23 / 76
第二十三話 恋愛小説なんか読まなかっただろ
しおりを挟む
――この気持ちがただの憧れだったら、どれだけよかったことでしょう。
擦り切れた手が目に入る。
こんな手では、あなたの綺麗な袖を掴めない。
私には、華美なドレスも、絹のような肌も、宝石のような瞳もない。
住む世界が違うとは、このようなことを言うのだと、愚かな私は初めて理解した。
「うぅっ…………」
拠点に戻った俺はひとり、ベッドの中で、クヴァールから借りた”明けない夜に恋をした”を読んでいる。なぜだかドハマリしてしまった。
まずこの使用人、すごく健気なのだ。
メイド長や令嬢の嫌がらせにも耐えて、昼夜問わず一生懸命仕事をして。相手の貴族が惹かれていくのがわかる。俺も絶対応援する。
それでいて、この貴族もいい男なのだ。
立場がありながら使用人を守ろうとして、それがかえってまわりの反感を買ってーーー、
いつの間にか涙がぼろぼろ零れていた。
止まらなくなってしゃくり上げた。
諦めなきゃいけない恋を、それでも諦められない気持ちが。
自分にすごく、重なった。
本を置いて、布団にくるまる。ぐすぐすと泣いた。
「エルマ、ただいま。ーーーーエルマ?」
扉が開いて、ギルバートの声がした。
俺は布団の中で肩をびくりと震わせる。
……やばい。
こんなに泣いてるとこ、見られたくない。
ギルバートは荷物を放って、すごい勢いで俺のベッドに駆けてきた。
「どうした? 体調悪いのか? また魔素が足りなくなったのか、それとも」
布団をぎゅっと掴むも、ギルバートに剥がされる。
俺は間抜けな泣き顔を晒してしまった。
ギルバートが息を呑んだ。
「エルマ、ど、どこか、痛いのか」
「ちが、ちがう、体調はわるくない!」
「じゃ、じゃあ、どうした。誰かに、何か………」
「ちがう! あー…………聞けって!」
俺は手をぶんぶんと振って誤解を解こうとする。このままじゃ話がこじれるだけだ。
「小説読んでたんだよ! それで、ついハマっちゃっただけ」
「………小説?」
ギルバートが眉間に皺を寄せる。
「ほら!」と小説を見せると、ギルバートはしぶしぶ手に取る。
「……恋愛小説?」
「あ、ああ。知り合いに借りてさ。オススメされたんだよ」
「…………誰に」
ぎろっと睨まれた。瞳が鋭い。
悪いことをしていないはずなのに、口の中が渇いていく。
「クヴァールさんっていう、トラオム聖教会の医者だよ。健康診断の件とかで話をしてさ、仲良くなったんだ」
「…………ふうん」
「ほんと、それだけ。名作だから、つい、な」
無理やりいつもの調子に戻そうとして笑いかけるも、ギルバートはぐっと口を曲げたままだった。
「エルマは、恋愛小説なんか読まなかっただろ」
「べ、別にいいじゃん。俺だっていつまでもガキじゃないんだし。恋愛小説くらい読める」
「………いつから」
え、何いってんの。
ギルバートの顔を見つめる。なんか、すごく機嫌が悪い。
……いつからって、どういう意味だ。つい聞き返したくなったけど。
あんまり刺激したくなくて、ちょっとぼかして返した。
「読んだのはこれが初めてだけど……」
「なんで読もうと思ったんだ」
「別にギルバートに関係ねえじゃん」
俺がいつ何読んだっていいだろ、と開き直ろうとすると、ギルバートの眉間の皺は、より深くなっていく。
ごくりと唾を飲み込んで、口を開いた。
「任務はちゃんとやってる。余暇に何しようが俺の勝手だろ」
「………へえ」
布団を掴むギルバートの手が、ぎりぎりと震えている。うつむいて、顔はよく見えない。
「あのさ」と声をかけようとすると、ギルバートが遮った。
「早急に解決しなければならない事件が暗礁に乗り上げてるのに、よく”任務はちゃんとやってる”って言えるな」
息を呑んだ。こんな声は初めて聞いた。
その声はすべての感情を押し殺したように、冷たかった。
ごめん、と、謝りそうになった。途端、
ギルバートは俺の顎を掴んで、無理やり顔を上げた。
鋭い金色の瞳と視線が合って、背筋がぞくりとした。
「なん、だよ」
「魔素補給だ。”任務”だろ」
「なん、で、いまっ………!」
抵抗しようとしてもできなくて、そのまま口づけられた。
いつもより荒い、噛みつくようなキスだった。
食べ尽くされるように口を開けられて、深く、深く、舌が交わった。
ギルバートの胸を押そうとしても、その手すら掴まれた。
ぎりぎりと、強く。
ギルバートは止まらなかった。
押さえつけるようにキスを続ける。
その瞳は、逆光でぎらりと光っていた。
擦り切れた手が目に入る。
こんな手では、あなたの綺麗な袖を掴めない。
私には、華美なドレスも、絹のような肌も、宝石のような瞳もない。
住む世界が違うとは、このようなことを言うのだと、愚かな私は初めて理解した。
「うぅっ…………」
拠点に戻った俺はひとり、ベッドの中で、クヴァールから借りた”明けない夜に恋をした”を読んでいる。なぜだかドハマリしてしまった。
まずこの使用人、すごく健気なのだ。
メイド長や令嬢の嫌がらせにも耐えて、昼夜問わず一生懸命仕事をして。相手の貴族が惹かれていくのがわかる。俺も絶対応援する。
それでいて、この貴族もいい男なのだ。
立場がありながら使用人を守ろうとして、それがかえってまわりの反感を買ってーーー、
いつの間にか涙がぼろぼろ零れていた。
止まらなくなってしゃくり上げた。
諦めなきゃいけない恋を、それでも諦められない気持ちが。
自分にすごく、重なった。
本を置いて、布団にくるまる。ぐすぐすと泣いた。
「エルマ、ただいま。ーーーーエルマ?」
