元魔王おじさん

うどんり

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四章

第106話 ジビエもしくはカルタグラ

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昼になっても女子会が終わらなかったので、俺は二階から降りてきた。

「おーい、そろそろいいか?」

俺が言いながらリビングへ入ると、ラミナが駆け寄ってきて俺にタックルするように頭から縋り付いた。

「うおおっ? なんぞ?」

「あ、皆さん。どうぞ、どうぞ。ちょうど一息ついていたところなので」

リィサが立ち上がって自分の席をあけると、マヤとサリヴィアはびくりと背筋を伸ばした。

「あ、えっと、その……」

「…………」

マヤとサリヴィアは顔を赤くし、ラミナは俺の腹に頭を押し付けたまましがみついている。

「どうしたサリヴィア。マヤまで」

「な、なんでもないのだが……」

「わ、わたしは違いますよ!なんかお父さんみたいだなって思って、安心するというか、一緒にいるだけでうれしいというか……そんな感じなので!」

「……なんの話だ?」

しどろもどろになっているマヤとサリヴィアに訊くが、返事は返ってこない。

恋愛の話してたんだよな?やはり男がいると邪魔になるのか。

「なんだ、いたのか赤毛!」

なぜかルニルもソファに座っていた。しかも上機嫌だった。

「いるわ。俺の家だわここ。むしろなんでお前がここにいるんだよ」

「なんか楽しそうに話しているのを聞いてな!来たら混ぜてくれたんだぞ」

わははと快活そうに笑うルニル。その膝の上には黒猫が座っていた。

「いや、百歩譲って混ざるのはいいとして、なんで俺より先に猫と仲良くなってるんだよ!」

ルニルは当たり前のように黒猫をなでる。

「こいつの言いたいことはなんとなくわかるぞ。きょうだい達が殺されて行き場がなくて、ここにたどり着いたらしいな」

「動物の言うことがなんとなくわかるならリスはマジで離してやれ」

「もう離してるぞ。この猫、名前がないならつけてやれよ」

こいつに言われるのは少々癪だが、たしかにルニルの言う通りか。

「名前か……」

俺が腕を組んで考えると、ダストが後ろから提案した。

「ジビエというのはどうでしょう」

「その言葉はよくわからんが、なんか動物につけるには不穏な気がする」

「ではカルタグラで」

煉獄カルタグラ……それはそれでアレだな。いや、お前の名付けセンスどうなってるんだ」

まあいいか。カルタグラで。

「じゃあカルタグラ、俺がここの家主だからな。ここに住み着くというのなら、俺にも懐いてもらうぞ」

俺はルニルの膝の上に乗っている黒猫――もといカルタグラの頭をなでようとすると、カルタグラはすかさず俺の指にかみついた。

「おっ、甘噛みか? 甘噛みだな?」

「いや、めっちゃ全力で噛みついてるように見えるんですが」

マヤの言う通り、毛を逆立てて歯を食い込ませようとしていて、ぎりぎりと歯のきしむ音がする。いちおう皮膚が丈夫なのでダメージはないが。

「なんかでかくて怖がってるっぽいぞ」

とルニル。

「いやそれどうしようもなくないか」

俺が指を上に上げると、かみついたままの黒猫が離れずぶら下がっているみたいになる。

これはこれで楽しいからいいか。

「コーラル様、ダスト様、少々お耳を拝借」

猫で遊んでいるとリィサが近づいてきて、マヤたちに聞こえないようリビングの隅に移動しながら小声で俺たちに伝える。

「敵ですが、さっき張っていた罠に引っかかりました」

「お、さっそくか。行動が早いな。どっちだ?」

俺がリィサに命じて、あらかじめ敵が来そうなところに感知式の結界を張っていたのだ。

場所は昨日襲撃しに行った工房と、工房へ行く前に様子を窺っていた場所である山奥の森の中だ。

「昨日襲撃しに行った場所です」

「工房の方か。部下の様子を見に来たのだな。全員縛られているのを見て驚いてそうだ」

見ると、リィサの閉じていた瞳が開いて、魔法印を展開していた。

「今魔眼を使って追っていますが……伝令には人間を使っているようですし、《魔王》の居場所まではわかりませんね。幹部の居場所だけです」

「やはり用心深いな」

「すぐには本拠地は割れませんよ」

「そいつらを潰したところで魔王は出て来なさそうだな」

「でしょうね。戦闘不能にすることはできると思いますが」

言われて、少し悩む。
かなり用心深い性格のようだからな。
雑魚を倒しまくったことでしびれを切らし自ら出てくるようなタイプではなさそうだ。さらに隠れられたり、場所を移されても困る。

