元魔王おじさん

うどんり

文字の大きさ
上 下
106 / 119
四章

第107話 魔族住人との邂逅

しおりを挟む
男はまるで道端で殺人鬼に出くわしたような悲鳴を上げたあと、その場にしりもちをついた。

「……なんぞ?」

口ぶりから、こいつが結界を張っている一軒家の主のようである。

「ま、ままままま!」

「おう?」

既視感があるんだが、このリアクションでだいたいの事情がわかったぞ。

「魔王様!?」

「うむ。まあ、元だが」

「ああああああもうおしまいだ……」

人間界で四大精霊といわれている魔族たちの、俺に対する態度を思い出す。
まんま同じである。

見た目は人間とほとんど同じだし魔力は抑えているようであるが、こいつさては魔族ではないだろうか。

「…………」

少しかまをかけてみるか。

「……お前の罪はわかっておる」

俺はおびえる男を見下すようにしながら言い放った。

「ど、どうか、どうか寛大なご処置を!私は、ただこの人間界が好きで、無害に生活していただけです!」

男は地面に頭を擦り付けながら命乞いをする。

「とぼけるでない!」

俺は声にやや凄みを利かせる。

「本当です!魔法も結界を作る以外は、ほとんど使ってはおりません!」

「お前が《魔王》と名乗って、境界を壊す計画を立てていたことは調べがついている」

「へ……!?」

男はあっけにとられた顔をしながら顔を上げた。

「魔王と名乗るなど!そんな不届きな真似するわけがございません!」

「……マジ?」

「本当です!この家に結界を張っているのも、魔王軍に捕捉されないようにしているためです。この世界で人間としてひっそりと生きたいのに、わざわざ魔王と名乗るわけがございません」

「ふむ?」

たしかにこの人間界で暮らしている魔族には、ノームたちのようにひっそりと生きたい奴と、バアルやシャム・ハザのように侵略したい奴の二種類がいた。

人間界の社会の一部になじんでいる奴もいなくはないとは思うが……。

「そうでなければ、人間のような見た目になった意味がございません」

「……そういや、見た目はあまり人間と変わりないな。元からそうだったのか?」

「いえ、人間界になじむために自分の見た目を改造いたしました。人間に近づけるよう、尻尾を切り落とし額の角や長い耳を削っております」

「…………」

けっこうやべえやつだった。

だから顔とか傷跡だらけなのか。

「では、こちらで悪事を働いているわけではないと?怪しい魔法石や魔法薬を作ってはいないというのだな?」

「滅相もございません。私は人間界を愛しているのです。悪事などするはずがございません」

「なるほど」

証拠がないとなんともいえないが、とりあえず俺はうなずいてみる。

「……お前、名前はなんという?」

「メルソースでございますコーラル様」

やべえやつではあるが悪いやつではない……のだろうか?
波風立てず生きるために肉体改造までしているというのは、かなりガチだし嘘を言っているようには見えない気がするが。

「……ラミナ、ノームども、どう思う?」

「とりあえず殺すか、戦闘不能にしておく」

銀色のナイフを出しながらラミナは即答する。

びくりと身体を震わせ、涙目になるメルソース。

疑わしきは罰するという精神だ。
たしかに一理あるし、殺す一択になってないのがえらいぞ。

「まあ、話を聞いてからでもいいんじゃないかの」

とノームども。
メルソースは抵抗する素振りはない。図体はでかいが小心者のようだ。
バレた以上もうどうにでもしてくれ、と言わんばかりに、跪いて首を差し出すように頭を下げている。