扉が開いて、ギルバートの声がした。
俺は布団の中で肩をびくりと震わせる。
……やばい。
こんなに泣いてるとこ、見られたくない。
ギルバートは荷物を放って、すごい勢いで俺のベッドに駆けてきた。
「どうした? 体調悪いのか? また魔素が足りなくなったのか、それとも」
布団をぎゅっと掴むも、ギルバートに剥がされる。
俺は間抜けな泣き顔を晒してしまった。
ギルバートが息を呑んだ。
「エルマ、ど、どこか、痛いのか」
「ちが、ちがう、体調はわるくない!」
「じゃ、じゃあ、どうした。誰かに、何か………」
「ちがう! あー…………聞けって!」
俺は手をぶんぶんと振って誤解を解こうとする。このままじゃ話がこじれるだけだ。
「小説読んでたんだよ! それで、ついハマっちゃっただけ」
「………小説?」
ギルバートが眉間に皺を寄せる。
「ほら!」と小説を見せると、ギルバートはしぶしぶ手に取る。
「……恋愛小説?」
「あ、ああ。知り合いに借りてさ。オススメされたんだよ」
「…………誰に」
ぎろっと睨まれた。瞳が鋭い。
悪いことをしていないはずなのに、口の中が渇いていく。
「クヴァールさんっていう、トラオム聖教会の医者だよ。健康診断の件とかで話をしてさ、仲良くなったんだ」
「…………ふうん」
「ほんと、それだけ。名作だから、つい、な」
無理やりいつもの調子に戻そうとして笑いかけるも、ギルバートはぐっと口を曲げたままだった。
「エルマは、恋愛小説なんか読まなかっただろ」
「べ、別にいいじゃん。俺だっていつまでもガキじゃないんだし。恋愛小説くらい読める」
「………いつから」
え、何いってんの。
ギルバートの顔を見つめる。なんか、すごく機嫌が悪い。
……いつからって、どういう意味だ。つい聞き返したくなったけど。
あんまり刺激したくなくて、ちょっとぼかして返した。
「読んだのはこれが初めてだけど……」
「なんで読もうと思ったんだ」
「別にギルバートに関係ねえじゃん」
俺がいつ何読んだっていいだろ、と開き直ろうとすると、ギルバートの眉間の皺は、より深くなっていく。
ごくりと唾を飲み込んで、口を開いた。
「任務はちゃんとやってる。余暇に何しようが俺の勝手だろ」
「………へえ」
布団を掴むギルバートの手が、ぎりぎりと震えている。うつむいて、顔はよく見えない。
「あのさ」と声をかけようとすると、ギルバートが遮った。
「早急に解決しなければならない事件が暗礁に乗り上げてるのに、よく”任務はちゃんとやってる”って言えるな」
息を呑んだ。こんな声は初めて聞いた。
その声はすべての感情を押し殺したように、冷たかった。
ごめん、と、謝りそうになった。途端、
ギルバートは俺の顎を掴んで、無理やり顔を上げた。
鋭い金色の瞳と視線が合って、背筋がぞくりとした。
「なん、だよ」
「魔素補給だ。”任務”だろ」
「なん、で、いまっ………!」
抵抗しようとしてもできなくて、そのまま口づけられた。
いつもより荒い、噛みつくようなキスだった。
食べ尽くされるように口を開けられて、深く、深く、舌が交わった。
ギルバートの胸を押そうとしても、その手すら掴まれた。
ぎりぎりと、強く。
ギルバートは止まらなかった。
押さえつけるようにキスを続ける。
その瞳は、逆光でぎらりと光っていた。
21
あなたにおすすめの小説
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで
月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆
辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。
けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。
孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。
年齢差、身分差、そして心の距離。
不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
恋する狼と竜の卵
ミ度
BL
【あらすじ】
傭兵稼業を営む狼獣人のフェンリルは、美貌の剣士であるバアルを口説いているが相手にされていない。そんなあるとき、ふたりは厄介な依頼を引き受ける。
【本作について】
過去作品のキャラたちが登場しますが、各々別な世界線のキャラだと思ってください。過去の作品を未読でも本編は問題ありません。
※ムーンライトノベルズでも公開中です
【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!
カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。
魔法と剣、そして魔物がいる世界で
年の差12歳の政略結婚?!
ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。
冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。
人形のような美少女?になったオレの物語。
オレは何のために生まれたのだろうか?
もう一人のとある人物は……。
2022年3月9日の夕方、本編完結
番外編追加完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる