ、私毒キノコ食べるの初めてです……」
調理の手伝いを終えたマヤが縮こまりながら魔法石を受け取る。
ウォフナーがうなずいた。
「安心しろ。こいつら以外はだいたい食べたことがない」
完成した料理がテーブルに並べられる。
ベニテングダケと燻製黒猪肉のカルボナーラと、玉ねぎのスープ。
「多少料理でごまかされているものの、やっぱり見た目が、あれだな」
テンションの上がる俺と、対称的に表情をこわばらせるウォフナー。
「じゃあモフ夫は食わなくていい。畑見てろ」
「モフ夫言うな」
ラミナとウォフナーが言い合いを始める前に、
「ではいただくとするか!」
昼食にする。
「うん……これ、すごくおいしいです! 毒はこの石がなんとかしてくれてるおかげなんですよね……実感はないですが」
マヤは恐る恐る口を動かしながら、ゆっくりと感想を言った。
「……白いイボが多いところほどうまいのはなぜだ。納得がいかん」
ウォフナーは毒キノコはまずいというイメージをどうしても払拭できないでいる感じだ。
魔界じゃ毒耐性強化の魔法石をもってしても打ち勝てない毒も中にはあるが、ベニテングダケはどうだろうか……?
俺はパスタをためらいなく口に入れる。
「これがこっち側の毒キノコ――」
噛むたび染み出すように舌を突き抜ける暴力的なうまみ。
それが燻製肉の風味やコショウの刺激と一緒に口の中を満たす。
熱でトロトロになったチーズとミルクが平たいパスタと絡んで、見た目より食べ応えは満点だ。
そして何よりも――
「うめえじゃねえか……!」
「じゃりじゃりしてない……!」
ふわりふわりと柔らかい綿に包まれているかのような味の衝撃に額を押さえた。
なんという心地のいい、それでいて強力な衝撃か。
「だから貴様らは何食べてもそのリアクションだろうが! なんなんだ!」
ウォフナーが横やりを入れてくるが、うまいものはうまいんだからしょうがないだろう。
「いや、でもうまいのお。仲間にも食わせてやりたかったぞい」
ツエニリニもほっこりとして言った。
「おかわりはあるか?」
気づけば、あっという間に食べ終わってしまった。
「ないですが……何か作りましょうか?」
シオンが立ち上がろうとした。
――瞬間。
「!」
上空から、魔力の反応を感じた。
見上げるとすぐに、青空を覆うような大規模な魔法印が展開され――
「伏せろ!」
俺はマヤとシオンを守るように魔法で障壁を作り出し……
次の瞬間――炎の槍が、天から降り注いでいた。
《炎熱操作》の上位魔法《炎槍召喚》《天焦紅雨》。
物理的な質量を伴っているかのようにふるまいながら、絶え間なく雨のように降り注いでくる炎の槍。
衝撃で地面が揺れる。
周囲ごと俺たちを焼き尽くさんばかりの勢いで、視界を炎一色に染め上げていく。
「マヤ、シオン、平気か?」
俺が訊くと、二人は驚いたように表情を引きつらせながらうなずく。
障壁は俺たちの四方を囲むように展開していた。これで熱も遮断できる。
ラミナは俺と同じように、自分の魔法で障壁を作っていたので無傷だ。
ウォフナーは……多少くらって黒焦げになって倒れているが、毎日のように俺たちに半殺しにされていたこいつがこの程度の魔法で死ぬはずはない。無事だ。
やがて魔法攻撃が止む。
燃え上がる木々とたちこめる煙に紛れながら、人影が近づいてくる。
数は、十ほどか。
武器をそれぞれ携帯した、野盗らしきガラの悪い男どもだった。
「やはりこれでは倒れませんか」
その男どもの中から、前に出てきて俺たちの状態を確認する男がいた。
「お前は……」
白装束を着た気難しそうな男。
たしか名無しの勇者の仲間だったか。ちらと見ただけだったが、間違いはない。
「こっ、コーラルさん……!」
「大丈夫だ、マヤ」
俺は腰にぶら下げていた鉈を魔法強化し、シオンに渡す。
「……シオン、マヤを頼んだぞ」
「は、はい……!」
シオンは背筋を伸ばすと、鉈を両手で持ってマヤの少し前に出た。
俺はそんなマヤたちを守るように襲撃者たちに立ちはだかる。
「……誰だあれは?コーラル、貴様の知り合いか?」
ウォフナーはゆっくりと立ち上がりながら、文句を言いたげな様子で俺の隣に立った。
「知り合い、ではないがな」
簡潔に返す。
ウォフナーの身体は、すでに怪我の修復が始まっていた。
「先ほど鉱山跡で会ったな」
俺は白装束の男に向かって言った。
さっそくあるじと一緒に訪ねてきた、という雰囲気ではないな。
「一体これはどういう了見――」
言いながら周囲に目を配って、
「――あ」
俺は、心臓が貫かれるようなショックに見舞われる。
作ったばかりの畑が、焼けていた。
地面を焼きながら貫いたであろう幾本もの炎の槍。
それは、土を焦げ付かせ抉り返し、凄惨な攻撃の跡を形作っていた。
さっきまで輝かしいばかりだった家庭菜園は、見る影もなく焼け落ちていた。
小麦の種を埋めた畝も、バジルの苗を植えていた所も、完膚なきまでに。
シオンに教えてもらいながら、みんなで作った畑が。
なにもかも、焼けてなくなっていた。
「――――」
ごしゃあ、とすごい音を立てながら、俺はくずおれた。
「おい、敵の攻撃だぞ!迎え撃たねば――何をしている!?」
……ウォフナーが何か叫んでいるが、半分も理解できない。
膝をついて脱力する体に、力が入らない。
「立て!白目をむいている場合か!?」
「お、俺の、俺たちの畑が……」
「おいいいい!」
泣きそう。
応援ありがとうございます!
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