いつでも殺せるのなら……とりあえず、詳しい話を聞いてみてもいいかもしれない。

「メルソースよ、とりあえず立ってくれ」

「しかし……」

なかなか立とうとしないメルソースを俺は無理やり立たせた。

「俺はもう魔王ではない。少なくとも、俺がお前に何か処置を下すことはない。俺の友人たちが危険にさらされない限りはな」

「コーラル様は《魔王》と呼ばれている者が平和を乱すとして調査を行っていると?」

「うむ。かなり深刻な問題だ」

「《魔王》という名はこの町の裏の界隈で一番有名な名前でございましょう。町のノームから聞き及んでおります」

「相当その名は有名らしいな。よかったら知っている情報を話してくれるか?」

「それはもちろん」

メルソースは快くうなずき、家の中へ案内してくれた。


「どうぞおくつろぎください」

家の中もこじんまりしているが、普通の人間が暮らすような内装である。二部屋あり、リビングには小さな暖炉とテーブルがある。もう一部屋は寝室だった。

「珍しく誰か連れてきたと思ったら――驚いたぞい」

家の中には町棲みのノームが二体いて、我が物顔で茶を淹れていた。

お互いに事情を話す。

どうやら町のノームどもはここに住まわせてもらっているようだ。

「……それは本当か?」

町のノームの一体は、境界に穴をあける魔法石を《魔王》が作っていたことを聞くと眉をひそめた。

「町棲みのノームどもなら何か《魔王》について知っているのではないか?」

「ううむ……たしかに知らんではないが」

「煮え切らん言葉だな」

「相手は町の裏側を取り仕切っている奴らじゃ。話すことでメルソースが危険にさらされる可能性がある」

「……メルソースがか」

「なにかしら圧力をかけられたりしたらかなわんからの」

「もし《魔王》の一派と全面的に事を構えることになっても、お前らのことは話さんと約束する」

「しかしの……」

町のノームどもはどうも乗り気ではないようだ。

言葉を濁すノームに、メルソースは諭すように言った。

「いや、知っていることは全部コーラル様に話してほしい。私からもお願いする」

「……いいのか?」とノーム。

「ええ。――まだ私への疑いは完全に晴れたわけではないのでしょう?」

「まあ、ぶっちゃければそうだな」

俺は正直に答えた。

「こちらで生きることを見逃していただいているのもあります。私にできることであれば、全面的に協力させていただきたいのです」

メルソースが言うと、ノームどもは神妙な顔でうなずき、話を始めた。

「……《魔王》の一派は移民街と呼ばれている城下町の外にある集落を中心に勢力を伸ばしている組織であることは、おぬしらも調べていると思う。移民を農奴化して、そこで得た利益をシノギにしておるのじゃ」

俺はうなずいた。
移民のほかに、不法入国者や町で暮らせない事情のある者も、そこに行きついているらしい。治安もかなり悪いと聞く。

「この町の中の貧民街など、かなりの地域にも、その勢力を伸ばしておる。おそらく闇の界隈では一番大きな勢力じゃろう。徹底した隠蔽や工作で、足がつきにくく、騎士団なども手をこまねいているしかない状況にあるようじゃの」

「それも聞いている。で、ずばり《魔王》とは誰だ?」

「わしらの情報網もすべて網羅しておるわけではないから、詳しいことはわからん」

ノームの情報網にも引っかからないとはな。よほどの引きこもりとみえる。

「じゃが、《魔王》の側近のひとりなら見たことはあるぞい」

「側近?」

「《魔王》の指令を他の幹部たちに伝える、橋渡し的な役割を持っている奴じゃ」

「人間か?」

「うむ。おそらくの。じゃが……」

「何か問題があるのか?」

「その者の名前は、マスキムと呼ばれておった」

「ぶっ!」

俺はカップの紅茶を吹き出した。
マスキムは魔王軍の幹部のひとりの名前である。主に内政などを行ってくれていて、ダストがこちらに来ている今は代理として魔界を任されている。

「おいおい。そりゃいくらなんでも……」

「うむ。人間だとは思うのじゃが、魔王軍に実在する幹部の名を騙っておる」

「側近はほかにもいるか?」

「名前だけならもうひとり聞いておる」

まさか……。

「もう一人の側近は、リィサ・アルゴンという……」

「リィサ・アルゴンじゃねえか!」

「姿は見たことがないが……」

「いや、本人じゃないだろ、さすがに」

しかし、だとすると、敵は本物の魔王軍を知っていることになるな。
知ったうえで騙っているのなら、たいした度胸だ。徹底している。

「やつら何か、大きな計画のための準備をしているようだったみたいじゃ」

「計画か……」

それはやはり、二度目の境界戦争か?

「詳しくはわからん。見つかったわしらの仲間も一体やられているでな、最近はあまり関わらないようにしているのじゃ」

リィサ・アルゴンについては名前のみの情報。
マスキムはローブを着こんでるが普通の人間で大人の男ほどの身長とのことだ。
本物のマスキムはもう少し背が低いし、顔半分を隠すため仮面をつけているし年老いている。特徴は一致しない。

「敵は偽魔王じゃなくて偽魔王軍だった……なんか頭が痛くなってきたぞ」

「お気持ちお察ししますコーラル様……」

苦笑しながら、メルソースはお茶のお代わりを注いでくれた。

「まあよいさ。それよりお前ら、ちょっと協力してくれんか」

「協力ですか」

「うむ。次の手を考えたのでな」

メルソースはすぐにうなずいた。だが、少し神妙な顔をしている。

「私たちにできることでしたら。私たちにできることでしたら、ですよ」

すごい念を入れてくるメルソース。

「なんだよ。べつに死にに行けと命じるわけではないぞ」

「いつも無茶振りされている幹部たちを見ていたから、疑心暗鬼になっておるんじゃないかの?」

ノームたちが、おびえる様子のメルソースに対して説明をしてくれた。

「魔界にいたときは、個々の能力に合わせてギリギリできそうな仕事を振っていただけだぞ」

安心させるために便宜的に言っておいたが、みんな多少無茶しないと境界戦争などという地獄は生き残れなかったんだからな。

それはそうと俺が恐れられているのは、部下をこき使うとか、そういうイメージついているからか?

「べつにお前に無理をさせるわけじゃないから安心しろ」

「だ、大丈夫です。何でも言ってください!」

とメルソースは奮い立つ。

「心強くて助かる」

「でも、何をするのです?」

メルソースに言われて、俺は口の端を吊り上げて答えた。

「マスキムを闇討ちする」
しおりを挟む

処理中です...