「今は放っておこう。とりあえず気づかれる前に引き上げていい」

「わかりました。でも《魔王》はどうやって探せばいいんですかね?」

リィサに訊かれて、俺は微笑した。

「俺に考えがある。午後から町に出るので、魔法石でのサポートを頼む。リィサは、とりあえずここでシオンに魔法を教えてやってくれ」

「はあ、いいですが」

ダストはソファに座りながら、

「では私も私で午後から町へ繰り出しますね」

悠々と猫をなでながら言った。

俺たちは顔が割れているから、個々に狙われる可能性もある。ダストはむしろ自分を狙わせることで敵をつり出そうとしているらしい。

まあダストは間違いなく魔界最強だから放っておいても心配はないだろう。

思っていると、ウォフナーが難しい顔で俺とダストをにらむように見つめているのに気づいた。

「どうしたウォフナー、怖い顔して。心配せんでも妹は巻き込まんから安心しろ」

「いや、そういうことではないが……いや、いい。なんでもない」

ウォフナーは眉間にしわを寄せたまま顔をそらした。

「…………」

そんなウォフナーをダストは無言で、無表情のまま静かに見ていた。




昼メシを食って、ラミナとノームと一緒に町へ出る。

「どうするのコーラルさま」

「《魔王》の拠点自体は、領邦内で魔力不干渉の結界が張られている場所をしらみつぶしに探して、地道に総当たりで行くしかない。それっぽい奴がいるところを片っ端から潰していく」

見上げるラミナに、俺は答える。

「マジで地道じゃな」

俺の服のポケットの中に入り込んでいたノームの一体は、あきれたようにつぶやいた。

「相手が少しでも顔を出してくれれば楽なんだがな」

相手は魔族の戦い方をよく知っている。

用心深いならば、魔力で探知されないよう、自分のいる場所にも必ず結界を張っているはずだ。

おそらく部下の居場所や工房にも張っているので、《魔王》らしき者が潜んでいるアタリを出すまで、町の外の移民街を中心にとにかく探していくのが、今のところ確実な方法だろう。

このへんはリィサの目に任せることにする。
ただリィサも魔眼を継続的に使っていると消耗もするので、休み休みやらせることにする。魔力はあるが体力がないので無理にやらせるとすぐ怠けたり引きこもって出て来なくなるからな。

「その前に俺たちは総当たりの確率を上げるために、町のノームどもに接触して情報を収集する。森のノームどもよ、案内を頼む」

「うむ。承知したぞい」

今回ノームを連れてきたのは、町のノームどものとの交渉が円滑に進むと思ったからだ。報酬(メシだが)はすでに支払い済みである。

「あ」

「ん?」

何かに気づいたラミナが、住宅地の一角を指さした。

「コーラルさま、あの家、結界張ってある」

「おおっ?」

こっちが先に見つけてしまったか。

近づいて家を見てみる。ややこじんまりしているが、ごく普通の一軒家に見える。町だから家と家との感覚が狭い。

なにやら中で魔法を使っているような気配はない。……というか、人の気配もない。

「ここも工房のような、魔王一味の拠点の一つか?」

拠点の大本命は町の外の移民たちの集落である。まだここは外壁に近い場所だが、城下町(ラール・プラエス)の内側だ。支部のようなものなのかもしれない。

「中見てくる?」

「いや、地図に印付けといて、あとでリィサに見てもらおう」

提案するラミナに首を振って、俺はノームとウォフナーに共同で作ってもらった町の地図を広げる。

町の地図の詳細は他国の侵略などに利用されてしまうためか一般には出回っていない。町の地理に詳しいウォフナーと製図に長けているノームとで制作してもらった。

「あの、うちになにか御用でしょうか……?」

家の前で地図を広げていると、後ろから声をかけられた。

「ん?」

俺が振り向くと、

「あ」

その人間は顔をこわばらせる。

額と両耳の先に傷跡のある浅黒い男だった。大柄で、身長は俺より少し高い。

「おお、すまな――」

「わあああああああっ!」

俺とラミナの顔を見ると、男は腰を抜かさんばかりの勢いで叫んだ。
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